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太陽の光で、水面がきらきらと光る。まるで、星をちりばめたような、青。
綺麗なプリズム。
それを尻目にザクザク、と、足音を立てながら、砂浜を歩く。
昨日よりだいぶ地上に慣れたにしろ、その歩みは遅い。
「なぁ…、」
「…」
「なぁ…って、」
王は、ボクが無視しているのにしきりに声をかけている。
アリー様は、こんなやつのどこが気に入られたのだろう。
こんな五月蝿い人間の…。
もしや、アリー様はやかましい人間が好きだったのか…。
つい、眉間に皺が寄る。
ふと立ち止まり、王の顔を見る。
立ち止まったボクに気を良くしたのか、王は「おっ」と喜色ばんだ顔をした。
「やっと立ち止まったか…、」
「貴方は、」
「ん…?」
「暇、なのですね…」
「またそれか…。それ以外言いたいことはないのか…、」
「ありませんね。しいて言えば、これ以上、ボクの後をついてこないでいただけませんか?」
邪魔なので、といえば、何故か王は嬉しそうに笑う。
なんだ、この王は。咎められるのが好きな性質なのだろうか。
王をよくよく見てみれば、その顔は確かに整っていた。
黄金色に輝く、金色の綺麗な髪。透けるような、海の色に似た青い双眸。
すっと通った鼻立ちと精悍な顔は、確かに、アリー様が惚れるであろう、好青年であった。
筋肉もほどほどにあるようだし、嫌味なくらい顔は整っている。
陰気なボクとは大違いだ。
だが…、
「なんだ、じろじろと見て。俺に惚れたか…?」
頭の方は、非常に残念らしい。男らしい顔でにやり、と笑みを作るその表情は、何も考えていない者そのもの。
これじゃあ、アリー様の事を気付かない訳だ。
「お喋りな方ですね…、いっそのこと、その口を縫い付けてあげましょうか…?」
「おお、いいねぇ…できれば、お前の口で塞いでほしいんだけど。出来れば熱いキス、でな。もちろん、それ以上でも、okだぜ?」
「…穴という穴を塞がれるのがお好みなのですね、物好きですね、王は…、穴を剣で串刺しにしてほしいならそういえばいいものの」
「冗談だ…、」
やれやれ、とこれみよがしに肩を落とされる。
「冗談の通じぬやつだ」
「冗談を言い合いたいのなら、他の人間にいってください。生憎、ボクは冗談は嫌いです」
「ふぅん…、」
すっと、王がボクの目の前に立つ。
「邪魔で…」
す、といい終わる前に、王は何も言わずに、突然ボクを抱きしめた。
しばらく、王のするがまま、抱きしめられただろうか。
王はボクを抱きしめたまま、ボクの顔を窺う。
「…なんだ、なんの反応もなしか…つまらん」
「冗談は嫌いだと言ったでしょう?それ以上ボクの身体に触れれば…殺しますよ?」
「へぇ…どうやって、だ?」
にや…と、目を輝かせて王は笑った。
絶対に出来ない、と思っているんだろう。
確かに、ボクは華奢だ。
剣も刀もこの王には叶わないだろう。
だが…。
「ボクは魔法使いです。魔法で、貴方を呪いますよ?」
ボクは魔法使いだ。こんな王の一人、簡単に呪い殺すことが出来る。
こんな王の一人や二人、ボクの敵ではない。
流石に体力的な面では負けるが、距離を置けば、王でさえボクには勝てないと思う。
拘束し、あられのないことだって簡単にできてしまう。
「へぇ…魔法使い、ねぇ…、」
「不可能だとお思いですか?」
「いや…。魔法使いっていうもんに初めてあったからな。感心しているだけだ」
王はそういって、ボクの身体を離した。
「疑わないのですか。ボクが本当に魔法使いだと?魔法使いが実在するとでも?」
魔法使いは、人魚同様、数が少なく、その存在はあまり知られていない。
ボクが昔いた国などは、魔法を崇めていた国で、魔法使いであるボクは重宝されたが…
この国は確か魔法の存在を認めていない筈だった。
それどころか、魔法の存在を否定していた筈だったが…。
「俺は人魚の存在を信じているんだぞ。魔法使いも、信じるさ。否定していたのは、俺の親父。俺は頑固者じゃないんでな。
それに…、魔法が使えたらいいと、何度も思ったことがある」
「…へぇ…?」
このなんでも、叶えてしまいそうな王でも魔法などと考えることがあるのか。
自意識過剰で俺様な王の、ほんの少しの弱さ。
それを見つけられたようで、少し気分が浮上する。
「今も、思っている。大切なものが、なくなってしまってな…。もし魔法が使えたら、見つけられないだろうかと」
