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 自治体のお付き合いというのは煩わしいもので、イベントに参加しなければ、やれあそこのなになにさんは付き合いが悪いだとか、自分の利益しか考えない人間だと陰で囁かれるのだからたまったものではない。だからといって、自治体から抜け出すということは、事実上の村八分であるため、そんなことできない、できっこない。
 ジムリーダーだなんていう自治体のトップたる立場にいるマツバに至っては、参加しないという選択肢がそもそも用意されていないのだから、可哀想でもある。

「リゼはいいよな、出張だなんて理由がつけられてさ」
「何言ってんの、私が隣のウメさんにどんだけ嫌味言われたか知ってんの。というか、マツバだって出張のお仕事くらいあるでしょ」
「俺の場合は、俺の仕事の都合に合わせて催しの日を決められるからな、逃げられん」

険しい顔のまま、口だけ歪に笑みを浮かべるマツバ。よっぽど今度のイベントが嫌らしい。

「そんなに嫌なの」
「まあな」
「何があるわけ、良い顔しいのアンタがそんなに嫌がるだなんて」

最後の家として回ってきた回覧板から、マツバは一枚のチラシをとってこちらにヒラリと寄越した。目が痛いくらいにカラフルなチラシには、筋肉隆々のむさ苦しい男と、ニョロボンがダッシュしている姿があった。その後ろにはスレンダーな女性がオドシシと続いている。

「『ポケスロン』……ああ」
「あそこ、新しくオープンしただろ。周りに広く知ってもらうために、だとさ」
「客寄せパンダってこと」
「そういう事」

 顔の良いマツバがゲストとして参加するのなら、大人のお姉さん達もやってくるだろう。何回もため息をついて嫌だと猛烈にアピールをしてくるマツバに苦笑いをしながらも、キャリーバックに着替えを詰める手を再開させた。

「ま、引きこもってないでさ、たまにはマツバも運動しなよ」
「……行きたくない」
「私に言っても何も変わらないって……じゃあ、リニアの時間もあるし、私そろそろ行くね」

 キャリーを抱えて玄関まで歩けば、ふわふわと付いてくるゲンガーと、ノロノロ付いてくるマツバ。せめてキャリーくらい持ってくれてもいいのに。まあマツバがそんな事してくれるわけないか。見送ってくれるだけでも十分か。

「……気を付けて」
「うん。マツバも頑張ってね」
「…………仕事ミスんなよ」
「え、無視?」

 引き戸を開ける前に、触れるだけの軽いキスを寄越したマツバは、かったるそうな背中を見せながら奥に引っ込んでいった。
 バイバイと手を振るゲンガーの頭をなでで、私は扉に手をかけた。
「いい子にしてるんだよゲンガー、また2日後にね」
「ゲンッ」



「嘘、死んでる」

 出張終わりのクタクタな状態でエンジュに戻ってきた私の目の前には、畳に突っ伏して動かないマツバが居た。
 やばいやばい、マツバって病気持ってたっけ、それとも殺人? 警察、いや、とりあえず救急車? ええと、応急救護って何から……
 思考が上手く繋がらず、うろたえる私の耳に、マツバの不機嫌極まりないといった声が飛び込んできた。

「死んでねーよ」
「あ、な、なんだ、生きてたの」

 声がして、ほっと一安心したものの、マツバはなおも動かない。お土産を期待して寄ってきたムウマやゲンガーたちに、「アレどうしたの?」と聞いても首を傾げるばかりだ。

「ねえマツバ、いい加減起き上がってよ。私すっごいクッタクタで……」
「動けない」
「しかも今回の仕事の上司ったらさー……え、なに?」
「動けない」
「……動けないって」
「体が痛くて、動けない」
「……。」

私が黙っていると、ようやく体を動かして仰向けになったマツバ。その動作一つでうめき声をあげて、顔をしかめるのだから、じわじわとこみ上げる笑いを何とかこらえようと、右手の甲を思い切り抓った。いたい。

「な、なんで」
「……ポケスロンが、」

 マツバ曰く、審査員のようなポジションに期待して行ってみれば、特別ルール「トレーナー参加型」のバウンドフィールドを始め、チェンジリレー・ダッシュハードルに無理やり参加させられたらしい。
 こう見えてもイベント参加に毒吐くマツバは見栄っ張りの八方美人だ。断ることもできず、だからといって気だるそうに動くことはプライドが許さなかったのだろう。

「昨日の夜から、ずっと体が痛くて」
「うん」
「……」
「……笑いそう」
「殴るぞ」

 拳を作って軽く振り上げようとしたマツバは、また短く呻いた。頑張り過ぎたにしろ、どんだけ運動してなかったんだよコイツ。
 呆れ半分、面白さ半分でマツバを見つめていると、耳まで赤くしながらマツバはブツブツとぼやき始めた。

「だから嫌だったんだ。もう参加しない、絶対に」
「でも、きれいなお姉さんにきゃあきゃあ言われていい気になったんでしょう」
「……それは、まあな」

 口角を上げて満更でもなさそうなその表情が少し癪だったので、バージョンアップしたばかりのポケギアで、ムービーを撮ってやった。
 いつもなら恐ろしくてできないそれも、筋肉痛に苦しむマツバには阻止できないらしい。あとでハヤトくんにでも送りつけてやろうかな。

 すっかり拗ねてしまって背中を向けてしまったマツバの頭を、ゲンガーを撫でるみたいに撫でながら声をかける。

「ゆっくりお風呂につかりなよ、お湯沸してくるね」
「……ああ」

 マツバの不愛想な声の中に、ほんの少し嬉しそうな雰囲気を見つけて、思わず口元が緩んだ。
 それに、大人のお姉さんたちが、マツバのこんな姿を知らないことすら、優越感を感じてしまう。……なんて性格が悪いんだ、私は。

「今度、マツバの運動する姿見たいな」
「……夜の誘いは筋肉痛が治ってからにしてくれ」
「そうじゃないわよ! へんたい!」

しばらくはフワライドを使った移動を禁止しようと決めたのは、彼が1時間半以上の長風呂から出てきた後だった。



格好悪いは特別



15/07/07


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