あなたの吐息を半分もらった幸福なわたし


朝起きて、リビングへ向かうとすでにテレビがついていて。
お天気お姉さんがとても嬉しそうな顔をしている。きっと1日いい天気。

続いて始まる占いコーナー。
星座ランキングを少し緊張して見つめる私。

「やった!」

絶好調の1位、何をしてもうまくいくらしい。
ラッキーアイテムもきちんとチェックして。
名字 名前、今日もはりきっていきましょう。



   あなたの吐息の半分をもらった幸福なわたし



丁度良い天気に、丁度良い気温。
制服のスカートをはためかせ、スキップをするように歩いた。

「名字っち、おはよっス」

後ろから聞こえた声に、くるりとふり返る。
見なくても分かってたけど。

「なんだ、黄瀬か。おはよ」
「なんだなんてヒドイ!」

泣き真似をしながらもちゃっかり私の隣に並ぶこいつとは、中学時代からの友人。

「珍しいっスね。髪飾りなんて」
「これね、今日のラッキーアイテムなんだ」
「まだおは朝見てるんスかー?」
「もちろん!おは朝占いが外れたことなどないのだよ」
「完全に影響されてるっスね…」

黄瀬を介して知り合った男から教わったのは、朝の情報番組での占い。
占いにふり回されている(ように見えた)彼を、はじめはバカにしていたのだが。
あまりの的中ぶりに、いつのまにやら私が占いにふりまわされる系女子になってしまったということである。


「まぁ、ラッキーアイテムと言いつつ似合ってるっスよそれ」
「黄瀬に言われても全く嬉しくないけどね」
「そんなこと言う女の子、本当レアっスよ!」
「だって、私は黄瀬より言われたい相手がいるんだもん」
「あー、また始まった」

後ろ頭の高い位置で結ばれた、可愛らしいシュシュを指で弄ると、いつものように黄瀬にマシンガントーク。

「今日の占いはね、私の星座1位なの!しかも恋愛運が絶好調らしくて!髪飾りをつけて意中の相手に近づけば、いいことがあるんだって!だからこれをつけて今日こそ先輩に!!」
「名字っち、声が大きいっス!近所迷惑!」

あ、いけないいけない。
好きな人のことになるとつい興奮して周りが見えなくなってしまうのが私の欠点だ。
こんな朝早くから私の演説を聞かされることになる近隣住民の方々には大変申し訳なく思ってはいるけれど、恋する女子高生にそこまでの配慮を求められても困ってしまうのも事実。


「あ、噂をすれば…」

黄瀬の声につられて顔をあげると、自分の体温がぐーっと上がってくるのが分かった。
もう他に何も見えない。
近隣住民の皆さんのことなんかどうでもいいや!ごめんなさい!



「か さ ま つ せ ん ぱ −−− い!!」

「うげ!」


なんかうげ!って聞こえた気がしたけど、たぶん気のせい。
恋する乙女の武器その1、都合の悪いことは聞こえない耳!
全力ダッシュをして、大好きな人のもとへ。

「おはようございます笠松先輩。いい天気ですね。絶好のバスケ日和ですよね!」
「朝から声がでけーよ!」
「先輩だって大きいですよう。そんなところも格好いいけど!」
「…」

いつものやりとり。先輩がふいっと顔を背けて歩いて行ってしまうけど、いつものことだから全然気にしない。
私もスキップをしながら追いかけた。


「せんぱいせんぱい、何か気づいたことないですか?」
「…ない」
「じゃあちょっと私のこと見てくれません?」

ねっね、と制服の袖を軽く引っ張ると、先輩は目線だけをちらりとこちらに向けてきた。
でも、
目があった瞬間、ものすごい勢いで逸らされてしまう。
いつものこといつものこと。

