犯罪感


エロなし



 部活の先輩兼恋人は校則違反のミルクティ色の髪をしてる。触ると怒るけど、猫っ毛でなかなかさわり心地いい。背も高くてけっこうモテる。
 こう見えて一年エースの俺にはやっかみも多いけど、先輩はそういう理不尽は言わない。でもつれない。

 「うぜぇ」
 「きもい」
 「さわんな」

 だいたいこれが返答で、俺はいっつもつまんない思いをしてる。でも俺はその真っ赤になった顔とか伏せられる目とかちらちらこちらを窺う視線から、それが本心じゃないって知ってる。
 スクールバックを担ぎ直すのは、手を繋ぎたいからって分かってる。



 「くそあちぃな、太陽殺してぇ」
 「是非俺の分も頼んます」

 その日はうだるくらい暑くて、土曜の部活帰りの中、地面を焼く太陽を呪っていた。

 「あっちぃ…」
 「…俺ん家で涼んできます?今日から親旅行行ってるんで。先輩んとこも旅行行ってるんでしょ?」
 「………」
 「ねぇ」

 下心満載の誘いに、先輩は唇を尖らせて一瞬考え込んだ。指先に触れて引っ張る。それからためにためて、

 「…おう」

 許しが出た。変に沈黙が流れて気恥ずかしかったけど、うかれながら足を進めた。


 「あ」

 それで、俺の家の信号二つ前。そこで、大きなクラクションがなる。見ると、車道に子供が飛び出していた。考えるより先に体が動くタイプだったのか、俺は子供を抱えて、あ、。

 「っ馬鹿野郎!!」

 腕を引かれた。


 車の過ぎる音が聞こえ、目を開ける。腕の中には怪我のない子供がいた。一先ず息をついて、すぐに息を飲む。俺の腕を引いてくれた先輩が、歩道に倒れていたから。俺を引いた反動と重みで倒れたとすぐに連想できた。

 「せ、せんぱ、せんぱい、ね、ねぇ、先輩…?」

 起き上がらない先輩を恐る恐る揺さぶる。こんなにも暑いのに鳥肌が立つほど、冷えきっていた。揺すっても揺すっても反応は起こらず、耳の奥がざぁざぁと音をたてる。

 「ん…」

 震える指で携帯に、110か117か119かなにか叩いていたとき、先輩は声をあげた。携帯を片手にじっと見つめると、先輩はゆっくりと立ち上がり、頭を擦った。

 「…っ!せんぱ、」
 「………おにぃちゃん、だれ?」

 おにぃちゃん?

 「おにぃちゃんどうしたの?お腹いたいいたい?おれ、なでなでしようか?あっ!ぼーる!ボールあるよ、ボールする?」

 ぽかんと口を開けたままの俺に、先輩、せんぱい??は捲し立てる。先輩は部活から持ってきていたボールを手にはしゃいでいる。その表情は普段のぶっきらぼうなものから想像できないほど、柔らかい。混乱を悟られないよう子供に話すように切り出した。

 「…ありがとう。お腹いたくないよ。ええと、なに君かな?」
 「りょーへー。りょーくんっ。」

 満面の笑顔でピース。混乱しつつも、話を汲み取る。

 「そっか、りょう君。えっとー…どうして今ここいるか分かる?」
 「わかんない。気づいたらおれ、ここで寝てた。おにぃちゃんがおれのこと呼んでて、で、おきなきゃっておもって。おにぃちゃんは何おにぃちゃんなの?」
 「冬彦。冬彦おにぃちゃん、だよ。りょう君、」
 「ふゆにぃちゃん、へへ、おぼえたぁー。」

 …とりあえず、先輩がおかしいのは分かった。従順で舌ったらずな先輩という、犯罪感にズキズキ良心が痛む。

 「りょう君、りょう君はちょっと具合悪いみたいで、でね、病院に行こうと思って…」
 「びょーいんっ!?びょういんやだ!やだ!ちゅうしゃや!や!」
 「注射しないよ、ちょっとだけお医者さんに、」
 「や!や!おいしゃやら!ふゆにぃきらい!おいしゃやー!やーあぁ!」

 そういって先輩は泣き出してしまった。頭打ったせいだろうから、CTとか撮ってほしいだけなのに、と狼狽えそうになる。ぐっと抑えて、先輩を抱きしめる。

 「りょう君」
 「や、やなの、おいしゃ、」
 「俺も一緒に行くから、お医者いってほしいな。あとー…、んっと、お医者行ったら、ケーキ買ったげる!」
 「けぇき…」

 ぐずぐずとぐずる先輩をあやして、携帯を手に取る。救急車か、タクシーか。救急車のがよさそうかな、これは。ぐずってた先輩がくいくいと服を引っ張る。ティッシュで鼻かんでやった。

