16
*****
「いやー、頼もしい!」
祭の準備も滞りなく済み、次郎長さんがご機嫌に猪口を傾ける。
懐石料理まで賄ってもらった俺たちは、任務中ではあるが旅館に宿泊しているような心地で明日に祭を控えていた。
「お前達がいてくれれば案ずることは無い。明日の祭りが楽しみだよ!」
「勿論だぜオッサン!祭の警備はオレたちに任せとけ!」
こらこら、と紅がキバを一喝する。
まことに微笑ましい光景。
俺は料理を頬張りながら、一年前と比べて随分成長したキバをぼーっと見つめる。
(―――祭の警備はオレたちに任せとけ!)そんな何気無いキバの言葉にも、いよいよ説得力がでてきた。今のは単なる虚勢ではない。
事実…この程度の任務なら下忍達だけで十分やれるだろう。
何より、こいつ等も来月には再び中忍試験を受ける。
サスケを筆頭に皆どんどん立派な忍になっていくなあ、と年寄り染みた事を考える。
「男装名、綱手は立派にやってるか?」
「…ええ、自来也様とシズネに叩かれながら、がんばってますよ」
「はは!そうかそうか!」
久々に再会した次郎長さんも俺を覚えていてくれたらしく、軽い世間話を交わす。
綱手の事は幼い頃から知っているそうで、綱手との信頼が厚い理由が納得できた。
「ああ、そういやナルトは一緒じゃねーのかい?」
「別の任務が入ったらしくて」
「ほォ。大したもんだ」
「はいはい次郎長さん」
「おおすまんな」
俺達の話を逸らすように紅が酌をくべる。さすが紅。
内心礼を述べつつ、仲居さんが運んでくる料理に箸をつけた。
アスマも次郎長さんと楽しそうに酒を交わし、チョウジは言うまでも無く幸せそうな顔で絶え間なく食い続け、キバといのも少量の甘酒を嗜んではしゃいでいた。
「ほらほら男装名くんもー!」
「…お前、弱いのにそんなに呑むなよ」
「甘酒だもん、平気よ!ほらほら」
いのが猪口をぐいと差し出してくる。
俺がそれを受け取る前に隣にいたサクラが押しのけた。
「酔っ払うのは勝手だけど、男装名君に絡まないでよね!」
「なーによ、つまんない女ねーあんた」
「デリカシーの無いあんたに言われたくないわよ…!」
目の前でギャーギャーとやりだしたサクラといの。
見ているのも面白くていいのだが、とりあえず一時避難だ。
飛び交う罵声の中から抜け出し、空いている席を探すと偶然シカマルと目があった。
にっと笑いかけてくる。
「脱出成功だな、男装名」
「まあな」
隣に腰を下ろす。
地味に料理に箸をつけていたシカマル。
側にはシノとヒナタ。
チョウジも幸せそうだ。
「相変わらずモテモテじゃねーか」
「…女にモテてどうすんだよ」
小声でこっそりと反論する。
ヒナタはクスクスと笑った。
「めんどくせー奴」
「なにが?」
「女になりゃいいのに」
「―――……そんなに女になって欲しいの?」
急にピタリと動きを止めた男装名に食い入るように見つめられながらそんなことを問われ、シカマルは一瞬硬直した。
昼間の会話で男装名の好きなタイプが自分であると判明したばかりで妙な意識が男装名と自分の間にちらついて見えるのだ。
「ばっ、馬鹿かテメェ。別に変な意味はねぇ!」
「くくく!ガキ…」
ああほら、また玩具にされてる…。
自分を肴にして楽しむ男装名を恨めしく睨んだとき、酔っ払いがシカマルに絡みついてきた。
「お前等ァア!なに隅でこそこそやってんだよ!」
「キバ…おめぇ酔ってんのか」
頬を薄ら赤く染めて、いつもより賑やかなキバの右手には甘酒が。
甘酒で酔うなんて可愛らしくて可笑しくて、思わず男装名は笑ってしまった。
「なんだ男装名、楽しそうだな」
「お前程じゃねーよ」
