最高の友達


オレは今、猛烈に驚いている。









「なぁ」

「ひ!わ、若松くん!な、なんですか!?」



これが、オレに話しかけられた女子の反応ランキング第1位。

そりゃ、高校生男子の平均身長は大きく超えてるし、体格だってその辺の男子とは全く違う。

もちろん嫌だと思ったことはないというかむしろ鍛えた筋肉に関しては誇りに思っているけれど。



女子(桃井は除く)はオレにまず話しかけてこないし、話しかければ怯えるのが普通である。

しかも

「若松くんって本当怖いよね」

「身体だけじゃなくて声も態度もでかいし」

「不良っぽいし」

「なるべく近寄りたくはない」

という会話を聞いてしまった日には、正直落ち込んだものである。







しかしそんな生活にはだいぶ慣れた。


「それじゃ、くじの順に席移動しなさい」

2年になって初めての席替えで、がたがたとクラスメイト達が席を移動し始める。

オレは迷惑にならないように一番後ろの席ということが決められているので、横並びに移動するだけ。

実につまらないイベントだ。

今回は廊下から数えて2番目の列か。

昼休みになったら購買へ走るのには便利な場所だ。



ふと、隣の席を見る。

両隣は女子だろうか男子だろうか。

正直クラス一の可愛い女子が座ってくれたら…という期待がないことはないが、女子だと気まずい思いをするのは免れない。

席替えをして隣になった女子は、なるべくオレから離れるようにするのが定番となり、オレもそれを気にしないように努めるのだ。




いっそ男子でいいなと思いながら左隣を見ると、名前、なんだっけこいつ。

制服をきちんと着こなし、分厚い眼鏡をかけた 男 子 が、すっと席に着いた。

存在が薄くて覚えてないようなやつだが、とりあえず男子ということで安心する。


「よう、よろしくな!」


これを機に仲良くなれたらという思いで片手を挙げて挨拶したが


「ひっ!す、すみません!」


なぜか謝られた。桜井かこいつは。

一瞬面食らうものの、すぐに理解する。

あぁ、こいつも女子と同じパターンか、と。

真面目そうな男子にもオレは受けが悪いらしい。

つまらねー席になりそうだな、と友人らが前の方の席に座っているのを見て(しかもクラス一可愛い子も前だった)、ため息をついていた。








「や!若松くんのお隣じゃないですか!」

突然右隣からそんな声が聞こえ、そちらに首を回す。

甲高い声、つまり…


「どーもどーも!私名字名前って言うんですよろしくね!」



つまり 女 子 である。


こいつは見たことはある。

去年は違うクラスだったが、廊下ですれ違ったときになにやらおかしなことがあったのか、大声で笑っていた。

そして今年も教室で時々、こいつが爆笑している姿を何度か見ている。

下品ではないし、おしとやかでもない、明るいどこにでもいそうな女子だ。

いや、そんなこいつの印象云々よりも…。


「あれ?聞いてなかった?私、名字といって、今日から若松くんの隣の席になった者で…」


なんでこいつオレに話しかけてんだ?


「いやー廊下側はいいよね、購買とかトイレ行きやすくて!ただ日当たりがね!壁に接してると地味に冷えるし!私末端冷え症でね、手足がこの時期でも冷たいんだよねー」


「え、ちょ、おい」


よくしゃべるなこいつ!

今まで関わった女子と、オレへの接し方が違いすぎて頭がついていかない。


「はー、とりあえずよろしくね若松くん!」

いつの間にかこいつは、冷え症から生姜がいいらしいけど少し辛いという話まで終わらせて、満足そうに荷物を片づけていた。






翌朝、担任が来るまで朝練の疲れを癒そうと机に伏せていた。

右隣はまだ来ていない。

ちらと時計を見るともうすぐチャイムが鳴る。

休みなのか?と思った矢先


がたた!