「たいせつな、もの?」
王の大切なもの、か。
宝石か何かだろうか。
なんにせよ、ボクには関係ない。
さっさとどこかへ行こう。
「王、」
「お前が…、」
不意に、王が真剣な顔をして、ボクを真正面から見つめた。
「お前が、本当に魔法使い、なら…」
ふわり、と風が吹いた。王の前髪が、風になびく。
ふわっと、前髪が舞った瞬間、青い瞳が、こちらを捕らえた。
嗚呼、綺麗だな。
嫌いな相手なのに、漠然と、そう思った。
「本当に、魔法使いなら、どんな奇跡も、起こせるのだろうか…いなくなった、あいつを、探すことも…。あいつの存在を探すことも、出来るのだろうか…」
「王…?」
「俺の…犬を、探してほしいんだ…。何も言わず、でも傍にいてくれた、犬を…」
王の瞳が揺れる。どこか、寂しげに。
「犬…?」
「何も言えぬ犬だ。ただ俺の傍にいた。
なんの特徴もない、ただ俺をじっといつも見つめてくれた犬だった。喋りもしない、泣きもしない、それでも俺の傍にいた…、傍にいてくれた…犬」
悲しげな王の表情に…一つの考えが浮かんだ。
犬。喋りもしない、犬。
それは…、
「俺が弱気になるといつも傍にいてくれてな。不思議なやつだった。喋れないし、得体のしれないやつなのに。ここであったその犬は、俺を慕い、俺に懐いてくれた…」
一つの考え
けれど…間違いない。
ここで…海であったなら。それは…
「突然いなくなった、俺の大事な犬のような…友人、なんだ…」
アリー様。
きっと、それはアリー様だ。
「名前は…、」
「ん?」
「その友人の名前はなんというのですか…?」
「なんだ…?探してくれるのか?」
「そういうわけでは…、」
「名前…な。しらねェンだよ。口がきけないやつだったからな。ただ、いつも海を見て嬉しそうにはしゃいでいたから、俺はマリン、って呼んでた。俺が構わないと、寂しそうにいつも海を見ていたよ」
マリン。
王は、目を細めて、苦笑した。懐かしさを込めた王の双眸。
海を見て…、恋しがっていたのか。その時、ボクの事も思ってくださったんだろうか。
アリー様。
アリー様。
もうここには、いない。二度と会えない、アリー様。
王と知り合い、王と仲を深め…それでも海が恋しいと海を見つめていた尾ひれを持たない人魚姫。
「おい…?」
感極まって、涙が毀れた。
何に対して泣いている…?
―ボクは、もう気づいている。
気付かないふりをしているだけだ。
本当は、王は悪くない事。気づかなくても仕方がない事を。
気付きたくなかったのだ。
ボクの醜い感情から、魔法をかけて、アリー様が泡になり、死んだことを。
気付きたくなかった。だから、王を憎んだ。
殺してしまった、その事実を消したいがために。
それだけの為に、王に責任転嫁している。
「どうして…大切ならば…、」
嗚咽が漏れる。
「その手で抱きしめてあげなかったんですか…!どうして…、」
…どうして、自分のものにしなかった。
言葉は声にならない。
その言葉こそ、ボクがボク自身に言った言葉だったから。
どうして大切ならば。誰よりも愛していたのなら。
ボクは、アリー様をこの手から離したのか。
どうして醜い嫉妬をするくらいならば、この腕に閉じ込めておかなかったのか。
自分が傷つきたくなくて、アリー様を消した。
ボクが一番、卑怯で、一番悪い。
「…何故、お前が、なく…」
王は、ぼそりと抑圧のない声でそう言って…ボクの両頬をその手でくるむ。
「いなくなった犬の為に…何故、おまえが…」
「犬、じゃありません。アリー様。彼は…貴方が知る彼は、ボクの友達だったんです…」
「友達…、」
「貴方は知りもしないだろうけど…アリー様は、ずっと、貴方をお慕いしてました…。ずっとずっと、貴方だけを…」
見ているこちらまで切なくなるほどの…そんな瞳で見ていた。
ボクなんか、見えなくなるくらい、アリー様の目には、王だけだった。
泡になり、消えたアリー様。
本人がいないのに、明かされる、恋心。
もし。もしも、王が知っていたら…今頃。
顔をくるんでいた王の手を叩いた。
パン、と小気味いい音とともに、ボクは王から距離を取る。
「ボクは…貴方が嫌いだ。恨んでいる。アリー様を…殺したから」
「殺した…?俺が…」
「そう…だ…王。だからボクは貴方を恨み続けるんだ…一生、」
恨まないと…後悔で、死んでしまいたくなるから。
だから…恨まずにはいられないんだ。
「一生貴方を、許さない」
