「で、最後のコイツは誰から貰ったんだ?」
彼女の腰についた赤と白の球体をヒョイと手に取ると、リゼはそれを見て少し黙っていた。
「あ、その子は貰ったんじゃありませんでした。奪ったようなもんです」
「……は?」
「だから、奪ったんですよ。それ。」
俺が聞き取れなかったと思ったのか、さっきと同じ口調で繰り返すリゼ。いや、聞こえてるっつーの。俺が聞きたいのは、お前が奪ったポケモンを使う事についてだ。
ロケット団は、自分で人から奪ったものであれば、珍しくない限りは使用することを許されていた。
自分としては他の奴に懐いているポケモンを無理に使うのも面倒だし、奪ったポケモンは全部売ったりする所に納めている。リゼは人から奪ったポケモンを使用することを、俺以上に嫌がっていた。
「お前が? 人のポケモンを?」
「ええ……私が奪ったポケモン使ったらいけませんか?」
「いや……」
彼女は俺の手の中に収まっていたモンスターボールをとると、その淵をつつ、と指先で撫でた。そのままボタンを押して、その小さな手の平には収まりきらなくなったボールを投げると、聞き慣れた軽快な音と共に、中のポケモンが姿を現した。
「……ラプラス?」
「そうです。ラプラスです。」
目の前のラプラスは、大きく伸びをした後、リゼを見て複雑そうな顔をした。人から奪ったポケモンっていうのは、皆そういう反応をする。
「……お前、ラプラスって……とんでもねーレアじゃねえか!」
上にばれたらやべえの分かってんのか! と窘めると、彼女は眉をピクリと動かした。
「うーんやっぱりちょっと違いますかね……奪ったより引き取ってあげたという方が正しいですかね」
「は?」
彼女は、ラプラスの頭を撫でながら呟いた。そんな彼女にラプラスは少しの信頼を寄せていた。ラプラスの目を見て微笑んだリゼは、俺様に視線を戻して、口から言葉を吐き出した。
「この子、ランス君のポケモンだったんです。」
「へえ、キミが新しく入ってきた新入りさん? ええっと、ランス君だっけ」
「……何故子供がこんな所に」
「子供じゃないです! 立派なトレーナーです! ロケット団員です!」
ランス君が新しくロケット団に入った時、私はランス君の先輩に任命された。彼が私の初めての後輩だった。張り切る私にランス君はとても……辛辣だった。
「はあ? 貴女が? 寝言は寝てから言いなさい。」
「……いいですか、何を言おうが、私はランス君の先輩です。リゼ先輩と呼ぶように!」
「嫌です」
「きょ、拒否権なんてないよ!!」
ランス君の第一印象は、やたら綺麗な顔立ちで、少し生意気。
子供に見られるのは私の身長が悪いけれど、それでも時にはこの身長の低さが役に立つのだから別に子供って言われた事は気にしないようにしている……のに。
「これから私とアナタは先輩後輩! 上からの命令です! 異論は認めません!」
しかしまあ、初めて出来た後輩というのは可愛いもので、もしかしたら先輩も私に対してこんな気持ちを持っているかも、と甘い考えが浮かんだ。が、万が一にも先輩がそんな気持ちだったら本気のデコピンなんてしてこないはずだという結論に行き着いて少し悔しくなった。どうせ可愛げなんてありませんけど!