「セーッフ!!」


けたたましい音とともに、隣のあいつが前の方のドアを開けて教室に入ってきた。

ドア周辺にいた女子は笑いながら、また寝坊したのとかなんとか言っている。

あいつも気づいたら目覚ましが止まっていたと言い訳をしながら笑っていた。

そして教室を見渡すと、席替えしたんだったねと言ってこちらに歩いてきた。

「あー若松くんおはよー!!」

「お!おす…」

目があった瞬間に挨拶をされ、少しどもりながら返事をしてしまう。

普段のオレだったらありえないほどの声の小ささだったので自分でも驚いた。

「寝坊しちゃってさー、パン齧りながら家出たんだよ!漫画みたいじゃない?」

でも街角で人とぶつかることはなかったよーなんて言ってまた笑っている。

こいつはオレのことを怖がっていないのだろうか…。

「お、お前ってさ」

「ぶー!お前じゃありません!昨日自己紹介したでしょ!」

私の名前覚えてる?と聞かれ、一瞬まごつきながら答える。

「名字…さん」

「あはは、呼び捨てでいいよ!」







4時間目が始まる直前。

数学ということで、よし寝ようと思うが一応教科書とノートは出しておく。

すると右隣からガタン!と音がしたのでそちらを見た。

音を出した犯人は頭を抱えて机に伏せている。

どうしたのだろうか、具合でも悪くなったのか。

心配になって、つい声をかけた。

「お、おい」

その瞬間、オレが声をかけて怯える女子たちの顔が脳裏に浮かんだ。

話しかけて大丈夫だったか、と心配していると、名字は首だけをぐりんっとオレの方に向けた。


「やばい、教科書忘れちゃった」

「え」

「ね、若松くん見せてもらってもいいかな」

「い、いいけど」

「ありがとー!」

神様!と言わんばかりの勢いで、机ごとこちらへ近づいてくる。

すまんのう、もっと早く気づいてたら他のクラスに借りに行ったのに…とまた色々と話しながら机同士をくっつけた。

それと同時に教師が入ってきて授業が始まる。

指定されたページを開いて、オレはふたつの机の真ん中に置いた。

これじゃ寝れねーよな…。




つらつらと訳の分からない公式を口にしながら、黒板に書いていく教師。

もちろん眠くなってくるわけで、頭がガクガクする。


「こら若松寝るな!」

「ま、まだ寝てないっす!」


目立つせいか目ざとく気づかれてしまい、オレは言い訳する。

すると名字はくすくす笑っていた。

そして小声で話し始める。

「ね、見てこれ」

シャーペンの先で自分のノートをつんつんと指すので、目線をそちらにやると落描きがされていた。

今黒板の前で必死に話している教師を、ずいぶん小さくデフォルメしたキャラクターが描かれていて、そのうまさについ笑ってしまう。

「すごくない?上手でしょ」

「あぁ」

「これに夢中になってたからノート取れてない」

「なんだそれ」

小声でこそこそ話していたら、いつのまにか眠気が覚めていたので今日は珍しくノートが取れた。


しかし、昼前の授業ということで今度は腹が減ってきた。

腹の虫が鳴き、左隣にいる眼鏡にちらっと見られる。

あと何分耐えればいいのかと教室の時計を見ていると、つんつんと腕を突かれた。

時計を見上げていた顔をおろせば、名字がオレのノートに何か書いている。

『お腹すいたね、購買行く?』

オレは頷くことでそれに答えた。

『今日、特大の焼きそばパンがあるんだって by購買のおばちゃん情報』

その文を読んだとたん、思わず立ち上がりそうになった。

「ま、まじか」

小声で尋ねると、コクコクと首を縦に振っている。

『数量限定らしいよ、走るでしょ?』