腹の底から出たような低い声。
醜い、ボクの感情が抜き出しになったような声だった。
綺麗なプリズム。
それを尻目にザクザク、と、足音を立てながら、砂浜を歩く。
昨日よりだいぶ地上に慣れたにしろ、その歩みは遅い。
「なぁ…、」
「…」
「なぁ…って、」
王は、ボクが無視しているのにしきりに声をかけている。
アリー様は、こんなやつのどこが気に入られたのだろう。
こんな五月蝿い人間の…。
もしや、アリー様はやかましい人間が好きだったのか…。
つい、眉間に皺が寄る。
ふと立ち止まり、王の顔を見る。
立ち止まったボクに気を良くしたのか、王は「おっ」と喜色ばんだ顔をした。
「やっと立ち止まったか…、」
「貴方は、」
「ん…?」
「暇、なのですね…」
「またそれか…。それ以外言いたいことはないのか…、」
「ありませんね。しいて言えば、これ以上、ボクの後をついてこないでいただけませんか?」
邪魔なので、といえば、何故か王は嬉しそうに笑う。
なんだ、この王は。咎められるのが好きな性質なのだろうか。
王をよくよく見てみれば、その顔は確かに整っていた。
黄金色に輝く、金色の綺麗な髪。透けるような、海の色に似た青い双眸。
すっと通った鼻立ちと精悍な顔は、確かに、アリー様が惚れるであろう、好青年であった。
筋肉もほどほどにあるようだし、嫌味なくらい顔は整っている。
陰気なボクとは大違いだ。
だが…、
「なんだ、じろじろと見て。俺に惚れたか…?」
頭の方は、非常に残念らしい。男らしい顔でにやり、と笑みを作るその表情は、何も考えていない者そのもの。
これじゃあ、アリー様の事を気付かない訳だ。
「お喋りな方ですね…、いっそのこと、その口を縫い付けてあげましょうか…?」
「おお、いいねぇ…できれば、お前の口で塞いでほしいんだけど。出来れば熱いキス、でな。もちろん、それ以上でも、okだぜ?」
「…穴という穴を塞がれるのがお好みなのですね、物好きですね、王は…、穴を剣で串刺しにしてほしいならそういえばいいものの」
「冗談だ…、」
やれやれ、とこれみよがしに肩を落とされる。
「冗談の通じぬやつだ」
「冗談を言い合いたいのなら、他の人間にいってください。生憎、ボクは冗談は嫌いです」
「ふぅん…、」
すっと、王がボクの目の前に立つ。
「邪魔で…」
す、といい終わる前に、王は何も言わずに、突然ボクを抱きしめた。
しばらく、王のするがまま、抱きしめられただろうか。
王はボクを抱きしめたまま、ボクの顔を窺う。
「…なんだ、なんの反応もなしか…つまらん」
「冗談は嫌いだと言ったでしょう?それ以上ボクの身体に触れれば…殺しますよ?」
「へぇ…どうやって、だ?」
にや…と、目を輝かせて王は笑った。
絶対に出来ない、と思っているんだろう。
確かに、ボクは華奢だ。
剣も刀もこの王には叶わないだろう。
だが…。
「ボクは魔法使いです。魔法で、貴方を呪いますよ?」
ボクは魔法使いだ。こんな王の一人、簡単に呪い殺すことが出来る。
こんな王の一人や二人、ボクの敵ではない。
流石に体力的な面では負けるが、距離を置けば、王でさえボクには勝てないと思う。
拘束し、あられのないことだって簡単にできてしまう。
「へぇ…魔法使い、ねぇ…、」
「不可能だとお思いですか?」
「いや…。魔法使いっていうもんに初めてあったからな。感心しているだけだ」
王はそういって、ボクの身体を離した。
「疑わないのですか。ボクが本当に魔法使いだと?魔法使いが実在するとでも?」
魔法使いは、人魚同様、数が少なく、その存在はあまり知られていない。
ボクが昔いた国などは、魔法を崇めていた国で、魔法使いであるボクは重宝されたが…
この国は確か魔法の存在を認めていない筈だった。
それどころか、魔法の存在を否定していた筈だったが…。
「俺は人魚の存在を信じているんだぞ。魔法使いも、信じるさ。否定していたのは、俺の親父。俺は頑固者じゃないんでな。
それに…、魔法が使えたらいいと、何度も思ったことがある」
「…へぇ…?」
このなんでも、叶えてしまいそうな王でも魔法などと考えることがあるのか。
自意識過剰で俺様な王の、ほんの少しの弱さ。
それを見つけられたようで、少し気分が浮上する。
「今も、思っている。大切なものが、なくなってしまってな…。もし魔法が使えたら、見つけられないだろうかと」
「たいせつな、もの?」
王の大切なもの、か。
宝石か何かだろうか。
