太郎とサトリ
 何だかんだで無事にバイトも終わり、松崎さんに貰った廃棄品を自転車のカゴに入れて家路に着く。
 本当は衛生の問題やらなんやらで廃棄処分の商品は持って帰ったら駄目だけど、気の利く先輩のお陰で持って帰ることが出来た。ちなみに、腹を壊せば自己責任というのは念を押されている。
 ゴトゴトと、目下で揺れる廃棄の品々を見ていると、思わず涎が出てくる。
「千代、今日の夕飯は豪華だぞ!」
「兄弟に奪われなんだらな」
「そこなんだよなぁ、問題は」
 そう、俺んちは兄弟が多い。だから美味いおかずの倍率は有名私立並みで、そうそう当たることはない。おまけに姉ちゃんと兄ちゃんの二大勢力があるお陰で、その他の者はお互いを潰し合って食べなければならない。
 今日貰ったおかずはオムライスと、おにぎり三つとドリアとレバニラ炒め。兄弟全員に行き渡る訳がない!
 そう考えると、あれだけ豊富に見えた廃棄の品が酷く頼りなく見えた。
 どうすれば、満足いくまで食べられるか。答えは一つだ。
「……千代、山裾のベンチで食って帰ろう」
 食われる前に食う! 事前行動だ!!
 お主も悪よのう。と、時代劇でお決まりの言葉を口にする千代を背負ったまま、家近くの山裾で自転車を止め、バス停のベンチに腰を下ろす。
 近くの街灯に虫がたかり、少し鬱陶しいが、明るさを供給してくれているのだから仕方ない。人間、あまり求め過ぎたらいかん。ちょっと不便な位が丁度良い!
 頭上でブンブン猛威を奮う甲虫に無視を決め込み、反則技の夕飯に挑む。
「千代も食っていいからな。ええと、どれから食おう」
「ドリアだな」
「だよなー。って、あれ? 千代何か言った?」
 お茶をがぶ飲みしている千代は、問いかけに対して首を横に振る。
「まぁ良いか」
「良いことないけど」
「千代?」
「何も言うておらんぞ」
 この展開、ザ・デジャヴ!!
 が、今日の千代はいつものようにニヤニヤしておらず、むしろ困惑したようにこちらを見ている。
 この展開、ザ・新展開!
「また妖怪か。面倒だな。と、思っているな?」
「だ、誰だ!?」
「こんな漫画みたいな台詞、まさか口にするとはなー。端から見ればくっさいだろうな! と、思っているな?」
「ちょ、止めろ! 恥ずいから!!」
「俺の頭の中スッポンポンじゃねーか! どうせスッポンポンなら綺麗な姉ちゃんに」
「あーー!! 千代聞くなぁあ!!」
「お、落ち着け太郎」
「綺麗な姉ちゃんバージョンで言ってくれたら落ち着くかも。と、思っているな?」
「ぬぁーーー!?」
「……太郎、余裕ではないか」
 何この羞恥プレイ!?
 一応心のリクエストに応えてくれ、大人の姿になった千代の冷たい視線を一身に受けながら、地面に四肢をつく。
 大人の千代は相変わらずすごく綺麗で、軽蔑するような視線すらそそるのだが、そんなことを考えたら……、
「また頭ん中丸裸にされて、益々千代から……」
「うっせぇ馬鹿!! プライバシーの侵害だぞこのあほ!」
「は、は、は。馬鹿に阿呆か。……坊主、語彙が少ないな」
 散々頭の中をすっぽ抜き、千代からの信頼を削った上に、人の言語能力にケチを付けたのは、赤黒い着物を纏い、仮面を付けた妖怪だった。
 山の茂みから現れたそれは、胸元に手を入れたままこちらへと近付く。裾から覗く腕や足からは、着物と同じ赤黒い針金のような体毛が覗いており、人には無い野性味のある印象を抱かせる。が、一方で流れるように歩く仕草や、時折顔の周りに集まる虫を払う仕草はテレビで見た能のように優雅で、気品の高さや育ちの良さを伺わせる。
「こいつは一体何者だ? だと? 当ててみよ。もう答えは出ているだろう。ああ、童子、その通りだ」
 人の思っていることを把握する妖怪。
 知ってる! 知ってるぞ!! 確か三文字位でサ行が含まれてて……。分かった!
