主将と私



「名前!それひと口!くれ!」
「うるさいよ夕。教室で騒がないで」
「ひと口!」
「はいはいどーぞ」

昼休み、自販機で買ってきた新商品のパックジュースを飲みながら教室に入ったところで、同じバレー部の西谷夕に捕まった。私たちは中学の同級生ということもあって、割となんでも話せて楽な関係だと思う。

教室の扉付近で大声を出す夕に、クラスメイトたちも「また西谷が騒いでる」と呆れ顔なので私も無視して友達のいる席に戻ろうとすると、背後の廊下がザワザワとし始めたので足を止めた。

「び、美人…」
「誰?3年生?」

そんな声にまさかと思って振り返ると、やはり!

「き!潔子さーーーん!」

廊下の端から端まで届くような夕の声に、1組からものすごい勢いで田中が飛び出してきた。
絶対面倒くさいことが起きる。
そう確信して、私は関わらないことにするためその場を離れようとしたところで、廊下の向こうから「おーい」と聴き慣れた声がしてぴたりと足が止まった。

声の主は大地さん。
交際を始めてもうすぐ1年になる大好きな人。
バレー部も含めて、お付き合いのことは隠しているから大っぴらにイチャイチャなんて出来ないけど、お休みの日や放課後少しの時間一緒にいられるだけで幸せなのだ。




「大地さんまで!どうしたんすか?」
「ちょうどよかった。今日、俺ら3年が部活遅れるからメニューの説明だけ伝えておこうと思ってさ」
「私は名前ちゃんに伝言」

大地さんと潔子さんが並び、夕と田中がその側で幸せそうにくるくると回っている。
私は潔子さんのご指名を受けたので急いで彼らの元へ向かった。あ、ジュース持ってきちゃった。


「名前ちゃん、これ渡しておくからよろしくね」
「はい!」

鍵を受け取って敬礼して見せると、潔子さんが微笑んでくれたので夕たちと同じようにニヤけてしまった。
そして潔子さんは私の持っているジュースを見ると「あ、それ新しいの?」と首を傾げる。

「そうです!さっき買ってみました!」
「潔子さん!これさっきひと口貰ったけどめちゃ美味かったっす!」
「夕は黙ってて!」

私が潔子さんと話しているのに割り込んでこようとする夕の肩を押し返す。
田中は「新商品を持っていれば潔子さんが注目してくれるわけか…」とか真顔で分析しているので無視。

騒ぎに気づいた縁下が現れると、大地さんは適任者がいたとばかりに夕たちを無視して縁下にメニューの説明をして、「じゃあよろしくな」と言うと潔子さんと連れ立って帰っていく。
私も大地さんと話したかったな…。
なんて少し寂しい思いで2人の背中を見送っていると、廊下にいた他の2年生たちがコソコソ話している声が聞こえてきた。

「美人だったね〜」
「バレー部のマネさんなんだ…いいな」
「隣の主将さんも格好良かったね」
「うん、付き合ってるのかな」
「お似合い!」

美男美女だと盛り上がる声を聞きたくなくて、急いで教室に戻った。
分かってる。
私だって2人の姿を見て「いいなぁ」なんて思ったもん。








学校から少し家の方へ行ったところにある公園で1人、ベンチに腰掛けて音楽を聴く。今日は大地さんが一緒に帰ろうと誘ってくれたので待ち合わせだ。
部員のみんなと別れた大地さんがここまで来てくれるのを待つのが一緒に帰る日のパターン。

ちょっと待ったところですぐに大地さんがやって来て、お待たせと隣に座った。

「お疲れ様です」
「おー」
「行きますか?」
「ちょっと、ゆっくりしていいかな?」
「え?はい。私は大丈夫ですけど…」

膝に置いていたバッグにイヤホンを戻して、腰を浮かせかけたところを制止され、不思議に思いながらももう一度座り直して大地さんを見つめた。
いつもならすぐに帰ろうかって立ち上がるのにどうしたんだろう?



「名前、何かあったか?」
「…え」

部活中もいつも通りにこにこと優しかった大地さんが、真剣な顔で覗き込んでくるので、胸がざわりと波立った。
なぜだかちょっとこわい。

「部活中、いつもより少しだけど元気なかったからさ」
「え?そんなこと」
「あるよ。俺は分かる」
「…!」

大地さんの顔は何かを確信しているようで、私はつくづくこの人に敵わない、隠し事は出来ないと悟った。
どんな言い訳も通用しないんだ。それはバレー部員たちもマネージャーも同じ。





「今日、みんなが大地さんと潔子さんのこと、お似合いって」
「…ん?」
「お昼に廊下で話してたの見てた人たちが、美男美女だって言ってて…」
「…うん?」
「私もそう思って…いいなぁとか、大地さんの彼女は私なのになぁとか考えてたら寂しくて」

子どもが言い訳をするように小さく零せば、大地さんはそれを黙って聞いていてくれた。
でもこれってしょうもないヤキモチだ。
呆れられちゃうだろうか。

「そうか。気づかなくてごめんな」
「いえ!大地さんが悪いんじゃなくて…
その、勝手に私が妬いてただけなんです」
「ハハッ」
「?」
「ごめん、なんか嬉しくて」
「う、嬉しい?」

急に笑い出す大地さんに戸惑って見つめていると、優しく微笑んだまま大地さんの顔が近づいてきた。
そして一瞬の隙を攫うように私の唇を奪っていく。

「名前にそんなに想われてるって、すごく幸せだな」

至近距離で言われてしまえば私の不安やモヤモヤなんてあっという間に吹き飛んでしまった。
顔に集まる熱と、どきどきとうるさい鼓動は、大地さんにバレちゃってるかもしれない。
へにゃりと笑った私に、大地さんも微笑み返してくれる。それだけで私も幸せだ。






「付き合ってること、隠すのやめるか」
「え!そんな、無理しなくて大丈夫です!
私もう平気ですから!」
「いや、実は俺の方が平気じゃないんだよね」
「へ?」
「西谷にジュース取られないように、とかさ」

ぷに、と私の唇を指で押しながらにっこりする大地さん。
格好いい。そして、ちょっとだけこわかった。



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