盲目恋愛革命@



曹操の開かれた宴会は酣になりそろそろおひらきになる頃、夏侯惇は隣にいた夏侯淵を起こす。
「淵、こんな処で寝るな、風邪を引くぞ…」
「う、う〜ん…」
「まったく仕方ない奴だ。肩を貸してやるから掴まれ」
夏侯惇は夏侯淵を立たせると肩を貸して部屋へと戻る。
「惇兄…」
「どうした淵?」
「一緒に寝ようよ…たまには良いだろう?」
「おいおい、酔ってるからってそこまでは世話は出来ないぞ…」
夏侯惇は溜息をついた。
夏侯淵はトロンと蕩けた瞳、赤く染まる頬。
そんな無防備な従弟に夏侯惇はドキリと胸が高鳴る。
「今日は飲み過ぎだ。ゆっくり寝ろ…」
夏侯惇は夏侯淵の部屋に入ると寝台に寝かしつける。
「わかった、言う通りにするよ…」
そう言うと夏侯淵はゆっくりと眠りについた。
静かな寝息を立てはじめた夏侯淵に、夏侯惇は額に軽く口づけを落とす。
「お休み、妙才…」
夏侯惇は部屋を出ていった。



次の朝を迎えた夏侯淵の部屋では未だに寝台に横たわる夏侯淵はゆっくりと覚醒した。
「ふぁああっ〜」
欠伸を一つかいた夏侯淵は起き上がると、鮮烈な頭痛が襲った。
「痛っ〜」
ズキズキと痛む頭を押さえ込む。
昨日は流石に飲み過ぎたみたいで、見事に二日酔いであった。
ま、まずい。
今日は大事な軍議があるのにこんな体調だとまともに仕事なんて出来ない。
とりあえず、家人に頼んで粥と薬を用意して貰おうと寝台から降りようとして、夏侯淵は自分の身体の異変に気づく。
何だ、身体が変だ。
いつもより身体が軽い。
それに何だ、この胸の膨らみは?
夏侯淵は寝間着を開くと見事なまでの豊満な胸が二つあった。
「なっ、マジか?」
夏侯淵は自分の胸をとりあえず揉んでみた。
「柔らかい、夢じゃないんだ…」
夏侯淵はまさかと思い、自分の股下を触るとあるべき物が存在してはいなかった。
「なっ、ない…そ、そんな…!」
夏侯淵はショックを受けた。
な、なんでこんな事になったんだ。
昨日は宴会で楽しく酒を飲んでいたが変なものを口にした覚えもない。夏侯淵は卓上にあった手鏡を持って覗くと鏡に映り込んでいるのはあの立派な髭が無く、綺麗な女性が映り込んでいた。
「こ、これが俺か…?まるで別人じゃないか…」
どうしよう、完全に女になった身体じゃ、出歩けない。惇兄達がこんな姿をした自分を見たら何を言われるかわからない。
どうしよう…俺は何も悪い事をしていないのに。
と、とりあえず着替えて隠れないと。
夏侯淵は箪笥から手短にある服を取ると着替えた。
そしてばれないように部屋を出ようとする。
扉に手を掛けた時に扉を数回軽く叩く音がした。
「淵、起きろ。そろそろ軍議が始まる時間だぞ…」
扉の向こうには夏侯惇が立っていた。
夏侯淵は一気に青ざめた。
とりあえず、寝台の下に隠れよう。
急ぎ夏侯淵は寝台の下に隠れた。
「淵、入るぞ…」
静かに扉が開かれて夏侯惇が部屋に入ってくる。
とりあえず気配を殺し、立ち去るのを待つしかない。
「淵、いないのか?」
夏侯惇は部屋中を見回すが部屋の住人の姿は見当たらない。
おかしい…屋敷の家人はまだ目覚めてはいないと話していた。
なのに寝台には夏侯淵の姿はなくもぬけの殻であった。
夏侯惇は舌打ちを軽くすると部屋を出ていった。
夏侯惇の足音と気配が遠ざかるのを感じて夏侯淵は息を吐いた。
寝台の下からなんとか抜け出すと夏侯淵は屋敷の裏口から脱出した。
なんとか屋敷を抜けだした夏侯淵はこれからどうしようと考える。
流石に今更戻った処でどうにかなる状況ではない。
曹操達に女になったとばらした処で魏の国の恥だと言われるかもしれない。
とりあえず、身体が元に戻るのを待つしかないけど。
それにしても先程襲っていた頭痛は無くなっていて、身体は正直で空腹を訴えていた。
「お腹空いた…そう言えば何も食べてなかったな」
夏侯淵は少し歩くと果物が実る木を見つけてそれを何個か毟り取ると軽く口に含みかじる。
甘い果実の味が口内に広がる。
果物のお陰で空腹のままなのは避けられた。
夏侯淵は満腹になるまで食べはしなかったがある程度満たされて満足した。
さて、お腹は満たされたが身体は女のまま、どうしたらよいか。
元に戻る方法を探さないと。
身体が元に戻らないと皆に迷惑がかかるし心配かけさせてしまうだろう。
今頃、曹操や司馬懿辺りが怒っているだろう。
まあ、お叱りは覚悟の上だ。
昔にも似たような事例はなかったのかな?
