今時こんなこと言う女子高生って珍しいよね。





無言。無言。


黙っていること、黙られていることがこんなに辛く感じたことがかつてあっただろうか。

私は今、笠松先輩に腕を引かれている。

背後ではドーンドーンと花火が打ち上げられる音がしているが、それを楽しむ余裕はない。


花火が始まり、全員が空に視線を遣ったとき、笠松先輩が私をその場から連れ出した。

立ち止まる人たちの間を縫い、屋台と屋台の間をすり抜けてたどり着いたのは、少し開けた空き地。

人がちらほらいるものの、皆空を見上げていてこちらには見向きもしなかった。


笠松先輩はようやくここで私の腕を解放し、大きな岩に腰かけた。

そして無言で隣に来るように手を拱く。

ごくり、

唾を飲みこんで私も先輩の隣の岩に座った。








「悪い、急に」

「いえ」

正直、何も話さないでほしかった。

笠松先輩と2人で花火を見ている…そんなシチュエーションだけなら、私は今最高に幸せ者のはずなのに。

だから手紙の話はしないで。あの子の話はしないで。

この時間を、私の青春の思い出にさせてほしい。

耳を塞ぎたい衝動に駆られながら、明るく色を塗ったペディキュアに視線を這わした。


「一昨日の、ことだけど」


笠松先輩はまっすぐだ。

突然私をみんなから離してこんな所へ連れてきて、すぐにその話を始めるなんて。

真面目で、不器用で、そこが好きなはずなのに、今は笠松先輩のそういうところが憎い。

あの話をしてほしくないという私の願いなんて届かず、笠松先輩は続きを話そうと息を吸う。



「悪かった。あんな言い方して」

「…」

私は何も言えず、軽く頭を振った。

先輩の様子は見えないけれど、きっと私が俯いて何も言えないでいることを理解しているのだろう、そのまま話を続ける。


「手紙、もらったの…ちょっと突然すぎて頭がついていかなくて、ど、動揺したっつーか。お前に怒ったわけじゃなくて」

少しずつ声が小さくなる。

笠松先輩のこういう話し方って珍しいな、なんて考える冷静な自分が頭の隅にいた。


「とにかく、名字に謝りたかったんだ。怒鳴っちまったことと、昨日無視したこと。お前は何も悪くないって、分かってたのに…本当にごめん」


笠松先輩が身体ごとこちらを向いて、頭を下げた。

私はその様子に気づいて顔をあげ、慌てて両手を振る。


「そ、そんな謝らないでください。私、気にしてないです」

もちろん気にしてないだなんて嘘だけど。

けれどこんな真摯に謝ってくれる笠松先輩に、文句を言えるほど私の精神は強くない。

頭をあげてくださいと伝えると、やっと先輩は顔をあげ、そして私と目が合った。

大好きな先輩の大きな瞳。

なんだか久々に見た気がして、涙が滲んでくる。

慌てて視線を逸らし、ばれないようにした。



「それと…あと、名字に報告したいことがあって」


その言葉が耳に入ってきたとき、全身が大きく跳ねた。

身体中の血が、ものすごい勢いで下がっていくような、そんな緊張が走る。

季節は夏なのに、私の手は氷のように冷たく感じた。



報告って、なに?

