執筆者コメント:似非19世紀です。

 秋もいよいよ深まってきた。ここ――メロヴィング家の庭の木も徐々に葉の色を変えてきている。吹いてくる風も冷たくなってきている。
 最近では、少しでも冷たい風が吹いているとなると、エディーはすぐにわたしを室内に押し込むようになった。わたしの体を心配してくれているのはわかっているのだけれども、おばあさまの元で暮らしていたときは、よく室外に半日以上放置されていたので、これぐらいの寒さなんて平気なのだ。
 つい今も、秋風が吹いた。さわさわと庭の木が揺れる。同時に落ち葉がふわふわと舞い上がった。長袖のドレスの上にショールを羽織っているが、少し肌寒い。
 いい天気だなあ。少し肌寒いからお昼寝日和ではないけれど、青い空と白い雲と色を変えた木々たちが作る景色はとてもきれいだ。
 庭の景色をうっとりと眺めていると、突然体が揺さぶられた。誰の仕業かは一目瞭然だ。エディーも奥様も旦那様もはこんなことしない。だから――エリーだ。そう思いつつ、振り向く。
「ねえっ、マギー! 見て、これ!」
 満面の笑みを浮かべたエリーが、両腕に抱えている何か不思議なもののひとつをわたしに差し出してくる。それは紫色をしていて、何やらじゃがいもによく似ている。
「なあに? これ」
 そう問うと、エリーは待ってましたとばかりに顔を輝かせた。えへんと胸を張って口を開く。
「あのね、これは“さつまいも”って言うんだって! 甘いじゃがいもなのよ」
「へえ……どこで貰ってきたの?」
 エリーの両腕いっぱいにある、泥だらけのさつまいもは、どれも見た収穫したてのように見える。エリーの可愛らしいドレスは、泥だらけのさつまいものせいでどろどろだ。
「貰ったんじゃないの。買ってきたの。お買い物のついでに」
 にこにことエリーは微笑む。わたしも同じく微笑んだ。
「そうなんだ。珍しいものを買ったのね」
「そうなの! それでね、」
 エリーの微笑みがいたずらっぽいものに変わる。わたしは何だか嫌な予感がした。エリーがこういう表情をするときは、大抵何かいたずらをしようとしているときだ。エリーと過ごして半年が経ち、わたしはやっとそのことを学習した。
 浮かべている笑みが徐々に強張っていくのがわかる。わたしは心の中でじりじりと後退りしながら、それで? と続きを促す。
「これで、お菓子作りましょ! マギー、お料理もお菓子作るのも上手いから。ね、いいでしょ?」
 エリーの言葉に、内心拍子抜けしたのは事実だった。同時に安堵の溜息をそっとつく。さつまいもでどうやっていたずらできるのかは想像がつかないけど、何はともあれ、いたずらでなくてよかった。
「いいわよ。味は保障できないけど」
 そう言いつつ、わたしは笑った。

 わたしとエリーは屋敷の中に戻った。お屋敷の人たちは、両腕いっぱいに泥だらけのさつまいもを抱えたエリーを見かけると、ぎょっとしたように目を瞠った。
 その気持ちはわかる。また、あのお転婆娘が何かをしでかそうとしているのではないかと、少し疑ってしまうのだろう。先ほどのわたしのように。
 わたしは横目で、隣を歩くエリーを見やる。彼女の兄に今の姿を見られたら、問答無用で着替えさせられるのだろうなあと思うほど、彼女の着ている可愛らしいドレスは泥だらけである。
 わたしたちが台所に入ると、慌てて女中さんやらコックさんやらが飛んできた。エリーは笑顔で押しきり、台所にいた人たちを追い出してしまった。
 大きなテーブルの上に、エリーは持っていたさつまいもを、どさどさと勢いよく置いていく。置き終わったエリーが、わたしの方を見て言う。
「ねえ、何作る?」
 何か期待しているような、輝きに満ちた笑顔だが、あいにくとこれらの芋で何が作れるのだろう。わたしは首を捻った。
「何が作れるかなあ……」
 わたしの独り言のようなつぶやきが聞こえていたのか、いなかったのか、エリーは「エプロン取ってきてあげるね!」と言うと、台所から出ていってしまった。
 今着ているドレスは、安いものなので別に汚れても支障はない。支障がありそうなのは、エリーのドレスだが、あれはもう既にどろどろだ。
(エプロン、要るのかしら……?)
 そう思いつつ、わたしは目の前のさつまいもの山を眺めた。このままでは食べれそうにもないので、とりあえず蒸かすことにした。
 大きな鍋に水を入れて、沸騰させる。その中に洗ったさつまいもを入れて、隙間を少し開けて蓋を載せる。そのまま、十数分ほど待つ。開いた隙間から蒸気が漏れているのが見える。
 ゆらゆらと立ちのぼる湯気を見ながら、エリーが帰ってくるか、あるいはいい感じに芋が蒸けるかを待つ。
 じゃがいもが蒸けたときとはまた違うにおいが漂ってくる。多分、さつまいもが蒸けたのだろう。エリーは帰ってこない。
 そろそろいいか、と蓋を開けると、もわっと立ちのぼった蒸気がわたしの顔にもろに当たった。視界が白くけぶる。思わず、目を閉じた。
 目を開けると、鮮やかな紫色が飛び込んでくる。
(いい感じに蒸かせれたんじゃないかしら)
 指で芋を押すと、程よい硬さだったので、ちょっぴり嬉しく思いつつ、わたしは芋をザルにあけた。蒸かしたさつまいもの端をナイフで切って、齧ってみる。
 何だか水っぽい。甘いのなら、蒸かしただけでもいいかと思っていたのだが、それは甘かったようだ。
(いっそのこと、潰してしまおうかしら)
 そのあと砂糖なり何なり適当に入れて、混ぜて焼けば、パウンドケーキのようなものができあがらないだろうか。
 突然、閃いたので、手近にあった器の中に蒸かしたさつまいもを二個入れて、すりこぎで潰していく。ペーストになりそうなほどに潰したあと、まず砂糖を入れた。次いで、バターを加え、潰したさつまいもと混ざるように潰していく。
 ほとんど潰せたので、今度はパン生地を捏ねるように、このタネも捏ねていく。何度か捏ねたあと、いくつかの小さなかたまりに分けていく。さつまいも二個で、結構な数のかたまりができた。
 焼いている間に崩れないよう、かたまりをしっかりと楕円形の形に成形し、フライパンの上に載せる。試しに、みっつ焼いてみることにした。焦げつかないように、何度かころころと転がしてやる。
 数分、焦げないように気をつけつつ、焼いていると何とかケーキのようなものができあがった。

