奪う〜独占欲〜



優しい従弟は、誰にでも微笑む。
汚れのないその態度と人懐こい性格で、周囲の人間を魅力する。
自覚があるなら良いが無自覚であるから余計に性質が悪い。
彼が信頼されているのは解るが、どうしても納得がいかない。
夏侯淵の側にいるのは俺だけで充分なのに。
張コウや張遼まで夏侯淵の側で仲が良いのをアピールしているようで気に喰わない。
最近は二人っきりになる事は滅多にない。
同じ城にいるのにも関わらず、会うのは稀だ。
互いに仕事をして忙しいのは解るが。
ああ、淵に会いたい。
淵に触れたい。
そんな思いが夏侯惇の思考が頭の中でいっぱいになっていく。
離れた場所で夏侯淵が軍師と仕事をしているのを窓から見える。
「淵…」
ぼそりと夏侯淵の名を呟く。
幾ら仲間でも二人っきりなのが許せない。
他人に笑顔を向けないで欲しい。
そんな考えが浮かぶ程、自分は夏侯淵を好きだと自覚した。
もう、普通に従弟としては見れない。
彼を愛してしまったからだ。
「元譲…話があるのだが?」
曹操は夏侯惇に話掛けても上の空でまともに話を聞いてもいない。
「元譲、聞いているのか?」
「あっ、何だ孟徳?」
大きな声で改めて言うと夏侯惇はやっと返事を返した。
「何だではない。一体どうしたのだ、お主が上の空とは珍しい…」
雨ではなく槍が降るのではないかと思う程に珍しい姿を曹操は垣間見た。
「いや、淵の事を考えていた…」
「妙才がどうした?」
曹操が夏侯淵の字を呟くと夏侯惇の眉がピクリと動いた。
「淵の事を想うと胸が痛む。どうしたらあの純粋無垢な彼を自分のものになるかと考えると止まらないんだ…」
夏侯惇の呟きに曹操は引いた。
「お主、本気で言っているのか?」
曹操は改めて問い掛けてしまう。
それが間違っても言わなければいいと後々、後悔する事になるとは思わないだろう。
「言ったって本気だ…」
ぶっきらぼうに呟く夏侯惇に曹操は溜息しかでない。
「元譲、あやつは我等の従弟ぞ。身内だと解っているのか?」
「そんなの重々知っている」
「でも恋愛対象は女ではなく何故、妙才なのだ?」
まあ、同性との恋愛は珍しくはないがそれが赤の他人なら解る。
それが身内である従弟を恋愛対象にしたのはかなり問題があるのだが。
特に、夏侯淵は人懐こい性格で優しい。
それでいて人を引き寄せる何かを持っている雰囲気がある。
いつの間にか、夏侯淵の周囲には人たかりが絶えない。
「まあ、好きになる気持ちは解かるが妙才は止めておけ」
「どうしてだ孟徳?」
「妙才に恋愛対象として見ていたと知ったら喜ぶと思うか?女なら泣いて喜ぶだろうけど妙才は男だぞ」
「そんなの解っている。たが、想いを伝えるのが怖いから、遠くから淵を見ているしかない」
「元譲…」
「それに、みっともないのは淵に近づく人間に嫉妬してしまうようになった。仕舞いには消してやろうかと思う程になった」
「重症よな、そこまで想いを募らせておるなら伝えれば良いものを、何故言わない?」
曹操は呆れていた。
此処まで夏侯惇が奥手でへたれな部分があったとは信じられなかった。
まあ、こんなへたれた部分があるのは夏侯淵に関してであろう。
「気持ちを伝えても淵に嫌われるのが辛い」
夏侯惇は伝えない理由を話す。
「妙才はお主を嫌う訳ないと思うが。あんなに人懐こい性格なんだ、何もしないで嫌われると思うのは筋違いだぞ」
「それは解っている…」
「早く手を打たねば、知らぬ間に誰かに奪われるぞ?」
曹操は夏侯惇が恐れていた事を言う。
「それは嫌だ。淵は俺のものだ!」
「それを言うのは本人を目の前にして言うものだ。儂に言っても仕方ないだろう…」
曹操は新たに溜息を漏らす。
「確かにそうなのだが、今の関係が壊れそうな気がしてならないのだ」
夏侯惇は夏侯淵が悲しむ事が何よりも辛い。
