12/24
「ほんと、本当に勘弁して下さい……」
『いや、本当悪い。俺も悪いと思って止めたんだけどな。教授が……。それに女の子らも行けるって言うから言い訳も効かなくて』
「本当、本当に明日行くんで勘弁して下さい、ごめんなさい」
『ごめん、ごめんな。俺の顔立てると思って、一杯だけ。本当、守れなくてごめん』
電話を切って、重い重い溜め息。やっとぶち抜いた24日にはまさかのご用納め(テストがこの日だったのだ)という名のゼミ飲みが舞い込んできた。起き抜けにそんなことをゼミ長から告げられ、肯定以外の返事を許されなかった。
「あー…」
「ゆう、チキン買ったかな」
「いやだなぁ、言えないなぁ」
「あー…」
一人言ちながら、通話を押す。それに出たゆうの声はきつくつらくなるほど、楽しげだった。
『あ!きよくん、おはよう。今ね、チキン買った。ファミチキじゃないよ、百貨店の下のお店のすごいやつ、奮発しちゃったー』
泣きたくなる。社会人になれば、この程度の不条理、当然なんだろうか。まだまだ大人にはなれない。
「あの、さ、ごめん」
『ん?』
「あの、今日、」
『?うん』
「飲み会、出なきゃいけなくなっ、た……」
『……』
ゆうの携帯側、その後ろの陽気な人声が辛い。どこかの飲食店のきらきらした背景が見える。少しの間の後、つとめて明るい声が返ってきた。
『そ、そっか!なら仕方ないね!じゃ、じゃ、俺、あれ、未来でも呼んでパーティするから、あの、その、うん!わかった!』
「うん、本当ごめん、ごめん」
『いーよいーよ!付き合いってやつでしょ!俺、ぜんぜん!あ、ごめん……頼んでたケーキ出来たみたいだから切るね…じゃ、じゃあ、また』
「あ、待っ」
切れた。
side:雄佐
既に買ってしまったチキンとサラダとケーキとシャンパンを前に、どんよりとクッションを握りしめる。
…別に今さらクリスマスなんて特別でもない。そりゃあちょっとはしゃいだよ、はしゃいでたよ、でもそれは口実で。やっと、やっと、きよくんと一緒にいられると思ったのに。やっと、きよくんとゆっくり、できると思ったのに。
でもきよくんは悪くない。もともと無理なとこを究極に無理してくれたんだから。きよくんは。でも寂しい。クッションに顔を埋める。
『飲み何時に終わるか、聞けば良かった』
『朝かな、ありえる』
『きよくん、いつから顔見てないんだろ……』
ぼんやりと、途方もなく寂しくなって、息苦しくて、なんとなく悪友の携帯に電話をかける。恋人といるかな、そしたら出ないだろうし、いいや。そう思ってやけっぱちで電話した。
side:未来
「吉澤の馬ーー鹿!俺帰るからな!!帰っちゃうからな?!」
最悪だ。部屋で一人クッションを握りしめる。お袋はこんな俺が心配なのか、何度も様子見に部屋に来る。そりゃあめかしこんで朝出てった息子が昼に帰ってきたら、そりゃあなぁ。
吉澤が悪いんだ。
今日はクリスマスだから、カップルっぽいこと第ニ段ということで、某海沿いのイルミネーションを見に行こうかってなってたんだ。だけど俺は若干不機嫌で。だって吉澤、昨日。
『みく悪ぃやつだなー』
って適当に流したんだから。普通さぁ、腹立たない?だって恋人が両手越すくらい他に粉かけてんだぜ?別にどーでもいーの?吉澤がズルすんなっつーから、吉澤の為にやったの、それは間違いないけど、なんかもうちょいリアクションない訳?あーなんであんな試すこと言ったんだ。でも言い出すと気になって仕方ない。
そんでギクシャクしながら、でも俺悪くないと、喧嘩したくないで迷ってたら
「お二人で来てるんですか?」
女の子ら二人組に声かけられた。っで、俺悪かったかもしんないけど、当て付け的にけっこういいように返事したんだ。そしたら
「俺パス、俺は帰るから行ってくれば?」
普通に帰るって言うんだもん。マジで、頭来て。だって今日クリスマスだのに!なのに帰っていいのかよ!俺が言い出したことだよ、でもさ、俺の中ではそれを吉澤が断るかと思って。なのに、なんであんな突き放すみたいなこと。俺慌てて、女の子らに謝って追っかけて、吉澤引き留めたの。
「なんだ、断ったんだ」
「はぁっ、はぁっ、なんで、冗談なのに、なんで置いてくんだよ、ムカつく」
「冗談には見えねぇよ、あれ。あと、ついでになんで機嫌悪いの。察してっぽい不機嫌アピールとか、こっちのが腹立つし」
「やだ、言いたくない」
「は?」
こんな感じ、初めてで。俺どうしたらいいか分かんなかった。俺が10:0で悪いのに、完全頭に血が上ってた。
「吉澤は俺が女の子と遊びに行ってもいいんだろ」
「そっちが言い出したんじゃん」
「吉澤断るかと思って」
「昨日言ってたから、遊びに行きたいのかと思ったんだよ」
なんだこれ。ぐるぐるする、俺、吉澤が同じことしたら絶対にちんこもぐのに。なのに、なんで、わかんねぇよ、吉澤は俺とはやっぱ違うのか?俺ら、本番してねぇし、やっぱ俺らって
友達?
