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 なんだったかなあ、あの人の名前。
 水色の髪に切れ長の目、白い肌に長い指。ほのかに香った、爽やかながらどこか甘い匂いなんかは、いつまでも経っても忘れられないというのに。
 ある日の未明、ポケギアに入っていた一通の留守番電話を最後に途絶えた連絡。未だに消せないその留守番電話をまた再生する。長い沈黙の後に一言だけのメッセージを、もう何度聞いたことだろうか。

『……リゼ、愛していますよ』

 ああ、そうだ、この声もそう。丁寧な口調もそう。彼の手つきも口調に似て優しくて、腕の中に納まった時の幸福度と言ったら、これ以上にないくらいだった。……いっそ、あの時に消えてなくなってしまえば良かった。



 彼とは不思議な出会いだった。仕事尽くしの毎日に疲れきった週末、足を引きずる家までの帰路。街灯に照らされた彼と、目があった。ニコリと微笑まれて……アレは、きっと一目ぼれだったのだろう。すっと差し出された右手に連れられて、疲れも忘れて夜の街を歩いた。

 一日限りの出会いかと思えば、いつの間にか交換していた連絡先。激務の平日が終わって穏やかな休日には、自然公園にあるベンチの一つで、暖かい日光の中季節の移ろいを一緒に楽しんだりもした。お勧めのカフェを紹介して、静かな空間の中で二人黙って別々の本を読んでいたこともあったっけ。

 あとは……まだ、いろいろあったと思うんだけどな。やっぱり、少しずつ消えて行っているのだろうか。
 どうして、急に連絡をくれなくなってしまったのでしょう。
 いくら季節が巡っても、どんな人と出会ったとしても、あなたを越える人に未だにあったことがありません。……貴方はそうではないのかもしれないけれど。

 今日なら、嘘だったんですよと現れたって構いません。まだ、笑って許せると思うんです。例え今日がエイプリルフールじゃなかったとしても、明日だろうが、明後日だろうが。もう何だっていい。ただ、あなたに会いたいです。

 あなたが消えてしまった少し前だったかな、それとも少し後だったかな。大きな事件が一つあったくらいで、この町はとても平和です。自然公園のベンチは、場所が変わってしまいましたが、無くなったわけじゃないんですよ。

 ほんのり香るあの匂いで包んでください、桜や梅の香りで忘れてしまいそうなんです。雲一つない快晴の空とあなたの髪、どちらが青かったでしょうか。春一番の大風が、髪の毛を乱していく前に、私より一回りも二回りも大きな手で、なでてください。口に入るどの甘味よりも甘くて深い、口づけだってほしいです。機械を通したメッセージの声じゃなくて、あの澄んだ声を聞かせてください。できれば、もう一度好きだと、言ってはくれませんか。

 もう名前さえ忘れてしまった私が、五感の記憶を失う前に。



春の訪れ、忘却の時間



15/04/01


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