「さとし!!」
「サトリだ」
 あれ、惜しい。
 惜しいものか。と深々とため息を吐き、何を思ったのかサトリは俺達の座っているベンチに腰を下ろす。
「さあ、太郎。食おうではないか」
「さらっとまじんな!! まあ良いけど」
 どんどんグローバル化してきている自分に少しビビりながら、サトリにレバニラを渡す。
 サトリは少し生臭いな。と呟いたが、恐らく俺の頭の中を読んで、これが美味いものだと把握したのか素直に箸を口に運ぶ。そしてその後暫く一心不乱に食べ続けた。
「おお、すまんの。どれ、そっちもおくれ」
「はいよ」
「何、米を赤茄子の汁で炒め、玉子で包んだものか。清志の好物。ふむ……成る程、美味だな」
「チーズ掛けたらもっと美味いけどな」
「ちー……乳を発酵させた物か。ほう、成る程」
「サトリ殿。おろしを乗せても美味いのだぞ」
「その際には赤茄子は使わぬ方が良いのか。成る程」
 食の話題は国境、種族を越えるというのを痛感した。
 雑談をしながら食事を終えた時、ペットボトルの茶を不思議そうに飲み干したサトリは、腹をさすりながら口を開く。ちなみに、千代はもういつものちんちくりんに戻っている。
「坊主、お前はあまり私の事を不気味だと思っていないようだな」
「思ってるよ。それなりに」
「しかし不快に思う程ではない。坊主の言葉には嘘偽りが少ない。覗いていて心地よいな。童子、そなたも坊主のその様な心の在り方が好きで共にいるのだろう?」
「そうなの?」
「違う。と言ってやりたいところじゃが、サトリ殿を前にしてはその様な嘘は盾にもならぬ。その通りじゃ」
 いや、なんか照れるわこれ。
 何よこれ。サトリ良い奴じゃん。
「そうとは限らん。油断させてお前を食うかもな」
「いやー、無いだろー。どう考えてもレバニラの方が美味いもん。それに、あんたそんなことしそうな人じゃないしさ」
「……人、か」
「あ、妖怪の方が良かった?」
「いや、構わん」
 仮面の下で、サトリが笑っているような気がした。
「して、サトリ殿。何故麓まで降りて来られたのじゃ?」
 千代が若干目上に対する態度を取っているということは、サトリとやらはそれなりにすごい奴なんだろうな。まぁ、心が読めるんだから当たり前か。
「雨女と同じだ」
 また読まれた。
 昼に出会った雨女の名に反応すると、サトリはくくくと喉の奥で笑う。
「ふと寂しくなってな。動物達の心は綺麗だが読み応えがない。つまらんのだ。だから久しぶりに邪念まみれの人の心でも読もうかと降りた所で、お前達に会うた。やはり面白いな、人間は」
「俺の心邪念まみれってこと?」
「いや。坊主は口にしていることと思っている事がほぼ一致している。だが、他の人間はそうはいかん。どす黒くて二度と覗きたくない者ばかりだ」
 そこでサトリは腰から下げている徳利から、ペットボトルのキャップに酒らしきものを注いで一口で飲む。
 確かに、人の心は覗けたら便利だろうけど、疲れるだろうな。クラスの女子のブログ見たら普段とのギャップで滅茶苦茶幻滅するもん。それが常に伝わってくる感じだろ? うわ、無理。
「あんた大変だな……。疲れたら言えよ。良い心療内科紹介するから。って、妖怪は無理か。保険証無いもんな」
「太郎、そういう問題では無いと思うぞ」
「は、は、は。坊主やはり面白いな。久しぶりに愉快な気持ちになった」
「そう? なら、たまにこうして喋ればいいじゃん」
「……いや、止めておこう」
 てっきり了承されるとばかり思っていたから、断られたことがちょっとショックだった。
「人間は忘れやすいし、すぐに居なくなる。そもそも、人間と我々は違う。無為に接すれば、双方にとって良い影響はない」
 再度キャップに酒らしきものを注ぎ、サトリは一口でそれを飲む。その飲み方、小学生の時良くやったな。