頭が痛くなって、いてもたってもいられなくて「吉澤の馬ーー鹿!俺帰るからな!!帰っちゃうからな?!」ていう捨て台詞とともに家に逃げ帰った。
『なんで電話来ないの』
『呆れた?』
『怒った?』
『別れる?』
『なんでこんなことに』
『馬鹿は俺だ』
『しんじゃえ』
『うう、悲しくなってきた、寂しい』
『電話、なんて謝ればいいんだ、電話できない』
『俺、どうして外に出ると上手くいかねぇんだ』
『俺のイメージ像みたいのがあって、それとズレると、俺』
『でも俺、吉澤のことは』
『空気として生きたい』
その時携帯が震えて、心臓が跳ねる。ぱっと画面見ると、雄佐の名前。なんかガッカリしたようなほっとしたような気持ちで通話を押す。
『もしもし、未来?』
「ゆーすけ……」
『今暇?恋人と一緒?』
「一緒じゃない、ひま……」
『じゃあ俺ん家来ないか?チキンとか買ったけど、予定なくなって』
「ゆーすけ……」
『ん?なんだよ?』
「俺、もう空気になりたい」
『はい??』
「人間はもういい」
『(何の話かさっぱりわからん)』
「人間はいやだ。もう人間やりたくない」
『なんだよ、何かあった?』
「何もないことにキレた、理不尽に」
『よくわかんないから、暇なら来れば?』
「行く、ゆーすけ、ごめん」
「アホか、未来ひどいなそれ」
雄佐の家の炬燵にあたる。事の次第を聞くや、雄佐はそう切り捨てる。
「うう、ううう、俺が一番感じてる事をぉ、ううう、俺馬鹿だからこういうことで愛を計りたがるんだよぉ」
「馬鹿とか関係なく、そうやって試すとこ感じ悪い」
「ああああー……」
なんでこんなことしたんだろ、俺はなにがしたかったんだろう。
「証明」
「うん?」
「付き合ってるって、そんな、証明が欲しかったんだ」
「本当に馬鹿だな」
取り分けられたチキンを前に、何の欲も湧かない。炬燵毛布を肩まで持ち上げる。隙間寒い。
「今までは、カップルっぽいで我慢出来た」
「うん」
「でも、どんどん欲って出てくるから、ぽいじゃもう我慢出来なくなって」
「うん」
「わかんねぇ、どうしよう、もう駄目かもしんない、どうしよ、う、俺、もう……」
「……」
どうしよう
side:吉澤
「本当に帰りやがった……」
一人残されて、すぐに追っかける気にはならなかった。怒ってとかではなく、かなり独善的な意味で。
ぼちぼち帰路につき電車に乗りながら、一人回想する。
『昨日のあれ』
『あれで思い出したけど、みくは見た目がすこぶるいい。顔もスタイルもいい』
『そりゃあモテるわな』
『あの時、なんか、いつか俺見向きもされなくなる時が来るんだろうなぁって思った』
『なんとなく、その反応がみくの機嫌を損ねたのは分かる』
『でもさ、それさぁ、俺が怒って、でも、それに見向きもされなかったら』
『立ち直れない、痛すぎる』
『だから知らぬ存ぜぬ見ざる聞かざる言わざるでいたいの、ダメージを最低値にしたいの』
『女の子の誘い受けながら、こっち何度も見てた。あんなわかりやすかったのに』
『止めてあげれば良かったのか』
『駄目だ、なんか考えるのしんどい。ちょっと頭休めよう』
そんな時、電車に見知った顔が乗ってきた。ひっでークマと落ち込んだ顔、ひでぇなこれ。
「清くん」
「あ、吉澤さん」
「どこ行くの?時間あんなら茶しばこうぜー」
「…………飲み会までけっこう時間あるし、大丈夫です」
はーあ、クリスマスだってのに、なんで俺の周りはこんな辛気くせぇんだ。俺が辛気くさいからか?引き寄せの法則ってこえーな。
「マジか」
「マジです」
「あー……なんつーか、あー、残念だったな」
「本当、もう、やりきれないというか、なんというか」
近場の店に入り清くんから聞いた話はあまりにも散々だった。俺専門だったからわかんねぇけど、大学生って10何時間も学校に拘束されんの?すげーな。
「つか清くん、それで酒飲んだら本当に危ない気がする」
「まぁ、そこは適当に」
「薬とか栄養材のんで酒飲むと回るぞ?」
「ですよねー……」
