18歳のあなたへ。

※岩ちゃん大学生設定です。




高校を卒業して2年目。成人を迎えた私たちは初めてクラス会を開いて、市内の居酒屋に集まった。
卒業後も定期的に関わりのあった友人と共に広い座敷に上がって、さっと個室の中を見渡す。いない…。
少し寂しいようなほっとしたような、でもやっぱり残念な気持ちで空いている座布団に座って、久々に顔を合わせた級友たちと近況報告を楽しんだ。

幹事の子の合図で乾杯をする。
お酒はあまり得意ではなくて、大学の飲み会では1杯〜2杯飲んだら十分だった。けれど今日は特別。
未成年の、1年間同じ空間で同じ授業を受けた仲間たちといるとあの頃に戻ったような感覚になってついペースが上がってしまう。






「悪い、遅くなった」

その声が耳に届いた瞬間、目の前の料理を眺めていた顔が勝手に跳ね上がった。
一瞬で視界に捉えたその人は、やっぱり私の一目見たかった人物で体温が急速に上昇するのを感じる。

男の子たちに囲まれて、急いでたから車で来たとお酒を断る彼、岩泉一くんは私が高校生の頃に片想いをしていたお相手だ。
臆病な私は少し会話を交わすだけで精一杯で、告白も出来ずにそのまま別々の道へと進んだ。そういうわけで、彼を見るのは2年ぶりになるわけだけれど…。

「変わってねーな!岩泉!」
「それはそれでどうなんだよ」

うん、変わってないよ。ずっと格好良いままなんだね。
見た目は少し大人っぽくなったけど、男の子たちの真ん中で楽しそうに笑う姿は当時と同じ。
いっそのこと、思いっきり変わってくれていたら…私は今こんな風に熱がぶり返してしまうこともなかったのかな。







お手洗いから戻ると、私のいた場所は別の人たちに占領されてしまっていた。あー、飲み会あるある…。戻りにくいな。
なんて思っていると「名字、席取られたか?」という声が下から響いて肩が揺れた。
だってその声の持ち主は

「岩泉くん…」
「久しぶりだな。ここ空いてる」
「…あ、うん」

隣にそろそろと正座すると、傍にあったメニューをさっと渡してくれた上に、呼び出しボタンまで押してくれている。うわぁ、私の好きだった岩泉くんの男前ポイントが大学生バージョンになっていてドキドキする。
緊張していることを隠したくてサワーを頼むと「お前も飲めるようになったんだな」なんてしみじみと言うから「親戚のおじさんみたい」と笑ってしまった。

「名字は大学だっけ」
「うん。岩泉くんもだよね?」
「おー。楽しいか?」
「うん。サークルとかバイトで結構忙しいけど」

なんて、ありきたりな会話をしているのがなんだか不思議。
だって、きっとあの頃だったらできなかった。
私も大学で少しは成長できたのかな。お酒の味やコミュニケーションを教えてくれた飲み会好きの先輩たちにこっそり感謝する。




「名字さん久しぶりー!」
「久しぶり〜って、金髪になってる!」
「大学デビューってやつだぜ」
「えー自分で言っちゃうの?」

高校時代、わりと仲良くしてくれていた男の子が私と岩泉くんの後ろにビール片手にやってきた。
見た目は派手になっているけど、その屈託のない笑顔は変わらなくて安心する。岩泉くんも仲良かったよなぁなんて思いながら2人の挨拶を微笑ましく眺めた。

「あれ、岩泉飲まねーの?」
「あー今日車なんだよな」
「えっ買ったの!?」
「アホか。親の借りてきた」
「あービビった」

そうなんだ、岩泉くんも免許取ったんだ。なんて私こそ親戚のおばちゃんみたいにほのぼのしていると、「名字さんも免許持ってる?」と聞かれたので最近取得したことを報告した。

「なぁ、岩泉って運転うまそーじゃね?」
「あ、うん!運動神経良かったしうまそう!」

格好いいんだろうななんてちょっと想像しちゃったりしていると、近くにいた男女数人が「あー分かる!」と会話を広げていく。

「別にフツーだわ」
「駐車とか一発で決められそうだよね」
「ミラーちょっと見ただけでね」

女の子たちの言葉に私も大きく頷いた。わかる、わかるよ!
すると

「ってことは、岩泉はアッチの方もうまいんだろーな?」
「は?」
「うわ、ちょっと!きもいんですけどー」
「おーいー女子いるところで下ネタぶち込むなよ!」

び、びっくりした。確かにそういう話はなんとなく聞いたことあったけど…
高校生の頃と違ってそういうネタが普通に出てくるのは大学では日常茶飯事だけど…
まさか岩泉くんのいる場で聞くことになるとは…!
冷たい眼差しになる女の子たちと、ちょっと焦る男の子たち。それでもみんなお酒入ってるし、なんだかんだで楽しそうだ。
私も、この話題の主人公が岩泉くんじゃなければ普通に笑っていただろう。

