太郎と死霊
「今年もちょっと頼むわ」
 爺ちゃん家の近所の亮ちゃんが今年も俺を拉致りにやって来た。
 亮ちゃんは実家好きが高じすぎて、大学まで二時間掛けて通っている驚きボーイだ。良い意味で故郷愛が深い青年。悪い意味では時間を無駄に使うただのアホである。
 大抵亮ちゃんはお盆付近になると、俺の協力を半ば強制に求めてくる。亮ちゃんの目的。ズバリそれは、水難事故を起こしそうな奴を未然に止める。と言う、成功率極悪難易度のミッションである。
「この前雨大量に降ったろ? んで、川増水して阿呆みたいに水濁ってんのに泳ぐ馬鹿が今年も湧いてんだ。あいつら何考えてんだかなー」
 軽トラにガタゴト揺られながら、亮ちゃんに今年の状況を聞く。が、今年も例年と同じで、代わり映えが無かった。
 放っておけば良いのに、良い意味で故郷愛が深い亮ちゃんは地元で人が死ぬのを見過ごせるか! と言って毎年見回りを行なっている。が、昔はわかったよ。とそれなりに聞き入れる人が多かったが、少年と青年の間の良い年になってからは「は? 何言ってんのこいつキモい」と、小馬鹿にされる事ばかりになって来た。
 どうも、同世代に正論を言われると、頭がお花畑を通り越して植物園状態の輩は余計に反発するらしい。結果、水難事故は更に増し、川の至るところに水難事故多発! の看板が目立つようになった。そこで、亮ちゃんは禁断の手法を取る。
 それは、同世代が駄目なら、遙か年下から言ってもらおう作戦だ。案外、滅茶苦茶小さい子どもに注意されると大人ってのは素直に引き下がることがある。その為、この時期になると小学生の家の魑魅魍魎二体が貸し出される。
 そして、今年はついでにイケメン枠からも協力してもらうことになった。そう、イケメンだが電波で天パな岡田だ。
「軽トラの荷台って案外座り心地良いもんだね」
「亮兄ちゃーん! カバー取っていい?」
「山入るまで我慢せー! 我慢できなきゃ、俺が捕まるからなー!」
 ぎゃあぎゃあと騒がしい軽トラはどんどん山奥へと入って行く。
 膝の上で座る千代が妙に神妙な声で「厄介じゃの」と呟くのを聞いていないフリをし、俺は無事に終わりますように。と、有り来たりな願掛けを、たまたま目に入った社にしておいた。

 現地に着き、橋の上から川を見下ろした俺は目の前の光景に思わず呆れた声を漏らす。
 普段は静かで透き通った緑色をした清流は、今や茶色く濁り、轟々と轟音を響かせながら大きな渦を作っていた。それは「泳いだら死ぬ」という川からの警告であり、まだ死ぬと寝るの違いがイマイチ理解できていない小学生の弟達も「泳げないねー」と残念そうに呟いていた。
 が、
 何故か水位が上がりきっていない河原では、やれテントを張り、やれシュノーケリングする奴がおり、やれ浮き輪で泳ぐ大人達の姿があった。シュノーケリングしてる奴、絶対何も見えないだろ! 何が楽しいんだ!
「あー……、これは残念なパターンだね」
「お! 岡田君はちゃんと理解してるな! イケメンなのに賢い奴だ。よし、駄菓子やろう!」
「ありがとうございます。あ、誠也で良いですよ」
 ちらりとイケメンに対する負の感情を覗かせながら、亮ちゃんは岡田にねり飴を渡す。亮ちゃん、爽やかで感じの良い青年なのに、やることが完全に爺ちゃん婆ちゃんのそれである。
「よし、じゃあ主戦力の明日香、修司! 今から作戦内容を伝える!」
 弟達にもねり飴を配り、熱く今日の作戦内容を語る亮ちゃん。相変わらずの元気さで少し安心する。
 橋の柵に背中を預けて暫く亮ちゃんを眺めていると、隣の岡田と千代がやけに河原を眺めている事に気付く。何だ、変なものでもあるのかと覗き込むも、先程と何ら景色は変らない。ああ、もしかしてポロっている人でもいるのかな? とわくわくしながら身を乗り出すと、危ないだろ! と亮ちゃんに怒られた。
「居るねぇ」
「居るのう」
 俺が怒られた後も、二人は河原を眺めて明らかに問題のある発言をしていた。もう幾ら俺でも分かってきた。こいつらが声を合わせて同じことを言うということは、あっち系の何かがあるってことだ。
 しかし、俺には特に不思議な点は見えない。言うならば、川から上がった女の乳の大きさが左右で違うことだろうか。
「俺には何も見えんけど」
「だって、太郎は見えない人だし。ね?」
「のう?」
 何だこの疎外感!
