形だって大事なんですから。






と、いうわけで合宿最終日。あっというまでした。

え?私?

えぇ、ばっちり寝坊してシバかれましたよ。通常運転です。








最後ということもあり、練習はいつも以上に白熱していた。

それぞれ課題をクリアしたり、新たな課題を発見したり有意義なものだったと思う。

でも、そんな練習も終わり…。






「うおぉぉ!海だあああああ!!!」

「おとなしく飯食え早川!」








そう、最終日の目玉。海水浴が待っているのです。

何のために海のそばで合宿しているのか?

もちろんこのためである。いやそういうわけじゃないけど。

毎年、最終日の午前練習が終わると、午後は海で自由に遊んでいいことになっている。

日焼けするもよし、遠泳するもよし、筋トレするもよし、ビーチバレーするもよし。

部員は思い思いに過ごすことができるので、毎年このイベントは部員たちにとってつらい合宿を乗り越えるためのご褒美のひとつでもあった。








「名前先輩?」

部屋をノックされる音に、肩が跳ねる。

上ずった声で返事だけすると、まだっスかー?と呑気な声が聞こえた。

「や、ちょっと待、どうしよう」



今更だが、海ということは水着である。

今年海に行く機会は、きっとこの合宿が最初で最後であろうということで私は水着を新調した。



せっかくの女子高生ライフ、可愛い水着着なくちゃもったいないじゃん☆



なんて言葉を吐いたマイフレンド、そしてそれにノリノリになってしまった愚かな自分を殴りたい。あぁ。

そもそもちょっと冒険してみようと思ったのが間違いであった。

去年着た大人しめのセパレートタイプの水着にするべきだったのだ。

部活だし、女子自分1人だし、わざわざビキニにする必要ってなかったんじゃないかな…。

下はデニムのショートパンツを履いているが、上は普通に可愛らしいビキニ。

だって、店員さんが可愛いっていうんだもん。

新作らしいし…つい買っちゃうよね。

しかもそのノリノリのテンションのまま持ってきちゃうしさ。






「なにぶつぶつ言ってるんスかー?」

頭を抱えてウンウン唸っているとドアの向こうから黄瀬くんの声がして、ハッと我に返る。

仕方ない、とりあえず持ってきていたTシャツを被り、私は自分の部屋を出た。




「海楽しみっスねー」

「黄瀬くんって日焼けしていいの?」

「あんまり焼けない方スけど、ちゃんと対策はしてるっスよ」

ピースしながら笑顔を見せるこいつは、やっぱりモデルなんだなと感心する。

「それより先輩はどんな水着なんスかー?」

「聞かないで…」

2人で外へ向かいながら私はまだドキドキしていた。

それにしても迎えに来てくれるなんて黄瀬くんは優しい後輩である。





















「え」

「なにどうしたの黄瀬く…あ!?」




外へ出た途端足を止めた黄瀬くんに気づき、私も顔をあげる。





「よう、黄瀬」

「久しぶりだねきーちゃん!」





「ああああああ青峰っち!?」









なんかいた。






















とりあえず、他の部員たちのもとへ向かう。

するとそこには桐皇学園バスケ部がそろっていて、私と黄瀬くんは腰を抜かしかけた。

なんでも、私たち海常と入れ違いでこの合宿所の体育館を使うことになっているらしい。

向こうはそれを知っていたらしいが、知らなかった私たちは驚愕ものだ。

監督も知らなかったのかな…。





「よー久しぶりだな名字」


ガシッと頭を片手で掴まれ、私は震えあがる。


「あ、青峰っち!何するんスか!」

「大ちゃ…青峰くん!いじめちゃだめ!」

私の頭を高い位置から掴んでいるのは桐皇のエース、青峰大輝である。

そんな彼を黄瀬くんと桃井さんが叱ってくれていた。

ていうか、いじめちゃって…私の方が年上なんですけど。





「ごめんなさい名前さん、青峰くんが…」

「いいよいいよ!それよりもすごい偶然だね!」

「そうですねーって私たちは知ってましたけどね」

うふふと笑う桃井さんの目が少し光っていたのはなぜだろう…。



「名字、お前青峰たちと知り合いだったのか?」

すると今まで桐皇の主将と話していた笠松先輩が近寄ってきた。

そして桃井さんに挨拶され、顔を紅くしながら少し後ずさる。

なんだその照れっぷり。




「あー…知り合いというかその…」

あまり言いたくない、彼らと親しく?なった経緯は。

答えあぐねていると、ずいと青峰くんが出てきた。


「前、試合会場で迷子になってるこいつをオレとさつきで助けてやったんだよ」

「あ!」

「はぁ?」

「青峰くん!こいつなんて言い方ダメでしょう!先輩だよ!」

「あんなところで迷子になるのが先輩かよ」

「こら!」

「ちょ…」




…言ってほしくなかった理由はこれである。

笠松先輩が睨んできているのを横顔に感じながら私は冷や汗を流していた。

「うちの、マネージャーの、名字が、試合会場で、なんだって?」


「しぇ、しぇんぱい…」

口は笑っているのに、目が笑っていない笠松先輩は、青峰くんにゆっくりとした口調で問う。

私は後ろで子羊のように震えることしかできない。

桃井さんと黄瀬くんは心配そうにあわあわとしているし、今吉さんはニヤニヤしているし、野次馬根性で近くに来ていた部員たちは、地味に肩を震わせている。(後でシバく)


「だから、前に合同練習試合があったどっかの体育センターで、海常の名字が迷子になって彷徨ってたのを、オレとさつきで控室まで送ったんだよ」


「そうか…それは迷惑をかけたな」


笠松先輩が青峰くんと今吉さんに頭を下げていて、今吉さんがええってええってとか言って笑っている。

そして先輩は私の方を振り返り、拳を震わせていた。



「名字、話がある」

「いやそれはホントすみません!!」

「なに他校の皆さんに迷惑かけてんだ!しかもなんで報告しないんだ!!バカか!!」

「ぎゃー!ごめんなさーい!!」

脳天に響く拳骨を食らい、私は泣きながら逃亡した。

もちろんすぐ捕まるんだけどね。

そして今吉さん笑いすぎですひどいです。

ばらした張本人の青峰くんもすでに興味なしみたいでひどい。




殴られた頭を押さえて泣いていると、桃井さんがよしよしと撫でてくれた。あれ、天使?