「どうでした?気づきました?」
「別に」

ふふふ、そんな反応だって予想通りですよ先輩。
あえて自分からは言わないで、そのまま隣を歩いた。

気づいてくれたかな?鈍感な人だからどうかな?
そんなことを考えるのだって楽しいんだから。

「って、置いていかないでほしいっスー」
「黄瀬、まだいたの」「黄瀬もいたのか」

正直情けない声を出している黄瀬のことはどうでもいい。
今日も朝から大好きな笠松先輩に会えたのだ。
余分なものなど目に入れず、先輩のことだけを見ていないともったいないから、彼の横顔を見上げた。
今日も格好いい。好き。

「名字っち、いつも朝練の時間に合わせて学校来るなんて大変スねー」
「全然。笠松先輩に会えるのに大変なんてことないもん」

せっかく幸せに浸っているというのに話しかけてくるとは、空気の読めないモデルである。
でもたまに先輩情報をくれるの友人なので、返事だけはしてあげる。もちろん視線は先輩に固定したままね。

「さすがっス!オレの見込んだ恋愛スーパー女子!」
「うるさい!先輩に迷惑でしょ!」
「名字っちさっきの自分を思い返して!」
「お前ら2人ともうるせー!!」

黄瀬に拳骨を浴びせると、笠松先輩はふぅ…とため息をついた。

「先輩、ため息ついたら幸せが逃げちゃいますよ?」
「誰のせいだ」
「じゃあ、私の幸せ分けてあげますね!今日おは朝占い1位だったので!」

届けーとばかりに両腕を先輩に向けて伸ばす。かめはめ派みたいなポーズになってしまったけど、これでいい。
先輩が幸せになるなら、私の幸せを全部あげたいくらいなのだ。

そんな私をまたちらっと見て、先輩はさっきより大きなため息を吐いた。

「あぁ!幸せが!もったいないからもらいます!」

隣で深く息を吸い込み、先輩が吐き出してしまった幸せをストックしようとする。
するとごんっと先ほどの黄瀬と同じような拳骨を浴びてしまった。

「気持ち悪いことしてんじゃねー!黄瀬、行くぞ」
「はいっス!じゃあね名字っち!」
「頑張ってください笠松先輩!!」
「オレは無視なんスね…」


先輩たちは朝練のために体育館の方へ足を進めていた。
私はそんな先輩の背中に向かって、大きな声でエールを送って両手をぶんぶんふった。

あ。

こちらをふり返ることなく歩く先輩が、軽く手を挙げてくれた。
私の応援に応えてくれたらしい。
嬉しい。やっぱり今日はいい1日になりそうだ。というか、既にいい朝を迎えてしまった。

「今日も放課後待ち伏せしよっと」




「笠松先輩!お疲れ様です!」

長い長い1日を終え、校門から部活帰りの笠松先輩が出てきたところに突撃する。
先輩に会えたのは12時間ぶりくらい。よくぞ耐えた私よ。



「またお前か」
「お前なんて言わずに、名前って呼んでくれてもいいんですよ?」
「誰が呼ぶか」

部活の見学はいつもしているけど、待ち伏せするのは実は稀だったりする。
そんな私が現れると、バスケ部の人たちは自然に笠松先輩を残して去って行ってくれる。
空気が読めて実にいい部員たちである。黄瀬以外ね。
そして笠松先輩も、ぶつくさ文句を言いながら送ってくれるのだ。
頑張っている自分へのたまのご褒美。先輩との放課後(部活終わって真っ暗だけど)デート。



私が一方的に話しかけ、先輩に色々質問しながら帰る道のり。
私の話も聞いてほしいけど、やっぱり先輩の声で先輩の話が聞きたくて、ついつい聞いてしまうのだ。
先輩は面倒臭そうにしながらも、きちんと答えてくれるから大好きだ。
先輩の言葉を一言一句聞き漏らさないよう、授業とは比べ物にならない集中力で耳を傾ける。

「先輩は今日、おは朝占い見ました?」
「いや、興味ねぇ」
「ですよね。そんなところも好きです」
「…はぁ」
「あ!またため息!幸せ逃がしちゃうくらいなら、私がもらいますよ!」
「やらねーよ」