「元譲らしくないのぉ。いつもは自信に満ちておるのに恋愛には奥手とはいささか呆れるな」
「俺らしくないか…まあ、孟徳の言う通りだな」
本当の事を言われたら頭も上がらない。
「だが、儂は元譲が幸せになるなら、お前の恋が実るのを祈るぞ」
「孟徳、すまん。それに、ありがとう…」
夏侯惇は素直に曹操に礼を言う。
「礼には及ばぬ。とりあえず、今回は仕事をして貰おうと来たのだが止めにする。元譲がそんな事で執務が遅れるのは困るからのぉ」
曹操が執台に置いた書簡を手に取る。
「いや、仕事はする。この事は二の次だ」
「無理をせぬともよいのだぞ?」
「いや、孟徳がわざわざ来てまでの仕事だろ、司馬懿達から文句を言われるのは孟徳だろ」
「そうであったな…なら、頼んだぞ」
曹操はコトリと書簡を置いた。
「孟徳、忙しいのに済まなかったな」
「いや、気にするな…」
曹操はそう言って部屋を出ていった。
一人部屋に残された夏侯惇は書簡に手を伸ばし内容を見る事にした。
「次の軍議に使うものか…なら、早く終わらせるか」
夏侯惇は椅子に座ると仕事を始めたのであった。
それから一刻が過ぎた頃には自分がするべき仕事は全て終わらせた。
夏侯惇は曹操の執務室に向かう。
執務室に着くと扉を軽く数回叩く。
「入れ…」
扉越しに返事が返ったのを確認すると夏侯惇は部屋へと入ってきた。
「失礼する…」
「夏侯惇将軍、どうしました?」
近くにいた司馬懿が話掛けてくる。
「いや、孟徳が頼んでいた仕事が終わったので届けにきた」
「もう、終わったのか?」
「ああ…」
司馬懿が書簡を受け取り目を通す。
「不備はない。流石に早いものだな…流石は夏侯惇将軍、殿も見習って下さると私は嬉しいのですが…」
司馬懿が曹操をちらりと目線を向ける。
「むっ、司馬懿、お前が次から次へと仕事を増やすから終わらぬだろうが!」
曹操は司馬懿に文句を言う。
まあ気持ちは解る程の執台にある書簡の束を見れば曹操の言葉に夏侯惇は納得した。
「とりあえず、俺の用件は終わった。失礼する…」
夏侯惇はそう言って部屋を出ていった。
やることを全て終わらせた為か案外暇が出来た。
どうしたよいものか。
夏侯惇は自分の部屋に戻ろうと足を進めた。
部屋の前に誰かいるようでその姿を遠目から確認した。
「俺の部屋の前で何をしている?」
「夏侯惇殿…話があるのだが」
夏侯惇の部屋の前にいたのは張遼であった。
「話だと、まあ今は暇だからとりあえず入れ…」
夏侯惇は張遼を部屋に招いた。
「とりあえず座れ、茶でも煎れよう…」
夏侯惇は張遼に言うと、「お構いなく…」と短めな返事が返ってきた。
夏侯惇と張遼は向かい合わせに席に座る。
「それで話とは何だ?」
「夏侯淵殿の事です」
張遼が夏侯淵の名を口にする。
それだけで夏侯惇の眉がピクリと動いた。
「淵がどうした?」
「最近、彼に会わないのはどうしてですか?」
「会う機会が無いだけだ。ずっと執務をしていて先程、孟徳の仕事を終わらせたばかりだ。逢いたくない訳がなかろう。どうしてそんな事を聞く?」
「夏侯淵殿が言ってました。会いたいのに、中々会えない。忙しいのは解っているけどと呟いてましたな…」
「そうか、淵には悪いと思うが仕事をしないと後々面倒な事になる。張遼、お前の言いたい気持ちは解るが俺が淵を嫌う訳が無い。大事な従弟なんだ」
「なら、会ってやったらどうなのです。会わないのなら私が彼の側にいる事になりますぞ」
「どういう意味だ?」
「言葉通り、夏侯淵殿は私が頂きますぞ」
「ふざけるなっ、淵は誰にも渡さんっ!」
夏侯惇は張遼の胸倉を掴み睨みつける。
「くく…やっと素直になりましたな」
「張遼、貴様…嵌めたな?」
「こうでもしないと貴方は動こうとはしないですから」
ニッコリと笑う張遼に対して夏侯惇は目線を反らせた。
