太郎とおくりぼっこ
 皆さんお元気でしょうか? 僕、山田太郎は看護師さんに法律違反の筈の拘束具を付けられ、ベッドに横たわりながら赤く染まった空を眺めています。
 夕日が目にしみるのか目から汁が流れています。が、両手の自由が効かない僕にはどうする事も出来ません。

「山田太郎君、キミも拘束具を付けられたのかい?」
 こんな所、姉ちゃんに見られたら死ねるな。そんな事をぼんやり考えていると、向かいのベッドから声を掛けられた。
 向かいは確か、高橋さんというおじいさんだった筈。ともかく今は羞恥を誤魔化す相手が欲しい。藁をもすがる思いでそうです。と答えると高橋さんは朗らかに笑った。
「初めてなら恥ずかしいだろう?」
「……はい、かなり。高橋さんもされたんですか?」
「此所に入院していて、看護師さんの手を煩わせた人はほぼ全員経験しているよ。私も手術後に酒を煽っていたら見つかってね」
「マジっすか……。それってでも問題なんじゃないですか?」
「いや、問題ないよ。これはそもそも規則違反者を無くすために、病院が苦渋の判断で行なった事だし、何よりこの病院の名物になっているからね」

 名物? 何となく嫌な予感がした。

「キミもいつか快感に思うようになるよ。私もついつい長居してしまって、年金の殆どが入院費に消えてしまうんだ。はっはっは!」
 成る程この病院はマゾ専用病院だったのか。そんな事を冷静に考える一方、俺は必死の思いでナースコールを連打した。妙な性癖になるより、恥を忍んで解放してもらう方が断然マシだ!
 結局俺は良い年して号泣しながら看護師さんに頼み込み、やっとの事で拘束を解いてもらった。
 一つ一つ外されてゆく拘束具。それと共に溢れ出る喜びと解放感。しかしあるものを見た途端、俺の表情は凍り付き、日溜まりの如く暖まっていた心の温度は氷点下にまで下がった。
「太郎、何か凄い事になってるな」
 最悪のタイミングで見舞いにやって来た友人、憎き天パの岡田は看護師さんの後ろでにっこりと微笑んだのだった。

 ・

「いや、びっくりしたよ。まさか太郎にそんな趣味があったなんてさ」
「お前コロス、いつかコロス。そんで生き返らせてまたコロス」
「まぁまぁ、そんなに怒るなって」
「誰のせいで怒ってると思ってんだよ」
「あー、俺?」
 ごめんなー。全く誠意の感じられん謝罪にイラッと来た。疑問符付ける理由がどこにある。間違いなくお前だふじこふじこ。
 怒りすぎて脳内の罵倒さえ滅茶苦茶になる俺を他所に、奴は自分目当てで見学に来た看護師さんに笑顔で会釈する。途端、キャーと黄色い声を上げる看護師さん。イケメンは何処に行ってもアイドルって訳ね。じゃ俺も叫んでおこう。キャー岡田君殴ラセテー。
「でさぁ、本題に戻るけどこの病院多いな」
「ちょっと待て。いつ本題に行ってたんだ。俺、お前に殺人予告しかしてないぞ」
「あー、ごめん。俺の頭の中で勝手に話進んでた。」
 この電波め。天パで電波ってどういう事だよ。
「で、何が多いんだよ。あとお見舞い品は?」
「忘れてた。はいコレ。多いってのは、面白いのが」
 五千ピースのパズルを手渡しながら、天パもとい電波の岡田は益々訳の分からん事を口走る。てか2日の入院なのに五千ピースのパズル持って来るって何なの? 馬鹿なの?
 巨大なパズルの箱を見詰める俺の傍らで、岡田は窓から旧病棟を見詰めていた。
「古いな」
「あ? そういやお前オカルト好きだっけ? その旧病棟、戦時中に人体実験してたらしいぞ。お前、そういうの好きだろ?」
「いや、そういうのは好きじゃない」
 てっきり目を輝かせて食い付くと思ったが、意に反して岡田は珍しく渋い顔で首を横に振った。
「俺が興味あるのは因習とか呪術とか、古く長く続いた物だよ。人体実験とか科学メインの物はつまらない。そういうは表面上のものばかりで深みが無いからさ。それよりさ、太郎。多分今夜良いもの見れるぞ」
 岡田は鞄から何かを取り出して俺に投げ渡す。ゴールデングラブ賞並のキャッチで受け取ったソレは、たべっこ動物のビスケットだった。
 だからこいつのチョイス何なの。手元のビスケットとテレビの上のパズルを見比べていると、旧病棟から帰って来た千代がベッドによじ登ってきた。おかえり。
 しばらく黙っていた岡田は伸びをしながら立ち上がった。どうやら帰るらしい。
「明日退院だろ? 今晩はじっくり楽しめよ。多分良い経験になるだろうからさ」
「ふーん? まぁ見舞い、ありがとうな」
 どういたしまして。夕日に照らされながら帰って行く岡田を見送った後、俺は一眠りしようとゆっくりと瞼を閉じた。

 ・

 そして時間は深夜。
 あのままうっかり爆睡してしまい、すっかり目が冴えてしまった俺はする事も無く、ただベッドに寝転がりながらぼんやりしていた。
 時折隣の部屋から唸り声が聞こえるが、四六時中聞いているので何も怖くない。つくづく慣れとは怖い物だと思う。
 暇だし、パズルでもするか。そう思い、電気を付ける。が、何故かスイッチを押しても反応しない。もう一回押してみる。やっぱり反応はない。えー? 看護師さーん。ここの電球切れてるよー。
 携帯も使用不可。電球も使用不可。テレビは……目が疲れるから却下。する事が全く無い事に、テンションは駄々下がりだ。

 ホゥ……。
 ビスケットでも食べるか。そう思い、手を伸ばした矢先。何処からともなく笛のような音色が聞こえてきた。
 笛? 夜の病院で? まさかね。怪奇現象なんて願い下げ。気を取り直して手を伸ばした途端、また笛の音がした。しかも今度は小さな足音までセットだ。
 段々と近づいて来る笛の音と足音。それと比例するように流れ落ちる俺の汗。やばいやばいやばい。これは妙な物だと本能が告げる。
 そうだ、千代は!? 困った時の何とやら。慌てて千代の名を読んでみるも、返事も気配も無い。ちょっと! 小さい子は早く寝る物だろ! 乱れた千代の私生活に怒りを抱いている内に、笛の音と足音は室内に入って来た。
 カーテンの下から見えたのは、青白い子どもの足。それは俺のベッドの前で立ち止まると、そっとカーテンに手をかけた。次第に開いて行くカーテン。そしてその隙間から覗くのは、眼球の部分が空洞となった小さな子どもの……。なんてお約束な展開は無く、足音は俺のベッドを通り過ぎ、そのまま窓の外へと消えていった。
 ホッとしたような、肩透かしを食らったような、複雑な心境の俺はそっとカーテンを開けて窓際に歩み寄る。すると、そこには先客がいた。
「やぁこんばんは、山田太郎君。どうしたのかね?」
「その声は高橋さん? こんばんは。あの、さっき子ども通りませんでした?」
「子ども? ああそうか、君も見たのか」
 初めて顔を見た高橋さんは紳士的なおじ様で、変態的な趣味が無ければ完璧なるダンディだった。
 俺の返事を聞いた変態紳士な高橋さんはこれまたどうしてかワイングラスを持ちながら、窓の外を顎で示す。そこで目にした窓の外の光景に、俺は思わず息を呑んだ。
 窓の外にあったのは、蒼く輝く毛糸玉のような物体。そしてその回りを楽しそうに飛ぶ、白く光る子ども達の姿。毛糸玉のような物は、小さな手に笛のような物を持っていて、時折それを優しく奏でていた。あの笛の音はあの毛糸玉が奏でていたのだ。
「映画の撮影か何かですか? もしくはでかいスクリーンでも張って上映してるとか?」
 摩訶不思議な現象に妥当な予想を立てると高橋さん愉快そうに笑い、そして窓を開けて不可思議な子ども達を手招きする。
 すると沢山の子ども達の中から一人の少年が窓へと近づいて来て、俺達に向かってニコリと笑いかけてきた。わー、3Dですよねこれ。
「美しいだろう? あれはね、おくりぼっこという妖怪だよ。彼等は、弔ってもらえなかった小さな子の魂が成仏するまで、ああやって笛を吹いて面倒を見てあげるのだよ」
 3D映像に呆気に取られる俺へと、高橋さんは落ち着いた声で独り言のように語り続ける。

「親に置き去りにされて死んだ子、望まれぬ出産で愛情を注がれずに死んだ子……。大人と時世の犠牲となった彼等を弔ってくれるような人はいない。そんな子ども達の魂をおくりぼっこは慰め、導いてあげるのだよ。優しく悲しい妖怪だ、おくりぼっこは」
 きっと、高橋さんは監督か何かだな。試写会には呼んでもらおう。そんな事を考えていると、高橋さんは窓を開けて外の少年へと飴玉を手渡した。あれ? 映像なのに物を受け取っているぞ。
 ありがとう
 混乱する俺の前で少年は至極嬉しそうに笑い、高橋さんに感謝を述べる。しかしその声は耳を通してではなく、頭に直接響く不思議なものだった。
 呆然と立っていると少年は俺にも笑いかけて、そして丸い物体、おくりぼっこの元へ帰って行った。
「山田太郎君、君が泣こうが怒ろうが、彼等のような犠牲者は必ず出る。時代が変わってもそれは変わらないだろう。けれど、その行き場の無い感情をどうか忘れないでくれ。彼等の為にも、未来の彼等の為にも」

 まるこめ頭の白く光る少年の笑みを目の当たりにした途端、涙が溢れた俺の隣で高橋さんは静かに話す。
 涙の理由は分からない。ただ、幸せそうに微笑む少年がどこか悲しくて、そして何も出来ない自分が悔しかったのだ。
 彼等が映像なのか、現実なのかは最早どうでも良かった。ただ彼等が次こそ幸せになれたら、と。そうとだけ思った。

 入院最後の夜。
 俺は悲しくも美しい存在と出会い、世の無情さを少し垣間見た気がした。


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