すぅっと息を吸い込もうとすると、額を叩かれて阻止される。
先輩に触れられることがこんなにも幸せだなんて、きっと本人は知らないんだろうな。
ふふふと笑うと、怪訝そうな顔で笠松先輩がこちらを見ていた。


「先輩、朝も聞きましたけど、何か気づきませんか?」

そういえば、とラッキーアイテムのことを思い出して先輩の顔を覗き込む。
いつもはつけていないシュシュ、気づいてくれないかなー。
そんな淡い乙女な期待を寄せて見つめるが、笠松先輩はこちらを見もしないで、別にと答える。
あぁつれない。そんなところも男らしくて好きだけれど。
はぁ、と肩を落として落ち込む私に、珍しく先輩が言葉をくれた。

「ため息つくと幸せが逃げるんじゃねーのか」
「私は今日1位の幸せを持っているので少しくらい大丈夫ですよ」
現に先輩から話しかけてくれるという幸せイベントが起きているのだから。
分けてあげましょうかと言っても、いらないとあっさり切り捨てられてしまった。

もう私の家のすぐそばに来ていて、笠松先輩と一緒にいられるのもあと数十歩だ。時間にして5分もないだろう。
今日は占い絶好調。
きっと明日に続くことなんてない、この幸せな時間。
一緒に帰ることのできる時間が、私にとってどれほど貴重で輝かしい宝物であるかなんて、やっぱり先輩は知らないんだろうな。
少しセンチメンタルなことを考えてしまう。
ほら、恋する女子高生の厄介なところその1、すぐ病むところ。

「あー…」
「?」

突然声を漏らした先輩に、私は顔をあげた。
頭をガシガシ掻いて、何かを迷っているようだ。

「どうしたんですか?」
「いや…その…」

ちらちらと私の方を見ては口を開きかけて閉じるという謎の動作を繰り返している。
さすがの私でも、笠松先輩のこの仕草の意味は分からない。
何か言いたいことがあるのかも、と黙って見つめる。

「それ…」
「それ?どれ?」

笠松先輩はゆるゆると人差し指を私の顔に向けた。
失礼な行為だけど、先輩なら許す。むしろウェルカム。

「その、頭についてるの…」
「え、シュ、シュシュのことですか?」

先輩が指差しているのは、私の顔ではなく後頭部にあるシュシュのことらしい。
もしや気づいてくれたの?今さら?

「に、似合って、る…」





え。
今…なんて…。


「じっじゃーな!おやすみ!!」

私が何も言えず、頭の中で先輩の言葉を処理しようと頑張っているのに、笠松先輩は踵を返してものすごい速さで去って行ってしまった。


「似合ってる…って…これ…?」

私は呆然と立ち尽くしたまま、後頭部に手を遣る。
笠松先輩の言葉が、脳から体中に伝えられた。
じわじわと頬が熱くなって、耳も熱くなって…。


「や、やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ついつい、大声で叫んでしまうのだった。
ガッツポーズして喜んでいる私はきっとご近所迷惑だろうけど、今だけ許して。
恋する乙女は感情の波が激しいのです。ごめんなさい。



その夜、鼻息荒く笠松先輩の「似合ってる」発言を電話で黄瀬に報告する私。

「女の子には、思ったことちゃんと言葉にしてあげないとだめって笠松先輩に助言したんスよー」

ニヤニヤしている顔が想像つく声の黄瀬。
なぁんだ、こいつのアドバイスか…。

ん、待てよ?
思ったことを笠松先輩が伝えてくれたなら、先輩は似合うって思ってくれてたの!?

「もしもーし?名字っち?」
「…黄瀬ぇぇぇ!!グッジョブ!!!」
「うっうるさ…!」

やっぱり占い当たったんだ!おは朝すごい!
ありがとうおは朝!ありがとうみんな!

明日の運勢はどうかなぁ。
もし悪かったらと思うと怖いけど、それでも笠松先輩には会いに行こう。
ちゃんと感謝の気持ちを伝えなきゃ。
そう固く決心して、私は布団に入るのだった。







☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
140308
黄昏様の“第34Q「今日の運勢を占います」”
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