「はっはは!そうか?お前の分も入れてきてやったんだぜ、ホイ」
キバが男装名にぐいと猪口を差し出す。
男装名はふと笑って受け取り、躊躇なく喉に流し込んだ。
こいつが普段酒を勧められても毎度断っていたのを知っているオレは若干驚いた。
「お、おい!平気なのかよ、そんな一気に…!」
「俺が酒も呑めねーと思ったか?」
空になった猪口を片手にニヤリと笑う男装名。
なんだか目付きが妙に色っぽい。
まあ、こいつがこれくらいで酔う訳ねーか。
男装名は悪戯な笑みを崩さぬまま、空になった猪口の口元を指先で拭ってキバに返す。
「こいつ等にも入れてやれよ」
「おお!そーだな!」
「え!?」
「別にオレたちゃいいって。明日の任務にへばるの嫌だしよ」
キバとサクラといのは既に出来上がっているから、最悪でも明日はオレ達が動けるようにしておかないと。
いや別に甘酒で酔う訳がねぇんだが、断る口実として正論を通すオレを、男装名の黒い瞳が見下げる。
「中忍なら酒くらい呑めねぇとな」
「…………。」
真面目腐った顔をしているが、目が笑ってる。
顔をしかめるシカマルに酒を飲ませたい男装名だがキバは猪口を男装名に差し出した。
「シカマルはどーでもいいんだよ!それよりオレは男装名が酔ったの見てみてぇ!」
「…俺が甘酒で酔うわけねーだろうが。お前じゃねーんだから」
嘗めるなと、ちょっとカチンときた男装名はキバに少々キツく吐き捨てた。
キバが犬のように小さくなっている。
そんな賑やかな輪を遠くから静かに眺めているのが二名。
「お前も遊んできたら?楽しそうだよ」
紫鏡が声を掛けたのは、隣で静かに箸を進めるサスケ。
先程サクラといのを追い払い、やっと落ち着いて飯が食えていたサスケは敵を見るような目で紫鏡を一瞥した。
「オレはあいつ等の様なガキじゃない」
「…ガキに限ってそう言うんだよね」
「……………。」
睨み付けてくる気配を無視して、楽しそうに仲間と戯れる名前を見つめる。
紫鏡は名前を女として上忍に昇格させる今回の任務をまだ諦めてはいなかった。
寧ろここからが本番なのだ。
(―――…きた。)
ふと気配を感じて窓の外へ目をやれば、一羽の伝書鳩が舞い降りた。
気づいたアスマが文を開く。
「お」
「あら、何か通達?」
「カカシからだ」
瞬間、名前がピクリと反応した。
紫鏡がニッと口角を上げた。
―――任務開始だ。
***
「なんだ、カカシが来るのは明日の予定じゃ無かったか?」
「ええ、我々もそう聞いていたんですが、どうやら今宵中には着くようです」
「そうかそうか、ならまだまだ酒が必要だな!」
突然サッと立ち上がった男装名。
どうかしたのかとキバ達は男装名を見上げる。
「…アスマ」
「なんだ?」
「カカシが来たら、俺が…その、色々と、反省してたって言っといてくれ」
―――反省?
キバたちは勿論、アスマも紅もきょとんとしている。
「反省?何をだ?」
「それはいいから」
「?」
「兎に角“すげー反省してた”って、念入りに伝えてくれ。頼むぞ」
「?ああ、おお…」
「俺は用事があって、暫く外に出てるから」
どこか早口に捲し立て、男装名は逃げる様にさっさと座敷の襖へ手を掛ける。
……だが、その状態でピタリと固まった。
重苦しい溜息と共に男装名がゆっくりと振り返る。
同様に皆もその視線を辿ると、……そこにはカカシがいた。
「…………。」
「久しぶりだね、男装名」
「…ああ、そうだな、カカシ」
カカシがニッコリと笑うと、それと同時に男装名の顔が引き攣った。
[ 192/379 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]