フェスに行こう



「ねぇねぇ!これ見てー!」

バン!と大きな音ともに男バレの部室に飛び込めば、及川が「きゃーえっち!」と裸になった上半身を制服のシャツで隠した。

「どしたの?」
「これ、さっきSNSで見つけた!」
「ちょっと無視しないでよ!」

最初に反応してくれた花巻にスマホを見せる。後ろで怒っている及川はスルー。
花巻は「おぉ!」と目を輝かせた。やっぱりこの男は食いついてくれると思ってたよ。

「チーズ&スイーツフェス!」
「ねっねっ!最高の響きじゃない!?」

2人できゃっきゃとはしゃいでいると、松川と岩泉は大きくため息をついた。

「またか」
「くだらねー」
「様々なチーズを使用したチーズインハンバーグだって」
「え?いつ?どこ?」
「おい」

一例と書かれたメニューを読み上げると、さっきまで呆れ顔だった松川は目をぎょろりとさせながら私と花巻の間に入り込んでくる。圧がすごい。
ようやくシャツを着た及川も興味を引かれたのかスマホを覗き込んだ。

「5人で行こうよ!今度の練習試合の後!」
「おー行こうぜ」
「いいな」
「岩ちゃんも行くよね?」
「ハァ?めんどくせぇからやだよ」

1人だけ空気を読まずに近寄ってもこない男に、一瞬真顔になるがここは私の腕の見せ所だ。

「岩泉…」
「あ?」
「名前…岩泉と一緒に行きたいな?」

こてん、と首を傾けながら上目遣いに見つめると岩泉が硬直した。ふふ。楽勝だぜ。

「っべぇ…寒気した。鳥肌が」
「おいこら!」

ぶるりと身体を震わせた岩泉は心底イヤなものを見るような目つきでこちらを睨みながら、「試合でサーブミス多かったやつの奢りな」と言って渋々参加してくれることになった。あれ?サーブって私はどうしたら?








「早く片付けて!すぐ撤収するよ!」

てきぱきと部員たちに指示を飛ばしながら私も自身の荷物をまとめる。
練習試合の相手校の体育館で大きな声を出していると、「青城のマネ、しっかり者だな〜」
「有能そうだし可愛い。声かけてみるか」
と、向こうの選手たちがちょっと期待を込めた目で見てくる。

「不純な動機のくせに顔がマジすぎて向こうの奴らがなんか勘違いしてんぞ」
「したいやつにはさせておこう!すべてはチーズとスイーツのため」
「おい、近くで見たらヨダレたれてんじゃねーか」
「うわ、汚えな!」
「もー女の子しっかりして」

松川、岩泉、花巻、及川の順に私の周りに集まってきて好き勝手言い、私はそれらのお尻を叩いてさっさと体育館を出た。今日は現地解散なのだ。素晴らしい。







「うおおおお!」

到着したフェス会場はすでに賑わいを見せている。あちこちから甘い匂いやチーズの焼けた香ばしい匂いが漂ってきて、お腹がぎゅるんと鳴った。

「名字名前の胃はすでにスタンバイ完了です。すぐにでも戦に参りたいと思います!」
「花巻貴大、同じくです」
「よし、松川一静が許可した。行ってこい」
「「イエー!」」
「なにそのテンション!?」

花巻と走り出せば、「周りに迷惑かけんなよ!」と岩泉の声が聞こえてきた。オカンか。

「花巻、まずどこ行く!?」
「俺はすでにコースを考えてきた」
「ガチじゃん」

スマホのメモ帳には、どこのブースの何を食べるか順番まで細かく記載されている。最初はシュークリームというのは流石である。
私も便乗して列に並び、東京限定のお店が出張してきたというシュークリームを手に入れた。

「これが東京の味…!」
「田舎者すぎんだろ」
「ああっクリーム多すぎて垂れてきた!」
「おい!もったいねーだろうが!」

シュークリームの鬼は、私の口に入りきらずに顎へと伝っていくクリームを瞬時に拭うと自分の口へと放り込む。

「ちょ!それイケメンしか許されないやつ!」
「ならいいだろ」
「自称イケメンはイタいです」

なんて花巻と争っていると、後ろから肩を叩かれたので振り返る。そこには面倒くさそうな顔をした松川が立っていた。

「何騒いでるの?目立ってるんですけど」
「名字がクリームに無礼を働いたから」
「こちらのシュークリームお化けが私のクリームを奪いました」
「なんでもいいけど名字、ちょっと一緒に来て」
「えっなに?」
「あそこに並びたいんだけど、見事に女子しかいないから恥ずかしい」
「いやいやあなたなら平気でしょうよ」
「さすがにあの空間に1人で飛び込むメンタルはありません」

