同族嫌悪


※若干胸糞系


 「おねがい、おねがい、せんぱ、行かないで、行かないでっ」
 「うっせぇ泣くな」
 「俺も、俺も、連れてって、俺、高校、やめっから、一緒に、東京、」
 「ついてくんな」
 「先輩、」
 「うざってぇ。お前はお前の人生しっかり考えろよ、お前の人生だろ?」
 「ねぇっすよ、おれ、先輩しか、先輩しか、ないのに、っ!」

 蝉の声がうるさい田んぼ道で、俺は割れそうな頭を抱えて泣いた。全部、田舎が悪いんだ。もっと数分おきに電車が来て、ジャスコ以外にも行くとこあって、働くところもあって、そうしたら、先輩はきっと。

 「俺はお前なんかいらない。グズ。」
 「捨てないで、すてな、いで、ください…」

 俺も、くそみてぇなこの山奥のド田舎も、捨てられることはなかったんだ。






 それから二年後。
俺は東京にいた。巨大な郊外型家具店でソファーに腰掛けていた。待ち飽きて、真剣にソファーの色を見る男に声をかける。

 「竜久。」
 「あ、ごめんなぁ、まだ、考え中。俺なー、俺なー、このソファーいいなぁって思って。これで、二人でご飯、食べるのとか、テレビ見るのに、ぴったりじゃん?これに合わせて、ローテーブルとー、あとー」

 竜久はそう言って、楽しそうに笑った。これからの新生活に胸踊らし、二人の家具を選んでいる。俺はそれを他人事のように見ていた。竜久は、俺のルームシェア予定者で、それから、先輩の、弟だ。
 大学進学を期に東京へ出た俺らは、家賃も安くなるということで、二人で住むことにした。他人と暮らすというのに抵抗はあったが、先輩のいる東京に出るには致し方なかった。

 「あんな狭いリビングにソファーなんかいらねぇだろ。」
 「いるしー!家にソファー来て便利さに驚いても、優乃は使わしてやんないからなー。」

 …竜久は先輩の弟だけど、あまり似てない。二人とも顔はどえらいいいが、先輩がキツい美人系だとしたら、竜久は甘めである(男にこの表現もどうかと思うが)。
 先輩より黒い部分が多い目とか、先輩のド金髪に対し、竜久のホワイトブラウンの髪は柔らかく優しげだった。先輩よりも少し高い身長も、おっとりした雰囲気も、俺を刺激しなくて良かった。

 「テーブルだけどさー」
 「それもいらねぇだろ。」
 「…それはギャグ?ご飯どうすんのー?」
 「いいだろ、床で。」
 「あははっ、うっそ、ほんとにー?でもこのテーブル入荷待ちだから、しばらく床なんだけどー。」

 竜久は俺の隣に腰掛ける。香水なのか、紅茶のような香りが伝わった。竜久の頬に触れると、はしゃいでるだろう熱を持っていた。

 「…あと、鉢植え欲しい。」
 「鉢植え?食えるやつ育てるのか?」
 「だーもう…」

 結局その日はソファーとテーブルを頼み、ペアグラスとカーテンと、やたら赤い花の鉢植えを買った。





 『お、俺、優乃の、その、冷静なとことか、線引いて中入れてくれないとことか、そのくせ、他人には適当に入ってくるとことか、すごく、気になる。』
 『はぁ…』
 『だから、その…俺は、俺、その、優乃のこと、好き、だから、その、その、だから、優乃のこと、知りたくて、もし良かったらだけど、その、俺と、その、その、』

 高校二年の終業式、竜久はそう俺に告げた。その時気づいた。竜久は先輩と何も似ていないが、一つ、似てるところがある。声、だ。しかも、疲れたり緊張してたりするときの、掠れた声。
 だから俺は竜久の申し出を受けた。