「なんか、なぁ……」
隣で珍しくしゅんと肩を落とす清くん。いつもは俺にあんな冷たいのに。
……あーいいや、なんかさっきから、辛気くさい、だるい。せめてここくらいハッピーにしてやっかな。テーブルの上にあった清くんの携帯をそっと取る。ロックもなかったので、着信履歴の一番最初にコール。
「もしもし、私、川本の兄でございます。××様の携帯電話ですか?」
「(ちょっ!?)」
「いつも弟がお世話になっております。ええ、ええ。それでですね、このように突然お電話させて頂いた件なのですが、ええ、ええ、そうです、そうです。弟がそこまで今日に拘った理由なんですけども、実はですね、遠方から祖母が来ておりまして、明日には帰ってしまうんです。ええ……。弟もどうしても抜けられない、ゼミ長の××様にご迷惑はかけられないと言うんですが、今日弟がいないと知ると祖母がとても、その、悲しんで……。こんなことを、兄の私がお願いするのは、大変恐縮ですが、……何とか、何とか今日、弟を、欠席に、家に置いてやってはいただけませんか?弟はいつも家で××様のことを話していて、頼りがいのある、とても尊敬する先輩と……」
「(息をするような嘘だ……)」
くどいくらいお礼を言って、電話を切る。それを清くんにパス。
「ゼミ長がいいように取り計らうってよ」
「す、すご、あ!ありがとう、ございます、すみません、お礼」
「いいって。よし、俺も行こう。さっさと行ってやれよ」
side:雄佐
今にも泣き出しそうな未来を前に、もだもだ俺は声をかけられない。自分の寂しさもあって、悲しくて目が熱くなる。どうにかしたいと未来の手を握ると、痛いくらい握られてて冷たかった。
携帯が鳴る。なんとなく出にくくて、ほったらかしてたら未来が顔を上げた。
「……出れば」
少し迷ってから、通話を押す。
「……ん。はい、もし『ゆう!?』
きよくん
焦ったみたいなきよくんの声に心臓が跳ねる。なに、事故?事故?
「えっきよくん、なんか、なんかあった?」
『今日会えることになった!』
「えっ、えっ、え、だって、だって、飲みがあるって」
『休める。休ませてもらった』
「そ、なの?っ、うれし、も、年内会えないんじゃないかって……」
『うん、俺も嬉しい。良かった、やっとゆうと会える』
「うん、うん……駅まで迎え行く、チキンもケーキもまだあるよ」
さっきまでの寒々しさから一転、携帯を切ると、ドッドッって血流が良くなって、全身ポカポカしてくる。きよくんすごい、もはや民間療法だ。
そんで振り向くともう未来はコート着てた。あ、聞こえてた。失敗した。
「俺帰るわ」
「あっ、送る」
「いい」
「俺も駅まで行くし、途中まで」
「……ん」
side:清
「きよくん、迎え来たよ!おかえり」
「ただいま、ありがとう」
「よ、吉澤、な、なんでここにいるの?」
「清くんの恋人一目見ようかと。いやそれよりみくこそなんでいるの?」
俺と吉澤さんが駅から出ると、ゆうと未来がいた。未来といるって言ってたな、そう言えば。
その未来と吉澤さんは何故か、知り合いっぽくて。
「未来と知り合いなんすか?」
「えっ!あ……」
何気なく聞いた一言で、なぜか周囲の空気が凍る。え、えっ、ごめんなさいごめんなさい、え?なに?なんか不味かった???
露骨に慌ててる吉澤さんと、何故か死にそうに泣きそうな未来と、それを見て悟ったのか不安そうなゆう。待って待って待って、俺、そんなひどいこと言ったか?え、ごめんなさい、ついてけない。
「……あー付き合ってる」
照れたみたいに吉澤さんが言うと、未来はふらふらこっちきて、その胸に頭くっつけて
「ご、ごめんなさいぃ、ごめんなさいっ、俺が悪かったです、ごめんなさい……っ」
泣き出してしまった。
俺とゆうはびっくりして慌ててたら、吉澤さんが未来の頭ぽんぽんしながら、こっそり俺に手を振ったので、俺はゆうを連れて家に帰った。
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