 やっと帰ってきたエリーにできあがったもの――便宜上“さつまいもケーキ”とでもしておこう――を試食してもらう。食べ物に関しては、自分の舌は信用できない。
「あー! 美味しいっ! さっすが、マギー!」
 にこにこと微笑むエリーが言う。エリーがそう言ってくれるなら、それなりにマシな味に仕上がったということだ。よかった、とほっと溜息をつく。
 エリーは美味しそうにさつまいもケーキを食べている。二十個ほど作ったさつまいもケーキは、既に三分の一ほど、エリーの胃の中に納まっている。
「よく食べるわね」
 そう言ってわたしが笑うと、エリーは少し照れたように微笑んだ。
「マギー、これ、とっても美味しいから、お兄様にお裾分けしてきたらいいと思うの」
「え……でも、エディーはあまり甘いものが好きじゃないでしょう?」
 突然のエリーの提案に、わたしは思わず口ごもってしまった。ためらうわたしに、エリーは大丈夫と笑顔で言った。
「お兄様って別に甘いものが嫌いなわけじゃないのよ。あまり召し上がらないだけで」
 それを嫌いと言うのでは、と思ったが、口にするのは憚られた。エリーはお皿にふたつ、さつまいもケーキを載せると、わたしの手を引っ張りながら歩き出す。
「え、ちょっと、どこに行くの?」
「お兄様のところに決まってるじゃない! 冷めちゃったら美味しさ半減だもの」
「まだ、片付け終わってない――」
「女中がやっておいてくれるわ! さ、行きましょ!」
 わたしの微妙な抵抗も空しく、エリーにずるずると引きずられていくはめになった。
 エリーはエディーの部屋の前まで来ると、立ち止まってわたしに持っていた皿を押しつけた。そして、わたしの背後に回ると、ぐいぐいと背中を押してくる。
「じゃあがんばってね! わたし、残りを食べてくるから!」
 そう言って、エリーはわたしをエディーの部屋に押し込んだ。

「誰だ。エリーか?」
 エディーの鋭い声が飛んでくる。こちらに背を向け、闖入者を確認するために振り返りもしないので、彼はどうも何か書き物をしているようだ。
「わ……わたしです。マーガレットです」
 忙しいところを邪魔してしまい、申し訳なさでいっぱいになる。恐る恐る答えると、
「マギー?」
 くるりとエディーが振り向いた。困惑した表情で、彼は言った。
「どうかしたのか」
「あの……実は、エリーに言われて、お菓子みたいなものを作ったんです。……お裾分けに来たんですけど、お邪魔でしたね」
 そう言って、小さく笑ってから、わたしは踵を返そうとした。後退ったわたしに、エディーが待てと声を飛ばす。
 椅子から立ち上がったエディーが静かにこちらに歩み寄ってくる。これかと言いつつ、エディーはわたしが持っていた皿から、さつまいもケーキをひとつ摘んだ。
「あ、甘いですよ、それ――」
 わたしが言い終わる前に、エディーは既にさつまいもケーキを食べていた。そして、もうひとつ、また摘んだ。あっという間に、持ってきたふたつを食べてしまったエディーを、わたしは呆然と見ていた。
 ふたつ食べ終えたエディーはにっこりと微笑んだ。
「美味しかったよ、ありがとう」
「あ……甘くなかったですか」
 そう問うと、彼は小さく笑い声を立てた。
「そうだな、甘かったよ。――まるで君のように」
 エディーはそう言って、わたしの額にキスを落とした。顔に熱が集まったのが鏡を見なくてもわかった。キスをしたエディーも耳の先まで真っ赤に染めていた。
 またあとで、と顔色を赤くして、エディーは微笑んだ。失礼しますとわたしは彼の部屋を出た。部屋の扉に背中をべったりとくっつけて、ずるずると下に腰を下ろした。
 ほほが熱い。


執筆野菜:さつまいも
『スイートポテト・マジック』 ―澄 まあ子 様

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