 「おかえりー」
 「あーまたカレーだ…。」
 「きょ!今日は!カレーチャーハンだし!!」
 「カレーだろ、それ…」

 そうこうして、二人で部屋をシェアするようになった。リビングダイニングと、小さな部屋二つ。ペアグラスと鉢植え。自分じゃ使わない洗剤、雑誌の積まれた棚。ご飯洗濯は当番制、掃除は各自。人と空間をシェアするのはストレスもあったが、他人のいる部屋に帰るのは新鮮だった。


 「………」

 ベランダで煙を燻らす背中を、リビングの中から眺める。なんの気なしに携帯を見るも、あるのは飲み会の誘いにゼミの事務連絡ばかりだった。無駄に長くて連絡先交換に難儀するメールアドレスを、俺は使い続けてた。


 「どうかした?」
 「なにが」
 「や…別に…」

 ベランダから戻った竜久が隣に座る。なんとなく気まずい空気が流れて、沈黙が続く。それを破ったのは、さっきまでベランダに出ていた冷たい足先を絡めにきた向こうだ。

 「あ、あのさ、明日一限、休講になったから、その、優乃がよければ、」
 「………」

 絡められた足の先から視線を竜久の首もとまで上げる。逆に言えばそこまでしか上げない。

 「わっ、ま、ソファーなのに、」
 「あーソファー便利だー」
 「んんっ、ん、あ…」

 ソファーに倒して、高校のクラスTを引き上げる。首筋に噛みつきながら、竜久の乳輪を指で左右に押し広げる。自然と立ち上がる色素の薄い先を指で潰して、反対も立たせて口に含む。

 「あっ、ん、や…」
 「…なぁ、ちょっといやがった反応してくれる?」
 「…は、どーいうプレイ…?へんたい…っきもい!」
 「いーかんじ…」

 目を閉じると、その掠れた罵声は、違う人のもののようだった。ぞわりと鼓動が急に跳ね上がって、気分が悪くて最高だ。乳輪ごとつねって、噛みつく。固い芯を捉える。

 「いっ!!いてっ、ばか野郎っ!」

 鼓膜が孕みそう。乳首つねると、中の芯ごりごりと触れて、いやらしい。下のジャージを揉んで、剥ぎ取る。ぷるんと飛び出てきたのに、吸い付いて引っ張り離し、繰り返す。離れるとべちんと竜久の腹に当たる。バネが内蔵されてるみたいだ。

 「あぁっ、あっ、あう、うっ、やめっ、」

 それからパンツを外して、ジャージを被せてやる。ジャージの内側のざらつくメッシュを赤く腫れるそこに、一擦り。竜久の足が切羽つまったように、空中をかき回す。

 「あひゃうぅっ、あっ、あぁっ、ずりぃっ、それなしっ、あっあっあっ!やめろよぉ!」

 逃げが入るのを無視して、先端にメッシュを擦りつけ続ける。動く喉仏だけ見つめていた。掠れた声がひきつっていく。次第に俺は妄想にどっぷりと浸っていく。

 「無理無理無理っ!あっ、あ"!!」

 呆気なくジャージを湿らしたのにま関わらず、容赦なく続ける。いっそ前より早く。滑りを帯びたメッシュに擦られ、声はまたとろりと甘く落ちていく。はっはっと、獣のような息が聞こえる。俺のか向こうのか。

