朧月夜



淡い夢のように全てが儚い。
ただあるのは自らの命がいつまで永らえるかわからない日々。
目の前には永遠に消える事の無い闇。
晴れる事のない闇から救われたい。
ただ、生きていたい、切に願うのはそれだけである。
病弱な身体でも懸命に鼓動を打ち、生に縋る。
それでも油断をすれば身体は大地に横たわる羽目になる。
病魔に蝕む身体に触れたくないと誰もが距離を置く。
それが何よりも辛かった。
親しい仲間から距離を置かれては誰かの役にもならない。
郭淮は溜息をついた。
こんな身体でも必要としてくれる方がいる。
自分はその方の側で生きられたらと願う。
「郭淮…」
「夏侯淵将軍…」
「また気分が悪いのか、寝てなくて平気か?」
「ええ、今宵は幾分と体調が良いのですよ…」
心配になった夏侯淵は郭淮の部屋を訪れる。
部屋の主は寝台の上で座ったまま窓からみえる月を眺めていた。
満月の光が郭淮の青白い肌を照らす。
儚く、今にも消えそうな存在感。
夏侯淵は寝台の側にいくと郭淮の隣に腰掛けた。
「今夜は綺麗な満月だな」
「ええ…」
「郭淮、あまり無理をするなよ。顔色が冴えないようだな。薬は飲んだか?」
「はい、先刻に飲みました…」
「そうか…」
夏侯淵は郭淮の頬に軽く触れた。
「冷たいな…ちゃんと暖かくして寝ないと風邪を引くぞ…」
「将軍こそ、風邪を引かれては困りますね…」
微かな微笑みを浮かべる郭淮に対して夏侯淵は溜息をついた。
病弱な男なのに時折みせる違和感が不思議で夏侯淵は郭淮に惹かれていく。
「まあ、風邪を引いたらお前が看病してくれるか?」
夏侯淵は郭淮の肩に頭をコテンと乗せる。
「おや、私でよろしいのですか?」
「惇兄でも良いが、お前の方が冷たくて気持ち良いんだろうな…」
感じる体温が心地好いからだろう。
「甘えん坊ですね…将軍の為なら、看病でも何でもしますよ」
夏侯淵の頭を優しく撫でて細い指先が髪を梳いた。
さらさら落ちる黒い髪が月光に照らされて美しいと感じた。
「将軍…」
「何だよ…?」
「貴方が私を側に置くのは何故ですか?」
いつも疑問になっていた事を口にした。
言ってしまった言葉は静かで綺麗な清音であった。
「…俺がお前を気に入った。ただそれだけじゃ駄目か?」
「いえ…私を気に入って下さるとはなんとも器が広い方ですね」
郭淮は夏侯淵をじっと見つめて隣にいる男の存在感と人当たりの善さを改めて知った。
「なら、最期まで俺の側にいてくれよ…」
「将軍?」
「お前を失いたくないんだ…」
夏侯淵は郭淮を抱きしめる。
細い身体はすっぽりと腕の中に収まる。
今にも泣きそうな表情を浮かべる夏侯淵に郭淮は愛しい人を悲しませているとわかった。
「ええ、誓いますよ。私は貴方の側で生きる事を。最期までお側に置いて下さい…」
「…郭淮」
「私は見た目よりも弱くはない。貴方が求めるならこの身も心も貴方に捧げましょうぞ…」
郭淮の強い意志を秘めた瞳が自分を見つめる。
その言葉は嘘ではないと夏侯淵は気付いた。
「将軍、貴方が欲しい…」
耳元で囁かれた言葉に夏侯淵の身体がビクンと震える。
「俺で…良いのか?」
「ええ…貴方の全てを私に下さい」
残り僅かな刹那の出会いでも温もりを確かめさせて。
そして自分の生きた証を貴方に刻みつけたい。
郭淮は夏侯淵を寝台に押し倒す。
郭淮は寝台に沈んだ身体を上から見下ろしながら愛おしむかのような微笑みが浮かべた。
「将軍、いえ、妙才様。私は貴方を愛してます…」
「伯済…」
郭淮は夏侯淵に想いを綴る。
夏侯淵は郭淮の字を呟くと同時に冷たくて微かな温かみのある唇が重なる。
「んっ…」
夏侯淵の身体を優しく抱きしめ愛でていく。
折り重なる二つの身体を満月の光がただ静かに照らしていった。





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