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「シン、シン……ねえ、シン」

 うっすらと瞼を持ち上げて、自分が現実に帰ってきたと自覚するまで数秒。
 なかなか焦点の合わない目を何とかしようと瞬きを繰り返して、やっと視界いっぱいに心配そうに覗き込んでくるアイツと対面した。

「おまえ……なんで……?」

「急に会いたくなって来ちゃったの。シンは部屋に居るからどうぞって、お母さんに入れてもらって」

「そう……」

 寝起きの掠れた声で答えるも、頭全然回ってないけど。
 オレ、いつから寝てた? それすら分からないけど、コイツに呼び掛けられる程の状況だったって事?
 ……って、待てよ。

「なあ、オレ何も寝言とか言ってないよな? 聞いてないよな?」

「ああ、えっと……聞いちゃった。ごめんなさい」

 最悪だ。あんなの聞かれて嫌な事しか喋ってない夢久しぶりなのに、よりによってコイツに聞かれたとか、頭痛い。

「シン、シンはトーマが大好きなんだね」

 夢の再現なのか、昔の再現なのか、もう何がなんだか分からない。

「そうだよ」

「……だって、ね、トーマ」

「は?」

 手元の携帯に予想もしなかった名前を口にする。
 電話口は黙っていたけど、そこがトーマに繋がっているのをもう空気だけで分かった。

「あのね。トーマから連絡があって、じゃあシンとも少し話さない? って説得して、シンに会いにきたの」

「……んだよ。それ」

「だからね、トーマ、代わるね? はい」

 手渡される携帯をそっと耳に押し当てる。
 なんて言えばいいんだよ。ただでさえ頭回ってないのに急展開過ぎてついていけない。

「トーマ、うざい」

「……はは、久しぶりの兄貴分にそれはなかなか酷いんじゃない? って、もう俺、おまえ達のお兄ちゃん出来ないんだっけ。はは、ごめん」

 夢の中と同じ声が耳元で響く。また偽物の苦笑いでも貼り付けて喋ってんだろ?

「トーマ、また無理矢理笑ってんだろ? それ、すげえ気持ち悪い。オレおまえのそういう笑顔まじで嫌い」

「うん……嫌いでいいよ」

「トーマ……早く帰ってこいよ」

「…………」

 やっぱり黙られたか。おまえってほんと卑怯だよな。都合悪くなったら逃げる。いつまで変わらないつもりだよ。いつまで、オレ達すら信用しないで生きていくつもりだよ。

「おい、帰れないとか言うなよ。いつまでも待っててやるから。長い時間掛かってもいいから。おまえが帰ってこれる場所作ってちゃんと待ってるからな」

「……うん。またいつか。またシンに馬鹿って呼ばれる自信がついたらな」

「自信付ける事かよバーカ。さっさと帰ってこいよ。じゃあアイツに代わるからな。バカ兄貴」

 そう吐き捨てて携帯を返したら色々と限界が来て、机の上でうつ伏せになればアイツはオレの背中にそっと寄り添ってくる。

「トーマ、シンがトーマの事大好きで夢まで見るくらいだから早く帰ってきてね。待ってるから」

 余計な事を付け足すコイツに背中から抱き締められながら静かに泣いた。
 やっと言いたい事言える機会に会えた。あの八月がやっと終わりに近付いている。


 2013/05/06





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