「ランス君ってもうポケモン持ってる?」
「当たり前でしょう、持ってます。」
ランス君は私の質問に返して鼻で笑った。そして、ポケットから小さなモンスターボールを取り出し、真ん中のボタンをカチリと押した。
丁度ランス君の手の平くらいに大きくなったボールを、彼は無造作に投げた。
「クゥ」
「あ、ラプラス!珍しいね。」
中から出てきたのはラプラスだった。直に見るのは初めてだったので、ペタペタと触ってみるとひんやりしていた。流石、水・氷タイプ。
「ふーん。ランス君、ラプラス使ってるんだ。」
「コイツは鈍いですから……私としては素早いズバット等の方が良いです」
ランス君がそう言い放つと、ラプラスはすこし悲しそうな顔をした。仕方ないじゃん、ラプラスはもともとそういう種族なんだから。それに素早さの代わりに体力はあるし、強力な技だって覚えるのになあ。
「で、何をすればいいんです」
ラプラスをボールに仕舞った彼は、私にそう尋ねた。そうだな、ロケット団としての研修だもんね、何をしようかな。
私はあたりをキョロキョロ見回す。ここはセキチクシティの街はずれ。ズバットと遊んでいる小さな男の子が映った。あたりには親らしき人も、その他のトレーナーもいない。きっと近所に住む子だろう。まあ、あの子でいっか。
「じゃあ、ランス君。あの子のズバット盗ってきて。」
「……は、」
指を差すと、ランス君は短く声を漏らしながら目を大きく開いた。まさか、行き成り人からポケモンを奪って来いだなんて指令を受けるとは思っていなかったらしい。
「何ー、出来ないの?」
クスリと笑うと、ランス君はムッとした顔をした。けれど、彼の足は佇んだままで、多分、竦んでいるんではないのだろうか。
それを見たリゼは、ランスへと追い討ちをかけた。
「ランス君、これ、初歩の初歩だよ?」
「しかし、」
「良い? 酷い時はポケモンや人を始末したりするんだよ? こんな事出来なくてどうするの」
頭の中で、ガラガラを殺した事がフラッシュバックした。あんな事より、どれだけマシだと思ってるの。
「ほら、やって。」
背中をドンと押すと、ランス君の足が一歩前へと出た。彼の顔は、不安や焦燥に溢れていた。
「……ッ、」
意を決したかのように、ランス君は男の子との距離を埋めるべく、一歩。また一歩と足を踏み出す。ふと、此方に気付いた男の子が、ランス君へと視線を寄越した。
「おにいちゃん、だあれ?」
「そ、そのズバットを、こちらに渡しなさい。」
「えっ?」
ランス君は、問答無用でズバットの羽を掴んで引っ張った。突然の事に、ズバットと男の子は悲鳴を上げた。
「ズバッッ!?」
「ヒッ、お、おにいちゃんなにするの!! ズバットがかわいそうだよ!! やめて!」
慌ててズバットをモンスターボールへ戻そうと、男の子は近くに置いてあったモンスターボールへと手を伸ばす。男の子のその行動を見たランス君は、私も驚くような行動へ出た。
足を上げたかと思うと、男の子の手諸共にモンスターボールへと勢い良く下ろしたのだ。躊躇なく下ろしたその足は、しっかりと男の子の手も巻き込んでいた。
鈍い音が響いた。
「ボールに戻されると面倒です。」
「いっ、いたい! っひ、痛いよお!! うわああああん!!! っひ、っひッ!!」
冷たく言い放ったランス君は足を上げて、ズバットの羽を鷲掴みにしたまま此方に歩いてきた。後ろでは、子供が手の痛みに対してビイビイと泣いていた。
「……これで、良いんですか。」
アジトに戻った私達は、ランス君が手にしたままのズバットを見た。最初こそバサバサと勢い良く羽ばたき、何とかランス君の手から離れようとしていたものの、今現在は諦めたのか、大人しくしていた。
ランス君の顔には、まだ不安が残っていた。もしかしたらランス君、初めて人道に反れる行いをしたのかもしれない。
