封筒がもたらした謎。





合宿の後あれよあれよという間に日にちは過ぎ、私たち海常バスケ部の夏が終わった。

いや、季節は夏真っ盛りなのだが。

IHが終わり、悔し涙を飲んで冬に向けてまた力を込めて練習に励んでいる。








「名前…」

「どうしたんですか森山先輩そんな真剣な顔で」

「花火大会の日だけどさ…」

「その話ならしません。試合に集中してください」

「ちょ、まだ途中じゃないか」


今日はうちの学校で練習試合をしているのだが、休憩中に森山先輩が寄ってきた。

予想通りくだらない話だと分かったので、すぐに会話を断ち切る。


「浴衣着てきてください」

「嫌です」

「早い!!」



森山先輩が何日か前からお願いしてくるのは、今度花火大会に行く際に浴衣を着てきてほしいということなのだ。

私だって着たいのは山々である。

しかし問題が多く存在していた。

まず、物理的に浴衣を持っていない。

正確に言うと、今の家には浴衣がない。

実家にある浴衣は置いてきてしまっているし、もし持ってきたとしても私は自分で着ることが出来ないのだ。



さらに言い訳すると、花火大会に行くのはいつものレギュラーメンバーと私である。

大男5人の中で1人浴衣を着る勇気が私にはないのである。

周りの目もあるし、それに1人はりきっているようで恥ずかしい。

しかも笠松先輩もいる。

浴衣なんて着て

「なにこいつ部員の前ではりきってんだ恥ずかしいやつだな」

なんて思われようものなら翌日から部活に出られなくなる。





「まぁ、なんか色々と大変みたいだな…」


森山先輩がちょっと引いたような顔をしてこちらを見ていたので、どうやら私はぶつぶつと浴衣を着ることが出来ない理由を口にしていたらしい。

なんだか引き気味の森山先輩は、私の浴衣を諦めてくれたようだ。結果オーライ。







「それにしても…」

森山先輩が辺りを見回しながらまた話し始める。

「なんですか」

「夏休みだというのに、ギャラリーの多いこと」

「…そっすね」


ため息が出るのも無理はない。

楽しい楽しい夏休みだというのに、体育館は黄瀬くん目当ての女子でいっぱいである。

せっかくの夏休みなのだから、こんな汗臭いところにいないで海でも山でも遊びに行けばいいものを。


「汗臭いとは失礼だぞ名前くん」

「あ、すみません本音が」

「…」


そんなことをしゃべっていると、ギャラリーの中にクラスメイトを見つけた。

目が合い、手を振られたので振りかえす。

まだ休憩終わるまで時間あるし、声かけに行こうかな。


「な、と、友だち?」


私がいざギャラリーのもとへ踏み入ろうと足を進めると、森山先輩に襟首を掴まれた。


「はい、同じクラスで」

「運命だ。連絡先を…」

「無理です。黄瀬ファンです」

「…黄瀬のくそヤロー!!」



遠くで「えっなんスか突然!?」と怯える黄瀬くんの声を背中に、私はギャラリーの中へ踏み入った。





「名前お疲れー!」

「そっちこそ夏休みなのにご苦労様だねー」

クラスメイトのそばまで行き、私も身体を休める部員たちを見つめた。


「夏休みなのに部活頑張る黄瀬くんが見たくて」

「へーすごーい」

「ちょっとバカにしてんの?」

「いえ滅相もない」


私にとっての黄瀬くんと言えば、バスケ部の後輩であり頼れるエースであるので、それ以上の感情を持てない。

黄瀬くんが入学してまだ生意気真っ盛りだったころは、ギャラリーたちから

「あのマネージャーずるい」

というような視線を受けていたが、いつのまにか妬みの対象からは外れてしまっていた。




「それにしてもこのギャラリーの中に入るのは勇気がいったよ」

「なんで?」

春頃のあの視線を思い出すと、軽く身震いがする。

3年のお姉さま方に睨まれていたときは本気で部活を辞めるか悩んだものだ。

まぁ1日で続ける決断をしたけど。


そんなことを軽く説明すると、クラスメイトはあははと笑い始めた。

「な、何がおかしいのさ!」

こちらとしては本気で怖かったのだから笑われるとは心外だとぷんぷん怒ってみる。

しかし彼女は反省することなく


「あんた知らないんだ」


とこちらを見てニヤニヤしている。怖い。


「な、なにが」

「最初は黄瀬くんファンはみんな名前のこと妬んでたんだけどね、しばらく見学してるうちに気づいたんだよ」

「え?」

「名前は敵じゃないって」

「どうゆうことでしょうか」

さっぱり意味が分からない。

敵認定されなくなったことは良かったけれど、その理由が気になる。

なぜ黄瀬ファンの皆様は私をお許しになったのか。


「だって名前いつも主将の人にシバかれてるでしょ」

「う、うん」

「それ見てたら、『なんだあの子ただのバカなのか、黄瀬くん狙ってるような感じじゃないね』ってもう興味無くなったんだよ」

「はい?」


あれ、なんだかすごく失礼じゃないの?

