主将と私



黒尾鉄朗は落ち着いた男だ。
飄々とした態度で人を見下ろしながら喋り、いつも冷静に部を引っ張る主将でもある。
きっと緊張なんてしないのだろう。全国を舞台に戦うくらいなんだから。





なんて、いつも思う。
ひとつしか変わらないのに、何歳も上のように感じるクロ先輩とは、付き合いはじめてまだ数ヶ月。
マネージャーとして入部し片想いを続け、やっと告白出来たのは彼が主将になってから。
玉砕覚悟だったので、まさか彼女に昇格できるなんて未だに時々夢なのかなとか思ってしまう。







「ホラホラ、名前さんたらキャベツの切り方がなってないわよ〜」
「くっクロ先輩!後ろから急に話しかけないで!」
「急にじゃありませーん。ずっといましたーあ」

BBQ用の野菜を、梟谷グループのマネさんたちと切っている横に急に現れた彼は、私の切ったサイズがバラバラのキャベツたちを摘み上げてニヤニヤと笑っている。しかも口調は嫁いびりする姑風。
夏の合宿最終日、みんなで楽しくお肉を囲む楽しい時間になぜ私はからかわれているのだろうか。

「あ、俺向こう行くからついでにこれ持っていきますね」
「ありがとう〜。お願いします」
「おぉ…美味そう」
「味見済みだから安心してね」
「あざーす!」

私をからかうことに飽きたのか、他のマネさんたちが握ったおにぎりの乗るお皿をひょいと持ち上げて言葉を交わすと、盛り上がる木兎さんたちの元へ向かって行った。
…私への態度と全然違う気がする。なんというかスマートだ。

思えば、合宿中はずっとそんな感じだった。
お風呂上がりのいつもと違うクロ先輩と遭遇した時も、ドギマギしてしまう私にきっと気付いていながら
「名前、ちゃんと髪乾かすようにねー」
と、タオルでガシガシ私の髪をかき混ぜた。
その後すぐ、烏野の美人マネさんに扉を開けて先どうぞって譲ってあげてる姿を見た。

試合中、相手の生川のマネさんとスコアブックを見ながら話す様子は落ち着いていて、無表情なところがすごく格好良かったのに、その後にドリンクを差し出す私には半分笑った顔で
「名前 ってTシャツの袖まくり上げてると、夏休みの虫捕り少年みたいだね」
なんて、からかってきた。そんな風に言われたものだから、私は急いで肩までまくり上げていた袖を元に戻したけれど、ワタワタしている私のことを見てちょっと笑ってたの、知ってるんだから。







「私子ども扱いされすぎてない?」
「そういうこと気にするのが子どもっぽいと思うよ」

隅の方で1人ゲームをしている研磨くんを見つけたので隣に座ってお肉を頬張りながら話しかけると、もっともな返答をされてズンと落ち込んだ。
それは分かってるんだけど…でも

「カップルって感じしないんだもん」
「名前の思うカップルってどんなの?」
「えぇ?そりゃ、部活中に視線だけで何か会話したり、2人になったら手繋いだり、きき…キス、したり?」
「…」
「ドリンク渡したら『サンキュ』みたいな受け取り方して欲しいし、お風呂上がりも『すぐ風邪引くから〜』とか言わずにドキドキして欲しいし…」
「面倒くさ」
「え!」

研磨くんは私と2年間同じクラスだからなのか、かなり辛辣だ。どんなの?と質問しておいて面倒の一言で終わらせようとするなんてあんまりじゃないか。

意地悪!と自分のお皿に乗っていた分厚いお肉を研磨くんに押し付ければ、無言でそれを返される。そんなやりとりをしていたら、研磨くんはスッと気配を消すように身体を縮めた。

「肉を食べなさーい」

烏野の主将さん、木兎さんと一緒に現れたクロ先輩が、烏野の1年生たちに絡んでる。それぞれ、米・肉・野菜を食べるようにやんややんやと騒ぎ立てていて、眼鏡をかけた背の高い男の子は心底嫌そうだ。
うーん、なんだか親近感?私に対する態度と少し似ている気もする…。あれ、年下の男の子扱いってこと?

なんて悶々と考えていると、クロ先輩の矛先は研磨くんに向かってきて、研磨くんもすごく迷惑そうな顔をしていた。

「名前は?野菜食べてるか?」
「…食べてますっ」
「肉ばっかりだと大きくなれませんよ〜?」
「私はもう大きくならなくていいんです!」

研磨くんの次は当然のように私に向かってまた子ども扱いするように声をかけてくるので対抗していると、木兎さんが烏野の主将さんに「あの子は黒尾のカノジョなんだぜ」って紹介してるのが聞こえて、なんだか照れてしまう。

「肉と野菜だけじゃなくて米も食べるといいよ!」

なんて、烏野の主将さんに笑顔でおにぎりを渡されたので小さくお礼を言って受け取ると、木兎さんは相変わらず大きな声で

「そうそう!なんでもよく食べないと胸大きくなんねーぞ!」

なんて笑いかけてきた。
周囲に一瞬の沈黙があり、私は真っ赤になった顔を見られまいと研磨くんにしがみつき、木兎さんは近くにいた赤葦さんらに首根っこを引っぱられてどこかへ行ってしまった。
残った烏野の人たちは気まずそうにしながら「さ、俺らもそろそろ向こう行くかな〜」なんて立ち去っていく。
そして私・研磨くん・クロ先輩がその場に残されて、微妙な空気になってしまった。