きゃぴきゃぴとした雰囲気の漂う列に、このでっかいのが1人で入り込んだら確かに目立つ。通報とかされても困るしな…と思い、花巻に別れを告げて松川についていくことにした。

「おぉ、これは女子が喜ぶやつだわ」
「デショ」

おしゃれなキッチンカーに飾られたのぼりには『三種のチーズインハンバーグ』と書かれていて、中からはいい匂いが漏れ出している。
SNS映えする撮影スポットも用意されていて、確かに女子しかいない。ここに突っ込んでいくのはこわいな。
とりあえず松川と並び、最近食べたチーハンのお店を教えてもらったりして時間を潰した。

いよいよ私たちの番になり、松川はデラックスサイズと書かれたでっかいのを2つ注文する。うわぁ〜と思っていると

「あの、これ結構大きいですけど彼女さん大丈夫ですか?」

可愛いベレー帽のスタッフさんが心配そうに尋ねてきたので「これは両方ともコイツが食べるので」と答えようと口を開きかけたところ、急に松川の腕が肩に回された。

「大丈夫です。名前ってば可愛い顔して肉食だよなぁ。そこに惚れたんだけど」
「は?」

まさかの顎クイをされ、変な声が出てしまった。
スタッフさんや後ろに並んでいた女子たちが、「きゃ」と頬を赤らめるのが分かって硬直する。
爆弾かよと思う大きさのハンバーグを2つ受け取った松川はさっさと列を離れて空いていたベンチに腰掛けた。

「ほら名字も、少しなら分けてやるよ」
「いや…何さっきの」
「ノリ?」
「あんたのノリで私の寿命1年くらい縮まったんだけど!」
「おぉ、じゃあ名字は享年99歳ってことになるなぁ」
「100まで生きる設定だったの?」

ふざけながら横に座るように促してくるので、渋々松川と隣り合わせに座った。

「ほら、口開けて」
「自分で食べられるよ」
「いいから早く」

急かされてしまうと従うしかない。大きく口を開け、ハンバーグが放り込まれたのでトロトロのチーズで火傷しないようゆっくり咀嚼する。とろける〜。

「美味しい〜」
「うん、さすが星4.3」
「え、チェック済みなの?しかも評価高い」








幸せそうな松川を置いて、タピオカを飲みながら歩いていると岩泉が1人で立っているのを見つけたので駆け寄った。

「何してるの?」
「及川のトイレ待ち」
「なるほど」

岩泉が手に持っていたチーズフライを勝手に摘んで食べる。「及川のだぞ」と言われたけど気にしない。

「アラ!お兄さんいい体格してるじゃない!?」
「本当〜〜!好みのタイプ!」

急に聞こえた野太い声に振り返ると、可愛い服を着たゴツい女性(男性?)が2人、岩泉を見てはしゃいでいる。岩泉は一瞬驚いた顔をしてから、小さく頭を下げた。

「アタシたち、あっちのブースでジェラートやってるんだけど、よかったら来ない?」
「そうそう、勝負に勝ったら3段ジェラート無料ヨ」
「…勝負?」
「え、岩泉何考えてんの?怪しい人にはついていかないって言われてるでしょ」

勝負という言葉によって目の奥がきらりと光ったように見えて、慌てて腕を掴む。正気に戻れ!美味しい話には罠があるぞ!なんて訴えると、女性(男性?)たちはぷりぷりと怒り出した。

「ちょっと怪しいだなんて失礼じゃない!」
「いやどう見ても怪しい部類の方々でしょ…」
「生意気な小娘ね!」
「そーよちんちくりんのくせに!」
「ちんちくりん!?」
「アタシたちはお兄さんに声かけてるの!ブスは黙っててくださーい」
「ブス!?」
「おい名字…」

岩泉が私の表情に少したじろぎながら声をかけてくるけどもう遅い。彼の前に躍り出て2人の女性(男性?)を睨み上げた。

「勝負でもなんでも受けて立ちます!こいつが!」
「俺か」
「そうこなくっちゃ〜!」
「はい連行ーー」

私たちはグイグイと肩を押され、少し離れたジェラート屋さんのテントへ連れて行かれた。意外にもお客さんが多く、たしかに持っているジェラートたちは美味しそうだ。

少し視線をずらすとテントの下にテーブルと二脚の椅子が置かれていて、テーブルの上には【☆リング☆】と書かれたプレートが置かれている。もしかして…。

「はいっ勝負はここで3人勝ち抜き腕相撲でーす」
「よっしゃきたぁ!」

腕相撲と言えば岩泉!岩泉と言えば腕相撲だ。
この戦い行けるぞ!。
ガッツポーズをしながら岩泉を見上げると、満更でもない少しウキウキした表情が見えた。

「なによ自信ありげじゃない?」
「パワー5の男子高校生舐めないでよね!」
「なにパワーファイブって」

岩泉が椅子に案内されると、向かいの席には先程の1人が腰掛けた。そしてどこからかレフェリーが現れる。
そして2人の拳を握らせあい、その上にそっと手を乗せるとカウントダウンを始めた。