 その言葉の節々にはどこか寂しさが含まれているような気がして、俺は軽はずみな自分の発言を少し恥じた。
 多分、俺の今の発言は野良犬や野良猫を構うのと同じようなものだったのだろう。きっと、今こうして話す分には楽しく、次の約束もするだろうが、時間が経つに連れ約束が億劫になり、また今度、また今度と先延ばしし、やがてはこの場所に寄り付くことも無くなるだろう。
「ごめん。軽弾みだった。ああ、注ぐよ」
「犬猫と同じと考えられるのはアレだが……解釈としては間違っていない」
 サトリから徳利を受け取り、緑色のキャップに透明な液体を注ぐ。
 人に注がれるのは久しぶりだな。サトリはぽつりと呟き、また一口でそれを飲み干す。……ちゃんと味わってんのかな、こいつ。
 美味いぞ。飲むか? と尋ねられ、マナーモードも仰天の速さで首を横に振る。んな怪しい物飲めるか。すると、サトリはまた愉快そうに喉の奥で笑い、ベンチから立ち上がる。
「坊主、童子。今宵は楽しかった。礼を言う。もう会うことは無いだろうが、困ったことがあれば私を頼りなさい。坊主には一食の恩がある。助けてやろう」
「もう会わんのか?」
「ああ。そのつもりだ。私には私の、坊主には坊主の世界がある。妙に踏み入れば、お互いの世界を壊してしまうからな」
 良くわからんが、あまり関わら無い方が良いってことか。まぁ確かに過剰に接したら面倒臭いもんな。人間でも。
「最初から犬猫に変換せずに、そう考えれば良いものを……。まあ良い。それより、坊主。姉に頼まれ事をされていたのだろう?」
「……あーーーっ!!」
 そうだ! そうだった。姉ちゃんにDVD返却頼まれてたんだった!
 最悪ポストに入れれば何とかなるか! 唸れ! 俺の大腿四頭筋!!
 怒涛の勢いでごみを片付け、自転車のカゴに突っ込む。
 サトリと何やら話し込んでいる千代を呼び寄せると、千代は一瞬どこかひきつった表情を浮かべていた。虐められたのかと聞くと、とんでもないと首を横に振った為、まぁいいかと納得してペダルに足を乗せる。
「じゃーな、サトリ! 元気でなー!」
「坊主もな」
 多分二度と会えないであろう妖怪に手を振り、自転車のペダルを力強く踏み込む。
 ぐんぐん速度を上げる自転車。どんどん離れていくサトリ。荷台に乗った千代は何も言わず、ただただ後ろを見ていた。
「そなたも距離を見誤るなよ。か、分かっておるわ……」
「何て?」
「何でもない! ほれ、姉上の雷が嫌ならば早う足を動かせ!」
 急に鬼教官になった千代にしごかれ、馬車馬の如く自転車を漕ぐ。
 きっと、千代はサトリに俺との関係について何か言われたんだろう。千代がどうするのか、俺には分らないし、介入しようとも思わない。
「返却ーー! セーーフ!」
「ようやったの!」
 俺はサトリみたいに他人の頭の中は分からないけど、千代が口出しして欲しくないと思っているのは分かる。
 だからこそ、気遣う素振りは一切せず(しようとも思わないけど)、いつも通りに振る舞う。決めるのはいつだって当人だ。周りはそいつが助けを求めた時だけ手を差し出せば良い。
 ふと気付く。
 これって、サトリが言っていたことと似ているんじゃないだろうか?
 過剰に関わらず、本当に必要な時だけ関わる。
 それは、妖怪と人だけでなく、人対人でも当てはまる。
 何だ、人も妖怪もあんまり変わらないじゃないか。そう思うと、何だか妖怪とそれなりに付き合えるような気がしてきた。
 もし今度、サトリに会うことがあれば伝えよう。
 妖怪も人も同じくらい面倒で、大差ないと。

 結局、サトリとは帰り道でまた会った。


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