ハートを射抜かれる


   


いつも通りの昼休みだった。

俺の席に及川、岩泉、松川が集まってきて昼飯を食べるのが、最近恒例になりつつある。
部活で毎日会っているのにわざわざ他クラスに集合してまで…とも思うが、やはりこいつらといるのは気楽だし何より楽しい。

今日も、女子に囲まれていたために遅れてやってきた及川が「岩ちゃんもう食べ終わっちゃうじゃん!」と叫くのを岩泉が無視している。

「あっ、ゴメン!」

空いている椅子を引きずっていた及川が、俺の後ろの席にそれをぶつけたらしい。
ゴン、という鈍い音に反射的にそちらを振り向けば、後ろの席に座っていたクラスメイトとその横で弁当を広げていた友人がひらひらと手を振った。

「だいじょぶ」
「うん」

女子にしてはあっさりとした2人の応対はなんだか気持ちいいものだった。


ごめんね、ともう一度謝った及川が輪の中に入ってきて、そこからはいつも通り。
岩泉にちょっかいを出し、拳骨と共に怒鳴られる及川を俺が指差して揶揄い、松川は俺らを諌めながらも笑いをぶち込んでくる。

昼休みの賑やかな教室の中で、例に漏れず賑やかな空間。
パンを頬張りながらべらべらと話す及川の口に、岩泉がペットボトルの飲み口を無理やり押し込み黙らせたところで予鈴が鳴った。


「じゃーねマッキー!また部活で!!」
「クソ川うるせぇ!もっと静かに去れ!」
「岩泉の声もだいぶデカいっつの」

3人がガタガタと席を片付ける。
そして教室から出て行こうとすれば、俺のクラスの及川ファンたちが黄色い声を上げた。

「及川くん、また試合見に行くね〜!」
「本当?ありがとう、待ってるね」
「差し入れ何がいいっ?」
「何でも嬉しいよ」

先程までペットボトルを押し込まれていたとは思えない爽やかな笑みと優しい声色で応えた及川を、ある意味尊敬しながら見送った。




次の授業は数学か…今日こそ寝ないよう頑張ろう…
なんて、開始数分で折れるような弱い決意を固めつつ机の中を引っ掻き回す。

すると隣の席の持ち主が笑いながら話しかけてきた。

「相変わらず、及川モテてんな」

隣になってから時々話すようになった男子は、最近開けたというピアスを弄りながら及川たちの出て行った扉の方に視線を向けている。

「あー、アレ恒例だもんな。羨ましいわ」

半分本気だけれど、あれだけの好意を相手にするのは大変だろうと半分労る気持ちで返事をした。

すると相手はこちらへ身を乗り出しながら会話を続けてくる。

「いっつもここ来て食べてるけど、アイツ彼女いねーの?」
「今はいないみたいだぜ。よく知らねーけど」
「ふぅん…どうせ選び放題だし取っ替え引っ替えなんだろうなぁ」

ん?と、棘の混じった言葉に少し違和感を覚える。
しかし俺の様子に気付く様子もなく、そいつはさらに口を開いた。

「顔良くて部活も主将だろ?何やっても上手くいくやつっているんだよなぁー。世の中不公平だわ。努力しなくても及川なんて人生安泰じゃん」

「ハハ、アイツ何でも上手くいってるわけじゃないけどネ」

「なんかさ、毎日ここ来て騒いでるとこ見るとなんで及川がモテてんだって思うんだよね〜俺。顔良くて背高くてとか、やっぱ見た目じゃん?マジで羨ましいわ。見た目だけ取り替えて欲しいわ」

やんわりとした否定にも気付かず、ガンガンと話しかけてくる。
しかも内容が妙にうざったい。
別に及川と親しくないだろお前。
なんでそんな斜め上から見てんだよ。

たしかに及川は無駄にモテる。
そのくせ意味の分からない行動で岩泉にボコられているし、恥ずかしい部分も多い。
現に、女バレには邪険に扱われている。

だが、及川は決して何の努力もせずに今の位置にいるのではない。
毎日死ぬほど練習して、不恰好な姿でボールに喰らい付いていることは俺らもよく知っている。

それを、見た目だけで批評されるのは面白くない。
かと言ってここでムキになって反論するのも馬鹿らしいよな。

「あー、俺ら毎日うるさいよな?
ごめんな、これから場所変えるわ」

とりあえず場を収めようと謝罪すれば、「そういう意味で言ったんじゃねぇよ?」とヘラヘラ笑いながら手を振られた。

「花巻は悪くねーよ。や、別に誰が悪いってことでもないんだけどさ。
岩泉も元々声でけーし、松川は態度でけーし、及川が調子乗ってんのだっていつものことじゃん!
バレー部強いしデカい顔してても仕方ないっていうかさ!」

