帰りは酔いませんでした。 帰りのバスで、私は小堀先輩の隣に座った。 その代わり早川が最前列の笠松先輩の隣に座り、何やら一生懸命話している。 その後ろに森山先輩と黄瀬くん、私たちは三列目の席である。 バスに乗った直後はかなりざわざわしていたが、次第に部員たちに疲れが出て眠り始めたらしく、少しずつ静かになってくる。 私も眠くなってきて、頭をふらふらさせていると 「名字眠いか?凭れてもいいからな」 なんて窓側に座る小堀先輩が言ってくれるので、思わずヘラ〜と笑ってしまった。我ながら気持ち悪かったと思う。 少しうつらうつらしていた。 しかし何やら音が聞こえて、しかもプププと小さく笑う声も聞こえてくる。 眼を開けて隣を見ると、こちらを見ていた小堀先輩が「あ」と困ったように笑った。 「え、なん、なんですか」 なんで笑われているのだろう。 もしかしてよだれ垂らしてたとか? なんて思って口元を拭うが、別に垂らしてはいないようだ。 小堀先輩がちらっと視線を前の席2人にやった。 私も気になって、そっと立ち上がり後ろから覗き込んでみる。 すると 『「いきますよ」「うん」「3」「2」「1」 「おは…≪ドン!!≫…え!?」』 「ぷっ」 「くすくす」 森山先輩と黄瀬くんが動画を見て肩を震わせていた。 後ろからでもよく見える。 この動画は… 「ドッキリの…!?」 「あ、ばれた」 合宿でやった寝起きドッキリの動画を見て2人は笑っていたようだ。 画面の中では、私が笠松先輩に覆いかぶさってお互い驚きあうという変な光景が見られる。 「何見てるんですか!」 私は後ろから必死に手を伸ばして、再生をやめさせようとする。 しかし森山先輩はさらに手を伸ばすので届かない。 きー!と怒っていると 「おい名字うるせーぞ!寝てるやつもいるんだから静かにしろ!」 さらに前の席の笠松先輩に怒鳴られた。 我に返ってあたりを見回すと、数人の部員たちが「うるせーな黙ってろ」とでも言いたげな表情でこちらを睨んでいる。 慌ててごめんなさいと謝罪して、席に着いた。 正直先輩の声の方が大きいと思うけどそれは口にしない。 そして前の座席同士の隙間を覗き込み、小声で文句を言う。 「やめてくださいよ!消してくださいそれ(小声)」 「やだよこんなに面白いのに(小声)」 森山先輩はくすくす笑いながら動画を見ている。 黄瀬くんも隣で笑っていて実に不愉快である。 「何こそこそしゃべってるんだ(小声)」 すると笠松先輩がまた怒り、今度はそっと立ち上がって私たちを前の座席から見下ろした。 「この動画、面白いから」 森山先輩が笠松先輩に画面を見せる。 「なっ!!!」 「おーい笠松うるさいぞー」 「すっすみません」 笠松先輩も動画を見て大きな声を出してしまい、今度は監督に叱られた。 そして小さな声で消せ!と怒っている。 森山先輩は嫌でーすと言って、仕舞ってしまった。 ぎりっと歯を食いしばった笠松先輩は、なぜか黄瀬くんの頭に拳骨をして前に向き直る。 「痛いっス!」 「黄瀬も静かにー」 「すみません!」 「ドンマイ名字」 「小堀先輩ー」 ぽんと肩を叩いてくれる先輩に泣きつき、疲れてるしとりあえず寝ようなと言われ、渋々目を閉じた。 のだが… ぶーぶーぶーぶーぶー ポケットに入れてあった携帯が連続で振動するので、私はごそごそと携帯を取り出す。 隣の小堀先輩も同様に、自分の携帯を取り出していた。 すると前の方の4人もごそごそ動いている。 どうやら、私だけではなく一斉にレギュラーたちにもメールが届いたらしい。 画面には『中村 真也が画像を送信しました』と出ている。 そのメールを開くと、ドッキリの写真が大量に送られてきていた。 中村が全員に送ったのか! 「ぷっ」という笑いが前の2人から小さく聞こえた。 「「中村ああああ!!」」 思わず立ち上がって後ろに座っている中村に怒鳴る。 重なった声に振り返ると、笠松先輩も同時に怒鳴っていたらしい。真っ赤な顔をしている。 「どうしたんだ笠松、名字!静かに!」 しかし改めて監督に怒られ、他の部員たちは怪訝な顔をしてこちらを見ているし、当の中村は狸寝入りをしている。 すみませんとまた謝って、私と笠松先輩は席に座る。 森山先輩と黄瀬くんが笑っているのが分かり、後ろから座席を蹴り上げておいた。 小堀先輩も、窓の外を見ているようで笑っていたの、知ってるから。 拳を作って軽く小堀先輩の肩を殴る。 ごめん、と小声で謝られては許すしかないけど…。 とりあえずバスを降りたら中村をシバこうと決めて、やっと私は大人しく眠りにつくのであった。 「名字、着いたぞ起きろ!」 「ふぇ?」 