笠松先輩は、近くに桃井さんがいると挙動不審になってしまうらしく、不満げな顔でこちらを睨んでいる。

なんとか爆発的な怒りが収まったことに安堵して、私は改めて落ち着いて桐皇の選手たちを見た。


「桐皇のみなさんは今から練習なの?」

桃井さんに尋ねると、少し困った顔で首を横に振った。

「その予定だったんですけど、監督が遅れることになってしまって…」

到着するまでは海でのんびりします、とのことだった。

せっかくちゃんと起きてきたのによーとか青峰くんが文句を言っているのを、少し親近感を覚えながら聞く。

黄瀬くんは単純に中学の頃のチームメイトに会えたことが嬉しいらしく、1人はしゃいでいた。




そういえばうるさい早川と、超絶美少女がいればうるさい森山先輩が見当たらない。

小堀先輩に聞くと、浮き輪を持ってくるのを忘れた森山先輩が、早川を連れてコンビニまで買いに行ってしまったらしい。

本当に残念な先輩である。





「海常さんはこれから自由時間ですか」

「うん、海で遊ぶんだ」

「わぁ!いいなぁー」

桃井さんときゃっきゃとはしゃぐのがとても楽しい。

この合宿中はずっと男子といたので、女子同士できゃぴきゃぴすることが出来なかった。

もうすぐで私まで男になってしまうところだった。

なんてことを考えていたら桃井さんに電話がかかってきた。すみませんといって少し離れて行ってしまう。



しょぼんとしていると笠松先輩が寄ってきた。


「中村たちがビーチバレーやりたいって言ってたぞ」

「やればいいじゃないですか」

「お前とだよ」

「え、なぜ…」

「そりゃあお前、面白いからに決まってんだろ」

「絶対にやりません。出来ません」

遠くでビニールのボールを投げあっている奴らに冷たい視線を送る。

運動音痴をバカにする者どもは溺れてしまえ。


笠松先輩と向かい合って話していると、ふと視界が暗くなった。

首だけ振り返ると後ろに青峰くんが立っていて、どうやら私はその影の中にいるらしい。


「名字は泳がねーのか?」

「アノ、ワタシ、センパイ。コウコウ、2ネンセイ」

ひくつきながら説明するもうるせーなと一蹴されてしまう。こんな後輩いやだ怖い。

笠松先輩が「こら」と地味に怒ってくれるのが嬉しかったけど。


「で、泳がないのか?」

なぜそんなことが気になるのか分からないが、一応答えてやる。

「泳ぎは得意じゃないし、ちょっと浮かぶくらいならするつもりだけど…」

「じゃあなんでお前だけ水着じゃないんだよ」

「え、そ、それは」

「そういえばそうだな」

笠松先輩にも疑問を投げかけられそうになり、ちょっと焦る。

ビキニが恥ずかしいのでTシャツを着ているんですよとはさすがの私も言い辛い。

「い、一応この中に着てるんですけどね!日焼け対策ですよ!黄瀬くんを見習って!!」


苦し紛れの言い訳を笠松先輩に向き直って、身振り手振りを交えながらする。

ふーんと、先輩は大して興味なさそうだった。でしょうね。




するとまた後ろから声が聞こえる。

「せっかく海来てんのに水着にならないとか」

バカじゃねーの、という言葉とほぼ同時に、私の腹のあたりに、後ろから腕が伸びてきた。

そしてガバッと着ていたTシャツを捲り上げられる。


「え」

「ちょ!?」

「きゃー!!」

「おー」





え、なに?どういうこと?

なんで青峰くんが私のTシャツ捲り上げてんの?

そしてなんで黄瀬くんが悲鳴あげてるの?

え、ていうかなんで笠松先輩は倒れてんの?



疑問ばかり浮かんで硬直していると、

「何してんの青峰くん!!」

という桃井さんの甲高い声が聞こえ、その瞬間青峰くんは吹き飛んでいた。

あんな巨体を殴り飛ばすとはおそるべし女子パワーである。


同時に黄瀬くんが飛びついてきて、私の捲り上げられたTシャツを元に戻しながら涙ぐんでいる。

「名前先輩、青峰っちに変なことされなかったスか!?」

「え、や、されたよね今」


なんてことを言っていると、今度は小堀先輩の叫び声が聞こえる。

「笠松!?笠松ーーーー!!!」

全員何事かと今更ながらに彼らの方を見た。

あ、そういえば。

先ほどの混乱の中で、笠松先輩が倒れていたことを思い出す。

慌てて黄瀬くんと駆け寄ると、なんと先輩は鼻血を出して気絶していた。


「笠松先輩!?なんで!?」

なぜ先輩が倒れていて、そして鼻血まで出しているか。

驚いて先輩の身体を揺さぶる。そして小堀先輩に止められた。



「もしかして…名前先輩の水着姿至近距離で見たから…」



黄瀬くんがぽつりと零す。

小堀先輩はあぁ!という口にしながら、コクコクと頷いた。

ちょっと待って、え?私のせいなの?



