太郎と土蜘蛛
 やぁ皆さん。先日置いてけ野郎に魚を見事に巻き上げられた山田太郎です。
 あのさ、男女関係無く泣き落としは卑怯だと思うんだ。女の涙は武器だなんて、僕は糞食らえだと思うな。

 そんなこんなで俺は夕飯リベンジを計るべく、山菜取りに山に来ている。
 前回何の成果も上げられずに帰った俺を哀れに思ったじいちゃんが、山菜を勧めてくれたからだ。
 ちなみにじいちゃんはアウトドアの名人だ。何とじいちゃんは俺にお手製の山菜ガイドブックをくれた。じいちゃん、神!
 だが「油で揚げたら何でも美味い」をモットーにしているじいちゃんは、去年毒草を食って病院に運ばれている。つまりこのガイドブックは役に立たないと言うことだ。畜生!
 嬉しそうに前を歩く千代を見ながら、俺はガイドブックを手提げ袋に押し込んだ。
「今日は山登りか?」
 不安材料が多すぎる家庭事情を知ってか知らずか、千代は無邪気に尋ねる。
「今日もおかず探し! ……いきなりだが次の任務が入っている。良いかね?」
 最近メタルギアにはまっている俺と千代は、任務調に話す事が多々ある。ちなみに千代はスネークの声が格好良いと絶賛していた。……顔は?
 それはともかく、俺は千代にもおかず探しを手伝ってもらうことにした。
「スネーク、君の次の任務は兵の食料の確保だ。これはこの先の戦況を考えても非常に重要な任務である」
「いえっさー」
「ではさっそく任務に就きたまえ。私も協力しよう」
「いえっさー」
 スネークになりきったつもりの千代はビシッと敬礼をすると、とっとと熊笹の茂る山へと消えていった。うん、我が兄弟の魑魅魍魎と違って素直な子だ。スネークはイエッサーとか言わないけど。
 おっと、そんな事を悠長に考えている場合じゃないや。今夜こそ夕飯を確保しないと。

 ──ーーっ!!
 軍手をはめた直後、音には表しにくい甲高い悲鳴が聞こえた。
 嫌な予感がした。悲鳴は千代が向かった方角から聞こえてきたからだ。そして、あの声は……。
「千代!」
 頭が理解するより早く足が動いた。
 千代の悲鳴だなんて、今まで一度も聞いたことが無いが、あの声は確かに怯えた千代のものであった。
 あの飄々とした千代が怯えている。その事態に俺のヤバいメーターは振り切れた。でも、助けろメーターはもっと上の数値を指し示していた。

 ・

「千代!」
「くっ、来るな、来るでない馬鹿者! お主は即刻此処から立ち去るのじゃ!」
 熊笹に覆われた斜面の奥、苔と岩が一面を覆う場所で千代は俺に帰るように指示する。開口一番の言葉が拒絶の意味のもので、ちょっと心に何か刺さった。イタイヨー。でもだからってすごすご帰る俺じゃない。
「何言ってんだ……」
 千代の後ろの黒い岩が動く。その超状現象に言葉が寸断される。
 尚も真っ青な顔で逃げろと言う千代の後ろで、岩は、いや、岩のような胴体をもった巨大な蜘蛛のような存在はゆっくり頭らしきものを上げる。その顔は、鬼と虎を混ぜたような恐ろしいものだった。
 この化け物は俺でも知っている。土蜘蛛という凶悪な妖怪だ。小学生の時、金村がフィギュア持って来ていたから間違いない!
 蒼白な表情の千代の後ろで、土蜘蛛は刃物のような鋭い歯をガチガチ鳴らせ、甲高い威嚇の声を上げていた。
 やがて、土蜘蛛は俺を見た。そして、ケケケと不気味な声で鳴き、俺に向けてその強靭な八本の足を使って飛びかかってきた。
「っ……太郎!」
 俺の名を呼ぶ千代の悲痛な叫びが聞こえた。
 土蜘蛛の恐ろしい顔と生臭い息を感じながら、俺は今までの思い出を振り返っていた。どうやら頭はもう死ぬ方向でいるらしい。
 これが走馬灯ってやつなんだな。なんて、どこか冷静なことを考えていると、土蜘蛛はその凶悪かつ巨大な顔面を近付けて来てにっこりと笑った。
 は? え? にっこり?

