いつか



「名前っち!今日は負けないスよ!」

「はあー?私こそ負けないし!首洗って待ってやがれ犬!」

「犬じゃないス!」




ギャーギャーと騒ぎながら体育館に向かうのは、海常高校1年の黄瀬涼太と名字名前。

2人がライバルとして煽りあっている原因は…






ガチャ!


「「笠松せんぱーい!!」」

「うるせぇ!」






「先輩、遅くなってごめんなさい!このバカ犬のせいで…」

「違うっス先輩!名前っちが授業中に喧嘩ふっかけてきたから!」

「私のせいじゃないでしょ!黄瀬が大声出したから怒られたんじゃん!」

「最初に悪口言ったのは名前っちス!!」

「だー!やかましいんだよお前ら!!」


ゴツン!

「「痛い…」」




「まぁまぁ、2人は何が原因で授業中に喧嘩になったんだ?」

「小堀先輩!黄瀬ったら、今日の部活後笠松先輩とご飯行こうとしてるんですよ!」

「別にいいじゃないスか!主将とエースが仲良くするのは普通のことっス!」

「だめ!今日は私が笠松先輩とデートする日だもん!」

「おれはどっちともそんな約束した覚えはないぞ…」



「つまり、また笠松を取り合ってるんだな」

「私の笠松先輩なのに!」

「おれのっス!」

「どっちのでもないわ!!!!」



この1年2人は、主将の笠松幸男を取り合っていつも喧嘩をしている。

そのたびに笠松に怒鳴られ、殴られているがまたすぐに喧嘩を始めるので、部員たちも半ば呆れていた。




「先輩、今日も部活頑張ってくださいね!黄瀬は転べ!」

「先輩、今日も 一 緒 に 頑張りましょー!名前っちはさっさと働くっス!」

「なにー!?」


「こら、喧嘩するな!黄瀬、マネージャーにそんな言い方ないだろ!」

「…」

「ざまぁ」

「名字もいちいち煽るな」

「…はぁい」

笠松が間に入り、2人を静かにさせる。



「ほら、仲直りしろ」

「「…ごめん(っス)」」

「よし、部活やるぞ」


笠松が両手で2人の頭をポンと叩いた。


「!!先輩格好良い!大好きですー!」


頭を叩かれ、ぱぁっと表情を明るくした名前は、背中を向けた笠松に飛びつく。


「おわー!!!ななな!やめ!!」

「ぎゃー!!名前っち!だめっス!」


女子に抱きつかれることなど馴れていない笠松と、ライバルである黄瀬が悲鳴をあげた。








「いつも黄瀬ばっかりずるい」

「名前っちだって今日抱きついてたじゃないスか」

「だって笠松先輩格好良いんだもん」

「それは分かるっス」

「でしょー」




部活が終わり、いつものように着替える笠松を待つ黄瀬と名前。

結局黄瀬の誘いに笠松は乗ることにしたようだ。




「先輩、本当に黄瀬とごはん行くんですか?」

着替えが終わり、出てきた笠松に名前は問う。


「あぁ、たまにはな」

「ずるい…いいなぁ」



「名前も一緒に行けばいいじゃないか」

寂しそうに口を尖らせる名前を見て、森山がそう提案した。



「でも…」

「バカ名字は女子だぞ、遅くまで連れまわせねぇだろ」

「…」



笠松は部活が終わった時間では、帰りが遅くなるため女子である名前をすぐに帰さなければと考えていた。


「相変わらず固いなー笠松は」

「私平気ですよ」

「ダメだ、家の人が心配するだろ」

「しないのに…」


名前は俯いてしまう。

「名前っち…」

さすがに黄瀬も名前のことを不憫に思ったのか、眉を下げている。



「だって、部活終わるのいっつも夜だから、私全然遊べない」

キュッとスカートを握る。

「仕方ないだろ」

笠松は呆れたように名前を見た。



「私も、男の子だったら良かったのにな」

そうしたらもっと先輩と一緒にいられるのに…。

と、小さな声で呟くと名前は、くるっと身体の向きを変えた。



「名前?」

「お疲れ様でした!また明日!!」

森山の問いかけに応えず、別れの挨拶を告げると一目散に走っていってしまった。


「おい!名字!…ったく」


一度も振り向かずに駆けて行った名前にため息をつく。



「まったく罪な男だねー笠松くんも」

「ちょっと名字がかわいそうだな」

「なんだよお前ら2人して」

「まぁライバルの黄瀬は嬉しいだろうけどさ」

「…」


フゥッと息を吐きながら森山は黄瀬に目線を向けた。

黄瀬は黙って姿の見えなくなった名前の方を見ていた。









翌日。



「今日は私、笠松先輩といっぱいお話するから邪魔しないでよね!」

「嫌っスよー!」

またギャンギャンと喚きながら黄瀬と名前は2人で体育館へ向かう。