なんにせよ、ボクには関係ない。
さっさとどこかへ行こう。
「王、」
「お前が…、」
不意に、王が真剣な顔をして、ボクを真正面から見つめた。
「お前が、本当に魔法使い、なら…」
ふわり、と風が吹いた。王の前髪が、風になびく。
ふわっと、前髪が舞った瞬間、青い瞳が、こちらを捕らえた。
嗚呼、綺麗だな。
嫌いな相手なのに、漠然と、そう思った。
「本当に、魔法使いなら、どんな奇跡も、起こせるのだろうか…いなくなった、あいつを、探すことも…。あいつの存在を探すことも、出来るのだろうか…」
「王…?」
「俺の…犬を、探してほしいんだ…。何も言わず、でも傍にいてくれた、犬を…」
王の瞳が揺れる。どこか、寂しげに。
「犬…?」
「何も言えぬ犬だ。ただ俺の傍にいた。
なんの特徴もない、ただ俺をじっといつも見つめてくれた犬だった。喋りもしない、泣きもしない、それでも俺の傍にいた…、傍にいてくれた…犬」
悲しげな王の表情に…一つの考えが浮かんだ。
犬。喋りもしない、犬。
それは…、
「俺が弱気になるといつも傍にいてくれてな。不思議なやつだった。喋れないし、得体のしれないやつなのに。ここであったその犬は、俺を慕い、俺に懐いてくれた…」
一つの考え
けれど…間違いない。
ここで…海であったなら。それは…
「突然いなくなった、俺の大事な犬のような…友人、なんだ…」
アリー様。
きっと、それはアリー様だ。
「名前は…、」
「ん?」
「その友人の名前はなんというのですか…?」
「なんだ…?探してくれるのか?」
「そういうわけでは…、」
「名前…な。しらねェンだよ。口がきけないやつだったからな。ただ、いつも海を見て嬉しそうにはしゃいでいたから、俺はマリン、って呼んでた。俺が構わないと、寂しそうにいつも海を見ていたよ」
マリン。
王は、目を細めて、苦笑した。懐かしさを込めた王の双眸。
海を見て…、恋しがっていたのか。その時、ボクの事も思ってくださったんだろうか。
アリー様。
アリー様。
もうここには、いない。二度と会えない、アリー様。
王と知り合い、王と仲を深め…それでも海が恋しいと海を見つめていた尾ひれを持たない人魚姫。
「おい…?」
感極まって、涙が毀れた。
何に対して泣いている…?
―ボクは、もう気づいている。
気付かないふりをしているだけだ。
本当は、王は悪くない事。気づかなくても仕方がない事を。
気付きたくなかったのだ。
ボクの醜い感情から、魔法をかけて、アリー様が泡になり、死んだことを。
気付きたくなかった。だから、王を憎んだ。
殺してしまった、その事実を消したいがために。
それだけの為に、王に責任転嫁している。
「どうして…大切ならば…、」
嗚咽が漏れる。
「その手で抱きしめてあげなかったんですか…!どうして…、」
…どうして、自分のものにしなかった。
言葉は声にならない。
その言葉こそ、ボクがボク自身に言った言葉だったから。
どうして大切ならば。誰よりも愛していたのなら。
ボクは、アリー様をこの手から離したのか。
どうして醜い嫉妬をするくらいならば、この腕に閉じ込めておかなかったのか。
自分が傷つきたくなくて、アリー様を消した。
ボクが一番、卑怯で、一番悪い。
「…何故、お前が、なく…」
王は、ぼそりと抑圧のない声でそう言って…ボクの両頬をその手でくるむ。
「いなくなった犬の為に…何故、おまえが…」
「犬、じゃありません。アリー様。彼は…貴方が知る彼は、ボクの友達だったんです…」
「友達…、」
「貴方は知りもしないだろうけど…アリー様は、ずっと、貴方をお慕いしてました…。ずっとずっと、貴方だけを…」
見ているこちらまで切なくなるほどの…そんな瞳で見ていた。
ボクなんか、見えなくなるくらい、アリー様の目には、王だけだった。
泡になり、消えたアリー様。
本人がいないのに、明かされる、恋心。
もし。もしも、王が知っていたら…今頃。
顔をくるんでいた王の手を叩いた。
パン、と小気味いい音とともに、ボクは王から距離を取る。
「ボクは…貴方が嫌いだ。恨んでいる。アリー様を…殺したから」
「殺した…?俺が…」
「そう…だ…王。だからボクは貴方を恨み続けるんだ…一生、」
恨まないと…後悔で、死んでしまいたくなるから。
だから…恨まずにはいられないんだ。
「一生貴方を、許さない」
腹の底から出たような低い声。
醜い、ボクの感情が抜き出しになったような声だった。