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公園に向かう足取りが軽い。
ポケギアの画面に映る、受信したメールをみながらリゼは頬を赤く染め、口角をあげた。
―――やっと会える。

昨日、日付が変わる1時間前に、以前少しいいなと思っていた男の子から、新作の映画を一緒に見に行こうとお誘いがあったが、リゼは迷うことなく断りのメールを入れた。

『ごめんなさい、明日は用事が入ってて』

『じゃあ明後日はどう?』と、なおも食い下がる少年のメールには返信することもなく、直後に届いた別人からのメールに、おやすみなさいと告げて、リゼはポケギアを机の上においてある充電器に繋いでベットに入った。

次の日、つまり今日のことだが、家を出ようとするリゼのポケギアに、また少年からメールが届いたが、リゼはメールを開こうとさえしなかった。



―――同年代の男の子って、ほんと子供ね!それに比べて、ラムダさんは…

大人らしい文面、考え方。何度悩み事を打ち明けたことだろうか。
まだ顔は知らないけれど、きっと素敵な人なんだろうと、まだ見ぬラムダさんに思いをはせる。

「20分前…」

自然公園のベンチにたどり着き、公園にある時計を見る。てっぺんを越えて1時間と少し。
約束の時間まで20分。
髪型は変じゃないかな?と、暗くなったポケギアの画面に自分の顔を映して確認する。うん、オッケー!
画面に向かってニッコリ笑って、ポケギアをバッグにしまい込み、そして公園を見渡してみた。

そんなリゼの視界に、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる男の姿が入ってきた。
紫の髪。同年代の男の子よりもはるかに高い背丈に、細い腰。少し垂れた目に、泣きぼくろ。服装も、白いカッターシャツと細身な身体のラインをさらに際立たせる黒いパンツにトレンチコートを羽織り、学生なんかには決して見えない。
男はリゼの座ったベンチに近寄って、笑みを浮かべた。

「リゼちゃん、だよね?俺がラムダです。」
ペコリとお辞儀をしてみせたラムダの大人らしい振る舞いは、リゼの胸の高まりをさらに大きくするのに十分なほど様になっていた。

「あっ、えっと、はい、ラムダさん…あの、お会いできてうれしいです!」
「来るの早くない?まだ約束の時間まで時間あるよ」
「それは、えっと…楽しみで。そういうラムダさんこそ」
「ははっ、確かに。じゃ、行こうか。おいしいカフェあるんだよね」
「はい!」

ベンチを立ち上がったリゼに、ラムダは躊躇することなく手をさしのばした。
「手をどうぞ、お嬢さん」



リゼは目を白黒させた。
(た、高い…)

メニューの名前の横の数字が憎い。自分が普段友達と食べているような値段に、0をもう一つ付け足したその金額は、いつもより潤わせて来た財布の中を、渇き果てる3歩手前くらいにするくらいには、リゼにとって常識外な値段だった。
しかし目の前の男には値段を気にしているなどという面を見せるのはあまりにもみっともない。ばれない様に、悩んでいるフリを続けながらメニューの書かれた本を捲り、1番安いものを頼めばばれてしまいそうだと考えて、3番目くらいに安値のメニューに決めた。

リゼが悩んでいる間にラムダは何を頼むか決まっていたらしく、顔を上げるのと同時に片手をあげてウェイターを呼び寄せた。その動作もなんだか大人らしい。
カタカナの続くメニューを噛むことなく、スラスラと告げるラムダと対比して、しどろもどろにメニューを読み上げ、店員に正しい抑揚とアクセントで復唱されて顔を赤らめるリゼは、全く逆の立ち位置にいることは明らかで、それが彼女の心を薄暗く染め上げた。

