太郎と見える人
 やあみなさんこんにちは。山田太郎です。
 この度僕は墓参りのため、母の実家へと向かっています。母の実家は山奥で、しかも僕は七人兄弟なので車が非常に狭いし揺れるし煩いで、毎回軽くこの世の地獄を見ています。
 最近は兄弟達も体が大きくなってきたので車を二台出すことになり、比較的マシにはなったのですが……、と言うかそれ以前に今日は滅茶苦茶気になる事が。
「誠也くん、喉渇いてない?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
 何故か岡田も着いてきているって事なんだよね!

「太郎のおじいさんの家、古風で良いな」
「古いって素直に言えよ」
 スイカをかじりながらそう言うと岡田は本当だって。とはにかみながら否定する。あーあー、そんな笑顔見たら女子は卒倒するだろうねぇ。ケッ。
 案の定、中庭で弟を追っかけてていた母が黄色い声を上げる中、俺はもう一口スイカをかじる。
 やっぱり夏はこれだなと思う一方で、息子の友人に黄色い声を上げる母にげんなりした。七人の子がいるのに若い燕に盛るのは真剣に止めてほしい。おかげでスイカの美味さが半減だ畜生。
「太郎、ちょっと散歩にでも行こう」
「ヤダよ暑い。行きたいなら一人で行ってこいよ」
「いや、一人で行けるならそうしたいんだけどさ……」
 そう言って岡田は苦笑しながら裏門を指す。何となくその指の先を追った俺は絶句した。何故ならば裏門には目を輝かせて此方を見る無数のおばさん軍団がいたからだ。
 岡田が自分達を指差していると気付いたおばさん軍団は「キャー!」と随分ギャップのある黄色い声を上げた。何がキャーだ、俺はあのおばさん達が地元の不良をフルボッコにしていた所を見ている。そんな可愛らしい声出すわけ無いだろ!
「多分、俺一人で出ていったらあのマダム達に囲まれると思うんだよね」
「うおぉ……イケメンが来たって一瞬で噂回ったな。……恐るべし田舎ネットワーク」
 そう言えば田舎は情報が回るのが異常に早い事を忘れていた。
 そうこうしている内にギャラリーは益々増えていく。このまま放っておくと何だか非常に不味い事になる気がかなりする。
「仕方ないか。粉っぽい匂いも酷くなって来たし。岡田、抜け道から行くから一旦部屋に入れ」
「さすが太郎。何だかんだで優しい太郎好きだよ」
「男に好きって言われても嬉しくないっての」
 膝元でうたた寝している千代を起こし、粉臭い縁側から離れる。後方でおばさん達の割れるような黄色い悲鳴が上がったのは、岡田が手でも振ったからだろう。あの女蟻地獄め。
 岡田から見えない位置で寝ぼけている千代を背負い直す。千代は他人には見えないらしいから、端から見たら何もない所で飛び上がった変な奴になる。その辺の考慮が中々に面倒だ。
 居間でこいこいをしている兄ちゃんと姉ちゃんの横を過ぎ、台所でおやつにジャムパンかあんぱん、どっちを食うかで揉めるじいちゃんと親父を横目で眺めて勝手口を抜ける。それから納屋と壁の隙間から抜け出て、ようやく敷地外に出る事が出来た。
 さすがに抜け道にはおばさん軍団は待ち構えていなかった。まぁ居たところで犠牲になるのは岡田だけなんだけどさ。
「何も無いけど、何処行きたい?」
「んー、ふらふら歩くだけで良いよ。てか太郎何で腕後ろで組んでんの?」
「腰がいてーの」
 千代をおぶっている事を何とかごまかしながら、岡田の要望通りふらふら歩く。
 俺にしちゃ見慣れた田舎道だけど、岡田にとっては随分珍しいもののようで、岡田は至極楽しそうに周囲を観察しながら歩いている。そう言えば岡田は生粋の都会育ちだっけ?
 てか何で岡田は自分家の墓参りに行かないんだ? そして岡田の両親はどうして息子が墓参りに参加せず、友達の帰省に加わるのを許したんだ?

 昨日コンビニでたまたま岡田に出会った姉ちゃんが「明日の帰省、誠也君も来るってさ」と爆弾発言をして、本当に山田ご一行に加わった岡田。今更になってその行為に疑問が湧く。
 だってお盆は自分家の墓に参るもんだろ?
「どうした、太郎」
 怪訝そうな表情になっていたのか、用水路でザリガニを捕まえた岡田が満面の笑みを浮かべて疑問を投げ掛ける。お前、高校生にもなって何を良い笑顔でザリガニ捕まえてんだよ。
「いや、お前自分家の墓参りしなくていいのかなって思ってさ」
 すっかり目が覚めた千代が用水路の中で魚を追いかける。楽しそうにしちゃってまぁまぁ。でも、着物濡れるって。
 それはともかく、ザリガニを掴んだままの岡田は一瞬キョトンとした顔をした後、ああと今更のように呟いた。
「父さんの方の墓参りはもう済んでるから」
「ふーん? 盆前にするとか変わってるな」
「はは、だってお盆に行ったら皆煩く言うからさー。せっかく会えるのに毎回説教って嫌になるんじゃん? だからいつも俺だけ先に済ましてんの。母さんの方はさすがに行けないしさ」
 ザリガニの両手を掴みながら飄々とした口振りで理由を口にする。
 何と言うか、岡田でも嫌がる事があるんだと少し驚いた。何せこいつは年がら年中へらへらしているから、嫌な事なんて無いように思えるんだ。それに一瞬見せた岡田の表情がどこか寂し気で、何と言うか心配になった。
「ま、良いんなら構わんけどな。にしても暑いな……。もうちょい行ったら公園あるからそこで休もうぜー」
「……俺、太郎のそういうところ好きだな」
「何か言った?」
「別にー」
 へらへら笑う岡田を先導し、寂れた小さい公園に向かう。おいこら千代、ヤゴを連れてくるな!