オレもシャーペンをノートに滑らす。

『もちろん』

『じゃあ一緒に走ろう』

『いいけどついてこれるのか?』

『自信ある!』

なんだそれ、とつい笑ってしまう。

と同時にチャイムが鳴るのが楽しみになり、再び時計を見つめた。




今日は授業の終わるタイミングが最高だった。

チャイムが鳴ると同時に礼をすることができ、オレたちはそんな礼も漫ろに教室を飛び出す。

ちゃんと挨拶しろー!という声が後ろから聞こえた気がして、隣を軽快に走る名字と顔を見合わせて笑った。



購買には遠い教室ながら一番に到着し、オレは特大の焼きそばパンを買うことが出来た。

名字はたまにしか置かれない数量限定のプリンが目的だったらしく満足げだ。

「名前ちゃん、早かったねー」

「おばちゃんの情報のおかげです!」

楽しそうに購買のおばちゃんと会話を交わして、オレと一緒に歩いて教室へ戻る。

改めて隣を歩くこいつを見ると、やっぱり小さくて女子だなと感じた。

オレはふと疑問に思ったことを尋ねる。

「購買のおばちゃんと仲良いのか?」

「たまに通ってるうちに仲良くなったんだよー」

色々教えてくれてすごくいい人なんだ!と語る名字は、きっと自分の明るさがそういう人間関係を広げていることに気づいていないんだろうと思った。

それくらい自然に相手の懐に飛び込んでいき、気づくと仲良くなっている。

オレも昨日初めて話したとは思えないくらい、こいつと打ち解けていることに驚いた。

女子と話すのは必要最低な連絡事項くらいしかなかったのでとても新鮮である。

女友達っていうのはこういう感じなのかもな、と思った。






それから数日。

相変わらず名字は明るくてよく話す。

オレもそのテンションについていけるようになり、2人でバカなことを話して腹を抱えたりもした。

名字の友人もたまにオレに声をかけてくるようになり、オレに怯えない女子がクラスに少しずつ増えてきたようだ。



「若松くん、今日も特大パン入るらしいよ!」

「おっしゃ走るわ!」



「名字古文の課題見せてくれ…」

「仕方ないなぁ!名字さんのスペシャル現代語訳に驚くがいい!」









部活の休憩中、翌日の課題を忘れたことに気が付き、教室へ戻った。

まだ少し人が残っていたらしい。

話し声が僅かに漏れている教室のドアに近寄った。


「…さんがやはり可愛い」

「それは分かる、黒髪ロングの清楚系でいい」


話し声は男子のようで、彼らの口から出てくるのはクラスの女子の名前であった。

誰々は言うことを聞いてくれそう、誰々は性格が悪そう、おそらくビッチだ、などくだらねーなと思ってしまう内容である。

高校生にもなってクラスの女子のランク付けなんてガキだな、誰だ話してんのはとドアを開けようとすると





「名字名前は?」




見知ったやつの名前が出てきて、一瞬心臓が跳ねた。

ドアにかけていた手をおろし、思わず聞き耳を立ててしまう。

唯一の女友達の評価が気になるというのだろうか。

自分でもよくわからないがなぜか緊張していた。



「あぁ、顔はいいよな」

「スカート丈も短すぎず長すぎずでいい」

どちらかというと高評価のようで、なぜかオレが誇らしいようなくすぐったい気持ちになる。


しかし



「いやー名字名前はダメだな」

という声が聞こえ、どきりと心臓が鳴った。

その声はさらに言葉を続ける。

「いつもばか笑いしていて、いかにも頭の悪い女子の典型だ。絶対レベルの低い男に惚れて、簡単に股を開くタイプに決まってる!あんな野蛮な男と仲良くするくらいだからな!」