「私の方が笠松先輩と仲良しだもん!この前メールしたし!」

「メール!?…ふん、おれなんか今度の合宿、一緒にお風呂入るっスよ!」

「え!」

「背中流し合いっこしちゃうっス!」

「う…!」




ガチャ


「お前ら声でけーよ、中まで聞こえて…」

「先輩!私も一緒にお風呂入りたいですー!!!」

「はあああああああああ!?!?」



体育館のドアが開いて、騒ぐ二人を咎めようと笠松が顔を出した途端、名前がその胸に飛び込んできた。



「名前っちまた!離れるっス!」

「黄瀬ばっかりずるいですー!私も背中流し合いしたいですー!」

「なななななに言ってんだよバカ!」


うえええと泣き声をあげながら、名前はぐりぐりと頭を押し付けた。

動揺しながらも笠松は、いつもの名字だとホッとしていた。

昨日の様子が少し気になっていたのだ。




「名前、それならおれと流し合いしよう」

「森山先輩なんか嫌です」

「うんそうだよね」


森山がそっと名前の肩を掴んで笠松から剥がしながら声をかけるが、名前はプイッとそっぽを向いた。







部活が長引き、少し遅くなってしまった。

名前は、途中まで部員たちと帰るためいつものように出てくるのを待っていた。


「待たせたな、帰るぞ」

「はーい!」


いつものように並び、いつものように話をしている。

いつものように黄瀬と名前が笠松を取り合い、他のメンバーが笑う。



「じゃ、また明日」

名前が分かれ道で頭を下げた。

「おう、気をつけて帰れよ」

「はい」

いつものように笠松が声をかけたが、

「名前っち、今日遅いし送るっス」

「「「え?」」」


いつもなら手を振るはずの黄瀬が、なぜか名前を送るというのだ。


「な、なに?別に大丈夫だよ、せっかく先輩と帰れるんだから帰りなよ」

「女の子1人は危険っスよー」

「今さら女の子扱いされても…」

「いいから行くっス!先輩方、お疲れ様でしたー」


黄瀬は名前の肩をぐいぐい押しながら歩き始めた。

名前も渋々それに合わせる。




「…どうしたんだ黄瀬のやつ」

「やっぱりモデルは違うな」

「なにがだ?」

「女子のこと、よく分かってるなって思って」








「…なんで急にこんなこと」

「だって名前っち、今日いつもと違うっスもん」

「え」

黄瀬は少し笑いながら話し始めた。


「名前っちは、笠松先輩のこと好きっスか?」

「もちろんだよ」

「それ、恋愛の好きってことでいいんスよね?」





「…うん」




大好きだとか格好良いとか色々言うが、肝心な思いは告げられていない。

笠松も名前が自分に恋愛感情を抱いているのかは分からなかった。

妹が兄を慕うような、黄瀬と同じように主将としての自分を慕っているのかと考えていた。






「名前っち、笠松先輩のこと男の人として好きって言わないんスか?」


「い、言えないよ。そんなこと言ったら、もう傍にいられなくなる」


もちろん彼女になれたらと思うこともあるが、まさか笠松がつきあってくれるなんて思えない。

気まずくなるくらいなら、手のかかる後輩としてでいいから傍にいたかった。


「名前っちも乙女っスねー」

「バカにしてるのっ?」

キッと黄瀬を睨む。

女子にこんな風に睨まれることなどない黄瀬は、困った顔をして肩を竦めた。



「おれ、笠松先輩大好きっスよ」

「知ってる」

「だけど、ライバルの名前っちのことだって好きっス」

「…私もだよ」


普段はぎゃーぎゃーと喧嘩をしている2人だが、お互いにお互いを大切に思っているし、この関係も心地好い。



「だからもし2人がつきあったら、良いなあとも思うんス」

「…うそ」

「本当っスよーもちろん邪魔はさせてもらうスけどね!」

「…」

「名前っち、笠松先輩に意識してもらえるように頑張るっス!」

「で、できないよそんなの」

「大丈夫っス!笠松先輩大好きなおれが言うんだから間違いないっスよ」

「…うん」


ポンポンと名前の頭を撫でながら、黄瀬は明るく笑った。










土曜日。

監督の都合で、急遽部活が午前で終わりになった。

しかし自主練をするためにほとんどが残る。

もちろん名前も、残ったメンバーのために仕事をするつもりだった。





「おい、名字」

「はい?」

さぁいざ自主練となった時、急に後ろから笠松に声をかけられた。


「今日、部活なくなったな」

「そ、そうですね」

突然当たり前のことを言われて、少し驚きながら返事をする。

