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空が、泣いていた。

どんよりと日の光を完全に遮断するほどに厚く広がった雲の所為で、昼間だというのに薄暗い。しかも、湿気で早起きしてセットした髪型も台無し。あちこちが好き放題に跳ねている。
雨は嫌いだ。気持ちまでどんよりと雲が掛かってしまう。

「・・・はあ。」

ため息を吐くと、相棒のミジュマルが此方を見上げた。そうか、この子は水タイプだから雨は大好きなんだっけ。・・・ちょっと羨ましいな。なんて考えながら、またため息を吐くと不意に後ろから声が掛かった。

「リゼ?」

振り返ると、そこには傘を差したトウヤ君と、その腕に抱かれたポカブが此方を見つめていた。

「どうしてそんな所に突っ立っているの?・・・あーあ、びしょ濡れじゃないか」

ほら、風邪ひくよ。そう言ってトウヤ君は私に傘を差し出した。今まで頭に、肩に容赦なく叩きつけていた雫が無くなって、代わりにパラパラと言う音が大きく聞こえた。

「・・・・・・あ、ありがと。」
「・・・リゼ?」

彼の左肩が濡れていた。さっきまでは明るい水色だったそこは濃い青色になっていて、少し重そうだった。

「トウヤ君、濡れてるよ。」

私はそう呟いて、彼の手を押し返した。
傘が揺れた拍子に落ちた水滴が鼻先に当たったらしく、ポカブが短い悲鳴を漏らした。

「あっ、ごめんよポカブ。・・・そうか、ボールに戻せばいいのか。」

懐から出したモンスターボールにポカブを戻して、トウヤ君は笑った。私のミジュマルはというと、近くに出来た水溜りで遊んでいた。

「・・・でも、リゼ。女の子が体濡らしちゃダメだよ。」

だからホラ。傘をさらに突き出されて、今度はトウヤ君の帽子や右肩まで濡れ始めてしまった。丁度その瞬間に雨足が強くなったので、彼の服はすぐに水を吸って重そう・・・いや、絶対に重いだろうと思った。

「私なんか、いいから。」
「ダメだよ」
「だって、」
「リゼ」

突然呼ばれた名前に肩が跳ねた。いつも呼ばれている名前なのに、どうして?自分の中で問うて、すぐに答えは出た。トウヤ君の声色が、いつになく真剣さを帯びていたからだった。

「泣いてるの?」
「泣いてなんて、ないよ。どうしたの、急に・・・」
「嘘だ。リゼ、泣いてるよ。」

トウヤ君の手が、そっと私の頬に触れた。
雨によって体温を奪われていたらしい私の冷たい頬には、トウヤ君の手がとても暖かく感じた。



彼の言うとおり、私は先ほどまで泣いていた。雨で全身がびっしょりしていたから、誰にも分かる訳が無いと思っていたのに。

「・・・いつまで経っても、あのジムリーダーに勝て、なくて。」
「・・・・・・うん。」

トウヤ君は大分前に挑戦して、勝利したあのジムリーダーに、私はどうしても勝てなかった。そうしている間に、私とトウヤ君の差はどんどん広がっていって・・・そう考えると涙が止まらなくなったのだ。

「トウヤ君が・・・私を、おいて、っちゃう、気が・・・し、て。」

ミジュマルが足元でオロオロしていた。ごめんね、あなたを勝利させられなくて。私が、私が悪いの。
自己険悪がグルグル渦巻く思考の中に、不意に光が差し込んだ。

「リゼ」
「・・・」
「・・・ボクは、ずっと・・・ちゃんと、待ってるから。」
「でも、」
「これはボクが決めた事だ。」

だから、リゼも焦らないで、ね?ギュ。と抱きしめられたトウヤ君は、凄く凄く、暖かくて。
私は何も言えずにただうなずきを繰り返すのみだった。

「とりあえず、ポケモンセンターに行こうか」

トウヤ君がまだ私の方ばかりに傘を傾けてくるから文句をいうと、じゃあこれなら文句無いでしょ!とこれまた心音が聞こえてくるのではないのだろうかというくらいに近づかれてしまった。
ミジュマルは、水遊びをしながらそんな私たちの後ろをついてきていた。



雨音ぱらぱら、
心音ドキドキ。



10/10/08


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