 「む、りっ!あっ、くる!ま、また、イくぅ、優乃も、優乃も、一緒に、あ、変態、優乃っ、」

 そう言って、自分の穴を自分で開いて見せた。半透明のワセリンを垂らしてやると、期待なのか、中に引き込むように穴が締まった。

 「優乃っ、馬鹿、あほ、まぬけ、あっ、あっ!」

 これでも、俺の言った通り、なんとか悪口を言おうとしているらしい。それでこんな言葉しか出ないなんて、竜久はいいやつなのかもな、と可笑しくなった。

 「はっ、んんっ、あ、んぅ…」

 音を立てて指を抜き差しして、出入り口の緊張をほぐして、気分を盛り上げる。中を指で撫でるように、指を折り畳む。

 「ひっあ!くぅっ、あっ!あ"!」

 曲げた指を抜き差しするなんて、自分でも入って驚いた。いつもと違う固い関節の出入りに、一層声が大きくなる。太股をつかんで、自分のをしごいて押し当てる。

 「っき!あ!あ、すご、あ、馬鹿、馬鹿っ、あっ!あんんっ!」
 「っはー…」

 押し入った中で、目を閉じる。感覚を聴覚に集中させていく。安いソファーの軋む音と、掠れた竜久の声が脳内で反響して、色んな箍を掻き消していって。


 「あっ、あっ!あんんっ!変態っ、た、たんしょ、うっ、あっくぅ、あ、ばか、だめ、それ…」

 「気持ちわ、るっ、あん!童貞っ、やん!やっ、頭おかし、はぁっはぁっはぁっ!あっ!」

 「やだやだやだ、それはぁっ、壊れるっ壊れるぅっ!あっ!あぅっ!あっ!あっ!あっ!ばか、はげ、そうろ、っ、んくっ!」

 「はーっ、はーっ、こんなことしてっ、ただですむとっ、あぁん!あん!もっと、もっとぉ…っ!」

 「はぁっ、あっ!んひぃっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!ちんぽ、すご、っ、くはぁっ、あーっあーっ、へった、くそぉっ、あひぃあっ!あふぅ!う!」

 その罵声を、矯声を、脳内でサンプリングして拡散して。夢中で脳内を手繰る。健気な罵声を頼りに、何度も何度も、二年前を思い起こして、腰を振る。真っ暗の中、自分自身に催眠をかける。

 「あっ!あっ!あっ!も、だめ、だめ、くる!きて、きてぇっ!

 この、…グズ!」


 それは最後に聞いた、先輩の。
その時に全てはどうでもよくなった。


 「っ、あっ!先輩!…先輩っ!」

 間違えた。意図的かそうじゃないかは、自分にも分からなかった。どす黒い嫌な気持ちが満ちていた。

 「え…、あ、あぁあーっ!!あっ、あっ、中、なかにっ、え、なに、なんで、え…?」

 一息して顔を上げると、青ざめた竜久がいた。現実ってのは非情だ。そんで俺もたいがいだ。



*



 「あのさ、」
 「あ、あ、おれ、その、聞いてない、その、何も聞いてない、から。」

 風呂から上がって、リビングに行くと、竜久はベッドフォンしながら動画を見ていた。それを引き剥がして、こっちを見ない背中に勝手に話す。

 「…悪かった。俺、先輩のことが」
 「聞いてねぇ、聞いてないってんだろ!」

 パソコンを抱えながら、竜久は頭を振る。二年前の俺みたいに無様で、理不尽だけど、押しとどまることが出来なかった。同族嫌悪に他ならなかった。

 「ずっと黙ってたけど、」
 「やだ、やだ、もう、いわないで、おれ、俺は、もう…」

 震える肩を見ながら、俺の喉から鋭利な言葉は飛び出た。びくりと跳ねた竜久の肩はだんだんと下がって、震えなくなった。
 それから数分。無言の背中を見つめていた。俺は竜久に自分を重ねて、悔しくて、苦しくて、暴力的な気持ちでいっぱいだった。さらにそれから数分後、振り返らないまま、絞り出すような声が聞こえてきて、やはりそれは先輩のに似ていた。

 「…や、………き、きついや、やっぱり…ごめん、あ、あ、俺、俺は、俺、あ、その、あ、ちょっと、どっか、どっか、いってくる…」

 どこかって。と思う間もなく、竜久は飛び出していって、俺はそれを無気力に眺めていた。追いかけるなんて選択肢は毛頭なかった。






 それから一週間。竜久は帰ってこない。脆い均衡を自分でぶち抜いて、罪悪感すら現実的でない。
 ソファーに腰掛け、コンビニで買ったカレーを口に運んだ。ふと見ると、鉢植えの花はもう萎びていた。


おわり



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