もっと、もっと大人になりたい。



値段こそ気にして決めた料理だったけれども、リゼを満足させるには十分だった。サラダのシャキシャキとした触感や添えられたトマトとオイルドレッシングの組み合わせは絶妙だったし、ほんの軽く焦げ目のついたパンに挟まれたハムのジューシーさは、コンビニで売っているものとは比較にならない程だった。
前菜からデザートまで舌鼓をうったリゼの目には伏せられた伝票が映り込んだ。ついに現実に向き合わなければいけなくなった。
美味しい思いをしたのなら、それなりの対価を支払わなければならない。…なんてことのない、極々当たり前のことだ。



「じゃ、いきますか」

ラムダが伝票を掴んだのを機に、リゼも鞄を手にして立ち上がる。
(…次にここに来るのは、自分で働き始めてからかな)

鞄の底に沈んだサイフを指先に力を入れて引っ張り上げて、レジの前で精算を待つラムダの斜め後ろに立つと、彼はきょとんとした顔で彼女に告げた。

「いいよいいよ、大人に任せなさいって」

同年代ならこうはいかなかったであろう。いかなくても別に何とも思わない、その代わり自分で支払うお金も今日のような値ではないけれども。
ラムダはカードを店員に差し出して一括の引き落としになるようにと云っていた。奢り慣れているようだった。社会人でも、人の上に立っているような人なのだろうか。
興味と敬意が膨れ上がり、恋心に似た憧れの気持ちも成長していくのを、リゼは感じた。

だから、自分の手を取った男が、歓楽街へと足を向けるのに嫌悪感は全く持たなかったし、むしろ期待が高まった。



初めての彼氏とは手をつなぐのにも時間がかかった。抱きしめてもらうのも、キスをするのには年単位の時間がかかったし、その先のステップには片足を踏み込んでもたもたしているうちに、関係自体が解消されてしまった。それから彼氏ができなかったわけではないけれども、最後の段階まで進む前に別れてしまうのがじれったくてリゼをさらに不満にさせていった。

「…何も言わないんだ」
「…はい」

初めてだというのを悟られまいと、目線をなるべく動かさないようにしながらリゼはラムダの横顔を見上げた。横目でこちらを見下ろす彼の瞳に胸が跳ねた。

「そう。じゃ、ここにしよっか」

けたたましく鳴り始めた心臓の音は、昼間なのに酔っぱらった中年の人の笑い声や客引きの声に負けて、きっとこの人には届かないだろう。
少し微笑んで再び前を向いた男に連れられて、少女は多く並ぶ色とりどりの建物の一つに消えた。



手慣れた風に受付を済ませる男の後ろ姿をぼうっと眺める。やっぱり経験の差は大きい。彼がこちらを向いていないのをいいことに、リゼはフロントを見回した。いつか家族で行った旅行先で泊まったホテルとは打って変わって照明も微妙な明るさになるように設置されていた。青い光が目に刺さる。
次に彼の背中からその先を見た。部屋の写真が並んでいる。ところどころには在室の札がかかっている。つまり、そういうことだろう。

「リゼちゃん、希望ある?」

突然自分の名前を呼ばれて我に返る。こういう時になんと返せばいいのだろうか、わからない。とりあえず、問いかけられたのだから、沈黙はしないほうがいいのだろうということだけは分かる。

「わたしは、なんでも」
「うーん…じゃあここにしよっかな」



鍵を受け取ったラムダさんの2歩後ろをついて歩く。いよいよこの時が来たんだと、期待に顔がほころびそうになる。ずっと大人になりたかった。子供な周りも、自分も、そして自分を子ども扱いする大人が嫌だった。これが終わったところで劇的に変わるわけじゃない。けれども、自分の中では一つの区切りにしたかった。

彼に続いて部屋に入る。やたら発色のいい大きなベッドと、存在感のある鏡が目に入る。ベッドのそばには2人がくっついて座る程度の小さなソファが置かれてあった。

(ここが…)

丁度、後ろで鍵のしまる音がした。もう、逃げられない。



くろいまなざし



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15/03/12


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