やっと掴めた手

部屋に戻れば、先程一度戻ってきたときには気にしていなかったが布団が敷かれていた。
隣合って並んだそれが、妙に生々しく見えて固まってしまう。
五条さんは先に畳に上がると、片方の布団をずるずると引き摺った。

「え…は、離すんですか?」
「うん、離すよ?まだ(仮)だし」
「でも私、五条さんのこと信用してるって前に…」
「だから、僕が僕を信用できないの」
「ぼ?ぼくがぼく?」

初めて喋る赤ちゃんのように、辿々しく五条さんの言葉を繰り返す私を呆れたような顔で見る五条さん。

「前にも言ったし、勘違いしてるみたいだからちゃんと言うけど」
「は、はい…?」
「好きな子が真横で寝てて、何も感じずにいられるほど無神経じゃないんだよね僕」

えっと…。つまりそれは…。

「だから、襲われたくなかったら離れて寝てねってこと」
「おそ…!?」

急に耳が熱くなる。
私は大きな勘違いをしていたのだ。
しかしまさか五条さんが私なんかに…よ、欲情するなんて思わないじゃないか。

「はい、というわけで疲れてるだろうしさっさと寝るよ」

パンパンと急かすように手を叩いた五条さんは自分だけ布団に潜り込む。
私は急いで寝支度を整え、電気を消すとそっと布団をかぶった。



豆電球だけの明るさになった室内は静まり返っている。
自分の鼓動や呼吸の音が漏れてしまいそうで私はなんとなく息を潜めた。

それにしたって…

眠れるわけないじゃないか。
先程の出来事が何かの間違いだったのかと思えるくらい、五条さんは静かだ。
私、本当に好きだと言われたのだろうか。


五条さんの術式を浴びて眠りまくったこともあり、目が完全に冴えてしまっている。
どうしよう。

もぞもぞと布団の中で足を動かしていると、少し離れたところから小さく声がした。


「起きてるの?」


五条さんが囁くように尋ねてきたので、もしかして起こしてしまったのかと冷や汗をかきながら「はい」と答えた。

「すみません、うるさかったですか?」
「んーん。僕もまだ寝てなかった」
「あ、そうなんですか」

ホッと息をついたのも束の間、五条さんはむくりと上体を起こしたらしい。

「ていうかさ、眠れるわけないよね」

「え?」

「だって、ついさっき告白して返事もらって、その相手が同じ部屋にいたらやっぱり寝れないよね」

1人で納得するかのように何度もウンウンと頷く五条さんは、これまで見てきた彼とは違ってなんだか普通の人に思えた。

「私も…同じようなこと考えてました」

溢れそうになる笑いをなんとか堪えながらそう伝えると、五条さんは黙ってしまい何か考えているようだった。

「あのさぁ」
「はい?」

「手だけでも…ダメ?」
「ん?手?」

私も彼と同じように身体を起こす。
五条さんの方を見れば、暗がりの中でこちらを見ているのが分かった。

「手くらいは、繋いでもいいかなーって」
「…」

自分の手を眺めて、もう一度五条さんの方を見た。
彼の大きな手がすぐ近くで握ったり開いたりしてその存在を主張している。
途端にまた顔が熱くなってきたけれど、私だっていい歳の大人だ。手くらいでどうなることもない。

「は、はい…」

そっと差し出した手は、案外すんなりと握られた。
温かくて優しい…緊張はあっという間に和らいでいく。

「んじゃ、このまま寝ますか。眠れるかは分からないけど」
「はい」

2人で揃って布団に戻り、もう一度手を握り直す。
なんだか、中学生カップルのようで笑えてしまう。

「アラサーが何やってんだろうね」
「…ですね」

こんなの硝子辺りに知られたら一生笑われるよなぁとため息をつく五条さんに、それもいいかもと答えるとギュッと手を捻られた。















眠れないなんて言ってたのは、どこのアホ女だ。

大きなため息をついても、少し離れたところから聞こえてくる規則正しい寝息は、全く乱れることがない。

あれだけ寝ておいてまだ熟睡できるなんてどんな心臓してるのかと呆れてしまうけれど、まぁ…僕に心を許しているのだと良いように解釈するしかない。

最後に彼女を抱きかかえた時、この手は熱をほとんど失っていた。
白くて小さくて、簡単に折れてしまいそうな手。
やっとこうして掴むことができた。
我ながら遠回りしてきたと思う。

この小さな手は、昔から変わらずに必死に誰かを守ろうとして伸ばされていたのを知っている。
時に傷つき、多くの涙を拭ったであろうそれをそっと指だけで撫でてみる。

こんな風に心を乱す人間なんて、愛おしいと思わせる人間なんて、もうこの先現れない。
だからきちんと守っていこう。
強がりなこの子が「舐めないでください」と口を尖らせようとも、支えよう。
そう決心して、もう一度大きく息を吐く。

隣にいる眠り姫は、相変わらずスヨスヨと平和な寝顔を晒していた。








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210519
fin

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