主演女優賞は君




部活中、ビブスを取りに器具庫に入ったはずの私は、なぜか見覚えのない部屋にいた。

部屋…というか、ただの空間?

何もない、真っ白な場所は扉がひとつあるだけで、確かに私はそこから入ってきたはずなのに押しても引いても開かない。

人一倍怖がりだと思っていたけれど、ここまでわけの分からない状況になると逆に冷静になるのだろうか…ぽかんと口を開けたまま固まるしかなかった。

しかし、
部屋の隅で壁をぺたぺた触っている私の背後から扉の開く音が聞こえてきたので反射的に振り返ると、見慣れた人物がタオルで汗を拭いながら気怠げに入室していた。

そして私の方を見て「は?」と顔を歪めた瞬間に扉は閉じ、また静寂が訪れる。




「なんで名字が…って、あれ?」

「二口…」

「部室は?」

部活終わりに着替えようと部室に戻ったはずが、何故かここにいた…と呆然としているのは同じバレー部かつ同じクラスの二口だ。

練習着に汗ばんだ顔は、恐らく嘘をついていない。私も自分の状況を説明すると、二口は黙ってなんとか思考を追いつかせようとしているみたいだ。



「本当に出られねー」

「…うん」

扉を力任せに蹴ってもびくともしないことを確認し、ものすごく嫌そうな顔をして二口は腕を組んだ。

そのまま扉を2人で黙って睨みつけていると、するり…と音がしたので自然とその方向へ視線を動かす。

「なんか紙入ってきた」

「うん。なんだろ」

「触って平気か?」

「た、たぶん」

何も考えずに、扉の下から滑り込んできた紙切れを拾い上げて折り畳まれていたところを開く。

そして横から覗き込んだ二口と共に文を読み上げて、2人で
息を飲んだ。





「キスをしないと出られません(もちろん口に)」







あれ?なんかこういう設定の漫画とかなかった?
いや、ドラマ?アニメ?二次創作?
いやいやなんでもいいけど、私が巻き込まれるとは?
え、しかも二口と?
というか(もちろん口に)って妙にむかつくんだけど?

「え、私って二口とキスしなきゃいけないわけ?」

「…らしーな」

「ハハッ無理!」

「こっちの台詞だよ!」


まずいまずい。確かに二口のことは嫌いじゃない。
どちらかと言うと好きな方だ。
だけどだからと言って簡単にキスできるほど、私は手練れていない!

「なんとかして別の方法探さない?」

「当たり前だろ。こんなことあってたまるかよ」

2人で団結して、扉の辺りを捜索したり声を出してみたりとひと通りの努力をしたが無駄だった。
そりゃそうですよね。


「…お腹すいた」

「名字って危機感ないの?」

「このまま出られなかったらどうする?」

「…そんなこと」

「餓死?やだよ。トイレもないし、お水もないのに!」

「名字」

「帰りたいよ、二口ぃ」

急に不安が湧き上がってきて涙まで出そうになる。それを止めようと努力する気力は無くて、心配そうにこちらを見つめる二口に近づいた。

さっきまで冷静でいられたのに、二口と話していると急に感情の起伏が激しくなってしまった。私はきっと、二口に甘えているのだ。


「名字、試すか?」

「なにを?」

「その紙に書いてあること」

「…え!」

私の手によって握り締められ、くしゃくしゃになった紙を指差した二口の顔は真剣だった。確かに、残りの可能性としてはこれしかない。でも…


「二口、今こんなこと言うのアレなんだけど」

「ん?」

「私、初めてなの」

「…マジ?」

「うん…ごめん。どうしよう」

「どうしようって言ったって…」

困っているのがわかる。でも、私も頭では理解しているよ。こんなときに初めてとかどうだっていいことなんて。
キスくらいどうってことないのに!分かってるけど!


