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 艶出しされた漆のようなグラサージュで覆われたチョコレートケーキ。真っ赤に熟れた大粒の苺が、真っ白の生クリームの上でより一層目立つショートケーキ。そして、サクサクのパイ生地と甘いカスタードが織りなすボーダーラインが美しいミルフィーユ。
 次の任務の資料作りに励むランス様を横目に、私は白い箱の中身をお皿の上に一つ一つ丁寧に取り出した。隣にはいれられたばかりのアッサムのミルクティー。今私は世界で一番幸せかもしれない。

「よくそんなに食べようと思いますね」

 横から野次が飛んでくる。声の主は言わずもがな。

「そんなこと言ったって、あげませんからね」

 ランス様の座っている居場所との距離は2メートル以上ある。其の上、ランス様がケーキを欲しがるなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。けれど、なんとなくお皿の端をつまんでほんの少しランス様から遠ざける。
 それを見て、ランス様はハンと鼻で哂った。「いりませんよ」

「勿体ないですよ、甘いものの良さが分からないなんて」

 フォークでショートケーキの先端を小さく切り取って口へと運ぶ。ふわふわとした甘いスポンジ、甘いクリーム。口の中でゆっくりと溶けていく。
 次はチョコレートケーキ。艶々の表面にフォークで傷をつける。ほろ苦い表面と、中の甘ったるいチョコクリームが舌の上で混ざる。甘酸っぱいアクセントになるのは隠されていたラズベリーのジャム。
 最後にミルフィーユ。小さく分けようとすると、カスタードが押され出て来た。それも全部フォークの上に乗せる。サクサクとした触感は、口内でカスタードクリームによって柔らかく変わった。

「おいしーっ!」
「そうですか」

 良かったですね、なんて思ってもないくせにそう呟きながらランス様はパソコンのキーボードを叩いていた。仕事のできるランス様のことだから、もうすぐ終わるだろうな。
 もうすぐ構ってもらえるだろうと期待しながら、目の前の甘味を少しずつ味わう。

「ミルクティも…………うん、美味しい」

 香色の液体も、少し魔法をかければケーキに負けない甘さを私に届けてくれた。やっぱり、ミルクティーは甘くなくちゃね。



「隣、良いですか」

 ミルフィーユが姿を消したころに、ランス様の声がさっきよりもずっと近くで聞こえた。ああ、仕事終わったんですね、どうぞ。
 真ん中で独占していたソファを、二人で分ける。

「疲れました、リゼ」

 ランス様が私の方へ寄りかかってくる、珍しい甘え方に、ちょっぴりときめいた。でも今は目の前が優先!

「んーと、ちょっとまってくださいよ? やっぱりゆっくり味わいたいので」
「嫌です、私を待たせるだなんて許すと思っているのですか」

 お、今日のランス様はちょっぴり変だ。そういえば、最近ロケット団の中もピリピリした空気だものね。きっと大切な出来事が目前に迫っているのですね。

「仕方がないですね、もう」

 室内灯の光を反射する銀色をお皿の上に置いて、ランス様の方を見る。1回だけチューしたら、またケーキを味わいに戻りますからね。そう言ってランス様の唇に自分の唇を重ねた。軽く舌をのぞかせて、ぺろりとするものの、ランス様の唇は甘くない。

「では今度こそ少し待って下さいね」

 再びフォークを手に持って、先ほどよりほんのちょっぴり急がせた。ちゃんと味わわないのは勿体ないけれど、甘えん坊なランス様は結構レアだ。
 チョコレートケーキが、すくえないクリームをお皿に残して消えた。あとは小さくなったショートケーキだけ。
 その前に少し冷えてしまったミルクティを飲む。物足りない気がして、もう少しだけ魔法をかけようとした手を、ランス様は止めた。

「待ちなさいリゼ、貴女それで何本目ですか」
「えっ?」

 突然の問いかけに、白い箱の中をランス様と一緒に覗いた。役割をはたして折りたたまれたケーキフィルムに混じって、それの空が底に転がっている。

「えーと、まだ2本ですね」
「まだ……」

 息をのんだランス様は、即座に私のミルクティに手をかけた。あっそれ私のと伝える前に、少量を口に含んだランス様は、目を見開いた。
 次の瞬間肩を掴まれて唇を奪われる。積極的だと思うよりも先に、唇が無理やり開かれて、何かが流し込まれた。甘い。

「ケホッ」

 突然のことに上手く嚥下が出来なかったらしく、むせた。でも、甘いキスだった。なんて先ほどの甘い感覚に思考を奪われていると、ランス様の鋭い声で一気に引き戻された。

「こんな甘ったるい砂糖の液体、初めて飲みましたよ!!」
「美味しかったでしょう? ランス様」
「美味しかったわけがないでしょう! 入れすぎです!」
「え、えっ、でも」

 だってケーキと一緒に食べてたら、どんどん物足りなくなるんだもん。だから、ちょっとくらい、仕方ないじゃないですか。そう伝えると「何がちょっとですか!」という言葉と共に、ランス様の米神に青筋がぷくりと浮かんだ。

「太りますよ、肥満体系は嫌いです」
「き、嫌われるのは嫌です……あの、太らないように頑張りますので!」
「何を頑張るのか分かりませんが、どの道この砂糖の量は異常です。やめなさい、今すぐに!」

 カップをもってソファを立ったランス様の腕を、両手で掴んだ。慈悲の欠片も無いランス様は、シンクへそれを捨ててしまうつもりかもしれない。とんでもないです、そんなの!

「今日! 今日だけ見逃してください! お願いします、一生のお願いここで使いますから!」
「ダメです」

 ぴしゃりと言われて、手を払いのけられた。もう、奥の手しか……。

「……ランス様のさっきの口移し、とっても甘くて癖になりそうでした」

 ランス様の足が止まった。よし効果はありそうだ、畳みかけるしかない!
 目の前に残された一口大のショートケーキのお供に、そのミルクティーは欠かしてはダメなんです。どちらが甘いか競争させて、両方美味しくいただかなければならないのです。

「わたし、もう一度……したいです、ダメですか?」

 振り返ったランス様を、上目遣いで見つめた。半分、勝ったと確信した。

「……あと一度だけですよ、二度としません。そしてお前の一生に一度のお願い、もう使えませんからね」

 早足で戻ってきたランス様は、心底嫌な顔をしてカップに口をつけた。そのままぐいっとカップの中のミルクティを全て口の中に閉じ込めてしまった。
 ああしまった、ショートケーキと一緒に飲むはずだったのに。まさか全部使ってくれるだなんて、いえ、嬉しいんですけど。

 今度は、味わって喉の奥へと流し込んだ。喉が音を立てた後も、ランス様は解放してくれなかった。これでもか、という具合に絡みついてくる甘い舌を堪能させられる。息が苦しいのに幸せなのは、私が大の甘党だからか、それとも相手がランス様だからか。

「っぷは、」

 ランス様は、そんな私と違って苦虫を噛み潰したような顔なのが、少し面白い。またお願いしますと言ってみたら、絶対に嫌ですとプリプリ怒ってしまわれた。
 皿の上に残された最後の一口を、とっておきの苺も一緒に放り込む。歯で潰すと甘酸っぱさが広がって、甘くて深いキスの後にはいいアクセントだった。



Super sweet xx
ごちそうさまでした。



15/03/25


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