太郎と千代
「はい、次からはちゃんと本名を言うんだよ」
 何度本名を言っても「今時そんなベタな偽名、通用しないよ」と、最後の最後まで疑いぬいた石頭な警官を見送った俺は、石頭警官から渡されたビラを見た。
 ビラの文字を読み始めた時、最近聞きなれた鈴の音がして、直後に例の(霊の)少女の声がした。
「何じゃ? どういった内容のお触書じゃ?」
 炎天下に殺られかけながら自転車を押す俺の首筋に、少女の短い髪が当たった。
 そう、これはあの夜に「住まわせてくれ」と爆弾発言をした少女だ。だが今の姿はあの時の美人ではなく、初めて会った時と同じ幼子の姿だ。正直、ちょっと不満。
「ああ、空き巣にご用心だとよ。お前何でそのちんちくりんな恰好な訳?」
「ちんちくりん? 結構結構、わしはこれが気に入っとるんじゃ」
 田舎のじいちゃんのような喋り方のこの少女は、はははと笑うと俺から離れて自転車の荷台に腰を下ろした。
 回りはビルにアスファルト、だが自転車に腰掛けて鼻歌(数え唄)を歌うこの少女は草履に赤い和服……。明らかに浮いている。
 だが回りの人々はそんな少女に何の疑問も持たない。まあ当然と言えば当然だな。なにせ俺以外、誰も少女に気付いていないのだから。
 少女の話によると、自分は気に入った人にしか姿が見えないらしく、要するに俺しか声や姿は感じられないらしい。
 ちなみに幽霊とは違うと本人は言い張っていた。怪しい所だが、害が無いのなら良しとしよう。

「のう、太郎」
「何だ〜?」
 熱さの余り間延びした返事を返しながら、俺はひたすら自転車を押した。乗りたい所だが、こんな急な坂道で自転車をこぐなんて自殺志願者か、よっぽどなマゾで無い限りしない。俺はまだ生きたいし、マゾでもない。至って普通な高校男児だ。
「わしが眠っとる間に、随分この世界は様変わりしたのう」
「へー、何年眠ってたんだ?」
「うーぬ、何分わし等には年を数えるといった風習が無いからの……」
 良くわからん風習だな、と思いながら親切な俺は荷台で唸る少女へと助け船を出してあげる事にした。
「特徴とかは? 回りの人の恰好とか」
「ああ、それなら分かるぞ! 男は髷をつけておった」
「へー、髷ねぇ……髷!?」
 熱さのあまり、聞いておきながら話し半分程度にしか聞いていなかった俺だが、少女の発言を聞いた途端に熱さがぶっ飛んだ。(一瞬な訳だが)
 だって、髷ってあれだろ? 暴れん坊将軍とか必殺仕事人とかに出てくる、良いように言えば奇抜な髪型。最近と考えても明治位だろ。お前は一体何歳だ!
「人の数は増えとるが、地面が土じゃのうなっとるし、緑が少ない。おまけに動物が居らん……寂しいのう」
 少女は少しもの悲しそうに呟くと、荷台から俺の背中にしがみついた。
 少女が想像以上に年増だった事にショックを隠しきれなかった俺だが、少女の言葉にはっとする。
 こいつはずーっと眠っていて、目が覚めたのは百年以上経った今。で、目を覚ましたのはいいものの、世間は驚く程様変わりしてる。
 こりゃ心細いよな、俺達で考えると目が覚めたらアトムの時代。なんじゃこりゃー! みたいな感じなんだから。
「して、太郎」
「んあ?」
「主、今から何処へ行こうとしておるのじゃ?」
 何だかんだ言ってもこいつも寂しいんだな、とじいちゃん口調の少女に親近感を抱いていると、暫く黙っていた少女は俺から体を離して、出発した時に聞くであろう事を今更尋ねてきた。
 だが、俺はそれを適当にはぐらかし、下りに差し掛かった坂を自転車に乗って一気に降りた。

「おお……」
 はぐらかされた事に怒りを覚えた少女は暫く俺の横腹を蹴り続けていたが、目の前に広がる景色にようやく気付いたのか、感嘆の声を漏らした。
 その声に夕日に照らされた俺の顔はだらしなくにやける。だってそうだろ? 喜ばせようと考えた計画が成功したんだからさ。
「綺麗じゃ! 一面が赤いぞ!」
 堤防を下り、砂浜を駆け回りながら少女は興奮を隠しきれない様子で俺に言う。素直に可愛い。いや、そういう趣味は無いぞ、ただ純粋に可愛いと思っただけだぞ。
 こいつを浜辺に連れてきたのは、単にじいちゃんっぽいこいつの子どもっぽい所を見たいからなんだが、効果は思ったより大きかったらしい。波と戯れる今のこいつは間違いなく子どもだ。
 波打ち際で夕日に照らされているコイツを見ながら、俺は今更な事を思った。
「お前、名前なんていうの? 真夜?」
 その問いに少女は浜辺を歩いていたカニを掴んだまま、笑顔で答えた。
「チヨ、わしの名は千代じゃ。宜しくな、太郎」
 千代が自分の名を告げると、リン、と頭飾りの鈴が涼しげに鳴る。その音は何処か懐かしい感じがして、いつの間にか俺の顔には笑みが浮かんでいた。
 無邪気な笑顔と鈴の音色を聞いた俺は、こんな奴なら一緒に住むのも悪くないな、と心の奥で小さく呟いた。
 
 夕日とオレンジ色の海と空が見守る中、俺と千代との奇妙な生活が幕を開けた。


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