「よし!」
「いやーん強すぎい」

さすが岩泉。あっという間に先ほどの2人を倒してしまった。見た目のゴツさは向こうのほうが上なのにやはりパワー5はダテじゃない。
しかし、最後に来たのは普通のごっつい男性だった。ラスボス感が半端じゃない。

「ちょっと!めっちゃ強そうなおじさん出てきたんだけど!」
「腕すげーな」

チートじゃないか!と怒る私に対して、岩泉はワクワクしているようだ。完全に火がついているらしい…もう知らん。
丸太のような腕が差し出され、岩泉のそれと組まれた。そして掛け声と共にお互いの力が一気にぶつかり合った。多分。


「え、まじか」
「よっしゃあ!!」
「くそー!」

なんか勝ってるんだけど…。こんな筋肉ダルマに?
喜ぶ岩泉と異様に悔しがるおじさんを、私も先ほどの2人もぽかんと見つめるしかなかった。


「ほら、やるよ」
「えっ!?」

約束通り3段ジェラートを獲得した岩泉と一緒に、ハンカチを噛みしめながら手を振るお姉さんたち(と呼ばないと恐かった)に別れを告げ、花壇に腰を落ち着けるとジェラートが差し出されたのだ。

「岩泉の戦利品じゃん!」
「や、名字が食べたがると思って勝負受けた」
「えぇー!?いいの?」
「こんな甘そうなの俺にはきついしな」
「で、でも申し訳ないよ!すごく美味しそうだし!ほらちょっとでもさ!」

勢いで受け取ってしまったコーンを握るのとは逆の手で摘んでいたスプーンを差し出しながら喚いていると、岩泉が上半身をこちらに捻った。
そして、コーンを私の手ごと握ると、一番上のチョコレートフレーバーのジェラートに噛み付く。

「…あっま」
「……」

するりと手を離して、そのまま唇を拭っているのをぽかんと見つめた。
いやいや私このあとこれどういう顔で食べたらいいの?
間接キスって言葉知らずに育ったのかなこのパワー5は。







全く意識していない岩泉に少し悔しくなったので、私も気にしない素振りでジェラートに食いつくと、かなりの美味しさに驚きあっという間に完食してしまった。満足してゴミ箱はどこかと周囲に視線を向けていると、ポケットの中のスマホが振動する。
【及川 徹】と着信画面に表示されたので素直に応答すると、少し上擦った声の及川がいた。

「ちょっと来て!」
「いやどこに」
「噴水の前のクレープ屋さん!はやく!」

そしてすぐに切れた電話を訝しがりながら、眠そうにしている岩泉にまた後でと告げて噴水を目指した。ていうか岩泉って及川のこと待ってたんじゃなかったっけ…。

緊急事態のような声色を思い出して早足になりながら指定された場所に到着すると、たくさんの女性に囲まれて困り笑顔の及川がいた。

これ、多分面倒なやつだからスルーしよう。そう決めて、見つからないようにそっと回れ右する。しかし頭ひとつ飛び出た及川に簡単に見つかってしまったようだ。

「名前ちゃん、やっと見つけたよ」
「は?」

急に名前呼び(しかもちゃん付け)するとは何事だ。ちょっと背筋がぞわりとしたのを堪えながら振り替えると、及川が大げさに手を振って来い来いと呼んでいるのが見えた。

「ごめんなさい、彼女が見つかったから俺行きますね」
「えーっ、お姉さんたちがクレープごちそうしてあげるのにぃ」
「俺の彼女、すごくヤキモチ焼きなので…」
「は?」

誰が彼女だ!とキレたいところだけど、女子大生らしき集団が食い下がっているのを見るとなかなかに彼も苦労していたらしい。仕方なく否定も肯定もせずにじりじりと彼らに近寄った。

「名前ちゃん、もう迷子になっちゃダメだよ」
「…ゴメンネ、トールクン。アイタカッタヨ」
「そっかそっか。何食べたい?(片言やめて!)」
「ウーン、大きなパフェガタベタイナ!」
「よーし探しに行こう(なんで大きなだけ流暢なの!)」