昨日のあの女の子と一緒にいる笠松先輩の後姿を思い出す。

告白の返事を、していたのだろう。

そしてそれを私にも報告するということなのか。



聞きたくない。

『報告したい』だなんて、まるで彼女が出来た宣言じゃないか。

いやだ。こんなに傷ついた私の心をさらに抉るつもりなのか。


正直、笠松先輩が告白を断る…そんなシーンを昨日から何度も想像した。

それでも不安は消えなくて、マイナスの方向にばっかり考えてしまう私の思考は、いつしか笠松先輩とあの子が付き合うという結果に向かってしまっていた。




だめ。聞いたらだめ。脳が私に信号を送る。

震える脚でなんとか立ち上がった。


「あ、あの、その、私…」

笠松先輩は私を見上げた。

眉を顰め、どうしたとでも言いたい顔をしている。

そんな先輩のまっすぐな視線に、臆病な私は耐えられなくなってしまった。

「ごめんなさい、ちょっとその話は…もう」

うまく言葉が出てこなくて、とにかくこの場から離れようと思った。

聞きたくないなら、物理的に聞こえない状況になるしかない。

単純で頭の悪い私を象徴するような逃げ方で、足を踏み出した。

けれど




「待てっ」


ぐっとまた手を掴まれる。

笠松先輩の手のひらがとても熱く感じて、やっぱり私の手は今冷たくなっているのだろうと一瞬思った。

でも、そんなことはどうでもいい。

私は逃げなければならないのだ。

笠松先輩から。

笠松先輩の報告したいことから。



「あの、離して、ください。私…」

聞きたくないんです。

まだ聞けるほど心の準備が整っていないんです。

きゅっと目をつぶってイヤイヤと首を横に振る。

でも笠松先輩は私の手を離してくれない。

どうしてそんなに強引なのか。

じわ、と涙が溢れてくるのが分かった。



「あの、手紙をくれた子には断った」



え?

突然の言葉に耳を疑い、私は顔をあげた。

笠松先輩は、私の手を掴んでいる自分の手を見つめながら口を開いている。


「それで、ちゃんと言っておいた。こういうことは自分で伝えてほしいって。誰かに手紙を託すなんてことしないで、自分で…」

「え…」

「関係ない名字まで巻き込んじまって、本当に悪かった。あの子も、申し訳ないって言ってた」

笠松先輩はそのまま一気に捲し立てる。

「急に手紙なんか託されて、困ってたんだよな。あの日ずっと様子がおかしかったのはそれが原因だったんだろ?だから、あの子にはそういうことはやめるように言っておいた。そしたらすごく反省してたから…」


ようやく私は理解する。

先輩が報告したいことっていうのは、告白を受けるか否かという話ではなく、人に手紙を託すなんてことはやめるように伝えたという話なのか。

先輩らしい。笠松主将らしい。

私は告白の結果のことばかり考えていたのに、笠松先輩はそれに使われて気を揉んだ私のことを考えてくれていたんだ。

そしてあの子にもきちんと良くないことだって伝えて。

女の子と話すの、苦手なくせに頑張って話してくれたのかな。



先輩に彼女が出来てしまうのではないかと不安になっていただけの私と違って、先輩はやっぱり大人だった。

私のことも、そしてあの子のことも考えて行動して…。

自分がすごく小さくて恥ずかしい人間なんだと実感する。

そしてやっぱり笠松先輩のことが大好きだ。

改めて先輩のことを想うと、また目頭が熱くなってきた。



「っ名字!?」

ぽろり

涙が頬を伝ったとき、笠松先輩の焦った声が聞こえたのできっと彼も私の様子に気づいたのだろう。

先輩は急いで立ち上がり、私の顔を覗き込む。近いです。



「ごめん、余計なことだったか?でもちゃんとあの子も分かってくれたと思うし…」

「ち、違います」

「え?」

「ありがとうございます、笠松先輩」

「え、あ、あぁ…?」


少し疑問が残っている様子の先輩は、それから私の手を離して、ポケットへ両手を突っ込んだ。


「あ、タオルとか持ってねーや。これで、ごめん」

そう言うと、着ているTシャツのお腹の部分をグッと引っ張って私の目に当てた。

当て、た…?


「え、ちょ!?何してるんですか!」

「だ、だって拭くもの他になくて…!」

「だだだからってそんな!」


笠松先輩のお腹がちらっと見えて、目に毒だし。

Tシャツから香る先輩の匂いが、鼻にも毒だし。

パニックになる私に、なぜか先輩もパニックになって。


そうしていると、周りから歓声が聞こえ、急に騒がしくなり始める。

つられて私たちも辺りを見回すと、そういえば花火をやっていたのだ。

ドーンドーンとひときわ大きな音で、たくさんの花火たちが空を彩っている。

一気に明るくなる空を見て、今花火大会のクライマックスを迎えているのだろうと気づいた。

笠松先輩も小さな声で、おぉ…と空を見上げていた。



「なんか、ほとんど見逃しちまったな」

「でも、きれいですね」

ちらりと横目で先輩を見上げると、花火に照らされた横顔が映る。

その横顔は軽く微笑んでいて、見惚れてしまう。

笠松先輩と、花火を見ている。

その事実がようやく実感できて、幸せな気分が戻ってきた。

身体が、手が、温かくなってくる。

あんなに落ち込んでいた気持ちが、あっという間に高まってしまった。

やっぱり私って単純でバカなんだなぁ。

笠松先輩の行動ひとつでこんなに左右されてしまう自分に、ため息を吐きつつ私は叫ぶ。


「たーまやああああああ」

「うるせぇ!静かに見ろ!!」

「今年こそ言いたかったんですうう」




































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140309

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