「お前さっき日本酒いってただろ。酔ってんべ?」
「酔ってませーん」
「うわ、うざ絡み!」

岩泉くんは水の入ったグラスを強く押しつけ、呆れた顔をしていた。全然慣れてる…!こういうの、平気なんだ…!
もっと照れたり怒ったりするのかなと思ってたけど。あれ、もしかしてもうそういうお相手がいるとか?やば、落ち込む…。

勝手にドギマギしながらショックを受けていると、「名前ちゃん、全然減ってないじゃん」と女の子たちに指摘され、握りしめていたグラスの中身がまだたくさん残っていることに気付いた。
そうだよね、もう2年だもん。私だってちょっとは恋愛したりやめたりしてきたし…。熱くなって渇いた喉を潤すため、サワーを勢いつけて流し込んだ。







「名前、二次会どうする?」
「うーん、やめとく〜ちょっと飲み過ぎた」
「大丈夫?一緒に帰ろうか?」
「ううん!帰るくらい全然平気だから行ってきて!みんなによろしくね」

うまくセーブできなかったな。やっぱり楽しいと飲み過ぎちゃう。
なんてほんの少し反省しつつ、楽しかった余韻に浸りながら居酒屋の前でみんなと逆の方向へ身体を向けた。 
あれから、友達に引っ張られて別のグループと話をしているうちに岩泉くんとはそれきりで終わってしまった。
でもいいや、初めて2人でまともに会話できたし。いい思い出になった。あ〜顔熱い。
ちょっとふらつく足を踏み出そうとしたところ、ポンと肩をたたかれて振り返る。あれ、忘れ物とかしたかな。

「!?」
「帰るのか?」

なんで、岩泉くんが。触れられた肩が一瞬にして熱を持つ。

「あ、ちょっと飲みすぎたから…帰り、マス」
「そうか。俺も帰るから、乗ってくか?」
「え」

ジーンズのポケットから鍵を出して見せる仕草が格好良すぎて言葉を失う。いや、それよりも、岩泉くんの問いかけが信じられない。

「酔ってんなら歩くのも面倒だろ。送ってくわ」
「え、え!悪いよそんなの!」
「気にすんな。あっち停めてんだ、いこーぜ」
「えええええ」

神様仏様!なんですかこのイベントは。
岩泉くんの、運転する車に、私が、乗せてもらって、しかも送ってもらうって!
夢の中にいるようにふわふわした足取りで岩泉くんについて行き、コインパーキングに停めてある車に近付いた。

「あー、ちょっと荷物後ろに動かすから待ってろ」
「、はい」

岩泉くんは助手席のドアを開けると、置いてあったスポーツバッグを運転席との間から後部座席に放った。そしてこちらに向き直って「ん」とドアの前を退く。
つまり、もしかして、いやもしかしなくても私は助手席に座れるんだよね…?

「お、お邪魔します」
「おう」

そうっとシートに腰を下ろすと、「閉めるぞ」と岩泉くんがドアを閉めてくれて、何この紳士っぷりと驚いてしまう。大学に入学したてのとき、車に乗せてくれたちょっと格好いい先輩でもここまでスマートじゃなかったのに!

そして岩泉くんが運転席に乗り込んできて、その距離に脈がどんどん速くなっていく。近い。そして密室。
エンジンがかかって、洋楽が流れた。岩泉くんのご両親の趣味なのかな…なんかおしゃれだ。

「お、お願いします」
「では安全運転で行きますので」
「ああありがとう!」
「そんな緊張しなくても、今のところまだ事故ったこととかねーから」
「えっいや!疑ってるわけではなく!」

ハハ、と笑って「ナビよろしく」と言われれば、私は何度も頷くことしかできなかった。本当に送ってもらえちゃうんだ。しかも2人で!夢みたい。

「えっと、次の信号を右です」
「ん。名字ってナビ慣れてんな」
「そうかな?先輩に乗せてもらってるからかも」
「大学の?」
「うん。帰りが遅くなる時とか、たまにね」
「へー」
「でも岩泉くんも運転上手だね。先輩の方が荒っぽいかも。あ、次の交差点左です」

世間話をしているうちにだんだんこの距離感にも慣れてきた。最初は一刻も早く帰りたかったけど、今はなんか…勿体ない。信号にもっと引っかからないかなーなんて考えてしまう。
そんな私の願いが通じたのか、パッと黄色に変わったのを見て岩泉くんがゆっくりとブレーキを踏んだ。
チカチカと左ウィンカーの音がする。

「…男?」
「ん?」

急に投げかけられた問いの意味が分からなくて、岩泉くんの顔を見た。赤く光る信号を見つめたまま、岩泉くんがまた口を開くのが見える。

「先輩って、男?」
「先輩?あぁ、うん。そうだよ」
「もしかして彼氏?」
「え!違う違う!彼氏なんて長い間おりません!」

あははと笑うと、岩泉くんはやっとこちらを向いた。

「よかった。さすがに彼氏持ち乗せてたらまずかったわ」
「うーん確かに。ということは、岩泉くんも彼女なし?」
「おー。ずっとな」

ふっと自嘲するように視線を前に戻してハンドルに上半身を預ける姿がなんだか大人っぽくて照れる。
恥ずかしさを誤魔化したくて口を開いた。

「私、高校の頃岩泉くんのこと好きだったんだよね」
「俺も」

え?
あれ、私いま何言った?そして岩泉くんもなんて言った?
やっぱり飲みすぎたのかな。うん、きっとそうだ。
変なこと口走っちゃった上に幻聴だなんて。
きっと明日はひどい二日酔いになるに違いない。