お姉様方に「ごめんなさい」と謝りながら私の前に来ると、及川は優しい微笑みを浮かべながら私の頭をポンポンと撫ぜたので、演技と分かっていながらも顔が熱くなってしまう。
それを見ていた人々も何故か照れる始末。

そして当たり前のような流れで私の腰に手を這わせて、くるりと方向転換すると歩き始めた。背中に感じる擽ったさを堪えつつ、促されるままに私も足を動かす。

「パフェ食べたらどうする?え?俺の家行きたいって?もう、名前ちゃんってば大胆だなぁ。それは夜のデザートに取っておこうね」
「はぁん!?」

わざとらしい声を出す及川を思わず殴りそうになったが、ここで動揺しては意味がないとなんとか耐えて、「うふ」とだけ声を出して後はかなり早足になる。この場をまず去るのだ。







「演技が行き過ぎなんだよ及川コラァ!」
「痛い痛い!名字様ごめんなさーい」

女子大生たちと離れたところまで到着すると、背中に回された腕を捩じり上げた。それに涙声で騒ぐ及川である。

「誰が大胆だって?助けてあげたのに調子乗りやがって」
「ごめんって!ちょっと楽しくなっちゃって」
「知ってる人に見られてたらどーすんの!」
「その時は、さっきのを事実にしちゃえばいいんじゃない!?」
「よーし、言いたいことはそれだけか?」
「嘘ですすみませんでしたー!」

捩じり上げた腕に力を込めれば「もうしません!」と悲鳴が返ってきて、そうこうしているうちにやっと残りの3人も集まってきた。

「場所移動すんなよ及川」
「つーかなに騒いでんの?」
「名字顔怖いよ?」

呆れた顔をしているので、私が何故こんなに怒っているのかをきちんと説明してやった。及川は3人から冷たい視線を浴びせられてさらにダメージを負ったらしい。

「あー、このメンバーで来るとなんか疲れる…」
「主に及川のせいな」
「及川は何か買ってくれたんか?」
「あっ何も貰ってない!みんなくれたよ!」
「そうなの!?」

及川は驚いた顔のまま周囲を見渡すと「待っててよ!?」と言い残して去って行った。
そして戻ってきた彼の手には

「あっパフェ!!」
「スペシャルなやつにしたよ!!」

外から見ても分かるほどのトッピングに心が躍って、思わずその腕に飛びついた。

「やったー!及川大好き!」
「エッちょっと嬉しいかもしんない…!」
「ヤダ、ちょっと羨ましいかもしんない」
「ちょっと嫉妬しちゃうかもしんない」
「何言ってんだお前ら」

ボリュームたっぷりのパフェを受け取り、どの角度から写真を撮ろうか思案しながら眺め回している横で、及川はなんだか照れているし、花巻は頬に手を当てて首を傾げるし、松川は真顔で腕を組んでいるし、岩泉はそれらを白けた顔で見ていた。
どこにいても何をしていても平常運転だ。

そして、それが私にとって心地いいことだと今更ながら実感したところで勢いよくパフェにスプーンを突き刺した。








【松川 一静が画像を送信しました。】

及川【何この名字可愛い!】

松川【及川のパフェを食べる名字】

及川【まっつんありがとう。保存した!】

岩泉【キモ川やめろ】

【花巻 貴大が画像を送信しました。】

及川【ちょっと!岩ちゃんこそ名字の手握ってアイス食べてるじゃん!】

岩泉【いつのまに撮ったんだよ!】

花巻【ハジメくんたらいやらしー】

松川【そう言う花巻も名字の口からクリーム奪ってるからね】

岩泉【俺は松川が口開けてる名字になんか食べさせてんのを見た】

及川【ちゃっかりアーンしてんじゃん!そしてそれを見つけられる岩ちゃんの視力ね!?】

国見【なんていうか先輩たち気持ちわ…楽しそうですね】

金田一【国見!気持ち悪いって言葉残ってるぞ!】

矢巾【金田一、全部ばらしてるぞ】

渡【肝心の名字さんが何も言いませんね】

松川【どーせ今頃寝てるよ】

花巻【脂肪と糖の摂りすぎでネー】

岩泉【食いまくって寝てたら太るぞ】

松川【なんかすでに今日の帰り道で丸くなってた気がする】

花巻【足音大きかったもんな】

岩泉【今日だけで2キロはいったな】

国見【大台に乗りましたかね】

矢巾【え、そんなマネ嫌なんですけど。ただでさえ色気なくて困ってるのに】

及川【そこが名字の可愛いところなんだよ☆】



及川【みんな急に既読スルーやめて!!】








翌朝になって溜まりに溜まったグループメッセージを読んだ私がランニングで登校して、そのまま部室に殴り込んだことはバレー部員たちしか知らない。



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201015

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