「名前、とりあえず離れてくれない?」
「あ、ごめん」

研磨くんの腕を掴んでいたことを思い出して離れると、研磨くんは静かに立ち上がった。そして「じゃ、俺は翔陽のとこ行くから」と空になったお皿を私の分まで持って行ってしまった。






「名前、ちゃん?」
「…はい」
「隣座っていいかね?」
「…どうぞ」

研磨くんが退いて空いたスペースにクロ先輩が収まった。
そして私の顔を覗き込む。

「木兎がゴメンネ?」
「クロ先輩に謝られることじゃないです」
「…怒ってる?」
「怒ってません」

恥ずかしさと情けなさで口調がそっけなくなってしまい、先輩はそれに気付いたみたいだ。子供っぽい自分に腹が立つ。

「合宿中、なんか不機嫌だよな?」
「えっ…」
「俺が原因だったりする?」

急にクロ先輩が困った顔をするから、胸がじくりと痛んだ。研磨くんの言う通り、私は子供だなと思う。部活の合宿中、主将に心配かけちゃうなんて。


「クロ先輩、私って子供ですよね」
「ん?え、何?急に」
「先輩が…他のマネさんと話すときって私のときと違って落ち着いてるから」
「…えっと?」
「なんか、私…からかわれてばっかりだし、子供扱いされるし…それでちょっと拗ねてました」

あぁ、こんな風に言ったらそれこそ「拗ねるとか名前ちゃんはお子様だね〜」なんて笑われるじゃないか。もっと上手く伝えられないのか私は。

「あー、ゴメン」

クロ先輩の声が、とても真剣な色をしていたので俯いていた顔が跳ね上がった。そして顔を見ると、いつものような笑い方じゃなくて、優しくて愛おしいものを見るような目つきをしているから一気に鼓動が速くなる。

「俺の方がずっと子供なんだわ」
「え?」
「実を言うと、名前と一緒にいられるのが嬉しくて浮かれてた」

クロ先輩の言葉を理解するのに時間がかかってしまった。どういうこと?

「えっと…どういう…」
「だから、名前が可愛くてつい、からかっちゃったの、デス」
「わっ」

ぽんっと頭を手のひらで軽く押さえられたせいでクロ先輩の顔が見えなくなってしまった。

「風呂上がりとか、袖まくってる姿とか、すげードキドキするし、一生懸命動き回ってるのも可愛いし、ふざけてないと自分が自分じゃなくなりそうでさ」

現実じゃないみたい。クロ先輩がドキドキするなんて。しかも、私が先輩をドキドキさせてたなんて。

「…クロ先輩って、落ち着いてるしそんな風に思ってるなんて考えもしなかった。付き合ってても片想いしてるような気でいました」

本音を少しだけ漏らすと、クロ先輩は「全然違う」とため息をついて私の髪の毛をくしゃくしゃにした。

「名前のこと気になって落ち着かないし、まったく片想いじゃないし」
「うわあ」
「研磨とくっついてんのムカつくし、名前で呼んでほしいと思ってるし」
「え?え?」
「もっと近づきたいって思って、ます…けど?」

かき混ぜられた髪の毛で視界が覆われているから、クロ先輩の顔を見ようとしても無理だけれど、きっと照れているんだろうと分かった。
だって頭に触れてる手が熱い。

「て、鉄朗…くん」
「!!」
「わぁ、なんか彼女って感じがして恥ずかしい!」

頑張って名前を呼んでみたもののくすぐったくて身を捩った。呼び方を変えただけで一気に大人っぽい関係になったように感じてしまう。

「あぁ〜〜」
「先輩?」
「…ヤバイね。破壊力」
「は、破壊力?」
「ちょっと、そのジャージ貸して」

急に私の腰に巻いていた音駒ジャージの上着を要求されたので解いて差し出すと、先輩は私の頭にそれを被せた。
ジャージに顔まですっぽり高くされ、照り付けていた太陽の熱が和らぎ薄暗く感じた瞬間、唇に温かくて柔らかい感触があって硬直する。
クロ先輩は座ったまま、顔をジャージに潜り込ませて私にキスをしたみたいだ。







「名前があまりに可愛いから我慢できませんでした」
「ここここんなところでっ…!」
「みんな肉に夢中だから気づかないだろ」

初めての感触と恥ずかしさと、そして嬉しさで脳内が混乱してしまう。顔を手で覆って縮こまれば、クロ先輩が笑った気配がした。

「名前?」
「……」
「無視かい。おーい」
「…なんですか」
「好き」
「ひぇっ」

肩をトントンと突かれながら言われたら、私はもうまともに返事なんかできるわけない。だって、私が告白したときクロ先輩は「じゃあ、付き合いましょうか」って返事だけだったから…好きって言われたの、初めてだ。

「好きって、初めて言われました」
「アレ?そうだっけか」
「はい」
「そうか…。名前、好きだよ」
「!?」
「好き、好きです」
「わわわわかったのでもうやめてください!」

片方の手はまだ顔を隠しつつ、もう片方の腕をぶんぶんと振って恥ずかしさを訴えると、クロ先輩は笑ってその腕を掴んで私の手を握った。

「アー、本当に可愛いな」
「ううう、クロ先輩…今日なんか変」
「コラ、名前」
「…鉄朗くん」
「よくできました」







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201203

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