「は、」

何が言いたいんだか理解できない。
ただ、自分の友人が…仲間が侮辱されたことだけは分かった。
頭の中が冷たいような熱いような不思議な感覚を覚えながら口を開きかけたとき、不意に後ろから静かな声が流れるように俺たちの間に滑り込んできた。

「ねぇ」

冷ややかさを含んだそれに、2人揃って視線を動かす。
そこには先刻、及川が椅子をぶつけた席の持ち主が座っていて、頬杖をついてこちらを見つめていた。
もう1人は席に戻ったのだろう、傍らに数学の教科書が置かれている。
彼女の目は主だった感情を含まず、どこを見ているのか一瞬分からなくなるような力の無さだったけれど、何故だか背筋を伸ばさなければいけない気にさせられた。



「さっきから、うるさい」



最初の呼びかけと変わらないひんやりとした声は、とても単調に言葉を紡いだ。

「え、は?なに、急に」

俺が言葉を発せないでいると、途切れ途切れになりながら反応した隣人へ、後ろの席に座る名字名前は視線を動かした。

「だから、その見苦しいやっかみが鬱陶しいって言ってんの」

「は?やっかみって…」

「及川くんがイケメンなのがそんなに羨ましい?
まぁ彼、見た目だけじゃなくて中身も優秀だもんね」

「別に、羨ましいとかじゃ」

「確かに毎日騒がしいけど、ちゃんと周りに配慮してるでしょ。っていうか一番鬱陶しいのはさ」

声色は変わらず淡々と冷静で、けれど言葉は鋭さを持っているので凛としていた。
ひと呼吸置いてから放たれるそれは、隣の席の奴よりも俺に響いたかもしれない。


「他人の悪口を、その友達に言うってことだよね」


男2人を黙らせた名字さんは、静かになった環境に満足したのか何事もなかったかのように教科書を開いた。
口をモゴモゴと動かしたものの、チャイムが鳴って数学の担当が入ってきたことで大人しく前を向く隣に、俺もつられて座り直す。

目が冴えて、居眠りどころではなかった。
後ろの席の女子がこんなに格好良かったとは。
彼女の透き通る声や、何者にも負けない瞳が何度も思い返される。
意識はほとんど背中に集中したまま、授業が終わった。







「あ、えっと、名字サン!」

放課後になり、部活へ行く前に名字さんを呼び止めた。
すでに教室から出て、帰ろうと廊下を歩いていた彼女は眉を顰めてこちらを振り返ると、声の主が俺だと気付いて少し嫌そうな顔で立ち止まる。