 数分後、俺達はこの辺に唯一ある公園に着いた。
 ここは面積こそ無いものの、様々な遊具が設置されているので中々に楽しめる事が出来る。更に田舎なので、回るジャングルジムや回転ロープ等、モンスターペアレントによって絶滅させられた遊具もばっちり現役だ。
 回るジャングルジムのてっぺんに登り、家からくすねてきた凍らせていないチューペットを岡田に渡す。すると千代が物欲しそうな顔で此方を見てくる。
 ふはは、抜かりはない。実は千代用にもう一本持ってきているのだ! けれど、岡田がすぐ側にいるから千代に渡せない。畜生、抜かりあるじゃねぇか!
 それにはさすがに千代も気付いたようで、千代もおろおろと狼狽する。どうしよう俺、どうする俺!?
「……ははっ!」
 チューペット片手におろおろとしていると、突然岡田が吹き出した。
「良いよ太郎。その子に渡しても」
 What’s?
 岡田の言葉が全く理解できなくて、俺は文字通り目を点にして彼を見つめる。
「面白いから気付かないふりしてたんだけどさ。俺始めっから見えてたんだよ」
 そう言うと岡田は俺と同じく固まっていた千代を抱き上げて、高い高いのように持ち上げる。
「改めてこんにちはー。気付かないふりしててごめんね? お名前は?」
「ち、千代じゃ」
「千代ちゃんかー。可愛いねー。俺誠也。岡田誠也。よろしくね」
 え、何この普通の人の会話。
 いや、普通なんだろうけど千代はアレだし、岡田は天パで電波だし。てか岡田の電波は本物だった訳? 電波じゃなくてその、れーかんって奴? いやでも幽霊なんてのはこの科学の世の中で存在しないし……。
「千代ちゃん初めて会った時俺の髪の毛凄く不思議がってたでしょ」
「ああ、誠也のようなすすき色の髪と目は今まで見たことが無いからな。ほんに、今見てもやはり美しいの」
「ありがとう。そう言えば病院でいた千代ちゃんのお友達は?」
「以津真天か? 奴ならばまたふらふらと何処かへ行ったぞ。何やら全盛期の感覚を思い出してテンションが上がったとか何だとか。なんべーとやらに行くと言っておったな」
 俺一人悶々とする中で千代と岡田の仲はどんどん深まって行く。何なのお前ら! 異文化交流にも程があるぞ! 何なんだお前ら! そんで千代、お前もう呼び捨てかよ!
 ……ふう。ひとしきり突っ込むと落ち着いたので、そろそろ会話に割り込む事にする。
 千代と出会ってから、良く解らん現象に多々遭遇するようになったので、割り切りスキルが非常に高まった。世の中って常識が通じない事の方が多いよネ。
「岡田くん、つまり君は俗に言う見える人?」
「うん。見えるだけじゃなくて触ることも出来るけど」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー。フィフティーフィフティーでも使おうか?」
 嘘偽り無いか岡田の目をじっと見つめる。うん、整った顔が腹立つ。
 と言うか目を見るも何も千代と岡田が通じあっている時点で岡田の言葉は真実だろう。あー、身の回りから段々普通が消えて行くー。
 ……普通って一体何なんだろうね。
「そんな訳だから、これからは気兼ね無く千代ちゃんと接してくれよ。俺には全部見えてるんだからさ」
「おお、私も太郎だけでなく誠也とも遊べる訳じゃな! それは嬉しいぞ!」
「俺も嬉しいな。千代ちゃんやお友達の事も色々知りたいしさー」
 キャッキャとはしゃぐ二人を見て、俺の口からは大きなため息が漏れた。
 ほんの何日前はこんなオカルトな生活を送っていなかったのに、今じゃ毎日がオカルト状態。ああ恋しや普通の日常。
 けど、まぁ……。
「昔ケセランパサランがやたらに捕まえられた時代があってのう。当時は良く捕まえた家に忍び込んではケセランパサランを逃して、変わりにヤギの耳毛を突っ込んだものじゃ」
「あー、白粉もりもり食べるあの子か。俺見たこと無いなー」
「なぬ、ならば今度見せてやろう」
 でもまぁ、こんなに友達が嬉しそうにしてくれるなら、多少普通からずれていてもアリかな。なんて、心の何処かで思っちゃう訳なんです。


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