「ど、どうしたらいいかな」

「…」

何か考えている二口に、縋るように問う。沈黙が痛い。
すると二口が静かに深呼吸した。


「ごめん名字、責任は取る」

「へ?」

彼の言葉を脳が処理するよりも早く、二口は私の肩を掴んで自身の方へ引き寄せた。

倒れかかるのをなんとか堪えた私の唇には、温かくて優しい感覚がそっと触れる。

それは一瞬のことで、すぐにその温もりが離れていったので、なんだか口周りが急にひんやりと感じられて寂しさを覚えた。



ガチャン。



扉の方から聞こえた音に、私たちは同時に反応する。
二口がそっと私の手を取り、扉の方へ向かう。

顔、見れない。

ちょっとキスが嬉しかったなんて、言えない。



























「と、いう夢を見ました」

「え、俺らはそれを聞かされてどうしたらいいわけ?」

「だよな」


体育館の隅に座り込んだ3年生たちは、それぞれすごく嫌そうな顔をしている。私はその正面にしゃがみ込み、スコアブックを胸に抱き直した。

「だって、こんな夢、自分の心の中だけに抱えておけない!」

「だからって一緒に背負えってか?無理だわ」

「というか授業中に見る夢かよ」

呆れたような茂庭さんに返す言葉が見つからない。
ですよねと落ち込んでいると、後頭部を何か柔らかいもので叩かれて振り返る。

「マネ、休憩中だからって先輩たちとだべり過ぎ」

「ひゃあ」

「なにその反応」

私の頭にぶつけたドリンクボトルで、自分の肩をトントンと叩きながら冷ややかな目線を送ってくるのは頭から離れずにいる二口で。

私は妙に緊張してしまってしどろもどろに言い訳を考える。けれど

「なんかよ、名字が二口とキスする夢見たんだと」

「鎌先さんんんん!」
「うわぁ鎌ちヒドイ」

スパイクのような勢いでぶち込んでいった鎌先さんを思わず殴ってしまった。でももう遅い…恐る恐る二口を見上げる。

「…勝手に人の夢見んな。出演料取るぞ」

「好きで見たわけじゃないもん!!」

呆れたような表情の二口に、無性に恥ずかしくなってしまう。だってこれってまるで…

「名字、二口にキスしてもらいたくてそんな夢見たんじゃね?」

「もう鎌先さんは帰って!!」

今自分が思ったことを、ニヤニヤとした顔で口に出されると恥ずかしさで死にそうだ。

「そんな小学生みたいなこと言ってるからモテないんですよー」

「なんだと二口こらぁ!」

ぷぷ〜と笑って揶揄う二口は、私のことなんて全然気にしていなくてホッとしたような虚しいような。
そんなことを漠然と考えていると、静かにスマホを触っていた茂庭さんが、小さく挙手しながら口を開いた。

「あのさ…逆っぽい」

「ん?」
「逆?」

言い争いをしていた2人も、私と同じように茂庭さんの方をくるりと見つめている。
茂庭さんはスマホの画面から目を逸らさず、何かを読み上げるように言葉を発した。

「好きな人のことを想いすぎるあまり、相手の夢に出てしまうものなのです。」

「は?」

「だから、つまり…」

「二口が名字を好きってことか?」

「…」

口を半開きにしたまま、視線は鎌先さんの顔から自然と二口の方へ動く。

「は?」と言ったきり何も発していない二口の顔は、みるみる赤くなっていった。

それを見て、私も顔が熱くなってくる。さっきまでずっと冷静だった二口が…赤くなってる…。


「お、おい。図星かよ!」

さすがの鎌先さんも動揺を隠せないようで、わたわた両手を動かして右往左往し始めた。

パッと二口と目が合うと、彼は肩を揺らして明らかに焦っているのが分かる。

「な!も、茂庭さん!なんすかそれっ…」

「いや、ネットで調べるとほとんどのサイトでそうやって書かれて…」

「いや、マジで…うああ」

こんなに慌てる二口を見るのは初めてだ。いつもふざけたり嫌味を言ったり誰かをからかったりする姿ばかりだったから、私たちはみんなしてその変貌に戸惑ってしまう。

「ふ、二口…えっと」

何か言わなくては…でも言葉が出てこない。
と、とりあえず謝罪?

「ごめんね、変な夢見ちゃって」

「本当だよ!いや、違うか」

「ううん!あ、でも私嫌じゃなかったから!」

「はぁ!?」

「初めてが二口とでよかったというか!」

「な!」

「ん?あれっ今私何か変なこと言ったかも!」

「えっえっ」

「名字も壊れかけてるぞ!どうすんだこの状況!」

もう全員がパニックだ。
全員で赤くなったり青くなったりしているところに「休憩終わるぞ」と監督が声をかけてくれてなんとか私たちの身体は動き出した。


「名字」


遠くにいる監督の方へ早足で向かっていると、二口に呼びかけられて肩が跳ねた。

「なに?」

「その夢、いつか実現させるから」

「…え?」

「だからお前も早く俺の夢に出てこいよな」

「ど、どういう!?」



するりと私の頭を優しく撫でると、二口は走って行ってしまった。撫でられたところを手で抑えて立ち尽くす。
監督が急かすように声を荒げているのが聞こえるけれど、同じ体育館の中にいるはずなのにとても音が遠い気がした。
それはきっと、私の頭の中は今、二口の声でいっぱいだから。

二口のことでいっぱいだから。








「ついに出たぞ、名字」
「え?何の話?」
「名字が、俺の夢に」
「…!!」
「どうよ」
「…出演料ちょーだい」
「…」
「ちゃんと責任は取るから」
「!?」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
201202

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