「あの、さっきのことだけどさ…」
「えっと…ごめんね?」
「えっ」

突然の謝罪に驚きで固まってしまった。
上目遣いで俺と視線を絡めた名字さんの表情は少し困っていて、先程の強さが見当たらない。

「ちょっとイラついて口挟んじゃった」
「え、いや!むしろお礼言おうと思って追いかけたんだけど」
「え、そうなの?なんかでしゃばったかなって後悔してた」

照れ笑いなのだろうか、眉尻は下げたまま微笑まれて胸がギュッと音を立てる。

「全然、スカッとした。まさに正論パンチだったな」
「そうかな。でも私、花巻くんにもちょっとイラついてたんだよね、ごめんね」
「えぇ!?なんで!」

急なカミングアウトに冷や汗が流れる。
俺が何をしたというのだ、どこで彼女の怒りスイッチを押してしまったのか。

「友達悪く言われてるのに黙ってたから」
「…!」
「まぁ、花巻くんって優しいし大人だから、わざわざ喧嘩ふっかけるなんてことしないだろうけどね」

だから代わりに言っちゃった、とまた恥ずかしそうに微笑む目の前の女子が、可愛いやら格好いいやらで感情が追いつかない。

「お、俺って優しいか?」

返答に困って、とりあえず疑問に思ったことをぶつけてみる。
すると名字さんは一瞬目を丸くしてから、至極当然のことを聞かれたかのように頷いた。

「うん、お昼のとき見てるけど優しいなって思うよ」
「へ、」
「ていうか、バレー部4人いつも楽しそうでいいなって思いながら見てる」
「そ、そうなの?」
「友達も感じいいよねって言ってたよ。今日だって及川くん、帰り際にもう一回『さっき椅子ぶつけてごめんね』って謝ってくれたもん」

気づかなかった。
及川の何気ない言動にも、それを曲げることなく受け止めた名字さんにも。

「岩泉くんも松川くんも、いつもちゃんと挨拶してくれるよ。『邪魔したな』とか『煩くてごめんね』とか」
「知らなかったわ…」
「みんな大きいから威圧感あるのに中身は真面目だよね。どっかの高校デビュー野郎と違ってさ」
「高校デビュー」
「だから私、バレー部好き」

胸キュンって、こんなときに使う言葉なんだと初めて実感した。
好き、と笑った名字さんが眩しくて思わず目を細めてしまう。
昂る感情をそのままに、俺は一歩彼女に近づいた。

「名字、さん」
「なに?」
「弟子にして」
「…は?」

彼女の両手を自分のそれで包むように握る。
先ほどまでと打って変わって歪んだその顔を見つめながらさらに距離を詰めた。

「姐さん…!まじでかっけぇ!」
「いやいやちょっと何なの。こわいんですけど」

振り解こうとする手をさらに強く握っていると、正面から見慣れた顔がふたつ並んでやってきた。

「え、花巻何してんの?って名字じゃん」
「名字嫌がってんじゃねーか」
「あ、松川くんと岩泉くん…!ちょっとヘルプ」

首だけ振り返った名字さんが助けを求めると、岩泉が無言で俺を彼女から引き剥がした。
さすがにコイツに力では勝てない…大人しく離れながら、2人に問うた。

「名字さんのこと知ってんの?」
「中学同じだったから」
「委員会が一緒」
「まじかよ」

松川、岩泉があっけらかんと答えるので驚いてしまう。
俺より先にこの2人と仲が良かったなんて…羨ましいし腹立たしい。
名字さんはじとっとこちらを睨みながら松川の陰に隠れた。

「ちょっと、おたくの花巻くん急に変なこと言い出したんですけどなんとかしてください」
「えー、ごめん。何かされた?」
「弟子にしてとかなんとか」
「訳わかんねー事言って名字困らせんなよ」

だって!格好いいんだよ!
…と、簡単に先程のことを説明する。
名字さんは余計なことをペラペラ話さないでと怒っていたが、2人はなるほどと感心したように頷いた。

「名字って中学のときからイケメンって言われてるよね」
「漢気があっていいよな」
「なんか嬉しくない」

2人の言葉を不満げに切り捨てる名字さん。
でもイケメンってすげー分かるわと納得してしまった。

「俺、女だったら名字さんに抱かれたい…」

じっと彼女を見つめながら呟くと、心底嫌そうに青褪めた名字さんは松川の後ろでさらに警戒心を強めたようだった。

「やめてよ、私女を抱く趣味ないから!」
「え、男なら抱いてくれるの!?」
「そういう意味じゃない!」

もう知らん!とそっぽを向いて去ろうとする名字さんに、言いそびれていたことを思い出して呼び止める。

「あの、ありがとな!嬉しかった!」

その言葉に、彼女は少し驚いたように何度か瞬きをしてから、ゆっくりと目を細める。
そしてはにかむようにして小首を傾げた。

「いいえ。また明日ね花巻くん」

ズキュン。
天使が胸に矢を刺すシーンが、頭の中でハッキリと描かれた。
間違いなく、俺は彼女に射抜かれたのだ。





「あれー、3人ともこんなところに集まってどうしたの?」
「及川…お前のおかげで好きな人ができました!」
「え!?なんで?何が起きたの!?」
「今日の花巻まじで面倒くさい…」
「…さっさと部活いこーぜ」

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