「海常の主将は純情なんやなー」


相変わらずニタニタ笑っている今吉さんに少し恐怖を覚えながらも、私はとりあえず笠松先輩の肩を叩いた。

「先輩!大丈夫ですか!?」

すると先輩は目を開き、あれ?といった顔で起き上がった。

ホッと一息つくと、小堀先輩がとりあえず水道に連れて行こうと笠松先輩を立ち上がらせる。







「青峰っち!笠松先輩と名前先輩に何するんスか!」

「何すんのさ!」

黄瀬くんがぷんぷんと怒っている。

私もまだ混乱しているが、一緒に怒ってみた。年上の威厳を見せつけなければ。

しかし


「別に。おっぱいの大きさ見ようかと思って」

しれっと言う青峰くんに、私と黄瀬くん、そして桃井さんも顔面蒼白にして固まる。

なんだこいつ。





「き、急にそんなことしちゃダメに決まってるでしょ!何考えてるの青峰君は!!」

桃井さんが怒鳴るようにして叱ってくれているが、青峰くんには全く効いていないらしい。

へーへーと言って耳をほじっている。

もう一度言う。なんだこいつ。





「でも」

青峰くんが、私に視線を遣りながら口を開いた。

思わず身構えてしまう。

黄瀬くんも同じことを考えたのか、ちょっと私を守ろうとしてくれた、優しい。

そんな黄瀬くんの優しさにきゅんとしている私を地獄に突き落とすかのように、青峰くんは言葉を続けた。



「思ったより貧乳だったな」






………。

名字名前、初めて殺意というものが芽生えました。


「青峰っち失礼っスよ!」

「そ、そうだそうだ!」

「そういうことは思ってても言っちゃだめっス!」

「そうだそう…え、黄瀬くんもひどくない?」


私はTシャツの胸元を押さえながら青峰くんに抗議した。

黄瀬くんの爆弾発言も聞き捨てならないのだが。

なんだこの1年ども。ひどすぎる。





「女はおっぱいが命だぜ、なぁ」

青峰くんの視線が、私たちの後ろの向けられていることに気づいて振り返ると、そこには顔を真っ赤にした笠松先輩がいた。

いつの間に戻ってきたのか。

片手で顔を覆って、言葉にならない声を漏らしている。




「男は大きい方が好きなんだよ、仕方ねぇ」

「でも小さくても名前先輩は可愛いっス!」

「え」

「可愛くてもおっぱい小さかったら魅力半減だろ」

「名前先輩は別!小さくても魅力的っス!」

「ちょ」

「大きい方がいいよな!笠松サン!」

「笠松先輩は小さくてもいいっスよね!?」

「ま、」

「え!?」

なぜか白熱している青いのと黄色いのが、笠松先輩に矛先を向けた。

先輩はあう…と声を詰まらせ、一瞬私を見た。

分かる。私には分かるぞ。

巨乳好きの笠松先輩の言いたいことが。

この…

この…




「変態ヤローどもが!!!!!」

3人に渾身の腹パンを決め、溺れろ!と吐き捨ててから私は逃走した。

















と、逃げた先には早川&森山先輩。

鬼のような形相をしていることに怯えた2人は一瞬、私のことを避けようとした。このやろ。

「どうしたんだ?」

「セクハラされました」

「えっ誰に!?」

「笠松先輩」

「は!?」


さすがの森山先輩も驚いている。

まぁ、私が盛った話だということは一部始終を説明する中で理解したようだが。

そして森山先輩は話の中の「桃井さん」というワードに反応して、ものすごいスピードで走って行ってしまった。