パッと目の前の明かりの色が変化したことで我に帰る。
同時に車がゆっくりと動き出して左に曲がった。

「なんで急に黙るんだよ」
「や、私ちょっと酔ってるみたいで」
「んじゃ今の言葉は嘘なのか?」
「…いえ、それは本当です」
「んで、俺の返事聞いてたか?」
「あ、ごめんちょっとなんか耳おかしかったっていうか幻を聞いたというか」

ごにょごにょと言い訳しているうちに視線が下がっていき、膝に置いたバッグをじっと見つめる怪しい奴になってしまった。でもこんな都合のいい幻聴、バレたら即死。

カチカチとウィンカーの音がして、パッと顔を上げる。しばらくは道なりのはずだ。と、不思議に思ったときにはコンビニの駐車場に入っていて驚いた。

「あ、えと。眠気覚まし?コーヒーで良ければ私買ってくるよ!」
「いや、ちょっと待て」

シートベルトに引っ掛けた手を、岩泉くんの大きな手が覆うようにして制止したのでまた鼓動が早くなる。

「さっき、俺も高校の頃名字のことが好きだったって言ったんだけどよ。スルーした?」
「…え、幻聴じゃないの?」
「…」

岩泉くんの顔がみるみる呆れたものになっていくので恥ずかしい。ごめんなさいと小さく謝れば、無言で頷いてくれた。
というか、

「えっじゃあその頃って両思いだったの!?」
「そういうことになるな」
「えええっ嘘!え?えぇー」
「え、しか言わないのな」
「だ、だって…勿体無いことしちゃった…」
「勿体無い?」
「それなら告白しておけばよかったな〜って」

コンビニから届く白い灯が、もしかしたら私の赤くなってしまった顔を岩泉くんに伝えてしまっているかもしれない。でも、もうパタパタと手で顔を仰いでるくらいだからきっと気付かれてるだろうと開き直ることにする。

「ちなみに、」

岩泉くんがコンビニの方を眺めて、一呼吸置いてから上半身をこちらに捻り、私たちの視線が交じり合った。あの頃より少し精悍な顔つきになってるけど、瞳の純粋さとか意志の強さは変わってないなぁ。私の好きだった、いや今でも好きな岩泉くんの眼。

「ちなみに、今も…だけど」
「うん、今も…ん?何が?」
「だから、俺は今も好きだけどって」
「え…今って、いま?」
「今は今だろ」
「も…もう2年経ってるけど」
「あぁ」
「ずっと会ってなかったけど」
「あぁ」
「連絡も、したことなかったのに?」
「やっぱ、実際顔見てしゃべっちまうとだめだな。忘れたと思ってたの全部戻ってきた」
「…」

どうしよう。頭がついていかない。
岩泉くんは私に今、告白してくれてるの?
それは現在進行形の話でいいの?

「もし、今他にいいやつがいなくて、少しでもまた俺のこといいなと思えそうだったら、これからたまに会ったりしてくれねーか?」
「!」

いつもハキハキとした岩泉くんが若干だけど言葉に詰まっていた。ほ、本気なんだよね?
酔って…ないもんね。飲んでないんだから。
私は…ちょっと酔ってるけど、でも頭の中はクリアだ。これは幻聴じゃない。よね?

「えっと…」
「あー、すまん。急にこんなこと言って。無理なら無理で」
「申し訳ないんだけど、私…私ね」
「おう」
「今も、岩泉くんのこと好き…だから少しでもいいなとか、たまに会うとかじゃなくて…普通にお付き合いしたいななんて思っちゃってます」
「…」
「あれ?岩泉くん?」
「今って…いまだよな?」
「ハイ」
「え、まじで」
「まじです」
「2年経つのに?」
「…私も、岩泉くんに会ったらあの時の気持ちが戻ってきちゃったの!」

同じ問答を繰り返そうとする岩泉くんに、とにかく理解してもらわなければと思ったらかなりストレートな表現になってしまった。けれどこれくらいの勢いがないと信じてもらえないかもしれないからいいや。

「…やべー」
「え?」
「今日、同窓会行ってよかった」
「…うん。私も」

岩泉くんがいよいよハンドルに体重を預けて顔を隠してしまう。こんな姿が今になって見られるとは。
あぁ、高校生だった名字名前よ。
2年後にあなたは幸せになると予告します。
おめでとう、あなたの恋は間違ってなかったよ。
そしてありがとう。素敵な人を見つけてくれて。


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201116

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