その感覚が心地好くて

サワサワと風が木を揺らす音が耳に優しく届く。
雪を撫でてきたその風はひんやりと身体の熱を奪おうとするが、足下の温泉がそれを防いでいた。
そんな心地好い空間で、名前の中の時は止まってしまったかのように一切の動きがなくなっている。


「あれ、聞こえなかった?もう一度言おうか?」

五条の声にやっと我を取り戻した名前は、何度も瞬きをしてから辺りをくるくると見回した。
そしてもう一度五条の方を見て、口を開くものの言葉が出てこない。

「…真剣に言ってるよ」
「!」

念押しして言えば、追い討ちをかけられた小動物のように肩を跳ねさせる。
そして、何度も口籠もりながらやっと言葉を発した。

「えっと、五条さん、その…す、好きって」
「もちろん恋愛感情があるってことだからね」
「れっ…あ、え?う、嘘じゃなかったんですか?」
「僕は最初から嘘だなんて一度も言ってないよ」

初日の夕食の際に告げた言葉は、デザートを奪うためのジョークだと思い込んでいた名前は、目を丸くして驚いている。

「え、でも…五条さんがなんで私なんか…なんで…?」
「そんなのは僕も知りたかったけど…」

困ったように腕を組む五条を、名前は戸惑いが隠せないといった顔で窺っている。

「名前のことが気になって仕方ないんだ。昔からずっと」
「!」

名前の頬がじわじわと赤くなっていく。
漸く実感が湧き始めたようだった。
目の前の男が、自分に恋をしていて、その想いを今伝えられていることに。

「…で、もちろん告白したからには聞きたいんだよね」
「はい…?」
「僕の恋人になってくれますか?」
「こっ…!?」

頬の赤みが顔全体に広がった。
好きだという言葉がさらに現実味を帯び、自分もそれに対して何らかのレスポンスを求められたことが名前の緊張を高める。
黙って彼女を見つめる五条の表情は、サングラス越しでも真剣だと伝わっていた。

ごくりと唾を飲み込み、名前は上擦った声を出した。

「私、その、五条さんとそういう風になるって、今まで考えたことなくて…」
「うん」
「正直まだ驚いてるっていうか、なんか夢みたいにふわふわしてるんですけど」
「うん」
「でも、今回の任務で長く一緒に過ごしてて五条さんのことは先輩として前よりもっと尊敬したし、それ以外でも素敵な人だなって思いました…」

尻つぼみになっていく言葉を、五条は聞き逃すまいと黙って聞いていた。
名前は太腿の上に置かれた拳を少し震わせ、ゆっくりと顔を上げる。
そして2人の目が合った。

「私も好き…とかハッキリ言えないですけど、五条さんともっと一緒にいたいなと思ってます。
すみません、なんか曖昧で」

言葉を切っておろおろと気まずそうに視線を揺らす名前を見て、五条はくすりと笑った。

「やっぱりお前は手強いね。大丈夫、すぐに五条さん大好きってはっきり言わせるから」
「うぇ!?」
「ってことで、彼女(仮)でいいよね?」
「え!?逆にいいんですか?こんな曖昧なのに」
「いいよいいよ。すぐにそっちから彼女にしてほしくなる」

そう言うと、五条は名前の側頭部へ手を伸ばし、その髪に指を差し込んだ。
あからさまに動揺した名前の目が泳ぐ。
緊張を隠せず、それでも五条から視線をずらせずにいる彼女が何か言おうと口を開きかけると、パッとその手が離された。

「ま、ゆっくりいこうね」

名前は離れていく手の温もりを少し名残惜しそうに見送った。

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210503

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