「うん、上出来だよ」
そう声を漏らすと、ランス君は嬉しそうに笑った。
「そうだ、リゼ先輩」
「せ、先輩……!」
「……貴女が呼べって言ったんでしょう。」
「そうでした。」
それでも、自分を先輩と認めてくれたことが嬉しかった。にやける顔を抑えつつ、リゼは、ランスとズバットを交互に見比べ、少し考え込んだあとに口を開いた。
「あ、そうだ。そのズバットランス君が使いなよ。」
「? どういう事ですか。」
「えっとね、ロケット団は人から奪ったポケモン、大抵はどこかに売っちゃうんだけど、気に入ったポケモンがあれば使っていいの。あっもちろんレアはダメだよ!」
「はあ」
「ランス君、ズバット欲しいって言ってたじゃん。使えばいいよ、それ。」
指を差すとズバットは身じろいだ。しかし、もう抵抗する気は無いようで、ランス君へと顔を向けていた。
「いいんでしょうか、」
「ズバ!」
「ズバットも良いって言ってるんじゃないの? よく分からないけど」
ランス君は、黙ったままズバットへと視線を向けていたが、ため息を一つ吐き、分かりましたと呟いた。
「いいですか、これからアナタは私のポケモンです。」
「ズバ?」
「命令は絶対聞くように。」
「ズバ!」
「良い子です。」
「ズババ!」
ズバットと会話を始めたランス君を見て、リゼは微笑んだ。結構可愛いところもあるなあ。……でも、今日の彼の見せた冷たい顔。アレを引き出すのが自分の仕事なのだろう。昔アポロ様が私にあの任務をこなさせた理由も、今となってはなんとなく分かる。それに、ランス君には素質がありそうな気がする。アポロ様もそう思って私の所に寄越したのかもしれない。
私が、ランス君を育てる。そう考えると気分が高揚するのがよく分かった。
「じゃあ、ランス君。今日のレッスンはここまでという事で、また明日ねー」
彼に手を振ったリゼは後ろを振り向いて、自室へと向かうべく歩き始めた。
明日は何をしよう。もうナイフの使い方かな。相手はキャタピーでいいかな。その次は子供の誘拐にしよう、最近経営難ってアポロ様も言っていた気がするし。
そんな物騒なことを考えている彼女の手をランスは取って、半ば強制的に引き止めた。
「待ってください。」
「?」
疑問符を浮かべるリゼを前に、ランスは1度深呼吸をして、ポッケに入っていたモンスターボールを差し出した。反射的に受け取った彼女は、自分より頭数個分背の高いランスを見上げて「これは?」と尋ねた。
「ラプラスです。」
「……どういう事?」
「先輩にあげます。要らなかったら売ってもいいですよ。私は、コイツでいいですから。」
「あ、ちょっと!?」
そういい切って、ランス君はくるりと後ろを向いて歩いていってしまった。残された私とボールの中に入っているラプラスは、ただその後姿を見送るだけだった。
Present for you.
教育代です、先輩
「……と言うわけで、うーん、奪ったや引き取ったというより、押し付けられたの方がしっくりきますかね」
「お前はそれで良いのかよ……」
俺は、ラプラスに触れるリゼにそう声をかけた。その声に反応したリゼは俺へと視線を移し、口を開いて言葉を作った。
「私も初めは売るルートに出そうと思ったんですよ。他人に懐いてるポケモンって苦手で。……でも思いの外このラプラス、ランス君に懐いてなくって」
だから、まあ私好みに仕立て上げようかなーと。ランス君みたいに。
そう言って彼女は笑った。背筋が寒くなるようなその笑みに、したっぱの男はたじろいだ。
「怖いな、お前。敵に回したくねータイプだわ。」
「はあ? 私の敵なんて、そこらにいっぱい居るじゃないですか」
「まあ確かに、ご尤もだな。ひゃひゃひゃ!」
「……先輩も敵か味方か分かりませんよね。罵ってくるしデコピン痛いし」