私はその後ろ姿を白い目で見ながら、早川と歩く。



「も(り)やま先輩、足はえーなー」

「…そうだね」

早川が今回の合宿でどれだけリバウンドが上達したのかをとても嬉しそうに語ってくるので、少し可愛く見えてしまった。



「ね、早川」

「なんだ?」

「早川も…やっぱり胸大きい女の子が好きなの?」

「んんー?」

じとっとした目で見上げながら尋ねると、早川は首を傾げた。

「そんなの気にしたことないか(ら)なー」

「え、そうなの?」

「オレは今の名字も面白くて好きだぞ!」

「あ、ありがとう…」

早川、あんたって良いやつだったんだね…。

面白いってのがちょっと引っかかるけどスルーするから。

今までいじめてごめんね。これから控えるね。


「そんなことよ(り)、でかい浮き輪楽しみだな!!」

とすでに膨らませてある浮き輪を持って、うきうきした表情の早川を見て、さっきまでの怒りはどこかへ行ってしまったのだった。







「あ!キャプテーン!!」

早川がブンブンと手を振っているので、私もその視線の先を追う。

そこには少しばつの悪そうな笠松先輩がいて、そばでは森山先輩が蹲っている。

小堀先輩がそんな森山先輩の背中を撫でているようだった。



「もう…桃井さんいなかった…」


どうやら桐皇の監督がやってきて、彼らも練習するために体育館へ行ってしまったらしい。

桃井さんに会うことが出来ず、くうっと涙している森山先輩は、浮き輪を使って遊びたいらしい早川と小堀先輩に引きずられていく。

私も後に続くように歩き出した。




「名字」


後ろから笠松先輩に呼び止められる。

はい、と振り返ると笠松先輩は真剣な顔をしてこちらを見ていた。


「さっきは、すまん」

そして大きく頭を下げて謝罪される。

え、なにこれ。

「お前の気持ち考えずに傷つけちまって…」

さっきって、あの巨乳貧乳騒動のことか。

笠松先輩、私がそこまで傷ついてると思ったのかな。

先輩…

真面目すぎでしょ。


目の前で頭を下げている笠松先輩を見ていたら、笑いがこみ上げてきて抑えられなくなった。


「ぶ…」

「?」

つい漏れた息に、先輩がちらりとこちらを見る。

あ、上目遣い可愛…じゃなくて…。


「き、気にしすぎですよ先輩!私そんな傷ついてないですもん!」

「そ、そうなのか」

「そうですよ、なのに先輩ったら…」

そう言ってたら、本格的に笑いが抑えられなくなって、私は大声を出してげらげらと笑ってしまった。

笠松先輩が呆然としてこちらを見ているのが分かったけど、笑うのを止めることが出来ずにずっと笑っていた。

最終的に笑うなシバくぞ!とシバかれて終わったけど。

笠松先輩がいい人すぎることを改めて実感したのであった。






「おーい笠松!名前!泳がないのか?」

森山先輩の声で、私たちは顔を合わせてから、彼らのもとへ足を運んだ。

小走りで海に向かいながら、私はTシャツを脱ぎ捨てる。

やっぱり濡らしたくないからね。

「な!?」

ばたん!

偶々こちらを見ていたのか、笠松先輩がズルッと足を滑らせて後ろにひっくり返ったのを見て、私も海にいたメンバーもまた大慌てするのであった。












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