分割
1 2 ぼんやり、自分の部屋でパソコンを眺める。人差し指でぽちぽち検索バーに入力した。
ビッチ 中古|
かちっ、
出てきたサイトを上から眺める。いろいろと貞操についての意見が羅列されていた。
「処女でなくてもいいけど、ビッチはいやだな」「ビッチと新品なら新品のがいい、当然。」「正直すきな子ならビッチは無理。他の男がとろとろなとこ見てるんでしょ?」「特別になりたくて恋人になるのに、過去股ゆるゆるだったら特別の意味ねーじゃん。」
「…………」
…見なきゃ良かった。
机に顔を埋める。俺に(というか男に)言ってることじゃないのは、わかるけど、胸に突き刺さる。
「うう………」
さらにスクロールする。
「ビッチなの大丈夫って気にしてないふりしてるだけだろ」「大概はな。一部の変態か大聖人以外。」「床上手なのと足開くの早い以外メリットないしな」
「うううう………」
またも机に突っ伏す。俺は、先輩といっぱいしてて、先輩の友達とも知り合いともしてて。経験の人数で言えば、きよくんとは多分桁違いで差がある。
「あ"ー……あああーー…」
そうは言ったって。俺だって、俺だって言えた立場じゃないけど、きよくんの、初めて欲しかった。初めて見てみたかった。俺の知らないこと知ってるきよくんの前カノみんな嫌いだ。
自惚れじゃなかったら、きよくんだってそう……。きっと。
「あ"ー考えたくない考えたくない考えたくないーあ"ーあーあー…」
外とか空き教室とか部室とか、そんなとこでしたこともある、変なの突っ込まれて電車乗せられたこともある、カラオケ行ってもいつもフェラしかしてなかった、他にも、いろいろ。あんね、カラオケでエロいことすると追い出されるけど、歌ってると何とかなったりしたりして、はは。
「さいてーだ…」
きよくんが過去にこんなんしてたら、…考えるだけで胸糞悪い。どうやったって、なにしたって、こればかりは取り返せないしやり直せない。俺が股ゆるゆるのビッチであった事は揺るぎようがない。
「…頭いたい……」
どうしたらいいんだろう。俺はどうしたらいいんだろう。いやな想像ばかり頭に浮かぶ。きよくんがいなくなる、きよくんから軽蔑される。失望されるのが怖くて、息をするのもままならない。ああなったら、こうなったら、考えるだけで鼻の奥が痛くなる。恐いよ、きよくんに会って否定されるのが、恐くて堪んないよ。
あああ、こういう時こそ、エッチしたい。何も考えたくない。
「………」
セックスしたい。セックスしたい。セックスしたい。セックスしたい。セックスしたい。それが、ダメなのに。
エッチだけが俺を評価してくれる。エッチしたら褒めてもらえる。
エッチだけが何にも考えなくしてくれる、エッチだけが生きる元気をくれる、エッチだけが安らかに眠らせてくれる。
最近はしなくても眠れていたけど、しかも幸せに眠れていたけど。
「あぁあ………」
顔を覆う。こんなことばっかりで、本気で会わせる顔がない。こんな俺じゃ、きよくんに何も与えてあげられない。会いたい、会いたい。初めて好きで好き合えた、こんなことってあるんだって思って。嬉しくて幸せで、たまにご飯も喉通らなくて。本当に幸せにしてあげたいと思って。
「消えてなくなりたい…」
だからこそ、本当に俺をやめたい。生まれ変わりたい。美少女になってきよくんを迎えにいきたい。粉々まで自分をやめたい。もっと、もっと、きよくんに愛されるに足る人間になりたい。それまで会わせられる俺なんか。
オーバーフローで痛む頭を抱えて、俺は新しくキーワードを打ち込んだ。
「あ、の…雄佐の友達…だよね?」
教室を移動しようとしていたイケメンに話しかける。ゆうは何て言うか、こう…ボケたイケメンだから話せるが、こんな普通のイケメンに話しかけるのは何故か緊張する。
「そうだけど、なんか用?」
イケメンはそう腰かけたまま、こちらを見る。カールされたショートの黒髪は優しげで、体もすらっとしていて、ゆうとはベクトルが違うが確実に女子に人気がありそうだ。
「うん、今週雄佐と連絡とれなくて、何か知らないかと思って…。」
「ああ!いや、俺にも連絡来てない。何なんだろうなぁ…あんな連絡マメなのに…」
そう伏し目がちに彼は携帯を見つめた。俺と同じように心配に思っているみたいだった。
ゆうはここ三日か四日ほど連絡を寄越さない。こっちからいくらかけても繋がらない。それくらい普通かもしれないが、マメなゆうには珍しかった。
「あれ?サークル仲間とか?」