「はあ? お前なんか目じゃねーよひゃひゃひゃ!」
「さっきといってる事逆じゃないですか!!」
もー! と怒るリゼを横目に、したっぱの男はそんな彼女もまた、頼もしい仲間だと思い直し、笑った。また、サカキ様の元で悪事が働けるその日が来る事を願いつつ、彼は彼女の頭をグリグリと撫でた。
「な、何ですかいきなり…気持ち悪いです!」
「ひゃひゃひゃ! リゼしばく」
「いぎゃあああああ!!!」
今日もまた、廊下にリゼの助けを求める叫び声と、したっぱの男の独特な笑い声が響いた。
10/09/26
15/03/18 修正
彼女の腰についた赤と白の球体をヒョイと手に取ると、リゼはそれを見て少し黙っていた。
「あ、その子は貰ったんじゃありませんでした。奪ったようなもんです」
「……は?」
「だから、奪ったんですよ。それ。」
俺が聞き取れなかったと思ったのか、さっきと同じ口調で繰り返すリゼ。いや、聞こえてるっつーの。俺が聞きたいのは、お前が奪ったポケモンを使う事についてだ。
ロケット団は、自分で人から奪ったものであれば、珍しくない限りは使用することを許されていた。
自分としては他の奴に懐いているポケモンを無理に使うのも面倒だし、奪ったポケモンは全部売ったりする所に納めている。リゼは人から奪ったポケモンを使用することを、俺以上に嫌がっていた。
「お前が? 人のポケモンを?」
「ええ……私が奪ったポケモン使ったらいけませんか?」
「いや……」
彼女は俺の手の中に収まっていたモンスターボールをとると、その淵をつつ、と指先で撫でた。そのままボタンを押して、その小さな手の平には収まりきらなくなったボールを投げると、聞き慣れた軽快な音と共に、中のポケモンが姿を現した。
「……ラプラス?」
「そうです。ラプラスです。」
目の前のラプラスは、大きく伸びをした後、リゼを見て複雑そうな顔をした。人から奪ったポケモンっていうのは、皆そういう反応をする。
「……お前、ラプラスって……とんでもねーレアじゃねえか!」
上にばれたらやべえの分かってんのか! と窘めると、彼女は眉をピクリと動かした。
「うーんやっぱりちょっと違いますかね……奪ったより引き取ってあげたという方が正しいですかね」
「は?」
彼女は、ラプラスの頭を撫でながら呟いた。そんな彼女にラプラスは少しの信頼を寄せていた。ラプラスの目を見て微笑んだリゼは、俺様に視線を戻して、口から言葉を吐き出した。
「この子、ランス君のポケモンだったんです。」
「へえ、キミが新しく入ってきた新入りさん? ええっと、ランス君だっけ」
「……何故子供がこんな所に」
「子供じゃないです! 立派なトレーナーです! ロケット団員です!」
ランス君が新しくロケット団に入った時、私はランス君の先輩に任命された。彼が私の初めての後輩だった。張り切る私にランス君はとても……辛辣だった。
「はあ? 貴女が? 寝言は寝てから言いなさい。」
「……いいですか、何を言おうが、私はランス君の先輩です。リゼ先輩と呼ぶように!」
「嫌です」
「きょ、拒否権なんてないよ!!」
ランス君の第一印象は、やたら綺麗な顔立ちで、少し生意気。
子供に見られるのは私の身長が悪いけれど、それでも時にはこの身長の低さが役に立つのだから別に子供って言われた事は気にしないようにしている……のに。
「これから私とアナタは先輩後輩! 上からの命令です! 異論は認めません!」
しかしまあ、初めて出来た後輩というのは可愛いもので、もしかしたら先輩も私に対してこんな気持ちを持っているかも、と甘い考えが浮かんだ。が、万が一にも先輩がそんな気持ちだったら本気のデコピンなんてしてこないはずだという結論に行き着いて少し悔しくなった。どうせ可愛げなんてありませんけど!
