短編 | ナノ

先輩は一瞬、何かを思案し口を開ける。だが、言葉になる前にすぐに口を閉ざした。


へにゃり…、と曲がる先輩の口許。


「…先輩…?」
「だから、俺は掛け間違えたままにしておくの。

掛け間違えたまま、可笑しく生きて、可笑しく終わるの」
「先輩…」
「お前くらいなもんだよ…、《弟》を殺した俺と一緒にいるのは…。あんな可愛いあいつを振って、俺を好きだなんて言う馬鹿は」
「先輩、」

先輩の俺を攻める口調。
なのに泣きだしそうな、先輩の顔。

その顔は何かを我慢しているようで、酷く痛々しかった。


泣いてしまえば楽なのに。
この雨みたいに泣いてしまえば。

なくしてしまえば、いいのに。
自我なんか…。


「先輩…」

そっと…先輩の頭を撫でようと手を伸ばす。
しかし触れる前に、その手は先輩にパン…と払われた

「お前が…間違えたからいけないんだ…お前が、お前が…!」

先輩は突然癇癪でも起こしたかのようにそう叫ぶと、勢いよく美術室のドアからでていった。


ーバタン、と勢いよく閉められたドア。
行き場のなくなった手は虚しく宙をかく。

消え去った先輩の影が、ただ、眼に刻みつけられ心を沸き立たせた。



先輩には一つ下の弟がいた。
可愛くて仲のいい少し病弱な甘え上手な弟が。

先輩の弟・胡蝶は、俺とも仲がよく、一緒につるんでいた。
先輩との仲を何度も相談した事がある。

でも…、

「胡蝶は、俺が…」

死んでからわかった事だが、胡蝶は俺が好きだったらしい。
先輩が見つけた胡蝶の日記には秘められた想いが綴ってあった。


胡蝶が身体を壊したのは、雨の日の放課後。

帰り道で突然、病の心臓の病気が発病し、そのまま帰らぬ人となったのだ。

その日、たまたま俺と学校で勉強していた先輩は、胡蝶の変化に気づかなかった。
もし、あの時、先輩が胡蝶の側にいたらナニカが変わったんだろうか。


牡丹の両親は当然、その場にいなかった牡丹を攻めた。
学校まできてわざわざ呼び出して責めて、家でも責めて。

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