ただのバカってなに?

確かに私はしょっちゅう遅刻や居眠りがバレて笠松先輩にシバかれているけれども。

それを見て「黄瀬くんに相手にされそうもないし大丈夫か」と思われてしまったということなのか。



「良かったね、黄瀬ファン公認のマネージャーになれて」

「え、う、うん良かったのねこれは」

なんだか納得いかない気がしないでもないが、まぁ、結果的には良かったのかも。

これこそまさに結果オーライなのか。






「あ、そろそろ休憩終わるから行くね」

時計を見て、クラスメイトにそう告げると私は体育館の中へ一歩踏み込んだ。

すると

「あの」

「ひゃい!?」

突然後ろから声をかけられ、上ずった声で返事をしながら振り返ってしまう。

そんな私を見て少し驚いたような表情をしているのは、小さくて可愛らしい女の子だった。




「マネージャーの方、ですよね?」

おずおずと尋ねられ、私は頷いた。

誰だろう。知らない子だ。

その初々しい表情から察するに1年生だろう。

可愛い子に声をかけられるなんてちょっといやかなり嬉しい。

森山先輩に後で自慢してやろっとうふふふふ。



「あの…」

多分顔には出していなかったと思いたいが、私の不審な様子に少し怯えたような顔をして、女の子が声をかけてくる。

「あ、な、なんでしょうか?」

思わずこちらも丁寧な言葉遣いになり、返事をする。



「こ、これ、笠松さんに渡してほしくて…」

「え?」


彼女がすっと伸ばした手の先には、何やら封筒がある。

え、と、もしかして…これは…。



「す、すみません、お願いします!!」


ギュッと目をつぶってこちらに封筒を差し出しているこの女の子の顔を私はボケッと眺めていた。

もしかして、もしかしなくてもこれは所謂

らぶれたー

という代物ではないでしょうかね。


封筒を差し出したままの彼女と、それに驚いている私。

両者揃って固まってしまった。






「名字?」


突然背後から声をかけられ、意識を取り戻す私。

しかもその声は、今ちょうどタイムリーすぎる人物のもので。


「あっかっかさまちゅ先輩!?」

「なにやってんだ、もう休憩終わる…あっ!!」



不思議そうに近寄ってきた先輩は、私のそばで私と同じようにびっくりしている女の子を見て、顔を引き攣らせた。

まさか近くに女子がいると思わなかったらしい。

一歩下がってしまった。



「お、お願いします!」

「へぁ!?ちょ!?」


そう一言述べると、彼女は私の胸にタックルする勢いで封筒を押し付け、逃げてしまった。

いやぁ足の速い子である…。

なんてことを冷静に思いつつ、私は女の子の後姿を見送った。




「お、おい?どうしたんだ…?」

女子が思ったより近くにいてビビってしまった笠松先輩が、不安そうな顔で尋ねてくる。

「あ…」

そんな先輩を見て、自分の手の中にあるものを思い出した。


これ、笠松先輩に渡してって言われたよね…。

ラブレターだよね…?