「ランス君ってもうポケモン持ってる?」
「当たり前でしょう、持ってます。」
ランス君は私の質問に返して鼻で笑った。そして、ポケットから小さなモンスターボールを取り出し、真ん中のボタンをカチリと押した。
丁度ランス君の手の平くらいに大きくなったボールを、彼は無造作に投げた。
「クゥ」
「あ、ラプラス!珍しいね。」
中から出てきたのはラプラスだった。直に見るのは初めてだったので、ペタペタと触ってみるとひんやりしていた。流石、水・氷タイプ。
「ふーん。ランス君、ラプラス使ってるんだ。」
「コイツは鈍いですから……私としては素早いズバット等の方が良いです」
ランス君がそう言い放つと、ラプラスはすこし悲しそうな顔をした。仕方ないじゃん、ラプラスはもともとそういう種族なんだから。それに素早さの代わりに体力はあるし、強力な技だって覚えるのになあ。
「で、何をすればいいんです」
ラプラスをボールに仕舞った彼は、私にそう尋ねた。そうだな、ロケット団としての研修だもんね、何をしようかな。
私はあたりをキョロキョロ見回す。ここはセキチクシティの街はずれ。ズバットと遊んでいる小さな男の子が映った。あたりには親らしき人も、その他のトレーナーもいない。きっと近所に住む子だろう。まあ、あの子でいっか。
「じゃあ、ランス君。あの子のズバット盗ってきて。」
「……は、」
指を差すと、ランス君は短く声を漏らしながら目を大きく開いた。まさか、行き成り人からポケモンを奪って来いだなんて指令を受けるとは思っていなかったらしい。
「何ー、出来ないの?」
クスリと笑うと、ランス君はムッとした顔をした。けれど、彼の足は佇んだままで、多分、竦んでいるんではないのだろうか。
それを見たリゼは、ランスへと追い討ちをかけた。
「ランス君、これ、初歩の初歩だよ?」
「しかし、」
「良い? 酷い時はポケモンや人を始末したりするんだよ? こんな事出来なくてどうするの」
頭の中で、ガラガラを殺した事がフラッシュバックした。あんな事より、どれだけマシだと思ってるの。
「ほら、やって。」
背中をドンと押すと、ランス君の足が一歩前へと出た。彼の顔は、不安や焦燥に溢れていた。
「……ッ、」
意を決したかのように、ランス君は男の子との距離を埋めるべく、一歩。また一歩と足を踏み出す。ふと、此方に気付いた男の子が、ランス君へと視線を寄越した。
「おにいちゃん、だあれ?」
「そ、そのズバットを、こちらに渡しなさい。」
「えっ?」
ランス君は、問答無用でズバットの羽を掴んで引っ張った。突然の事に、ズバットと男の子は悲鳴を上げた。
「ズバッッ!?」
「ヒッ、お、おにいちゃんなにするの!! ズバットがかわいそうだよ!! やめて!」
慌ててズバットをモンスターボールへ戻そうと、男の子は近くに置いてあったモンスターボールへと手を伸ばす。男の子のその行動を見たランス君は、私も驚くような行動へ出た。
足を上げたかと思うと、男の子の手諸共にモンスターボールへと勢い良く下ろしたのだ。躊躇なく下ろしたその足は、しっかりと男の子の手も巻き込んでいた。
鈍い音が響いた。
「ボールに戻されると面倒です。」
「いっ、いたい! っひ、痛いよお!! うわああああん!!! っひ、っひッ!!」
冷たく言い放ったランス君は足を上げて、ズバットの羽を鷲掴みにしたまま此方に歩いてきた。後ろでは、子供が手の痛みに対してビイビイと泣いていた。
「……これで、良いんですか。」
アジトに戻った私達は、ランス君が手にしたままのズバットを見た。最初こそバサバサと勢い良く羽ばたき、何とかランス君の手から離れようとしていたものの、今現在は諦めたのか、大人しくしていた。
ランス君の顔には、まだ不安が残っていた。もしかしたらランス君、初めて人道に反れる行いをしたのかもしれない。
「うん、上出来だよ」
そう声を漏らすと、ランス君は嬉しそうに笑った。
「そうだ、リゼ先輩」
「せ、先輩……!」
「……貴女が呼べって言ったんでしょう。」
「そうでした。」