 でもまだ自分が一般人枠にいる事に少しほっとしたぞ!!
「ここ、結構キツイのがいるんだ」
 キツイ?
 あの片目つけま外れてクリーチャーと化している人か?
「死霊って分かるかな?」
「資料?」
「発音違うじゃん。んーと、どう言ったら分かりやすいかな? ああ、お化け!」
「千代らと何が違うんだよ」
「たわけ! 私をあのようなモノと一緒にするな。あれは怨念のみが固まって出来たものじゃ。私達のように物事を考えたりは出来ん」
 妖怪って本来そういうもんじゃないの?
 また怒られそうだから黙っていると、作戦会議を終えた亮ちゃんがいざ出陣! と合図を送ってきた。
「水辺には近付くなよ」
「お前あほか。こんな川に誰が好き好んで近付くんだよ。お前こそ気を付けろよ。修司、明日香、お前等も近付くなよ!」
「太郎兄ちゃん、僕らでもそれ位分かるって」
「ところがどっこい。分からん奴がいるんだなー。そんな可哀想な人達を守る! それが俺達人命レンジャー! 行くぞ、隊員達よ!」
 おー! の雄叫びと共に河原へ放流された人命レンジャー。もとい、ただの大学生と小学生コンビを見送り、俺も貸せられた役割を果たしに行く。
 多分今年も冷ややかな目線を浴び、運悪ければ殴られるんだろうなー。良い思いなんか滅多にしないけど、亮ちゃんの頼みならば仕方ない。
「あのー、今日は川で遊ばん方が良いっすよ」
「こん位平気だって! つーか、シケるから、そういうの。マジうざい」
「何なのあれ? きっしょー」
 やっぱりな。
 アルコールが入って気が大きくなった輩の罵倒の追撃を無視して次の場所に移る。
「太郎、ムカ付かないの? あんな風に言われてさ」
「そりゃー良い気分はせん。けどさ、ああいう手合いは何を言っても無駄なんだよ。良い大人なんだし、判断くらい自分ですべきだろ」
「へぇー、太郎、大人ー!」
「だから死んでも自己責任だろ。全身ぶっくぶくの膨張死体になって、腹からガス漏らしてる状態で発見されても良いって考えてるんだろうからな。……魚と虫の餌になるから数増えるだろうなぁ」
 そう言うと、先程までうざいうざいと連呼してた連中は一気にしおらしくなる。
 効いたな。千代が呟く横で岡田を近くにいた女軍団に放り込む。
 女達は岡田が近付くなり、生肉に群がるピラニアのように食い付いたが、岡田が連絡交換を断った時点で一気に無愛想になって岡田を追い返してきた。
 ほうほうほう。イケメンでも不可能なことがあるんですね。ほうほうほう。
「駄目だった」
「みたいだな。と、亮ちゃんどこ行った?」
 馬鹿にしていた態度が滲み出ていたのか、軽く岡田に肩パンを食らう。パンチ自体は軽かったけど、まともに骨に当たったため、痛みは想像以上に尾を引いた。
 痛みに耐えながら周囲を見ていると、昔から水難事故が多発する淵の付近で胸倉掴まれている亮ちゃんを発見する。途端、千代と岡田は表情を曇らせた。
「亮ちゃん、何してんの」
「んだお前? こいつの仲間か!?」
「仲間って、ゲームじゃあるまいし」
「ああ? 馬鹿にしてんのか!?」
 こんな川で遊んでいる時点で大いに! とは言わず、そんなこと無いです。と返すと、亮ちゃんの胸倉を掴んでいた男は、亮ちゃんを投げるように放してこちらに来る。
 あーあ、これしくったなぁ。
 でも、怒っているのはあんただけじゃあない。
「大体何なんだよお前等! 俺等は楽しく遊んでんだよ!! なのに邪魔して来やがって。殺すぞ!!」