とりあえず、昔の文献が保存されている倉庫に行って調べないと。
城下町にある文献を保管する倉庫に向かい歩きだした。
城下町では賑やかに活気づいていた。
人波を避けながら夏侯淵は倉庫に入ると文献の一つ一つ調べていく。
すると埃まみれになっている古い文献を見つけた。
期待を胸に解決方法が記載されている事を祈りながら紐解いていく。
文献の一つ一つの文字を確認しながら夏侯淵は調べていくとある文面に目が止まる。
「あった、これだ!」
女体化した人間を元に戻す方法。
女体化した者は想い人に抱かれる事で、元の身体に戻る。
解決法を読んでいた夏侯淵は驚きを隠せない。
「それってつまり…」
俺が好きな相手と褥を共にしないといけないって事か。
想い人はただ一人しかいない。
でも、そんな事できない。
自分は確かに夏侯惇の事は大好きだけど、夏侯惇には好きな人がいると思う。
こんな身体を元に戻す為に協力してくれる訳がない。
夏侯淵は溜息をついた。
「他に解決法はないのかな〜?」
夏侯淵は別の文献にも手を伸ばし読んでいった。
だが、それといった文献は見当たらなかった。
夏侯淵は重い溜息をついた。
ある意味、絶望的であった。
(なんで、こんな身体になっちゃったんだろう…)
夏侯淵は先程読んでいた文献を持って倉庫から出て来た。
相変わらず、外は賑やかな声が聞こえてくる。
夏侯淵は、青ざめたままトボトボと重い足取りで屋敷へと向かった。



屋敷に着いた夏侯淵はこっそりと裏口から自分の部屋に辿り着いて文献を卓上に置いた後、寝台に身体を沈ませた。
ギシリと寝台が音を立てて揺れた。
「はああ〜」
盛大な溜息を一つついた。
これからどうしたら良いのだろうか。
夏侯惇の元に行って事情を話すしかないと思うけど。
こんな身体になった自分を果たして彼は信じてくれるかどうかだ。
それにしてもなんで女になっちゃったんだろう。
確かに女は好きだけど自分が女になるなんて思えなかった。
早く元の身体に戻りたい。
まだ夕暮れも訪れてもいない蒼い空が恨ましい。
夏侯淵はゆっくりと身体を起こして、卓上に置いてあった文献を持って夏侯惇の元へと向かった。
夏侯惇の元へ向かう最中に知っている人物とすれ違う。
張コウと張遼、そして司馬懿であった。
夏侯淵は召し使いの女性のように振る舞い通り過ぎた。
「おや、あのような者、この屋敷にいたか?」
「なんとも綺麗な人ですな」
「ここには沢山いますから気にしても仕方ないですよ…」
三人はその女性の後ろ姿が消えるまで足を止めていた。
「それにしても夏侯淵将軍は一体何処に行ってしまわれたのか?」
「朝から姿が見えないのは不審だ」
「あの真面目な方がいないなんて不思議だ。夏侯惇将軍も屋敷の家人達も行方を知らないと言うし、困ったものだ…」
三人の会話を余所に夏侯淵は夏侯惇の部屋に向かう。
廊下ではすれ違う男からは熱い眼差しを受けながら自分の話をする者もいた。
「夏侯淵将軍が行方不明だとよ」
「ええ、将軍が!」
「昨日はいつものように宴会に参加してたのに?」
「今日の軍議にも参加されてもいなかったらしい…」
そんな会話を耳に留まり夏侯淵は自分の事が既に屋敷に広まっているのを知って青ざめた。
早くこの状況をどうにかしないと。
曹操の執務室の前に行くと聞き慣れた声が扉越しから聞こえた。
その声は夏侯惇と曹操の声。
でも、廊下まで聞こえるなんて普通じゃない。