それでも、自分を先輩と認めてくれたことが嬉しかった。にやける顔を抑えつつ、リゼは、ランスとズバットを交互に見比べ、少し考え込んだあとに口を開いた。
「あ、そうだ。そのズバットランス君が使いなよ。」
「? どういう事ですか。」
「えっとね、ロケット団は人から奪ったポケモン、大抵はどこかに売っちゃうんだけど、気に入ったポケモンがあれば使っていいの。あっもちろんレアはダメだよ!」
「はあ」
「ランス君、ズバット欲しいって言ってたじゃん。使えばいいよ、それ。」
指を差すとズバットは身じろいだ。しかし、もう抵抗する気は無いようで、ランス君へと顔を向けていた。
「いいんでしょうか、」
「ズバ!」
「ズバットも良いって言ってるんじゃないの? よく分からないけど」
ランス君は、黙ったままズバットへと視線を向けていたが、ため息を一つ吐き、分かりましたと呟いた。
「いいですか、これからアナタは私のポケモンです。」
「ズバ?」
「命令は絶対聞くように。」
「ズバ!」
「良い子です。」
「ズババ!」
ズバットと会話を始めたランス君を見て、リゼは微笑んだ。結構可愛いところもあるなあ。……でも、今日の彼の見せた冷たい顔。アレを引き出すのが自分の仕事なのだろう。昔アポロ様が私にあの任務をこなさせた理由も、今となってはなんとなく分かる。それに、ランス君には素質がありそうな気がする。アポロ様もそう思って私の所に寄越したのかもしれない。
私が、ランス君を育てる。そう考えると気分が高揚するのがよく分かった。
「じゃあ、ランス君。今日のレッスンはここまでという事で、また明日ねー」
彼に手を振ったリゼは後ろを振り向いて、自室へと向かうべく歩き始めた。
明日は何をしよう。もうナイフの使い方かな。相手はキャタピーでいいかな。その次は子供の誘拐にしよう、最近経営難ってアポロ様も言っていた気がするし。
そんな物騒なことを考えている彼女の手をランスは取って、半ば強制的に引き止めた。
「待ってください。」
「?」
疑問符を浮かべるリゼを前に、ランスは1度深呼吸をして、ポッケに入っていたモンスターボールを差し出した。反射的に受け取った彼女は、自分より頭数個分背の高いランスを見上げて「これは?」と尋ねた。
「ラプラスです。」
「……どういう事?」
「先輩にあげます。要らなかったら売ってもいいですよ。私は、コイツでいいですから。」
「あ、ちょっと!?」
そういい切って、ランス君はくるりと後ろを向いて歩いていってしまった。残された私とボールの中に入っているラプラスは、ただその後姿を見送るだけだった。
Present for you.
教育代です、先輩
「……と言うわけで、うーん、奪ったや引き取ったというより、押し付けられたの方がしっくりきますかね」
「お前はそれで良いのかよ……」
俺は、ラプラスに触れるリゼにそう声をかけた。その声に反応したリゼは俺へと視線を移し、口を開いて言葉を作った。
「私も初めは売るルートに出そうと思ったんですよ。他人に懐いてるポケモンって苦手で。……でも思いの外このラプラス、ランス君に懐いてなくって」
だから、まあ私好みに仕立て上げようかなーと。ランス君みたいに。
そう言って彼女は笑った。背筋が寒くなるようなその笑みに、したっぱの男はたじろいだ。
「怖いな、お前。敵に回したくねータイプだわ。」
「はあ? 私の敵なんて、そこらにいっぱい居るじゃないですか」
「まあ確かに、ご尤もだな。ひゃひゃひゃ!」
「……先輩も敵か味方か分かりませんよね。罵ってくるしデコピン痛いし」
「はあ? お前なんか目じゃねーよひゃひゃひゃ!」
「さっきといってる事逆じゃないですか!!」
もー! と怒るリゼを横目に、したっぱの男はそんな彼女もまた、頼もしい仲間だと思い直し、笑った。また、サカキ様の元で悪事が働けるその日が来る事を願いつつ、彼は彼女の頭をグリグリと撫でた。
「な、何ですかいきなり…気持ち悪いです!」
「ひゃひゃひゃ! リゼしばく」
「いぎゃあああああ!!!」
今日もまた、廊下にリゼの助けを求める叫び声と、したっぱの男の独特な笑い声が響いた。
10/09/26
15/03/18 修正