太郎と河童
 どうもみなさん、こんにちは。山田太郎です。ありきたりの名前すぎて、初名乗りの時は冗談だと思われる、山田太郎です。
 毎年恒例のじいちゃん家に墓参り帰省。ただ、今年は何故か天パで電波の友人、岡田も着いてきました。そして、僕は千代と岡田、三人で公園に出かけた際、この憎らしき甘いマスクメンに告白されたのです。
 俺、霊感あるんだ。と。
 何と言うことでしょう。僕の友人は電波を持ち合わせた霊感野郎だったのです。マジもんだった訳です。
 カムバック、僕の平穏な日常!!

「良いか、岡田。お前、都会者だから教えてやる。明日の食事に期待をするな」
「えー、なんで?」
 折角だから夏休みらしいことをしたい。と言う魑魅魍魎共、別名兄弟の熱烈な頼み込みの末、川にやってきた俺は、さわやかにスイカを食している岡田にアドバイスをしていた。
 田舎だけあって、川の水は澄んでいて泳ぐことに何の問題もない。ただ、水が冷たすぎて、長い間浸かっていたら、例のタマネギ頭君の友達宜しくと言うほど、唇が紫になってしまうのだが。
「この辺は、盆には殺生したものを食べないって決まりがあるからだよ。だから明日はこんにゃくやら、カボチャやらの精進料理のオンパレード。成長期の男児には辛い日になるからな。おっと、そろそろ40分経つな」
 時計を確認し、思い切り笛を鳴らす。
 この笛は休憩の合図だ。その音を聞いた魑魅魍魎共はあからさまに渋々と言った表情で川から上がってくる。
 もっと泳ぎたいのに。と豚顔負けにぶーぶー言うが、お前等の唇が軒並み卑怯君と同じ色をしているのと、小刻みに体が震えているのを見れば、これ以上泳がせてはいけないのは一発で分かる。
 尚もやかましく騒ぎ立てる連中にスナック菓子を投げ渡し、静かにしたところで、水陸の立場を逆にする。
 幾ら田舎で町より涼しいとは言え、真夏の炎天下に晒されば暑いに決まっている。それに、足下は岩場。太陽に熱された岩の上は、裸足だと常に動かしていないとやっていられないほど熱い。
「千代、見張り頼んだぞ」
「おお、任せておけ」
 兄弟達の見張りは千代に任せ、岡田と共に川に飛び込む。
 ちなみによい子はいきなり飛び込まず、少しずつ水に慣れてから入るようにしようね。
 冷え切った水に全身を包まれ、それまでぼんやりしていた頭が覚醒する。
 水中で目を開くと、ソーダ色のぼやけた視界の中で、少し先で真っ白な水泡に包まれた人影が見えた。一歩遅れて岡田が飛び込んできたのだろう。
 すぐに呼吸をするために水中に上がっても良かったのだが、もう少し水中で留まることにする。
 俺は水中の景色が好きだ。屈折して届く太陽の光も、透き通った景色も、水の中だからぼやけて見える光景も、全部、全部好きだ。
 一番好きなのは、水面の方を向いて、口から空気を出し、その水泡を眺めること。あの不格好に揺れながら浮上していく様子と、水銀のような光沢が言いようもない程好きだ。家の水銀体温計を全部壊して、一つのでかい水銀玉を作るほどには。まあ、その後、母ちゃんに死ぬほど怒られた訳だが。
 息が苦しくなってきたので水上に出ると、少し遠くで立ち泳ぎをしていた岡田が寄ってきた。
「……お前、肌白いな」
「まーね。てか、太郎息長く続くね。俺、後に飛び込んだのに中々上がってこないから、死んじゃったと思ったよ」
「昔から泳いでっからな。昔は河童の太郎ちゃんで通っていたからな!」
「はげてたんだ」
「ちげーよ馬鹿」
 水鉄砲を浴びせながら否定すると、ごめんごめんと笑いながら謝罪される。ははは、全く誠意が感じられん。
 ならば河童の太郎ちゃんの異名を持つ俺の実力を見せてやろう。と、あらかじめ持ってきておいた、水の入ったペットボトルを魑魅魍魎の中では一番年上の清志に渡す。
「岡田、このペットボトルを川に沈めて、どっちが先に取るか競争しようや」
「それ楽しそう! でもさ、水中で見えんの?」
「自信ないなら、こいつらにゴーグル借りろ。まー、キャップが赤色だから、肉眼でも見えると思うけど」
「そっか、じゃあ俺も無しでやってみよ」
 昔は河原の石でやっていたんだけど、初心者の岡田にはまだ難しいだろ。
 そういえば昔姉ちゃんが馬鹿でかい石を沈めて、兄ちゃんと死ぬ思いで引き上げたことがあったけ。懐かしい記憶に、しょっぱい思いを馳せながら、清志がペットボトルを投げるのを待つ。
 と、ここでふとあることを思い出す。清志、たしか野球部で豪腕で有名だったような……。
「清志ちょっ……!!」
「っしゃ!!」
 止めようとしたと同時に、清志は無駄に良いフォームで、無駄に気合いのこもったかけ声で、無駄に半端ない距離の投球を見せた。
「よっしゃ、自己ベスト更新!」
「清志すげー!」
 凄いけど、中学生でその飛距離は凄いけど、何してくれとんじゃ!