だけど、この二人に事情を話せばなんとかなるかもしれない。
夏侯淵は決意をきめて勇気を振り絞り、軽く扉を叩いた。
「失礼します…」
夏侯淵は執務室へと入っていった。
「何用だ。女を呼んだ覚えはないぞ…?」
曹操は夏侯淵を見るなり問い掛ける。
「孟徳、こんな時に女を呼ぶとはな…」
夏侯惇はいらいらしながら夏侯淵を睨みつける。
「あ、あの、殿、惇兄…俺の話を聞いてくれっ!」
夏侯淵は二人に振り絞るように声を出した。
「元譲にこんな綺麗な妹いたか?」
「そんな訳ないだろうが。貴様は誰だ?俺は貴様に兄呼ばれされる理由はないぞ…」
「俺だよ、夏侯淵妙才だよ。朝起きたらこんな姿になっちゃったんだ。信じてよ…」
夏侯淵は夏侯惇に縋り付くように泣きはじめる。
腕の中で泣いている女性が夏侯淵だとは信じられない様子で見つめた。
「妙才だと、誠か?」
「本当だって、信じてよ…惇兄、操兄…」
涙を零しながら二人に訴えてくる。
「まさか、本当だったとは思わなかったな…」
「えっ?」
曹操は意外な事を発する。
「実は妙才が女になったのはこの薬が原因だろうな…」
小さな瓶を引き出しから取り出した。
「孟徳…何を言っている?」
夏侯惇は曹操に問い掛ける。
曹操は一つ溜息をついてから答えた。
「この屋敷に敵の間者が忍び込んでいたらしく取り押さえた時に回収したものだ。効果は一時的に身体を変化させる。変装する時に使う道具だそうだ…」
曹操は説明を続ける。
「どうやら酒に忍ばせていたようで誤って、何故か妙才がその酒を飲んでしまったようだな…」
昨日の宴会で飲んだ酒が原因で女になったと曹操は告げた。
「そ、そんな…」
「とりあえず、どうすれば元に戻る?」
夏侯惇は曹操に尋ねると直ぐさま返事が返ってくる。
「元に戻す方法はまだ間者からは聞いていない…尋問して吐けば良いが」
「そ、それならこの文献に書いてある元の身体に戻す方法はあるけど、実際効果があるかはわからない…」
「文献だと?」
「俺、昼間に書簡や文献を保存している倉庫に行って調べてたんだ…」
「妙才、それでわかったのか?」
「う、うん…だけど元に戻す方法が厄介で…」
「見せてみろ…」
夏侯惇は夏侯淵に言うと夏侯淵は素直に従い、夏侯惇に文献を渡した。
夏侯惇は受け取った文献をじっくりと一行一文見逃さず読みはじめる。
暫くして夏侯惇の眉間にシワが寄る。
怪訝そうであった顔には信じられない気持ちがあったのであろうか、焦りの色が浮かんでいた。
「元に戻る方法はわかった…で、どうするんだ淵?」
側にいた夏侯淵の身体がビクンと跳ねた。
「ど、どうするって…?」
「相手はもう決めているのか?」
「ううん、まだだけど…」
夏侯淵はびくびくしながらも夏侯惇の問い掛けに答える。
すると夏侯惇がニヤつき笑みが浮かぶ。
「なら、相手は俺がしてやろう…」
「なっ、何言って。本気なの惇兄…!?」
「至って真面目で本気だが?」
「どう言う事だ元譲?」
二人の会話に割り込んだ曹操は夏侯惇に理由を聞いた。
「これを読めばわかる…」
夏侯惇は曹操に文献を渡し中身を確認させた。
暫くすると曹操は文献から目を離す。
「成る程な…、妙才の想い人が誰かわからないのに勝手に決めて大丈夫なのか?」
「他の男にさせるなら俺がする。適任だろ?」
「まあ、確かに従兄弟でずっと一緒にいた元譲なら適任だな…」
夏侯惇が自分と同じように嫉妬深いのは知っている。