「あ、すんません。物騒ですし帰りますね」
「何余裕ぶってんだこのガキ!! 悪いと思ってんならそれなりの態度で示せよ!」
「はあ? 無理。悪いなんてこれっぽちも思ってないし。大体何でこんな日に泳ぐ訳?」
「ッざけんな!」
「お兄さん止めなよ。確かに、俺達はあんた達の邪魔をしたかもしれん。それは謝るよ。ごめん」
 今にも掴みかかりそうな男の間に割って入り、亮ちゃんは心配そうに見つめる明日香と修司を宥めた後、深々と頭を下げる。
「今更謝って許してもらえると思ってんのか!? ふざけんな、お前等のせいでせっかくの休みが台無しじゃねえか!!」
 何で亮ちゃんが謝るんだ。やりきれない思いで口を挟もうとすると、後ろから岡田に肩を掴まれる。
 何すんだと意義を申し立てようとすると、男達の背後に巨大な黒い影が見え、そのあまりの不気味さに口を閉ざしてしまう。
 見つめる内にその黒い影のもやが減り、そこから青紫色をした、ジュクジュクと腐敗しきった腕が見える。この時点で脳みそが見てはならないと警報を鳴らし、咄嗟に視線を逸らす。
「思ってないよ。ただ、あんた達みたいな馬鹿で俺達が迷惑しているのも事実だ。でも言っても聞かんのじゃ仕方無いわな。もう止めねぇよ。楽しく遊んで勝手に死んでろ」
 今までとは一転し、亮ちゃんは冷ややかな口調で男達を突き放す。そして突然の豹変に言葉を失う男を放置し、俺達を連れて河原を離れた。

「今年も、駄目だったな」
 爺ちゃん家で夕飯を食べた後、縁側に座ってビールを飲んでいた亮ちゃんは、そう言って哀しそうに笑った。
 俺達が家に帰ってすぐにサイレンが鳴り、水難事故の放送が流れた。こうなることは何となく想像は付いていたが、やはり後味は良くない。
「あー、俺なんであんな短気なんだろう。あそこで食い下がらなかったら、事故は起こらなかったかもしれないのにな」
「亮ちゃん……」
「なんて、過ぎた事を言っても仕方無いわな! 悪い悪い、俺もう寝るわ。おやすみ」
 そう言うと、亮ちゃんはいつもの明るい笑みを浮べて寝室へと戻って行く。
 元はと言えば俺が煽らなければ、亮ちゃんが怒ることもなかった。そう思い、廊下で立ち竦んでいると、いつから居たのか千代が声をかけてきた。
「あれは仕方無いことじゃ。あれはもう死霊に魅入られておった。あの青年がどう言った所で結果は変わらん」
 何でも、死霊は取り憑きやすそうな人間を見つけると中々離そうとしないらしい。特に自我が弱く、人に流されやすいような人間は特に魅入られやすいとか。
「下手したら亮さんも巻き込まれる位の巨大な死霊だったからな。幸いにも、亮さんは先祖供養をきちんとして、ちゃんと神を奉ってるみたいだから手が出せなかったみたい。最近、先祖供養ちゃんとしない人が増えてるから、この手の事故が多いんだよ。まー、お盆付近に水場に近付くなっていう風習がおざなりになってるってのもあるけど。だからさ、落ち込むなって」
 同じくいきなり現れた岡田に肩を軽く叩かれ、割ったばかりのスイカを受け取る。
 周囲はいつものように虫と風鈴の音が涼しげに鳴っている。ヒグラシの大合唱。ただ、普段と一つ違うのは、時折地域の消防団による水難事故の放送が混じっているということだった。


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