得意なことは既読無視です。 部活に明け暮れた夏休みはあっという間に終わってしまった。 後半、泣きながら片づけたたくさんの課題とともに私は登校し、学業と部活に励む日々が始まるのだと心を新たに切り替えた。 いや、学業には励んでいないけれども。 笠松先輩激おこぷんぷん丸事件(本人に言ったら間違いなく殺られるので私だけが使う名称)があって、少し私たちの関係は変わったような気がする。 笠松先輩は相変わらずだけど、たまに、たまーに、私に優しかったりするのだ。 何が優しいってうまく言葉にできないけれど、気を遣ってくれているというのか、気にかけてくれたりかける言葉が優しかったりして、なんだか調子が狂う。 私も私で、少し危機感を覚えたというか、笠松先輩が誰かのものになってしまう可能性をやっと認識した。 みんなの笠松主将ではなく、誰かの恋人になるという可能性を。 それは私に大きな不安をもたらしたが、同時にもっと頑張って近づきたい、あわよくば私がその恋人になってしまいたいという欲が強くなってしまった。 これはいい方向へ転んだのか、それとも…。 「おい、聞いてんのか名字!」 「はえ?」 「はえじゃねぇ!今日の練習メニュー説明してただろ!」 「え、あ?あぁ、が、外周ですよ…ね?」 「ち が う !!!外周はお前が行け!」 「えぇー!?」 バシィッと素晴らしい音とともに、背中を叩かれ体育館を追い出される。 前言撤回。笠松先輩が優しくなったというのは私の勘違いでした。完。 優しくない笠松先輩から課された仕事を、泣きながら部室で片づける。 ほとんどの部員が練習を終えて帰宅し、今残っているのは体育館で自主練している笠松先輩と、なぜか部室でだらだらしている森山先輩だ。 「はー、オレの運命の相手はいつ見つかるのだろう…」 とりあえず、意味が分からないことを言っているときは無視しよう。 「ネットで知識はたくさん得たのに、なかなかうまくいかないものだな…」 無視無視。 「この前の合コンでやらかした笠松よりはマシだけどな…」 無視む… 「は?合コン!?」 「うわーもしかして名前聞いてたー?あちゃー独り言のつもりがー」 棒読みで額に手を当てるというオーバーなリアクションはさておき、聞き捨てならない言葉を耳にした気がするぞ! 「ちょ、合コンってなんですか!?」 「合同コンパ、男女の出会いの場だよ」 「そんなこと知ってますよ!先輩たち合コンしたんですか!?」 「あぁーばれたかーそれなら仕方ないな」 森山先輩は内緒だったんだけどなぁと言いつつ、一から十まで洗いざらいしっかりと話してくれた。 「…笠松先輩まで…合コン…」 「あのときの笠松は正直不憫だった。女嫌いのくせに無茶しやがって…」 笠松先輩の失態も、代わりに泣いてあげたくなるくらいの悲劇だったがやはり私にとって重大なことは 「笠松先輩、やっぱり彼女ほしいんですかね…?」 「そりゃあ男子高校生だぜあれでも」 「で、ですよね…」 女嫌いというか恐怖症のような彼も、やはり普通の男子なんだなと思いつつ、私の危機感レベルはマックスまで持ち上がる。 エマージェンシーエマージェンシー! 頭の中が警告を鳴らす。 誰かに取られてしまう可能性あり!至急対策されたし! 「森山先輩…」 「ん?」 「私、笠松先輩のこと、その、すすす、好き…なんですけど…」 「うん知ってるけど」 あっさりだなおい。 「ど、どうしたら…いいですかね…」 「告白だろ」 あっさりすぎるなおい! 「むむ無理ですよ!そんな!私ただのジャーマネだし!」 「ただのジャーマネではないと思うけど」 「いやっ私と言えば遅刻に居眠りの常習犯で笠松先輩にいつも怒られるという最悪のポジショニングだし…笠松先輩からしたら女というよりは手のかかりすぎる迷惑後輩というか、お荷物というか…」 「すごい自己評価だな、自覚あるのに直そうとしないところが名前らしいけど」 「だ、大体彼女って、癒してあげたりするんですよね?私癒してあげることなんてできるタイプじゃないし、むしろ私といたら余計癒しを求めて笠松先輩が海外逃亡しかねないですよね!?