張遼の胸倉を掴んでいた手を離すと夏侯惇は乱暴に椅子に腰掛ける。
「全く、お前と言う奴は…淵に手をだせば張遼いえども許さない…」
「おやおや、醜い嫉妬ですか?早く会いに行きなさい。でないと本気で彼をモノにしますぞ…」
「張遼…、そんな事許す訳ないだろう。言った筈だ、淵は俺のだと…」
自信ありげに言うと夏侯惇は張遼を残し部屋を出て言った。
一人になった張遼は一つ盛大な溜息をついた。
「全く、手間の掛かる人だ…」
あんな嫉妬まみれた彼の姿を見るのは初めて見たが、いささか滑稽であった。
「私もつくつぐ甘くなったものだ…」
恋敵(ライバル)に塩を贈るような行為をするなんて。
でも夏侯淵の悲しむ姿は見たくはなかった。張遼は彼の為にわざわざ足を向けて、夏侯惇をその気にさせた。
張遼はしかたなしに夏侯惇の部屋ん出て行った。



昼下がり、夏侯惇は夏侯淵の部屋へと向かっていた。
彼に会うのは本当に久しぶりであった。
部屋の扉を軽く叩いた。
「淵、居るか?俺だ…」
「惇兄なのか!」
直ぐさま扉が開かれると夏侯淵は夏侯惇に抱き着いた。
「惇兄…会いたかった」
「俺もだ、済まなかったな。なかなか会える時間を創れてやれなくて」
「ううん、惇兄が忙しいのは解っていたし、こうして会いに来てくれただけで俺は嬉しいよ…」
「淵、とりあえず部屋に入ろうな…」
「あっ、ごめん」
夏侯淵は夏侯惇を部屋に招いた。
「張遼に言われた。淵が俺に会いたくてしかたないと…」
「張遼の奴、あれ程言わないでと言っておいたのに」
「どうしてだ?」
「恥ずかしんだよ。俺、惇兄の事をす、好きになっちゃってからまともに惇兄の事が見れないよ…」
夏侯淵は顔を真っ赤に染めて夏侯惇に呟く。
その可愛らしい仕種がまた堪らない。
「俺もまだ言えてなかったな。淵、お前が好きだ…」
夏侯惇は夏侯淵に告白する。
「それは本当なの、嘘じゃない?」
夏侯淵は夏侯惇に真偽を確かめるように呟く。
「嘘な訳があるか。俺はお前が好きだから告白したんだぞ」
夏侯惇は夏侯淵の頬を両手で掴み、目線を合わせる。
「惇兄、俺、俺、嬉しいよ。だって男同士だし、こんな気持ちを惇兄には迷惑かと思ったんだ」
「そうか…誰がなんと言おうとも俺は淵を愛している」
「惇兄…!」
「淵、愛している…」
夏侯惇はゆっくりと夏侯淵の唇に己のを重ねる。
「んっ、んん…っ!」
突然の行為に夏侯淵は顔を真っ赤にしてゆっくりと口内に夏侯惇の舌が侵入するのを感じた。
別の生き物のように動く舌に夏侯淵の舌が怖ず怖ずと絡めてくる。
夏侯惇はその仕種も可愛らしく感じて仕方ない。
(やっ、息が、うまく出来ない)
夏侯惇の口づけは初めてである夏侯淵の欲情を高ぶらせる。
「んっ…ふっ…はぅん」
時折、漏れてくるのは甘い吐息。
夏侯淵は夏侯惇にされるがままに口づけが続いた。
やっと夏侯惇が唇を離した頃には夏侯淵はぐったりとしていた。
「はぁ、はぁ…」
荒々しい呼吸を繰り返す夏侯淵に夏侯惇はゆっくりと抱きしめる。
「は、初めてだったのに…」
夏侯淵は一言だけやっと呟く。
「そうか、お前の初めてを貰えて俺は嬉しいぞ…」
「惇兄…」
夏侯惇の言葉に夏侯淵は更に顔を真っ赤に染める。
初な夏侯淵にこれ以上の行為をするまでの心の準備も出来てないと判断する。
「淵、俺とするのは嫌だったか?」
「嫌じゃないよ、最初は驚いたけど、嬉しかった…」
夏侯惇に抱き着く夏侯淵は小さな声で呟く。
「そうか…」
「…惇兄」
「何だ?」
「もう一度して…」
夏侯淵が夏侯惇に口づけをしろと催促する。
「可愛い奴だ。望むままに…」
夏侯惇は夏侯淵に口づけを施したのであった。





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