「え、あ、俺?あー…んー違う。かな。」
「どっちだよ、ははっ。」
俺が彼氏ということを言い淀む。どうやらその躊躇いがツボに入ったようで、目の前のイケメンは軽く笑った。笑うとさらに幼く見えて、背は高いけれど少年みたいだと感じる。
「あ、名乗るの忘れてた。俺、川本清。なんか、こう…うーん、雄佐の知り合い…。」
「ふふっ、ふーん。へぇー。俺は杉崎未来(みらい)。雄佐はみくとか呼ぶけど、適当に。」
「うん、よろしく。」
なんだかんだ自己紹介して、一拍開く。未来はまた携帯を見つめて話しかけてきた。
「雄佐ん家行っても出ねーんだよなぁ…。清は行った?」
「え、あー…その…」
「何?訳あり?」
そう、本来ならゆうの友達に聞くなんていうまだるっこしいことせずとも、家に行けば確認出来る。
「…行ってない。」
でも行けなかった。
『それ以外わかんないし……』
その一言が自分で思った以上にダメージだった。お互い、過去のことは見ないように、聞かないように、気を遣っていたと思う。それが初めて綻んだのは、意外だけどあれが初めてだった気がする。
『それ以外わかんない』
レイプ以外わからない。その言葉がじわじわと心に落ちていった。
それから、思ったこと。第一に、とてもかなしい(どの漢字を当てるべきか悩む)と思った。それと同じく、そんな闇を持ったゆうを支えてやれるだろうかという戸惑いもあった。
…もっと正直に言う。誰にでもなく腹も立てていた。果たして俺はゆうの気持ちに届いているのだろうかと漠然と思った。それから、俺で先輩をなぞっているのではないかという嫉妬もあった。ゆうがたまに見せる男を知った仕種も、仕込まれたものというのも苦しかった。
こんな過去のこと、ぐちぐち言いたくない。それにゆうにもどうしようもない事だったのだし、もっと悠然と構えて受け止めてやりたかった。
でもまだ無理だった。自分の器の小ささに嫌になる。俺の気持ちで一番先行したのは、俺が大事にしているものを踏みにじられたような苛立ちだった。
ゆうは今でもセックスする時に、俺が次にしたいことを察知して動こうとする時がある。そういう仕種ひとつひとつに、男の影がちらついて、かなしくて、かわいそうで、…悔しかった。
だから、まだどうしても冷静に会える気がしなくて、こうして手をこまねいている。
「喧嘩でもした?顔恐いけど。」
「あっ、いや…」
「だったら清も雄佐ん家行こうぜ。雄佐も清いたら反応するかも。」
「わ!待っ!!」
と、思索に落ち込んでいったところで、目の前のイケメンが急に立ち上がる。何事かと理解する前に手を取られ、引き摺られた。
「待てって!!俺は…、まだ、会えない…。」
「何、まだって?いいじゃん、会ってすっきりしようぜ。」
「だからっ、」
冷静でいれるか分からない。ここまで大きな嫉妬心を抱えたことがないから、自分がゆうにどう行動するか全く予想出来なかった。胃が痛い、ああ、会ったら先輩ぶっ〇したくなるかも。そんな事を口走るかも。
「無理だ!俺は、」
「俺経由でも雄佐と連絡とろうとしたって事は、めちゃくちゃ心配なんだろ?なら大丈夫だって。雄佐チャラく見えるけど、そういう真面目なのには真面目に応えると思うし。」
黙々と手を引かれ、バスに乗った。そう独り言みたいに言われて、ぐっと反論に詰まる。
そこで気付く。恋人と連絡がとれなくなったのに、心配以上に他の感情が先走っていたことに。あー…心底自分が嫌になる。
「本当にさいてーだ…」
「何さ?どうしたのマジで。」
未来に心配されながら、バスの窓に額を寄せる。色んな感情が混ざりあって、胃がきりきりと軋んだ。
『そういえば、電話こなかったの初めてじゃないか…』
『あ、メールだって…』
『もし、もし、何か思い詰めてたら…』
「…」
「大丈夫?マジで大丈夫?」
やっと追い付いた心配は、思考全てを支配する。ぶるっと震えが走って、バスが遅くてどうしようもなく感じた。膝の上で強く手を握る。
頭の中はしっちゃかめっちゃかだったが、今はとにかく、会いたい、会って無事なのを確かめたい。その焦る気持ちでいっぱいだった。
ゆうの住むマンションに到着し、エントランスに入る。ゆうはそれなりに裕福なのか、セキュリティのしっかりしたとこに住んでいて、オートロックが完備されていた。
「清。雄佐って何号室だっけ?」
「701」
「はや。」
エントランスで未来に部屋番号を押してもらい、ゆうを呼び出す。チャイム音が響くが、誰も出なかった。
「…まじか。って清!どこいくの!?」