 「ふゆにぃ」
 「ん?」
 「だっこ。だっこしてくれたら、おいしゃいく」
 「お!よしよし、りょう君えらいな。」

 おりこうさん、とほっぺにキスすると、照れたようにすりよってくる。

 「ふゆにぃ、ちゅーした…」
 「ごめんな、やだった?」
 「んーん、ちゅうすき。あとだっこ、だっこはやくー」

 地面に座って胡座の上に先輩を座らせる。さすがにガチのだっこは体力的に怖い。

 「ふゆに、ん。」
 「ん。ってなに、飴ちゃんほしいの?」
 「んーん。ちゅう。ちゅうして。」

 だっこされながら、こっち向いて目閉じる先輩。先輩の外見で、中身は従順な幼い子供…俺のせいにも関わらず、無意識にときめいて申し訳ない。この行動思い出した先輩に殺されないよう祈る。

 「おまたせしました、頭を打った方というのは…」

 そこで呼んでいた救急車がやってきた。やべぇあぶねぇとこだった。先輩がぎゅっと俺にすがり付く。

 「ふゆにぃ、」
 「よし、行こう。だっこしたもんね。りょう君。」
 「ふゆにぃもいっしょ?ふゆにぃもくる?」
 「一緒。一緒に行くよ。ほら、救急車。一緒に乗ろう。」

 救急隊員は、尋常でない先輩の様子を見て、悟ったように誘導してくれた。救急車に乗り込んで、ようやくほっと一息ついた。








 「…はぁ」

 病院で告げられたのは、恐らく頭を打ったショックによる幼児退行ではないかというもの。頭に異常は見られなかったから、しばらく様子を見るようにとのこと。
 病院の待ち合い室でため息。こんなことになってしまうなんて、自分の突発的な行動を恨む。先輩の両親に報告しようにも、先輩の両親は携帯置いていってるし。

 「ふゆにぃ、」
 「ん、ああ、りょう君。」
 「けぇき。けぇきまだ?」

 こてん、と俺の肩に頭を乗せて、上目遣い。あざとい、いや、この人、中身は子供だから仕方ない。とりあえず人の目のあるところでどうこう出来ないので、先輩の手を取って病院を出た。

 「あーるーこぉーあーるーこぉー」
 「私は元気ー」
 「どんどんいーこーおー」

 普段なら絶対手なんて繋げないのに、病院が終わってごきげんな先輩は鼻歌まじりに繋いだ手を振る。

 「ふゆにぃ、ふゆにぃ。」
 「なーに?」
 「ふゆにぃって、すきなこいるー?」

 地味にきつい質問を振られる。前を向いたまま、適当に受け流した。

 「りょう君かなー」
 「ほんとー?やったー!おれもね、おれもね、ふゆにぃ、すきー!」
 「………」

 初めて先輩に好きって言われた。見た目は先輩のままだから、もしかして本当の先輩の本心とかだと期待してもいいんだろうか。







 「けぇき!けぇき!」
 「あーだめ!手洗ってから!!うがいも!」

 近所のケーキ屋で、ショートケーキとチーズケーキを買って、ようやく俺の家についた。早くもケーキを開けようとする先輩を制して、洗面所に連れていく。

 「手あわあわにして、指の間もきれいにね」
 「んー、ふゆにぃーあわあわー」
 「うまいうまい。」

 手を洗わせてる間、お金を表すみたいに親指と人指し指で丸つくって、息を吹き込む。

 「しゃぼんだま!ふゆにぃ、どうやったの!すごい!」
 「ふふん、すごいだろー」

 泡を洗い流して、コップを渡す。先輩はやだやだと頭を左右に振った。

 「ぐちゅぐちゅっぺやだ、鼻がつーんてするんだもん、ぐちゅぐちゅごっくんしちゃうし」
 「ぺっすれば痛くないから。はい、あーん」
 「やーんくんく、ぐちゅぐちゅ、」

 ずっとぐちゅぐちゅと口に含んでるので、ぺっとさせる。手洗いうがいだけでどれだけ時間かかるんだ。

 「けぇき!しろいの!しろいの!」
 「はいはい、お茶がいい?」
 「じゅーす!」
 「ないから麦茶ね。」
 「えー、麦茶かぁー」

 文句言わない。





 ぽろぽろ溢すの見ながらご飯食べて、大騒ぎしながらお風呂入って、はりついてくる先輩と一緒に寝た。そんで朝の6時唐突に先輩は俺を起こした。

 「ふゆにぃ、ふゆにぃ」
 「…ん?……なに。」

 子供ってなんでこんな朝はぇえんだよ、と思いながら目を擦る。先輩は赤い顔して涙を目に浮かべていた。

 「ちんちん、ちんちん、へんなの」

 そうやって見せてくれたのは、朝勃ちしてる先輩の。俺の部屋着を着て、困ったように勃起ちんこ見せてくる。…俺は、試されている。俺の倫理と、常識と、その他ありとあらゆる世界の責任を…。深呼吸して、先輩の肩に手を置く。

 「…変じゃないよ。みんなたまにそうなるよ。」
 「そうなの?でも、でもこれ、へんな感じ。ちんちん、あっつい。きもちわるいよ。」

 先輩は泣きそうになって、俺に擦り付けてくる。俺の上に股がって、俺の寝間着に、それを。
 俺は、俺は。
 あーもう。


おわり



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