大事な従弟が知らない男に汚されるのが我慢出来ないのであろう。
「元譲…、今回の件は御主に任せる。妙才、安心して元譲に身を委ねよ…」
「殿…、わかりました」
夏侯淵は、曹操の言葉に従うしかなかった。
「孟徳、話がわかるようで何よりだ。邪魔はするなよ…」
「する気が起きぬ。とりあえず、夜には屋敷の家人達には人払いさせておく…」
曹操は溜息混じりに呟く。
「それまでは妙才が自由に出歩かれても困る。元譲、お主の部屋に妙才を匿っておけ…」
「ああ、その方が安心だな…」
二人は勝手に話を進めていく。
「ちょ、殿に惇兄も、話を進めないでよ…俺の意見する権利ないの?」
「ないに決まっているだろう。今まで心配かけさせたんだからな…」
「そ、それは…」
夏侯淵は落ち込んで俯いてしまう。
「淵、そんな顔をするな…悪いようにはしない」
「うん…」
「孟徳、俺は淵を連れて一旦は部屋に戻るぞ。後は頼む…」
「ああ、気にせずに無事に事を運べ…」
「わかっている。行くぞ淵…」
「わっ、待って惇兄っ!」
夏侯惇は夏侯淵の細い腕を掴むと執務室を出て自分の部屋へと向かった。
出ていった二人を見ていた曹操は溜息をもう一度ついてから屋敷を管轄する家人を呼んだのであった。



廊下を歩く夏侯惇はしっかりと夏侯淵の腕を掴み歩みを進める。
「惇兄、歩くの早い。待ってよ…」
「ああ、すまん。いつもより歩く小幅が違うからな…気づかなくてすまん」
「ううん、大丈夫だから。ゆっくり歩こうよ。急がなくても大丈夫だから」
「ああ…」
夏侯惇に微笑みを浮かべた夏侯淵はまた歩きだした。
廊下を歩いていると周囲の目線がやはり夏侯淵に集まる。
今の夏侯淵は美人で肌は白く、茶色の髪は背中近くまで下ろされている。
見たことのない美しい女性が歩けば男達は見逃す事はない。
夏侯惇は欲望まみれた視線を送る男達を睨みつけて威嚇している。
こいつには手を出すなと言わんばかりにギロリと睨んでいる。
その眼力に恐怖した男達は立ち去る。
「全く、油断も隙もない。淵、少しは警戒心を持て…」
「えっ…どうして?」
鈍いにも程がある。
(これは気づいていないようだな…)
夏侯惇は溜息をついた。
とりあえず、夏侯惇は夏侯淵を自分の部屋へ連れて入っていった。
「淵、俺が良いと言うまでは部屋から出るな…食事も此処で取れ」
「わかったよ…」
「惇兄、疲れたから少し横になっていいかな?」
「ああ、勝手に寝台を使っていいぞ…」
「んっ、ありがと…」
夏侯淵は寝台の近くまで歩くとゆっくりと身体を寝台に沈ませた。
ふかふかな柔らかい布の感触を感じながら夏侯淵は眠りについた。
暫くすると夏侯淵からは寝息が聞こえ始める。
眠る夏侯淵を夏侯惇は静かに眺める。
本当にあの従兄弟がこの女なのかと最初に会った時に違和感を感じた。
だけど、会話をしていて気づいた。
夏侯淵の癖。
夏侯惇はその癖を見逃さなかった。
だから信じるようになった。
無意識にやる癖は本人は気づかないだろう。
長年側にいたから気づいた。
夏侯淵は、はにかみ笑顔を浮かべると頬を軽く指でかく癖をよくする。
夏侯惇は眠っている夏侯淵の髪を優しく梳いた。
愛しい存在が側に戻ってきたのが何よりも嬉しい。
もう離れないで欲しいと願う。
夏侯惇は静かに部屋を出ていった。

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