「………」
いてもたってもいられなくて、エントランスを出る。裏手に回ると駐輪場と一階のフェンスが見えた。
「ま、まずいって清!セコム!セコム的なの来るから!!落ち着け!」
「ちっ」
フェンスを乗り越えようとすると、未来がしがみついて止めにかかる。確かに見つかれば一発で通報されかねない。時間が勿体無い。
「………」
「清、明日来よう。明日だめだったら警察行って…」
明日じゃだめだ。フェンスに凭れて、侵入する方法を考える。誰かと入れば、エントランスは抜けられる。それでも部屋の前まで行けば開けてもらえる可能性が上がる訳ではない。
「………」
「清…。」
ずるずると、腰を地面に下ろす。途方もない焦燥感で、息をするのもしんどい。ふ、と、運命としか言い様のない風を感じて、横を向く。そこはエントランスを表門としたときの裏門、駐輪場に面した側に住む人に便利な簡易な出口だった。
「………ゆう。」
「え?あ!!!本当だ!」
そしてそこに大きなスーツケースを引きずるゆうが、丁度姿を現した。裏門で警戒してないのか、俺達には気づいていなかった。
「ゆう!!」
認識と同時に走る。ゆうがこちらに気付いて驚いた顔をした時には、もう抱きついていた。
「え?え、え、きよくん…?え、なんでここに。え、どうして…?」
「………」
首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。嗅ぎなれた甘い香りでいっぱいになる。おずおずと背中に手が回された。あれほど感じた胃の軋みが和らいでいく。
「…どこ行くつもりだったの?」
「………」
「……会いに来なかったから、もう俺がいやになった……?」
「違う!そんな訳…っっ」
このスーツケースを見るに、海外か長期滞在の旅行らしい。俺には何も聞かされていない。耳の下に鼻を寄せると、ぴくりと反応した。あれほど混乱していた思考が緩やかに纏まっていく。
「………っ、きよくんには、まだ、会えなかったのに…、」
「…なんで?やっぱり、俺があんなこと気にしたから……」
さっきまで俺もまだ会えないとか言ってたのに。すでにもう離れたくなかった。腕に力を込める。その時思ったのは大袈裟だけど離れたくないだった。そして意外にも危惧していた苛立ちよりも強く思った。…どこ行くつもりなんだろう、離れなくていいなら、嫉妬も受け入れられるように努力するから。
「…まだ、修行が足りないから。」
「「………は??」」
そういや忘れてた未来と一緒に間抜けな声を上げる。しゅぎょう…?修行って、修行…???チャクラ貯めたりする……???針の上歩いたりする……???俺の予想、一位海外に気晴らし、二位実家、三位(ごめん…)先輩のとこ………ランク外修行………。
「…あの……修行というのは…」
混乱しながら問うと、ゆうは涙まじりに話始めた。なんかまた頭ごちゃごちゃしだしたぞ。
「……っ。俺、きよくんに、きよくんに、見合う人間になりたくて…っ」
「う、うん。」
「だから、だからもっと、もっと、ちゃんとした人になろうと思って、滝に打たれて煩悩を滅して、きよくんに少しでも、近づきたくて…。」
「「滝に!??」」
予想だにしなかった滝に、俺と未来がまたもハモる。ゆうは変わらず俺の肩に顔を埋めている。俺に近づきたい辺りは嬉しいが、それを勝る滝のインパクトに喜べばいいのか笑っていいのか、真剣なゆうの声にとりあえず黙っていた。
「でも素人に滝行させてくれるとこって中々なくて…だから最近事前講習的に山で修行してて…」
「あっ!それで連絡つかなかったのか!!」
「えっ!あ、ごめ、連絡すんの忘れてた…。そんでやっと一時帰宅できて、これから滝に打たれに行くとこだったのに…」
そう肩ですすり泣かれる。
はは、ははは、はははは。ゆうには悪いけど、何かすっごく気抜けた。さっきまでの胃の痛みが、逆に胸いっぱいに押し上げてくる。
俺の為に滝に打たれてくれるんだって。滝行、しかもこの季節。ほんっと…、頭悪いなぁ、はは、嬉しいなぁ、馬鹿だなぁ。…なんかもうそれだけでよくなっちゃった。だって俺が知ってるゆうはこんなんで、俺だけが知ってる。俺だけの特別だ。もう何の文句も特にない。
「…滝行なんて危ないよ、本気で。行かないで。」
「でも、おれ、まだぜんぜん、修行、駄目で…。もう、きよくんに会ったら、いっぱいしたいこと出てきちゃっ、た…
…ちゅーしたいよ、エッチしたいよ…っっ!まだぜんぜん、ぜんぜん、…っ!