笠松は眉間に皺を寄せて、頭をガシガシと掻いていた。

何かに困っているのだろうかと、首を傾げる。





「い、今から、メシでも行くか?」

「え…」



そんな笠松の口から発せられたのは、思ってもいないお誘いの言葉。

驚きすぎて硬直してしまう。



「い、嫌ならいい!」

「いいいいい嫌なわけないです!でも、自主練…」

「たまにはいいだろ、おれも、お前も」

「先輩…」



顔を真っ赤にして目を逸らしているが、笠松が自分を心配してくれている気持ちが伝わってきた。

嬉しくて泣きそうになる。


「ほら、早く着替えてこい。校門で待ってる」

「は、はい!!!」



笠松はそう言うと部室に戻っていった。

急いで片付けをする。

残っている部員に申し訳ないなと思ったが、片付けていると森山が近寄ってきて


「お疲れ、後は自分たちでやるから大丈夫だよ」

と声をかけてくれた。


笠松のことは何も言われなかったが、気付いているのだろう。

名前は嬉しそうにお礼を言い、体育館を後にした。








「お、お待たせしました」

あれから急いで着替えをして、ぐしゃぐしゃになった髪をとかした。

変なところはないかと気になったが、待たせるのもいけない。

パタパタと走って校門で待つ笠松の元へ。


「走らなくても置いてかねぇよ」

「あはは」






「何食いたい?」

「えっと…マジバ!」

「そんなんでいいのかよ?」

「はい、どこでも嬉しいです!」

笠松と一緒にいられるならどこだって天国だ。

抑えられない笑みとともに、名前は告げた。



近くにあるマジバに入る。

2人で向かい合って座り、食べ始めるとなんだか緊張してきた。

今まで2人きりになったことなどなかった。

何を話していいのやら…。



「随分おとなしいな」

「えっそうですか?」

「あぁ。普段からそれくらいおとなしいと助かるんだけど」

「えへ、すみません」

照れ笑いを浮かべて謝る。




「悪いな」

「?」

突然笠松が謝ってきた。

「お前のこと、ないがしろにしてるみたいになっちまって」

「え」

「お前は女子だから、部活の後に連れまわすのはやっぱり良くないと思う。だから黄瀬たちとどこか寄るとき、お前のことは帰らせちまう」

「はい…」

下を向きながらジュースのストローをくるくるいじりながら笠松は話す。

「でも、お前のこと嫌いとか、邪魔とか思ってるわけじゃないから」

「はい」

「その、し、心配だし。遅くなると…」

「…」

とても恥ずかしそうにしているが、一生懸命自分の思いを伝えてくれている。

女子である名前のことを大事に思ってくれている。

それだけでもう十分幸せだった。




「ありがとうございます、やっぱり先輩は優しい」

「?」

名前はにっこりと微笑んだ。

「こんなに迷惑かけてるのに、見捨てないでくれて嬉しいです。ありがとうございます」

「当たり前だろ、おれは主将でお前は仲間なんだから」

「仲間かぁー」

笠松は顔を上げて名前の表情を窺った。

名前はうーんと首をもたげる。



「なんだよ、不満なのか?」

その様子に笠松が首を傾げて聞いた。

「はい、ちょっと不満ですね」

「え?」

まさかの反応に驚く。

いつもの名前なら、「笠松先輩に仲間って言ってもらえるなんてー!」と大騒ぎして、黄瀬にメールでも送りかねない。




「先輩」

「ん?」

「私、仲間以上の存在になれるようにがんばりますね!」

「仲間以上?どういうことだよ」

「それは内緒ですー」

「はあ?」

「覚悟しててくださいよー」

「な、何をだよ?」


何の話をしているか分からないという表情の笠松に、ただ笑いかけるだけの名前。

黄瀬に言われたように、少しでも女の子として意識してもらいたい。

仲間から、いつか特別な存在になれるように。

彼女になりたい、という思いを胸にもっと頑張ろうと誓うのだった。











「先輩!写メ!デート記念に!!」

「なんだよ急に!」

「ほらほら!黄瀬に自慢しなきゃ!!はいチーズ!!」

「だーうるせぇ!もっと静かに撮れ!」

「先輩の方が声大きいですよ」






「あ、名前っちからメールだ」

「笠松とデート中の?」

「あぁー!ツーショット!ずるいっス!」

「うーん、お似合いだな」

「笠松、なんか嬉しそうだな」

「…確かに」

「おれも笠松先輩と写メ撮りたいっス」














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