よくぼうとがまん



「はーじめっ」

自室のベッドに寝そべって漫画を読んでいると、床に座ってスマホを弄っていた名前に呼ばれた。
その浮ついた声色に、少しだけ眉を顰める。

「だめだ」
「まだ何も言ってない!」

不満そうに声を荒げているが、こいつの言わんとすることなんて聞かなくても分かっていた。

「1階に親いるから」
「知ってるよ、さっき会ったもん」
「急に入ってこられたらまずいだろ」
「はじめのママはそんな野暮なことしないじゃん」

いつの間に信頼関係築いてんだよ。
と、突っ込みたくなるのを我慢して、漫画から顔を上げた。
すると想像通りのむくれた表情と目が合う。

「いちゃいちゃしようよぉーっ」

やっぱりな。名前が「はーじめ」なんて猫なで声で呼びかけてくるときは、大抵ロクなことじゃない。
甘えた顔でずりずりとベッドまで近寄ってきて、そのまま見上げられれば気分は悪くない。
しかし…だ。

「止めらんなくなりそうだからだめだ」
「私は構わないよ?今日可愛い下着つけてきたもん」
「…そ、そういう問題じゃねー」

危ない。一瞬ぐらつきかけた。
ベッドの淵に上半身を預けて首を傾ける名前は、おそらく狙ってやっている。
それが分かっていても可愛いと思ってしまうのは仕方ないことか。

「ハグだけでいいから!」
「俺がそれだけじゃ無理になるんだよ」
「…じゃあ、軽くチューも」
「なんで増えてんだ」
「ケチ!」
「男子高校生の性欲なめんな」
「そっちこそ、女子高校生のラブラブしたい欲なめないで!」

なんだそりゃ、と名前に背を向けた。
ちょっと触れたらもっと触れたくなるだろうが。
軽いキスなんかで止まれるか。
もちろん長い付き合いだし経験は済んでいるものの、親のいる家で致すほど盛ってはいない。
背中にビシビシと恨みがましい視線を感じながらため息をついた。

「俺だって、触りてぇけど」
「じゃあいいじゃん」
「だーかーらー…」

と、若干苛つきながら身体を起こした。
せっかく頑張って抑えたんだから察しろよな。
そう伝えようとしたとき、階下から声が響いた。

「はじめー、ちょっと買い物行ってくるからー」

母親の言葉に思わず2人で息を呑んで見つめ合う。
おそらく、俺は今目の前のこいつと同じように目を丸くしているのだろう。

少し遅れ、上擦った声で返事をすると、ガチャ…と玄関扉が開く音がした。

「はじめ…」
「…おう」

そして少しの間があって、扉の閉まって鍵がかかる音。
それを2人で黙って聞き、一拍置いた。

「ね、いい?」
「…ほら」

ベッドの淵で膝立ちになって、乗り出している名前に向かい、仰向けになっている俺が両腕を開く。
ぱあっと顔を輝かせた名前は、ヨシと言われた子犬のようだ。尻尾が見える気がする。

ぴょんっとベッドに飛び乗って、そのまま覆いかぶさってくる名前を受け止めれば、嬉しそうに抱きついてきた。
ついさっきまでの我慢からやっと解放されたとばかりに強い力でぐりぐりと俺の首筋に顔を擦り付けてくるから擽ったい。
でも解放感に喜んでいるのは俺も同じだ。
名前の背中に回した腕に力を込めると、はしゃいだ悲鳴が聞こえる。

そして名前がガバリと半身を持ち上げ、上から見つめてきた。
その視線が熱を帯びているのが分かる。
だがどうせ俺もまた同じ眼をしているのだろう。
口許を緩めれば、少し照れたように笑ってその顔を近づけてくる。

名前の髪が、俺の顔にかかったところで目を閉じて、その小さな唇が自分のものに押し付けられる瞬間を受け入れようとしたとき

「岩ちゃーん!貸してた漫画マッキーも読みたいっていうから…アッ」

ノックもなく、部屋の扉が開くのと同時に幼なじみが勢いよく部屋に乗り込んできた。

名前は俺に覆いかぶさる姿勢のまま固まって及川を見ている。
及川も冷や汗をだらだらと流して青ざめた顔で笑った。

「ピンポンしようとしたら、ち、ちょうど岩ちゃんのお母ちゃんが出てきて…い、入れてもらったんだ…ヨネ」

最後の方は片言になりながら一歩、後ずさる及川を睨みつけながら身体を起こした。
跨がっていた名前をそっと横に退かせば、ベッドにちょこんと座って半笑いになっている。


「及川…」
「い、岩ちゃん!邪魔するつもりはなかったんだ!」
「言いたいことはそれだけか」
「名字ちゃんが思ったより積極的なようで羨ましいです!」
「…よし、歯ぁ食いしばれ」
「ワー!ごめんなさい!誰にも言わないから!」

当たり前だ!と飛び蹴りとともに部屋から追い出す。
目の前の悲鳴とは真逆に、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえてきたのでげんなりしながら振り向いた。

「あはは!なかなかうまくいかないね!」
「…なんでそんな嬉しそうな顔してんだよ」
「だってはじめが2人きりの時間、すごく大切に思ってくれてるの分かったもん」
「はぁ?」
「はじめも私と同じ気持ちなんだなーって、嬉しくて」

敵わない。
頬を染める名前は、心底嬉しそうだから及川への苛立ちも浄化されるようだった。
邪魔者は追い出したし、とりあえず玄関の鍵を閉めに行こう。
そして今度こそ心置きなく、コイツの言ういちゃいちゃってやつを楽しんでやるのだ。




(岩ちゃんまだ怒ってる?)
(怒ってねぇよ)
(あれ、岩泉今日スパイクのキレ良くね?)
(…ハ!もしかして昨日名字ちゃんと…ぎゃあ!ボール投げないで!)
(今日もうるさい主将と副主将だな)
(ところで及川漫画まだ?)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
201201
久しぶりに甘々です。

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