 わなわなと怒りに震えていると、日傘、サングラスで武装した姉ちゃん一行がやってきた。
「何このお祭り騒ぎ」
「あ、花姉ちゃん! 清志がすっげー距離投げたんだよ!」
「ふーん? で、太郎、何を投げたの?」
「水の入ったペットボトルです」
「放っておいたらどうなる?」
「ゴミ投棄です」
「で?」
「……取ってきます」
 マナーには鬼のように厳しい姉ちゃんの、鬼神の如く殺気立った気迫に圧され、すごすごと上流に向かう。
 そう言えば、岡田の姿がないな。周囲を見渡していると、千代が海パンの裾を引っ張ってきた。
「誠也ならば、とっくに追いかけて行ったぞ」
 その言葉に川を見れば、なるほど岡田は上流に向かってクロールで泳いでいた。あいつ、ガチじゃねえか!
 こうしてはおれん。すぐに岩場から飛び込んで、岡田の後を追う。
 我ながら泳ぎは速い。見る見る内に岡田との距離を詰め、やがて追い越すことに成功する。
 ふははははは! イケメンで頭良くて、運動神経良い岡田も、水中の俺にはかなうまい! なーはっはは! と、危ない。本来の目的を忘れるところだった。
 ペットボトルが沈んでいたのは、岡田を抜いた付近であった。
 立ち泳ぎで顔だけ沈め、川底の岩の上で転がっているペットボトルの距離を算出する。
 多分。4、5メートルだろう。多分。
 俺なら潜れんことは無いが、初めて素潜りをする岡田には少しきつそうだ。そんなことを考えていると、岡田は大きく息を吸って川底に潜水する。
 初心者にしては良い潜りっぷりだが、やはり上手く潜れなかったようで、しばらくして浮上してきた。
「これ、けっこう難しいな!」
「まー、距離も深さも入門編では無いからな。清志、遠投しか頭になかったな……」
「でもさ、すっげー楽しい! 太郎もやって!」
「まあまあ、そう急かしなさんな。そんじゃ見とけよ、河童の太郎ちゃんの潜りっぷりを!」
 大きく息を吸い込み、頭から川底に向かう。
 一年ぶりに泳ぐからか、少し耳が水圧で痛い。しかし、河童の太郎ちゃんの行く手を阻むほどではない。
 あれよあれよの間に、ペットボトルに手が届くまでの距離になっていた。これで俺の勝利は確実だ。
 だったのだが、ペットボトルに手を伸ばした直後、急に現れた手が俺の手を弾き、ペットボトルを奪っていった。
 手っ取り早く言うと、獲物を盗られた。
「あれ、太郎!?」
「おのれ許さん、河童の太郎ちゃんである俺から、獲物を奪うなんぞ!」
 岡田が驚いているのもそこそこに、憎らしき盗人を探す。と、上流に向かって泳いでいるタオル野郎を発見した。
「岡田、来い! あいつに目に物見せてやる!」
 唯一岡田に勝てる要素に泥を塗ったあいつを袋叩きにあわせてやる!
