八月の終わり




 おまえなんて大嫌いだ。絶対許さない。そう口にしないと保てなかったんだよ。トーマ……

 昔からトーマは大嘘吐きだった。
 嫌な事も笑顔でいいよって引き受けて、好きでもない奴にも笑いかけて、その作り物の笑顔がオレは大嫌いだった。

「おまえってさ」

「何だよ。いきなり」

「笑いたくもないのに笑っててしんどくないの。まじで気持ち悪いんだけど」

 直球にぶつけてやると一瞬底冷えするような真顔になってから、次の瞬間には苦笑いを貼り付ける。
 すげえ気持ち悪い。それって長い付き合いのオレにもしなきゃいけない事なの? おまえおかしいよ。

「俺はシンみたいに強くないから」

「は? オレからすれば世渡り上手すぎるおまえが気持ち悪いよ」

「はは、今日気持ち悪いって多くない? お兄ちゃんは悲しいよ」

「だから兄貴面すんなって言ってんだろ。今日の分は久しぶりに話出来たから多めに――」

 そこまで口にして世界がバラバラに崩れ落ちていくのを目の当たりにした。
 割れたガラスが重力に従って大きな音を立てながら落ちていくのを見る感覚だった。

 色付いていた世界は消えて真っ黒な空間に一人佇む。ここはどこなんだとか、そういうのどうでも良かった。

「トーマ……」

 いちいち母親のように口うるさくて、何かとつけてうざい事ばっかりの兄貴分。
 トーマうざい。トーマ気持ち悪い。トーマうるさい。トーマ、居なくなれなんて言ってない。
 トーマ、居なくなれなんて思った事、一度もねえよ。

 何かを得るのにこんなにも大きな代償が必要だったのかと改めて自分に問う。
 オレはアイツを選んだから。アイツの為に自分すら捨てる覚悟だったから。
 結局傷付けただけだったのか。だからこうやっておまえは夢にまで出てくるのか。

 帰ってきて欲しいと願うのはオレのエゴなのかもしれない。いや、エゴだ。
 アイツが好きなおまえに帰って来させるのは残酷な仕打ちだ。だからってアイツを渡すのは無理なんだ。出来ない。絶対掴んだ手を離すなんて出来ない。
 二人望むのは贅沢な事だ。わかってるよ。でも、それでも、帰って来て欲しいんだよ。トーマ……!!

「シンはトーマが大好きなんだね」

 いつかアイツが間抜けな笑顔でそう言ったのを瞬時に否定してやった日を思い出した。

「……そうだよ。あんなバカでクズで卑怯でどうしようもないトーマが居なきゃいけないんだよ……」

 心に喪失感を残してどこか遠くに行ってしまったトーマに。
 届くはずがないのに口にする。






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