がくがくと頭を揺さぶられる感覚にうっすらと目を開けた。 すると私の顔を覗き込むようにしている笠松先輩がいた。 パチッと瞬きをして、一瞬でここがどこで自分が誰であるかを確認する。 ここは合宿の帰りのバスの中で、私は海常2年バスケ部マネージャーの名字名前である。 よし、完璧だ。 「ぼーっとしてんな、小堀が下りられないだろ!」 バシッと頭を叩かれて私は右側に視線を送った。 小堀先輩がいつものように微笑んで、こちらを見ていて、私が凭れていたことに気づく。 「わーすみません小堀先輩!」 慌てて立ち上がり、荷物を持って通路へ出る。 部員たちもそれぞれ荷物を抱えて下りたり、まだ寝ている部員を叩き起こしている様子だった。 バスを降りて監督の話を聞いて、割とすぐに解散になった。 みんなどろどろに疲れていて、きっと帰ったらすぐ寝てしまうのだろう。 私も明日のオフは1日寝て過ごそうと決めながら、カバンを肩にぶら下げてだらしなく歩き出す。 あ、そういえば中村シバくの忘れた。 まぁいいや今度で。 「うぅ、疲れた…」 足を引きずるようにして歩く。 お風呂も入らずに寝てしまいたい。 バスの中で中途半端に寝たせいで、身体が異常にだるいのだ。 「大丈夫か?」 「へ?」 後ろから聞こえた声に、少し遅れながらも反応する。 振り返ると笠松先輩が立っていた。 前かごと後ろの荷台に荷物を乗せた自転車を引いている。 「すげーだるそうに歩いてるけど」 「疲れましたもん…」 「目が死んでるな」 かたや先輩はしゃんと背筋を伸ばして立っている。 顔もいつものように凛々しい。 さすが主将だ。 「ほら荷物貸せ」 ぼーっと先輩のことを眺めていると、先輩が手を差し出してきた。 「は?」 「は?じゃねぇよ。それ、重いだろ」 私の肩にぶら下がっている旅行用のカバンを指差していた。 「え、いや、持てますよこれくらい自分で!」 慌てて両手を振って答えるが、先輩は頑固だった。 「自転車に積んでやるから貸せ」 強引とも言える勢いで私の手からカバンを奪うと、前かごに入っている先輩の荷物の上に重ねた。 「あぁ!先輩のカバン潰れちゃう!」 「潰れて困るようなもの入ってねぇよ」 恐縮する私をよそに、笠松先輩は前を向いて歩き始める。 私も手持ち無沙汰であるがその隣に並んだ。 「…合宿どうだった?」 「楽しかったです」 「ぷ」 「なんで笑うんですか!」 笠松先輩が地味に吹き出したのを私は聞き逃さなかった。 別段面白い回答をしたつもりはないのに、なぜ笑うのか。 先輩もやはり疲れてしまっているのかもしれない。 少し心配になっていると、笠松先輩が少し笑ってから口を開いた。 「いや、あんなに過酷な合宿だったのに、感想の初めに出てくるのが楽しかったって…」 「え?」 「名字らしいな」 「え…」 さっきから「え」しか言ってない。 けれど笠松先輩が急にそんなこと言い出すから、戸惑って言葉が出てこないのだ。 「疲れたとか、大変だったっていう感想が初めに出てこないから、やっぱりお前はすごいやつだと思う」 そんな風に褒められて、どうしたらいいのか分からない。 思わず俯いてしまった。 な、何か言わなきゃ… 「だだだって、それは先輩たちがいてくれたから…」 「は?」 「私は、笠松先輩と一緒だったから楽しかったんですよ!大変なことも乗り越えられたんです!」 焦って言い訳のように捲し立ててしまう。 先輩の反応がないので顔をあげると、なぜか顔を紅くして口をぽかんと開けてこちらを見ていた。 「先輩?」 どうしたというのか。 目の前で手を振ってみると、ハッと我に返ったような表情をする先輩。 「おっお前は…本当に、もう」 片手で口元を覆って、先輩は私から顔を逸らした。 耳まで紅いな、とその横顔を冷静に分析する。 「私変なこと言いました…?」 少し不安な気持ちを堪えて尋ねるが、先輩は何も教えてくれなかった。 「言ってねーよ!ごちゃごちゃしゃべってねーでさっさと歩け!」 それどころか私の後頭部に勢いよく手をかけ、そのままぐいっと頭を下げられる。 急に触れられたことに心臓が高鳴るが、先輩は手を離してくれない。 「ちょ、痛いです先輩!」 「うるせぇ!」 「っていうか、合宿どうだったって先輩が聞いてきたから答えたのに!」 理不尽!と声をあげて反抗するも、鬼主将には効果なく…。 ぐしゃぐしゃになった髪の毛をそのままに、私は自宅へ辿り着いたのでした。 「そういや亀は?」 「亀吉は友人宅に預けてます」 「そうか…」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 140212 ←*→ |