 と、意気込んだのは良いものの、盗人は異常に泳ぎが速かった。何て言ったって、この河童の太郎ちゃんが中々距離を詰められなかったのだから。
 しかも腹立つことに、盗人は時折止まってこちらを振り返っている。
 まあ、あれですよね。完全に舐められていますよね。
 手柄を奪われ、泥を塗られ、舐められる。
 どうして冷静でいれようものか!
 ドラゴンも裸足で逃げ出すほどの怒りにうち震えていると、盗人は本流から逸れ、支流にルートを変更した。
 勝機見いだしたり! そこは小さな滝がある袋小路になっており、崖を越えない限り、本流に戻る以外脱出経路はない。ばーーかめ!

 支流に入り、少し進んだところで、滝に向かって飛びついている盗人を発見した。
「なあ、太郎……」
 わざと水音を立て、存在をアピールしながら進んでいると、不意に岡田が肩を掴んできた。
 良いところなのに邪魔するでねえ!
「やっぱすげーな」
 知っているから。泳ぎに関して俺が凄いことは!
 盗人との距離は一メートル程。おい。と声を掛けるも、盗人は返事すらしない。
 そうかそう来たか。無視を決め込む訳ね。
 深呼吸を一つして、手を上げ、勢いよく掲げた手を下ろす。狙いは、そう、憎き盗人の顔を隠している、頭のタオルだ。
「神妙にしやがれ、ってあれ……」
 いざタオルを奪い取ってみたものの、背丈は小学生高学年程の盗人の頭は、ザビエルのように綺麗にはげ上がっていた。
「あー、えっと、ごめん」
 もしかして、コンプレックスを刺激してしまったのでは?
 そう思い、岡田が含み笑いしているそばで盗人に謝る。
 いや、ちょっと待て。この盗人、おかしいところは頭部だけじゃない。よくよく見ると、肌は緑だし、手には水掻きついているし、背中には亀の甲羅みたいなのを背負っているし。これはもしかして……、
「河童のコスプレをしている、ハゲ?」
「何でそうなるんだよ! おいら歴とした河童だよ!!」
「うるせー! そうだとでも考えないと、俺の日常がどんどんめちゃくちゃになるんだよ!」
「そんな訳の分からない理屈、知らないよ!」
「あーあーあー。聞こえませーん」
「餓鬼臭い!」
「うっさい、緑のハゲ!」
 認めたくないが河童と言い争っていると、後ろで岡田が笑いをこらえきれずに吹き出した。
「おう、盛り上がっておるのう」
 更に千代までここにやってきた。
 これで正体不明の幼女と、霊感野郎と、河童と、至って普通の少年。よく分からないパーティーが揃った。
「何じゃ、河童。泣きべそ等かいて」
「ぬ、この童がおいらに意地悪するんだ」
「お前が俺のペットボトル取って意地悪してきたんだろうが!」
「と、申しておるが」
「ごめんなさい。だって、久しぶりに降りたら、楽しそうにしていたから……」
 何でも、この河童は久々に人里に降りてきたらしい。そこで楽しそうにはしゃいでいる俺たちを見て、混ざってみたくなったとか何だとか。
 人に化け、どうやって混ざろうか考えていたところに、ペットボトルが飛んできて、ちょっとした出来心で取ってみたら、それはもうすさまじい殺気を放って追いかけられて、それはそれは怖い思いをしたとか。恐怖心のあまり、変化の術が解けてしまったとかってあれ、いつの間にか、俺が悪者になっていないか?
「……なによ」
 千代と岡田の何とも言えない視線が非常に不快だ。
 何だその目は。その、「この落とし前どうするんだよ」とでも言いたげな視線は。
 河童も河童で、何かを期待する目で見るんじゃねえ! 河童の頼みとあらば、河童の太郎ちゃんが断れる訳ないだろうが!
「……わかったよ。怖がらせたかわりに、家の家族に混じって遊ぼう。ただし、足引っ張るとか、尻小玉抜くとか、本職の技は無しな!」
「ありがとう!」
 手を取り合って喜ぶ一人と二体を眺めながら、俺は平凡と異常が混じり合いつつある自分の、超異文化間交流の日常の行く末が、少し心配になった。
 そして化けた河童に気付くことなく、日が暮れるまで遊び通した兄弟の底抜けの体力に心底恐怖した。


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