あれ、もしかして私が疲れさせてるから先輩癒してくれる彼女がほしくなって合コンに!?」 「ちょっとよく分かんないんだけど」 落ち着けと頭にチョップを食らう。 あれ、私は何を1人興奮していたのだろうか…。 「とにかく、いつまでも後輩っていう立場に甘んじていたくないんだろう?だから初めてオレに気持ちを打ち明けてくれたわけだし」 「う、は、はい。おそばせながら危機感を覚えまして…」 「それなら行動あるのみだろう、笠松にとって特別な存在になりたいなら、相応の努力をして近づかなきゃ何も始まらない」 いつものように飄々とした表情で、的確な言葉をくれる。 私も冷静になって頷いた。 そうだ。もっと近づきたいなら近づかなければ。 その夜、ベッドに座って携帯を握りしめた。 「まずはメールで何気ないやりとりをする…」 森山先輩のアドバイスを再確認し、笠松先輩にメールを送ってみた。 『いま、何してますか?』 森山先輩の言った通りに送ったが、果たして本当にこれでよかったのだろうか? こんな身のないメールに笠松先輩から返事が来るとは思えない。 が バイブレーションとともに、画面に緑色のポップアップが現れた。 『笠松幸男:寝てる』 ち、ちょ、これはやっぱりまずかったのでは? 睡眠の邪魔したし。 慌てて震える手で私は『おやすみなさい』と返した。 そのまま画面を眺めていると、既読というサインが出る。 あぁ、終わった。 よくメールで愛が育まれるとか言うけど、笠松先輩相手じゃ難しいよ。 どうせ明日も会えるのに話題なんてないしさ…。 携帯の画面が暗くなる。 ふぅ、と大きなため息をついたとき、急に携帯が震え始めた。 驚いて目を落とすと、笠松先輩から着信が来ている。 えぇ!?なに!? 私は落っことしそうになった携帯の通話ボタンに触れた。 「も、もすもす?」 「なんだよ急に」 「あ、か、笠松…先輩?」 「そうだけど?」 電話の向こうにいるのは、やはり笠松先輩で、耳元から聞こえる彼の声にどきどきと心臓が動き始める。 「すみません、なんか、変なメールしちゃって」 「全くだ。何かあったのか?」 「いいいいえ!ちょっと、その、何してるのかなーって軽い気持ちで思っただけで、出来心です!悪気はなかったんですうう!」 すみませんすみませんと、相手が見えないのに私は立ち上がって90度のお辞儀を繰り返した。サラリーマンもびっくりである。 すると先輩は電話口の向こうで、ふっと笑った。 「何言ってんだよ、ったくびっくりするだろ」 「あ、えと、ごめんなさい」 「別にいいよ。それより目が冴えちまったから少し付き合え」 「え?は、はいもちろんです!!」 やっぱり寝ていたんだ。 部活で疲れているところなのに悪かったなとひどく反省する。 「今日は先生に怒られなかったか?」 「あ、その、ちょっと居眠りして怒られました」 「おい、新学期早々寝てんじゃねーよ」 「ごめんなさい…」 「同じクラスだったら毎日ハリセンでぶん殴ってやれるのにな」 「いやっそれは怖すぎますって!良かった学年違って!」 「あんま寝てると早川にハリセン渡すからな」 「あいつは手加減知らないから死んじゃいますよ…」 「確かにあぶねーな…」 電話という2人だけの空間で、笠松先輩と他愛もない話をするというのが、これほどまでに楽しいなんて。 頬が紅潮するのもそのままに、私は先輩とのおしゃべりを楽しんだ。 「じゃ、そろそろ寝るか」 「はい。メール、すみませんでした」 「いいって。楽しかったし。じゃあな」 「おやすみなさい!」 「寝坊すんなよ。おやすみ」 通話を終えても、私はしばらく携帯を握ってベッドから立ち上がれないでいた。 おやすみ、と耳にダイレクトに伝わってきた言葉に、胸が高鳴る。 楽しかったと言ってもらえた。 笑ってくれた。 だめだ、どんどん欲望は大きくなる。 もっと楽しんでもらいたいし、笑ってほしい。 何度確認しても物足りないほど、私は笠松先輩のことが好きみたいだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 140312 ←*→ |