ハートのシールが貼られた、いかにもな外見をしているそれを、笠松先輩には見られないようにサッと隠した。

「なんでもないです!道聞かれただけです!」

「道?校内だろ?」

「そういうこともあるんですねーhahaha」

「なんで片言なんだよ!」


先輩も女子がいなくなったことで落ち着きを取り戻し、きちんとツッコミを入れてくれたので安心する。

とりあえずこの手紙のことは後で考えようと決め、私は試合へ戻った。










あっという間に部活は終わってしまった。

荷物を片づけながら、自分のカバンに入れてあるあの封筒のことを思う。


どうしよう。

渡さなきゃいけないよな…。

強引だったとはいえ、受け取ってしまったのだ。

これで渡さないなんてことは人間としてやってはいけないことである。

でも…

女子として、笠松先輩に恋する者としては…


「わ、渡したくない…」


だって、あんなに可愛い子だし。

いくら笠松先輩だって好きになっちゃうかもしれないし。



今まで笠松先輩に恋する女の子が現れたことがなかった。

いや、強豪バスケ部の主将を務める彼だから、きっとそんな先輩に思いを寄せる女の子はいるだろう。

黄瀬くんのギャラリーに混ざって、笠松先輩(やその他の部員)のことを見つめている女の子たちだっているかもしれない。

私の前に現れなかっただけで、きっと笠松先輩のことが好きな子はたくさんいる。



そしてついに行動を起こす子が出てきたのだ。

それも、笠松先輩にいつもシバかれているただのバカなマネージャーにでも頼りたくなるほどの想いをもった子が…。


そんなことを考えては悶々とする。

きっとこの手紙を託してきた子は、まさか私が笠松先輩に恋をしているなんて思ってもいないんだろうな。

想いを伝えたいけど、直接近寄る勇気が出なくて、それで女の私にお願いしてきたんだ。

そんな一生懸命な想いを、私が「渡したくない」なんて捨てていいわけがない。

笠松先輩のことは、どの女の子よりも好きだって自信持って言えるけど、マネージャーという立場に甘えている私なんかよりもよっぽど彼女の方が頑張っている。

渡さなくては。



もし、先輩があの子を好きになって、告白を受け取ってしまったら…。



そんな不安が消えなくて、今にも逃げ出したいけれどそうもいかない。

部員たちの前で渡すことはできないので、笠松先輩が自主練を終えて出てくるのを校門の前で待つことにした。








「うお!?」

かなり暗くなった頃、笠松先輩が現れた。

私が立っているとは思わなかったのか、「なんでまだいるんだ」と驚いている先輩に、私は一瞬言葉に詰まる。


「あの…」

「どうした?」


カバンの中に手を伸ばしかけ、それでもうまく言葉が出てこない。

渡さなきゃという思いと、それでも怖いと思う気持ちが頭の中でぐちゃぐちゃに駆け回る。

そんな状態になってしまった私を心配してくれたのか、先輩は自転車から下りた。


「とりあえず、歩くか」

「…はい」


きっと家まで送ってくれるのだろう。

私がちゃんと話せるようになるまで、先輩は待ってくれるのだ。

どうしよう。

こんなに格好良くて優しい先輩を、取られたくない。

でも先輩は私のものじゃないんだから、あの子の手紙を渡さなくちゃ…。









結局何も言えぬまま、私のマンションの下まで来てしまった。

エントランスから漏れてくる光が私たちを照らす。


「何かあったのか…?」

少し遠慮がちに聞いてくる先輩は、おそらく心配してくれている。

私は首を大きく横に振って、それを否定した。



「じゃあ、どうした?話せることだけでいいけど…」

先輩優しすぎます。

気遣って無理に聞こうとはしないという先輩の姿勢に、胸がちくちくと痛む。

あの女の子にも、こんな風に優しくしてあげる時が来るのかもしれない。

それでも、先輩が選ぶ子なら私は応援しなければいけない。

あんなに可愛い子から好かれるんだ、嬉しくないわけがない。

私が我儘であの子の想いや、先輩の出会いの機会を踏みにじることはできない。

勇気を出そう。





「あの、これ…」

カバンの中に手を突っ込み、手紙を取り出して笠松先輩に差し出した。

「なんだこれ?」

先輩はすんなりとそれを手に取る。

しかしくるりと裏返し、ハートのシールを見た途端、先輩の身体が強張ったのが分かった。



「え、名字?これ!?」

きっとその封筒の持つメッセージが大まかに分かったのだろう。

顔を紅くして慌てていた。

私は一瞬唇を噛んでから、なるべくいつもの声で、いつもの調子で話し始める。




「そ、それ!笠松先輩に渡してって頼まれちゃったんですよー!!」

「は?」

「いやぁなんか、可愛い女の子が急に来て、渡してくださいって。本当、小さくておしとやかな感じの可愛い子!」

笠松先輩が何も言わないのをいいことに、私はさらに捲し立てるように言葉を続けた。


「笠松先輩やるじゃないですか!うらやましー!あんな子に好かれちゃうなんて!森山先輩悔しがるだろうなぁー」

「…」

「あ、ちゃんと読んで返事してあげてくださいね?可愛くていい子そうだし、絶対先輩も気に入ると…痛っ」


そこまで言うと、急に腕を掴まれた。


笠松先輩は少し俯いていて、どんな顔をしているのか分からない。

「せ、先輩…?」

掴まれた手首が痛い。

普段シバかれることは多々あるが、こんなに痛いと思ったのは初めてだ。

そう認識すると、なんだか心がざわざわとして落ち着かなくなる。


「んで…お前が…」

「え?」


俯いたままの先輩が何か話しているようだ。

いつもの声と違って、すごく聞き取りにくい。

思わず聞き返すと、先輩は顔を勢いよくあげた。


「なんでお前が渡すんだ!」

「えっ…」

突然怒鳴るように言われ、身体が竦む。

普段の怒り方と違う。

温かさがなかった。

冷たくて、悲しい怒りだと感じる。


「…なんで」

「あの…」


笠松先輩の手から力が抜けて、私の手首は解放された。

「…悪い」

先輩は小さくそう言うと、自転車に跨がって立ち去ってしまった。



何が起きたのか、頭がついていかない。

どうして先輩が怒るのか。

私は先輩の後姿が見えなくなっても、マンションの前に立ち尽くしていた。

掴まれた手首は熱を持ったままだった。












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140213
森山先輩はぴば


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