報われぬ想い



初めて知った。

自分以外に表情を見せる貴方を。

いつも厳しい貴方があの男だけに、微かに笑みを浮かべている。

許せなかった。

その笑顔を自分に向けて欲しい。

どうしたら貴方は笑ってくれるのか?

どんな事でも耐えているのに。

貴方は誉める事は無い。

それでも貴方の元で生きてきた。

憧れとも違う感情が芽生え始めた。

それが何なのかわからない。

触れたい…。

もっと貴方を感じたい。

そう思った。

そんなある日。

いつものようにその日の執務を終えた。

「今日はここまでだ…」

曹操は曹仁に静かに言う。

「ありがとうございます…」
「明日も仕事の量は多い。躯を休めておけ…」
「はい…」

曹操は執務室から私室から出ようとする。
曹仁は抑えていた気持ちをさらけだす。

「殿…」

呼び止められ曹操は振り向いた。

「何だ?」

静かに曹操は曹仁に近づく。

「殿が好きです…」

それが何なのかわからないけど私は曹操が好きなのは確かだ。

「殿が好きです、だから私を見て下され」

すがるような瞳。

いまにも泣きそうなのを抑える。

応えて欲しい。

愛しい人よ。

「すまない儂はお前の気持ちには応えられん」
「どうして、あの男には許せて、私には駄目なんです!」

曹仁は曹操を押し倒す。

「くぁ…っ!」

衝撃に微かに悲鳴が漏れる。

「こんなに好きなのに…」

曹仁は曹操に口付ける。

「!」

突然の行為に曹操は曹仁のみぞおちに拳を叩きつける。
「かはっ…」

急所をやられて曹仁は気絶した。

「この馬鹿者め…」

曹操は気絶した曹仁を抱きかかえた。
すぐに寝室に向かい寝かせた。

「憧れと恋は違うぞ…」

曹操は曹仁の髪を梳いた。
あわれな従兄弟に軽く口付けを落とす。

「儂はお前を大事にしたいのだ。悲しませるつもりはなかった」

曹操は曹仁の頬を優しく撫で口付けた。

「お前が望むなら儂は奈落の底へと堕ちようぞ…」

愛しい身体を得たとしても心は思い通りにはならない。
だから傷つけまいとしたのだが、逆効果になってしまった。

「すまなかった子孝…」

曹操は曹仁に呟くと寝室を出ていった。
その後、目覚めた曹仁は曹操の事を想う気持ちは更に強くなるばかり。
耳元に残った曹操の言葉に胸が痛む。
自分は曹操を愛しているのに、それが曹操を苦しめているのだと。
自分はどうしたら良いのか解らなくなった。
自然に涙が溢れる流れていく。
止める術がない涙はポタポタと落ちていく。

「孟…徳…」

この想いをどうしたら無くす事が出来ようか。
ずっと側にいたからこそ気付いたのだ。
己は曹操が好きで、愛していると。
なのにこの想いは報われる事はない。
曹仁は声を殺し泣き続けた。



それからと言うもの曹仁は曹操の姿を見ると避けるようになった。
会えば自分が惨めな思いになるからであろう。
仕事以外は避け続けた。
そして会話もなく、曹仁は笑わなくなった。
親しい仲間といても笑顔は無かった。
余程、曹操に振られた事が傷付いていたのであろう。

「子孝、話がある。付き合え…」

夏侯惇が曹仁に話掛けると突然、腕を引っ張ると連れて行かれた。

「なっ、元譲…何をする?」
「黙ってついて来い…」

夏侯惇はそれだけを言うとある部屋へと入った。

「此処は、殿の私室?何故、私を此処に?」
「連れて来たぞ、孟徳…」
「御苦労であった、元譲…」

曹操の姿を見るなり曹仁は部屋から出ようとするが夏侯惇により阻止された。

「元譲、そこを退け!」
「退かない。逃げるな子孝…」

夏侯惇の言葉に曹仁の身体がビクンと震えた。
夏侯惇は知っている。
自分と曹操との事を。

「儂がそんなに嫌いになったか子孝よ…」
「殿…」

背後から曹操が曹仁を抱きしめる。
久しぶりに感じた曹操の温もりに曹仁は耐えられなくなる。

「どうして、私の気持ちを振ったのは貴方だ。私は貴方を忘れようと努力しているのに、何故近づいてくる。触れてくるのだ…」
「儂はお主を振って等おらぬ!」
「嘘だ…もう私の事など放っといて下され」
「子孝…!」

曹操が曹仁の顔を自分の方に向けさせると曹仁は泣いていた。
彼が泣く姿は久しぶりであった。
曹操は曹仁を傷付けた事を後悔していたからであろう。
ゆっくりと口づける。

「んっ、んん…」

突然の行為に曹仁は驚いて曹操を退かそうと腕で身体を退かせるがびくともしない。
逆に腰に腕を回され引き寄せられる。

「んっ、んふっ、んん…」
「はぁ…子孝」

口づけが終わると曹仁は曹操に身体を寄せてぐったりしていた。

「儂はな、お主を大事にしたかった。傷付けたくはなかった。こんなにも愛しておるのに、素直になれなくてすまんな…」
「孟…徳、それは本当なのか?」
「ああ、儂は子孝を愛しておる」
「私は貴方に嫌われたら生きて等出来ないと思ったぐらいなんだぞ…」
「それはすまなかった…」

曹仁は曹操の背中に腕を回し抱きしめる。
この温もりを再び感じる事が出来て幸せであった。

「子孝…」
「何だ、孟徳…?」
「愛しておるぞ」
「私もだ…元譲には感謝せねばな」
「全くだ、俺を巻き込むな…」

二人を見守っていた夏侯惇は溜息混じりに呟く。
曹仁はやっと理解した。
夏侯惇に見られている中で口づけられた事を。
そして夏侯惇の協力があってこそ曹操との仲を修復させた事を。
曹仁の顔が真っ赤に染まった。
余程、恥ずかしかったのであろう。
そんな可愛らしい姿に曹操は嬉しく思った。

「子孝、儂を避けていた時を埋め合わせして欲しいのだが良いか?」
「解った…」

自分から避けていた事もあって逆らう事も出来なくて応えるしかなかった。

「元譲、すまんが後は任せたぞ…」
「おい、孟徳!」
「これから子孝にはたっぷりと愛してやるからな」
「なっ、孟徳…やっ、離せっ!」

曹操は曹仁を連れて奥の部屋へと向かった。
一人残された夏侯惇は溜息を再びつくしかなかった。





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