「びびった? びびったやろ? あんたええ反応やっでー!」
 どこからどう突っ込めば良いのか分からず戸惑う俺を他所に、土蜘蛛は爆笑しながら剛毛に覆われた手を差し出してきた。
 呆然としていると土蜘蛛は握手握手。と催促してくる。え、もう本当に何なの? そしてお前は返答が無いからって勝手に人の手を繋ぐな。ちくちく痛いっての、この毛!
「太郎……これはいったいどういうことじゃ?」
「いや、俺にもわから……」
「いやー、ビビらせて悪かったなぁ。ほら、最近じゃオイ等見れるような人間あんましおらんやろ? お嬢ちゃんみたいな妖怪相手でも、ほらオイこんな顔やん? だから寂しいてなぁ。そんな時に自分等がホイホイ山登って来たからさ、つい構ってしもてん。あ、立ち話も何やし、座りぃな。はい、おっちょんし!」
 大妖怪に促され、俺と千代は戸惑いながらもゆっくり座った。
 勿論、座れば逃げにくくなる為抵抗はあった。けど断った方が怖いし、何よりこの関西弁で陽気な妖怪は悪い奴に思えなかった。顔は悪人面だけど。
 勿論怖いけどね!
 どうやら千代も同じ考えなようで、落ち着かないように視線を泳がしながらも腰を下ろしていた。ちなみに正座だ。
「せっかく出会った訳やし、自己紹介しよか! はい、お嬢ちゃんから」
「千代じゃ。……ええと、没してからかれこれ千年以上経っておる」
「ヒューゥ! 道理で古い美味しそうな匂いする訳や! うそうそ、ビビらんといて」
「……山田太郎です。高校二年です」
「えらい古風な名前やねー。ええと思うけど!」
 気にしている事を指され、うっすらと殺意が湧いた。同時に古くさい妖怪にさえ古風な名前と言われる自分が切なく思えた。
「はい、オイは土蜘蛛です! 奈良県出身です! はい、拍手ー!」
 合コンのようなノリ。けれど仕切っているのは鬼と虎が混ざったような恐ろしい顔をした妖怪。
 ……分からん。どう反応したら良いのか全く分からん。選択間違えたらグッバイ人生かもしれないから、下手に動けん。
 そんな俺たちの心境を察したのか、土蜘蛛は困ったように笑いながら、
「あー……もしかして自分等、食べられるとでも思ってんの?」
 ギクリ。図星を突かれて俺と千代は同時に跳ね上がった。ヤバイヤバイヤバイ! 此処で怒らせたらもうアウトだろ!

 嫌な汗がダラダラ流れ、口の中がカラカラになる。しかしそんな此方の心境等他所に何と土蜘蛛は腹を抱えて爆笑しやがった。何なのコイツ。何でこんなちょいちょい腹立つの!?
「なぁ、コイツど突いても良いかな?」
「気持ちは分からんでもないが……一応土蜘蛛は強力な妖怪じゃからな。止めておいた方が得策じゃろうて」
「やっぱり怖いねんなー。そやねんなー。でも腹減ってへんから安心してなー」
 幼児に言うような口調で剛毛の足で頭を撫でてくるハラタツー!
 この鬼瓦みたいな面した化物、どうしてやるのが得策なのか。誰か教えて。そして俺の荒ぶる拳を抑える方法も。
「ほんまにごめんて、そんな怒らんといてやぁ。久々に仲間以外と話し出来てちょっと羽目外してしもてん……。なぁ、お喋りしてもらえへんやろか?」
 バキ並みの闘気を発していると、土蜘蛛は笑うのを止めて申し訳なさそうに謝る。どうやら、本当に俺達を襲うつもりは無いようだ。
 土蜘蛛の外見はどう見ても凶悪。そして漫画やアニメ等で伝わっている悪印象。
 それがあるから、土蜘蛛は誰かと話をしようとしても逃げられたり、怯えられたりしていたのだろう。それは俺と千代も同じだ。
 純粋に話をしたいだけなのに、外見を恐れて誰も話し相手になってくれない。それは土蜘蛛にとってとても寂しく、悲しい事柄だろう。
「……いいよ、俺も勝手に外見で判断したし。ごめんな。お前だって好きでそんな……」
「自分ええ奴やなー! けどこの姿はオイ等好きでやってんで。てかさ、お腹すいたわ。何か持ってへん?」
 おいお前俺の罪悪感返せ。そしてドヤ顔を止めろ。そんでもってお前さっき腹減って無いって言ってただろ! もう何処から突っ込んで良いのか分からん!
 ともかくお腹が減っているとのことなので、駄菓子屋で買ってきたタラタラしてんじゃねぇよ! を差し出す。
 すると土蜘蛛は礼を言いながら慣れた手付きで袋を開けた。でかい足なのに器用だね、君。
「あんなー、オイ等元々は太郎ちゃんと同じ人間やってんで」
「え、人間?」
 想像もしなかった土蜘蛛のルーツに思わず声を上げてしまう。
 だってさ、こんな馬鹿でかい蜘蛛の図体していて鬼瓦みたいなおぞましい顔している、360゚何処から見ても化物です! って風貌の奴が元々人間だなんて、信じられないだろ。人間っぽいパーツ無いし!
「あ、自分疑ってるやろ? お前みたいな化物が人間な訳ないやろ思てるやろ? 自分等と全然違うから同類ちゃう思てんねんやろ? 無理もないけどさぁ……、ほんまに変わってへんな、自分等は……」
 何処か哀しそうに呟くと土蜘蛛は押し黙ってしまった。そして突撃ハッとした表情になる。
「ちちんぷいぷい始まるからもう帰らな!」
 何だそりゃ!
 拍子抜けする千代と俺を残し、土蜘蛛はそそくさと帰り始める。喋りも忙しいが、行動も忙しい奴だ。
「なぁ、太郎ちゃん」
 木に登りながら土蜘蛛はそれとなく話しかけて来た。
 何? と単調に返すと、土蜘蛛は哀しそうに笑いながら、
「自分、オイが怖いんな? でもな、自分等人間が怖がるオイ等が怖いんは、他でもない人間やねん。人間は、オイ等妖怪より遥かに恐ろしいねん。……それ、忘れんとってな」
 意味深な言葉を残し、土蜘蛛は別れの挨拶をして山の奥へと消えて行った。

 人間は妖怪より恐ろしい

 土蜘蛛が口にしたその言葉が、何時まで経っても頭から離れなかった。


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