身体が冷たくなるような感覚を覚え、その場に立ち尽くした。

野蛮な男とはおそらくオレのことだろう。

それは否定しないが、名字まで悪く言われる筋合いはない。



見た目のごつさで怖がられるオレに、全く臆することなく話しかけてきてくれた名字を思い出す。

大切な友人を穢されたような、訳の分からない怒りがこみ上げてきた。


そのまま怒りにまかせてドアを開ける。

ドアが大きな音を立てたので、話していた男子は驚いて口を閉ざした。




誰が話していたのかは分かっていた。

今怯えながらこちらを見ている奴、つまりオレの左隣の席に座る眼鏡だ。

休み時間などで友人と集まって話している声と同じ声で、べらべらと名字の悪口を言っていた。

まっすぐ奴らのもとへ向かい、机を殴りつけた。

鈍い音がして、男子どもが肩を震わすのが分かる。

「なに適当なこと言ってやがんだてめぇ」

「な、なに…が…」

「よく知りもしねぇ相手を、勝手なイメージで決めつけて偉そうに評価してんじゃねぇよ」

ぶるぶると震えている眼鏡の胸倉を掴み、立ち上がらせた。

「陰でこそこそとしてるてめぇらの方が頭悪いだろうが」

眼鏡の友人も、オレの形相に怯えているのか何も言わないししてこない。

そのまま睨みつけていると、この空気に似合わない明るい声が響いた。


「あれー誰かいる…って若松くんっ?」


その場にいたオレを含む男子は全員、びくりと肩を震わせた。

そっと振り返ると、今一番来てはいけない人物が、ドアの前に立っていた。

オレの顔を見て、少し驚いた表情をした後、名字はそれでも臆することなく教室に入ってきて、眼鏡の襟を掴むオレの腕に手をかけた。




「若松くん、何してるの?服伸びちゃうよ」


一瞬気が抜けた。

この緊迫した状況を見て、気になるのはこの眼鏡の制服が伸びてしまうことなのだろうか。

渋々オレは眼鏡を離す。

すると眼鏡はすごい勢いで後ずさり、尚も恐怖に満ちた顔でこちらを見ていた。




「若松くん、ちょっと来て」

そのままオレの手を掴み、名字は歩き出す。

教室から出てさらに廊下を進み、誰もいない階段の踊り場までやってきた。

そしてくるりと振り返る。


「ユニフォーム、寒くない?袖なしで」

「え、あ、あぁ。まぁなんとか」


突然気遣われたことに拍子抜けして、おかしな言葉を返してしまう。

スポーツ選手が身体冷やしたら大変だよねと困っている名字は、まだオレの手を握っていた。


「あの、名字、手…」

「え、あぁごめん!忘れてた!」

「あ、そう」

繋がれている手を反対の手で指差すと、あははと笑って離される。

温かくてやわらかい感触がなぜか名残惜しく感じた。





「大丈夫?」

突然聞かれて、なにが、と名字の顔を見た。


「眉間、すごい皺寄ってるよ」

名字は自分の眉間を指でつつきながら苦笑した。

オレもつられて自分の額に手を遣る。


「なにか、あった?」

いつも通りの優しい表情のまま名字が尋ねてきて、オレは口を噤んだ。

こいつには言えるわけはない。

でも、何もないのにあの眼鏡たちに暴力をふるっていたとこいつに思われるのは不本意でもあった。


「男の子は大変だね」


ふう、と息を吐きながら名字が口を開く。

その言葉の意味がよくわからなくて、オレは彼女の顔を見つめた。


「若松くんが意味もなく人をいじめたりしないってことくらいは分かってるから」

私には言えない何かがあったんだよね、と微笑む。

いつもの大笑いしている表情とは違って、言いたくないなら言わなくてもいいんだよ、と訴えるような大人な顔をしている。

どこが頭の悪い典型だ。真逆じゃねぇかバカ眼鏡め。

なぜだか心臓が高鳴って、鼓動が速くなった。




「でも心配だよ、若松くんは優しいから何か抱えてるのかなって」

「や、優しいなんて」

初めて言われた。

そんなこと、自分でも思ったことがない。

人からの印象はでかくて怖くて、良く言っても元気がいいとか体力があるとか、そんなことくらいだった。


「優しいよー!まだ話すようになって一か月くらいだけど、若松くんがいい人だってことはすぐに分かったよ」

「そ、そうか」

そんなに一直線に褒められて、悪い気はしないけれどうまく反応が出来ない。

それでも名字は言葉を続けた。



「と、いうか、去年から知ってるんだけどね」

「え、なにを」

「若松くんが、道で困ってる人を助けてるの見たことあるんだ」

へへっと笑った名字の顔を、オレは口を開けたままで見つめる。

「若松くん目立つから、もちろん存在は知ってたけどすごく優しい人なんだなって思った」

「な…」

「それから学校でも見かけると、ノート運んでる女の子助けようとして逃げられてたりして、やっぱりいい人だなって思ってたんだよ」


あまりの恥ずかしさに顔が熱くなるのが分かった。

そんな昔から、そんな些細なことでオレを見ている人がいたなんて…。

嬉しいというよりは恥ずかしい気持ちの方が強かった。



「だからね、仲良くなりたかったんだ。同じクラスになってしかも隣の席にもなれるなんてすごく嬉しかったんだよー!」

いやー奇跡は起きるものだねっと楽しそうに笑う名字を見て、心が解れていく。



「若松くんが理由もなく怒ったりするわけないって知ってるよ。だから何も聞かないし、見なかったことにする」

「名字…」

「だからそんな悲しそうな顔しないの!」

そう言うと名字は高い位置にあるオレの肩を力強く叩いた。

べちっと音があたりに響く。


「いってーな!」

「ははは!いい音!」


わざとらしく肩を庇って、目の前で笑っているこいつを睨みつけた。

いつもと変わらない笑顔に安心する。

柄にもなく、この笑顔を守れてよかったと思った。



「さ、部活行かなきゃね若松くん」

「あ、そうだったやべぇ!今日青峰来てるんだった!」


やっと部活のことを思い出し、ずいぶん時間がたってしまったことに焦りを感じる。


「じゃーな名字、気を付けて帰れよ」


そう言って名字の方を見やる。


「うん、若松くんも部活頑張ってね。今度応援行くから!」

「え」

「優しい若松くんの格好いいところも見せろよ!」

名字は拳をオレに突き出す。

じわりじわりとまた頬が熱を持ってくるのを感じた。

それを隠すように腕で顔を覆い、もう片手で拳を作って彼女のそれにぶつける。


「おう」


答えた声は、初めて名字と会話した時のように小さくなってしまったけど、きっと届いていると思う。

そのままくるりと背を向け、体育館へ走り出した。














名字が学年中のやつらから、『若松を手なずけた女』と呼ばれ

オレの左隣の眼鏡がそんな名字に熱い視線を送るようになり

それをオレが悶々とした気持ちで眺めるようになるのは、もう少し後の話である。












☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
若松氏にも手を出してしまった。
140209

[ 7/11 ]

[*prev] [next#]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -