千代と伊津真天 (番外編)
 神社の一件から一夜明け、千代はすっかり元気になった。それと反比例に俺は入院した。
 原因は熱中症。炎天下の中自転車を漕ぎ続け、五つの神社を回るのはいささか無理があったようだ。
 俺が入院している間、千代は楽しそうに院内を駆け回っていた。何でも、お仲間が沢山いたらしい。でも、今回千代は知り合いを紹介してくれなかった。
 千代が入り浸っていた、向かいの廃病棟。そこでどんなお仲間に会ったのか。それは、千代本人しか知らない。

 番外編 千代と伊津真天

 1002 山田太郎。プレートにそう書かれた部屋で、そこに点滴を繋がれた太郎はベットの上でちょこんと座っていた。
 不幸中の幸いか、太郎が倒れたのは五件目の神社の境内であった。庭掃除をしていた神主が直ぐ様応急措置を施し、救急車を呼んだ為大事には至らなかったのである。
 しかし彼は入院した事により、精神的に非常に参っていた。
 何故ならば、大所帯である彼の家には「働かざる者食うべからず」という家訓がある。これはかつて山田家の先祖が「家は貧乏なんだから、働かんような奴に飯食わす余裕無ぇんだよ!」と決めた事柄で、それは途切れる事なく今の代まで続いている。普段は魑魅魍魎と化している太郎の幼い弟達も、何もせずに過ごす日は一日も無い。彼らも幼いながらに家訓しかとを受け止め、日々何かしら働いているのだ。
 しかし入院した太郎は何も働く事が出来ない。長期の入院ならば、かつて入院した祖父のように内職セットを取り寄せて働けるが、太郎は二泊三日の入院だ。しかも、目覚めた直後に家に帰ろうと脱走しようとした為、看護士達の見張りの目が厳しい。つまり、太郎は完全に八方塞がりの状態にある。
 はぁぁああ。大きく溜め息を吐く横で、千代は何やら熱心に窓の外を眺めていた。
 千代の目には人間には見えぬ世界が映る。それは主に幽霊やら、人の強い思念等なのだが、時たま懐かしい仲間の姿が映る事もある。
「太郎、太郎。丘の上にある古臭い石の塊は何じゃ?」
「確実三日は皆にコキ使われるって……。え? あれは旧病棟。そんなのあんまり見るなよ、千代。何てったってそこは戦時中、精神を病んでしまった達を隔離する為の施設だったらしいし」
「……隔離」
 ポツリと呟き、千代はまたしてもガラスに顔を押し当て、太郎の忠告等何処吹く風と旧病棟をじいと見る。あまりに熱心に眺めるので、太郎もつられてベットを下りて外を眺めるのだが、太郎の目には只の古い病棟が日の光を浴びて立っているようにしか見えなかった。
 しかし千代には見えていた。旧病棟の避雷針の上でお決まりの言葉を口にする、古い妖の姿が。

「こら山田太郎君! 今日一日は絶対安静って言ったでしょ!」
「げっ! 看護婦さんっ」
「げっとは何? 早くベットに戻りなさい。でなきゃ拘束具着けるわよ!」
「それ、確か法律で……。きゃーっ!」
「太郎、ちょっと出掛けてくるぞ」
 太郎の悲鳴を背に受けながら、千代は病室を飛び出した。文字通り人をすり抜け、壁を通り抜け、やがて千代は旧病棟の屋上へと辿り着いた。

「いつまで、いつまで」

 避雷針の上では蛇のような体に、剣のように鋭い爪を持った巨大な怪鳥が未だに自分の名と同じ鳴き声を上げていた。
 ――これは、また懐かしい奴が残っておったものじゃ。
 自分と同じく古い臭いを纏った妖を前に、千代はにこりと笑みを浮かべ、後ろからその名を呼んだ。
「久しいの、以津真天」
 不意に自分の名を呼ぶ声に、以津真天は鳴くのを止めてゆっくりと振り返る。体は怪鳥。しかし顔は人。だが曲がった嘴に鋸のような歯をした、何とも不気味な風貌の妖怪。以津真天と呼ばれた妖怪は千代の事をまじまじと見つめ、
「誰かと思えば、千代ノ童子か。久しいのう」
 以津真天と千代、約三百余年降りの再会であった。
 ・

 やっぱり昼の日差しを浴びるのは堪える。そうぼやく以津真天の為、場所を室内へと移した。室内は何処か懐かしい、甘い匂いが充満していた。
 ガラスが割れ、様々な物が散乱する室内は寛げるようには思えない。しかし千代といつまでにとっては丁度良い環境のようで、千代は崩れた本棚に、以津真天はベットの柵に留まり、久方ぶりの再会に話を弾ませた。
 数時間談笑した頃、千代は気になっていた事を尋ねる。
「以津真天、お主のような古妖怪が何故今こんな場所にいるのじゃ?」
「何だ千代ノ童子。よもや私の習性を知らぬとでも申すか」
「……まさか」
「そのまさかぞ」
 ニヤリと笑う以津真天に千代は驚きを隠せなかった。
 以津真天が一般的に知られるようになったのは、鎌倉の時代。いつまでも野晒しにされた死体の怨念から生まれた妖怪である。「死体をいつまで放置するのか」と鳴くその恐ろしげな声から以津真天と名付けられた。つまり、以津真天が鳴く場所には放置された死体があるのだ。
 しかし昔のような戦乱の時代ならばともかく、今の世に死体が放置される事は滅多に無い。そう思っていたばかりに、以津真天の言葉は衝撃的であった。
「信じられんか? しかしな、お前とて気付いているであろう。この建造物にある亡者の念を」
「む、戦時中に隔離された者の事か?」
「いや、それではない。確かに地下には隔離され、様々な人体実験を施された者達の骸があるが、生憎私はそんな古い物には興味を示さぬ」
「そう言えば、お主は肉が朽ちた亡骸はあまり好まなかったな」
 くくく。楽しそうに喉をならすこの悪趣味な友人に、千代は呆れたように溜め息を漏らした。
 生物は腐り始めてから、肉が落ちるまでの過程が最も醜い。だが以津真天はその状態の亡骸を非常に好んでいた。何でも、腐った肉のある方が恨みが濃いそうだ。
 理解出来ぬな。ため息混じりにそう呟き、それとなく視線を室内に巡らせた千代は朽ちたドアの前で佇む人影に気付いた。鉛色の靄のようで、不安定に揺らぐソレは明らかに生きている者ではない。
 ソレをじいと見つめた千代は、ソレの足下に転がっている紫色の物体を見付けた。鉛色の靄、紫色の物体、室内を満たす甘い匂い。それらが示す事にようやく気付いた千代は、ああと声を漏らし、
「事切れて十日程か?」
 甘い腐敗臭を放つ死体を懐かしむように眺め、千代は懐からビスケットを以津真天に投げ渡しながら尋ねる。その問いに以津真天は嬉しそうに首を縦に振る。
「何やら揉め事を起こしたようでな、刺されてそのまま放置されたのだ。当人は死んだか死んでいないのか、理解しているか微妙な所だ。話しかけても反応は無い。ただ、己の死体の上に立ち、ずうっと下の病院を眺めるだけよ」
「殺められた、か。今も昔も人間は変わらぬな」
「根本的なものはそう簡単には変わらぬものよ。だが変わったものもある」
 何じゃ? そう尋ねるとまたもや以津真天はニヤリと笑い、そしてビスケットを啄む。
「私達を見る事が出来ぬようになった事だ。おかげで矢に射られる心配もなく、昼間より外で鳴けるようになったわ」
 顔に着いたビスケットの粕を舐めとり、以津真天は声高らかに笑う。そう言えば昔、紫宸殿の上で鳴いていた所その胸を人間に射ぬかれた者がいたな。とぼんやり考えながら、千代は物欲しそうにビスケットを見詰める以津真天に自分のビスケットを投げ渡す。
 毎夜決まった場所で鳴き続ければ、射止められるのも無理はないだろう。何処か抜けた以津真天の習性に今更ながら溜め息が漏れた。

「向こうが見えないのは楽だ。しかし、やはり寂しいものもあるな」

 フワリと羽根を広げ、以津真天はまた屋上に出て目下にある病院を眺める。
 以津真天の長い尾に掴まり、肩までよじ登った千代は以津真天の隣に顔を並べ、同じように病院を眺めた。
「見てみろ、右から三つ目の部屋にアレを殺した奴がいる。私がどれだけ鳴いても、奴は一切気付かぬ。かつて人々を恐怖に陥れた私も、今や無力に等しいのだ」
 目を凝らして眺めると、室内の若い男の頭に何やら紐のような物が繋がっているのが見えた。成る程、怨念の糸が繋がっておるわ。顔をしかめた直後、千代はハッとした。
「お主、もしや此処で鳴いているのは……」
「ふん、私はただ死体があるから鳴いているだけよ。奴が私の声を聞き、恐怖したら私の力が強まるからな。それより、千代ノ童子」
 剣のような爪で頭を掻き、以津真天は話を反らす。分かりやすい態度が可笑しくて、千代は思わず顔を緩ませる。
「私が寂しいのは、千代ノ童子のような人間と会えぬようになった事だ。覚えているか? 私とお前が初めて会った日の事を」
「……忘れる筈が無いじゃろ。お主は、私にとって初めての友人だったのだからな」
 気が遠くなるような遥か昔の茜色に染まる空の下、まだ生きていた千代と既に妖となっていた以津真天は初めて出会った。
 ──それは西暦739年。飢饉が蔓延した、都の外れでの出来事であった。

 ・
太郎の日記
7/29
 昨日の夕方に熱中症でぶっ倒れて、気が付けば病院のベットの上だった。
 朝、見舞いに来た姉ちゃんに「何してんの」と言われ、何故かリンゴを剥かされた。(しかも全部食われた)
 頭フラフラしてたけど、働かざる者ルールが適用されるから、見舞いに(嫌がらせ?)に来た兄弟と一緒に然り気無く帰ろうとしたら、弟にチクられて看護婦さんに捕まった。あいつ、許さん。
 その後色々あって、拘束具付けられた。泣きそうになった。てか泣いた。しかも原因の千代帰って来ねぇし、隣の病室からは変な声聞こえるし、旧病棟怖いし看護婦さん怖いし。
 冗談抜きで早く退院したい。


 荒れ果てた大地に、作物の実らぬ畑。餓えて泣く事も出来ぬ子ども、道端に転がる骸に、それに群がる烏に獣……。地獄というものが存在するならば、きっとそれはこのような光景を言うのだろうか。
 長らくの天変地異によりすっかり荒れ果ててしまった地。そこに頼り無く立っている枯れ木に、一羽の巨大な鳥が舞い降りた。否、人面で嘴に鋭い牙が生えたその姿は鳥ではなかった。
「いつまで、いつまで」
 鳥のような姿をしたソレは、目下の光景を見ながら不気味な声で鳴く。途端、死体の懐を漁っていた小汚い男がそれの存在に気付き、情けない声を上げながら走り去って行った。
 男が居なくなってもそれはまだ鳴き続けた。すると道端に転がっていた骸の耳から、何やら黒い靄が出て来た。
 やがて靄はそれと同じ様な姿となり、いつまで。と甲高い声を上げると、大きな翼を広げて羽ばたいて行った。
 ――今日だけで何体生まれたのだろうか。
 彼等は打ち捨てられた死体の無念から生まれる、以津真天と言う名の存在である。
 ここ一、二年日照りや洪水等の天変地異で大地は荒れに荒れていた。同時に疫病等により死体の数はあっという間に増え、弔われずに捨てられる死体の数は数えられぬ程となった。
 都で優雅に暮らす貴族とは違い、貧しい暮らしの中で息絶える庶民の姿を見たいつまでは、無情の時代よの。と呟いて、剣のように鋭い爪で頭を掻いた。
 そんな中、自分に向けられた視線に気付いたいつまでは頭を掻くのを止め、そちらを向く。すると、そこにはまだ幼い女児がいた。
 そこまで痩せておらず、小綺麗な赤い着物を着た女児。恐らく貴族の子か何かだろう。
 それが何となく気に入らなかった以津真天は、何時もより不気味な声で鳴いた。
 以津真天の不気味な声は人を不安にさせて病ませる事がある。庶民が餓える中、何も知らずに肥え太る貴族など、死んでしまえば良い。彼はそう思ったのだ。
 けれど、女児は一切怖がらなかった。むしろ薄く笑みを浮かべ、
「お主、もののけか?」
 突然の質問にいつまでは面食らった。今まで姿を見て逃げる者はおれど、話し掛けるもの。しかも笑みを浮かべて来る者などいなかったからだ。
「私は千代と言う。のう、お主私と友達にならぬか?」
 そしてこの発言である。
 すっかり動揺したいつまでは木から落ちたのであった。

 ・

「正直、私はお前が気が違っているのかと思ったぞ」
「私は妖怪も木から落ちるのかと感心したものだ」
 室内に戻った千代達は廃病棟の窓からぼんやりと外を眺めながら、懐かしそうに二人の出会った馴れ初めを語り合う。
 隣の部屋からは相変わらず悪臭が漂い、そして良くわからない存在が佇んでいる。
「嫌という程死体を見たのだ。妖怪の一つや二つで驚く事も無かろう」
「言うが驚いた者ばかりだったぞ。お前は異常だ。童子が化物を見て笑う等有り得ぬぞ」
「仕方無いだろう。あの時私は死ぬ前日だったのだぞ? この期に及んで怖い物等無いわ」
 何故か自慢気な千代の言葉に以津真天は口をつぐんだ。

 ・

 千代は庄屋の家に拾われ、「贄」として育てられていた。
 当時はまだ天変地異や疫病が流行った際に生け贄を捧げるのはザラで、年間に無数の子どもが捧げられた。千代もその中の一人だったのである。
 千代は自分が贄にされる事を理解していた。その為、千代はどこか子どもらしさが欠如していた。尤もその振る舞いがまた他の者達に人間離れした印象を持たせていた訳だが。
 贄になると告げられた日も、千代は一切取り乱さなかった。やっとその日が来たかと思っただけで、あっさりと「あい分かりました」と口にした。その時の千代はかなり落ち着いており、その大人びた言動に庄屋の女中は千代が狐浸きか何かでは? と噂した程だ。
 贄になる日程が決まった後、千代は今まで一度も作らなかった「友達」を探すために町に出た。
 死ぬのが寂しくなった訳ではない。
 贄になると分かっていた千代は何れ死ぬのだから、友達になっても無駄だと考え、一人孤立していたのだ。そしてやっと死ぬ日が分かった今、死後の友達を作ろうと思ったのである。
 友達になるのなら、出来るだけ変な奴がいいな。
 そう思い、出会ったのが以津真天であった。

 ・

「待て、私の何処が変だというのだ?」
「顔とそれだけ重装備をしておるのに、人を襲わずに陰険に鳴き続ける所じゃ」
「……失礼な小娘め」
「安心せい。誉めておるのだからな!」
 はっはっはと笑う千代を尻目に、いつまでははぁと溜め息を一つ吐いた。生きていても死んでいても、千代は何処か年を食ったような発言をする。
「しかしあれだ……、おや。千代ノ童子、何やらお主の小僧の所から派手な頭の小僧が此方を見ておるぞ。よもや気付いているのではあるまいな?」
 どれどれと以津真天の視線の先を見た千代はアと声を上げた。太郎の窓から此方を真っ直ぐに見るすすき色の頭の青年。それは太郎の友人の岡田であった。
「ふむ。あの小僧も随分古いモノと繋がっているな」
 既に太郎と喋り始めている岡田を見ながら以津真天は何気無しに呟く。
 慌てて目を凝らせば、岡田の頭から細い線が出ている事に気付く。しかもそれはかなり念が強い。
「長生きは出来ぬだろうな」
「悪い、以津真天。少し席を外すぞ!」
 言うや否や勢い良く飛び出して行く千代。リンリンと涼やかに鳴る鈴の音を聞きながら、以津真天はやれやれと肩をすくませるような仕草をする。
 厄介なモノには関わらぬ方が良いと言うに。ポツリと呟いた以津真天の隣で今まで動かなかった影がピクリと動く。
 何だと訝しげな表情を浮かべた以津真天であったが、ふと思い付いて数回鳴いてみた。
 すると、影と繋がっている線が尚色濃くなり、今までピクリとも動かなかった影がスススと進んだ。どうやら、ようやく影の主を殺した相手へと以津真天の声が届いたようだ。
 遠い病室から届く恐怖心。それはかつて都を恐怖に陥れた頃のようであった。
 若干ドヤ顔の以津真天にまた視線が届く。それを辿ってみれば、そこには太郎の病室から此方を見つめる岡田の姿があった。
 もう一度鳴いてみる。すると岡田はまじまじと興味深気に見つめてきた。間違いなく、岡田には以津真天が見えていた。
 千代はと言えば何故か太郎の膝に座り、岡田をじいっと眺めている。だが、何故かは分からぬが岡田は気付いていないフリをしている。
 岡田と千代の無言の攻防戦。そして一人蚊帳の外で間抜け顔を晒している太郎。それが妙に面白く、以津真天は思わずクククと笑った。

 ・

 岡田も帰り、カラスもねぐらに帰り、どっぷりと日が暮れた頃。千代と以津真天は屋上に場所を移していた。
 もっさもっさと二人仲良く食べているのは、千代が太郎からくすねてきたたべっこ動物ビスケットである。
「美味い、美味いなこれは。貴族でも無いのにこんな物を食えるとは。これを貴族共が見れば、あの醜く肥え太った体を揺らしながら悔しがるだろうな」
「お主は本当に貴族が嫌いじゃなぁ」
「当然であろう。私は貴族によって殺されたようなものだからな」
「ああ、貴族が乗った馬に蹴られて死んだと言っていたな」
「思い出しても腹立たしいわ。あの下膨れの肉だるまめが」
 生前の自分の死因を思い出した以津真天は苛立たし気にギリギリとノコギリのような歯を鳴らした。
 死に方が死に方故、何と声を掛けて良いのか分からず、千代は苦笑を浮かべながら閉口する。こういう時は何と声を掛けるべきなのか……、難しい所である。
 一方で苛々が最高潮に達したいつまでは、いつもより声に凄みを掛けて鳴く。だが、余りに苛立っているせいか「いつまでー!」と怒鳴り散らす形になっている。
 さすがに不味いだろうと千代が声を掛けようとした時、千代の視界の右下の方を勢い良く走る何かがあった。
 慌ててそちらを見ると、そこには何と太郎の隣の病室へ猛ダッシュする影の姿があった。
 余りにワイルドなフォームに千代が呆気に取られるのも束の間、影が猛然と向かう先の病室の電気が突然付いた。続いて病室へと突撃する看護師の姿が見えた。
「やっと気付いたか。千代ノ童子、背に乗れ。面白いモノが見れるぞ」
 先程までの怒りは何処へやら。スッキリした表情になった以津真天は千代が背に乗るや否や、その大きな翼を広げて飛び立った。行き先は、そう。太郎の隣の病室である。

「アイツが、アイツが来たんだよぉ。ほら、窓の外からこっち見てるだろ? いつまで黙ってる気だって、そう訴えてんだよぉ!」
「谷村さん、落ち着いて!」
「落ち着いてらんないよぉ。俺に殺されたアイツが無念だって言ってんだよぉ! 嘘だって思うなら、廃病棟の三階に行ってくれよぉ。そこに死体があるからさぁ」

 病室の前の木から中を覗き込むと、影のいつまでの声と接近に耐えかねた犯人が罪を告白している所であった。
 ちなみに影はというと、男が罪を認めたのが余程嬉しかったのか、その辺の浮遊霊を捕まえてチークダンスをしている。
「以津真天のおかげで一件落着じゃな」
 茶化したように言うと、以津真天は少し照れたように笑った。そして散歩でもするかと、その大きな翼をまた羽ばたかせ、町の空へと舞い上がる。
 目下に広がる眩いネオン群。こんな景色を見られるだなんて、出会った当初の以津真天と千代は考えもしなかっただろう。
「のう、以津真天」
「何だ?」
 目を細めて景色を堪能していた千代はそれと無しに以津真天へと声を掛けた。
「友達になってくれて、ありがとう。死んでから、お主と友達になってから、変な話じゃが私はやっと生きた事を幸せに思えた」
 千代の口から出たのは、今まで言ったようで言えていなかった以津真天への感謝の言葉。
「構わん。私も千代ノ童子と居れば暇をしなかったからな。また機会があれば話をしようとしようぞ」
 らしくない柔らかな笑みを浮かべながら、以津真天は空を掴んで空を自由に飛ぶ。そしてその背では、幸せそうな表情の千代がいた。
 千代と以津真天。姿や境遇は全く違えど、二人は一番の友であった。


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