ビッチのまんまで……!汚いまんまで……!」
「………」
一旦ゆうを肩から外す。鼻まで垂らして号泣してた。頬を両手で挟む。修行のせいか、手触りは悪くなっていた。
手を離し、もう一度挟むように叩く。
「いっ!」
「あほ。そんなんで滝浴びんな。」
「え、え、でも、」
ぽかんとした顔をして、ゆうはこっちを見つめる。
「別に他人のナニくらいじゃ、何も汚れないし。それが何本でも、何十本でも。
…あの、流石に、全く気にならないって言ったら、その、あれなんだけど…。」
「……あれ?」
ごめん、さっきの嘘。…やっぱり、まだ全部受け入れるのは、無理だ。何か自分の心の狭さを吐露するようで、すごく恥ずかしい。
「あー…くそ、かっこわる…。その、あの、ゆうのとろとろなとこ、他のやつが見てるのは、その、う…正直、くやしい、めっちゃ悔しい。
でも汚いなんて思ったこと一度もないから。」
「……」
「だって俺の知ってるゆうは、デートの30分前来たり、弁当交換したがったり、バイト迎えにきたがったり、…………滝打たれたがったり…、すっごく一途で真摯だった。俺はそんなゆうが好きだから。
だから、俺は気にしない。気にしないようにする。ゆうも気にしない、もう昔のことじゃん。」
「…」
「…まだ滝行行く気なら付いてく。やっぱり危なすぎる。」
「………」
ほとんど勢いで話した。挟んだ頬の熱が上がり、またゆうの目からころころと涙が溢れる。ゆうの額に額を合わせる。えずくほど泣きながら、ゆうは喋りだす。若干なぜか切れていた。
「ぎよぐんはぁっ!おびどよじすぎる!なんだよぉ!なんなんだよぉっっ!」
「なに、嫌になった?」
「あほかぁっっ!惚れなおじだぁ、もう絶対なにがあっても別れてやんないからぁっ!絶対まとわりづぐっ!死んでも一緒にいるっっ!
絶対俺にはきよくんしかいないから、きよくんしかいないからっ!きよくんにも俺しかいないからっ!」
マフラーを掴まれ、引っ張られる。歯がなる。首に手を回され、キスされた。あ、
『俺帰っていいかなぁ…。』
ふと、視線を上げると死んだ魚のような目の未来がいた。
全身から冷や汗をかきながら、ゆうを引き剥がそうとするが、がっちり首押さえられ抜けれない。未来は俺が悪戦苦闘してるのを見て、そーっと帰ってった。
…あああ、あ、ああ……!
雄佐のマンション前から抜け出し、バス停で一人佇む。
…雄佐、清にめちゃくちゃキスしてた。そういやこないだデートとか言ってたけど、まさか相手って清?え、てか清は彼氏なの?結局俺カップルの揉め事巻き込まれた??しかも何か解決した感じ???
きょろきょろ…周り誰もいない、よし、電話しよ。
「もしもーし、何、みくちー。」
「おい吉澤。アナル詳しそうな人材を見つけた。…今後アドバイスが期待できるかもしれない。」
「おお!やったー全裸で待ってる!!!」
「うむ!待ってろ待ってろ。」
つづく