Pkmn | ナノ

Top | 06/02 | Main | Clap



※暴力/死 描写 注意



元々細い目を更に細めると、それはもう睨んでいるのか目を閉じているのか分からない。けれどこの人のその目は、見ているものを凍てつかせる、蛇に睨まれた蛙のように。彼が上司だった頃、幾度かその視線に心臓を素手で掴まれた様な錯覚に陥ったものだ。

私の元上司であり、元仲間であり、今現在の敵である、ランスさまの大きな特徴が、それだった。

「ね、ランスさま? ちょっとお話をしようよ。」

猿轡を咥えさせられ、何も喋らないランスさまは、言葉の代わりに更に強く私を睨みつけた。だからといって、手足も縛られたランスさまに怯えるなんて有り得ない。寧ろ滑稽で笑いが出てしまう。

「あのね、今まで私がドジしてダメにしちゃった任務って、幾つだと思う?」

返事が返ってくる事は無い。分かっている。だから、彼の脳がその質問への答えを弾き出す前に答える。

「19回だよ? 19回も任務をダメにしちゃったんだ」

あははと笑うと、私とランスさま以外の生き物が存在しない、真っ暗な倉庫に私の笑い声が響いた。何て汚い笑い声だろう。

「本当なら、もうクビになってもおかしくない回数だよね?」

「なのに、どうして私がランスさまの下で働き続けれたんだと思う?」

この質問には、彼の回答が必要だ。彼の回答でないと、私がつまらない。仕方なく猿轡を外してやると、彼の唇から血が流れていた。この血は、私がさっきまで彼に振るっていた暴力なのか、それとも自分で傷つけたものなのか。どちらにしても、今はどうでもいい事か。

「……」
「ねぇ、何で猿轡外してあげたのに喋らないの?」
「……叫び、ますよ、」

違う違う、私はそんな回答期待して無いよ。それに、ランスさまはもう叫べないの、知ってるよ?だって、私がその五月蝿い小言を作り出す喉を、さっきぐしゃぐしゃに踏み潰してあげたんだから。今のランスさまは、蚊の鳴き声みたいに小さな声を絞り出して喋るのが精一杯でしょう?

「ねぇねぇ、ランスさま? どうしてドジばっかり踏んじゃう私を、下で働かせたの? ねえ教えて?」

どうして答えないのー? と耳元で囁きながら、彼の首筋をつつ、と撫でると、一瞬だけ彼の体が跳ねた。

「やめ…」
「ねぇ、ランスさま、答えてよ。……まさか、自分の気持ちも分からなかったの?」

彼のセットされた髪をぐいと掴んでみる。綺麗な髪だな、ホント綺麗。

「じゃあ、馬鹿なランスさまに教えてあげる。ランスさまね、私の事好きだったんだよ! だから、どれだけ私がドジしようと、どれだけ私がアポロさまやアテナさまやラムダさまに疑われようと、どれだけ私がランスさまの事を命の危機に晒そうと。それでも私を下に置いてくれたんでしょ? そうでしょ? 違うの? 違わないよね?」

ランスさまは答えなかった。けれど、ランスさまの一瞬泳いだ目を見る限り、きっと彼の気持ちのど真ん中を貫いていたのだろう。だがそれを肯定することは、彼のシロガネ山のように高いプライドを傷つけることになる。

「でもね、ランスさまが私なんかを好きになってくれて良かった! 潜入操作が凄く楽だったの!」

ランスさまは、誰よりも自分が可愛くて仕方が無いお人だから。

「いつものランスさまだったら、私がワタルさんの手先だって、すぐに気付けたでしょ?」
「それが、恋だの愛だのに囚われて分からなくなっちゃったって事!」
「ホントにランスさまってロケット団の幹部なんですか?」
「すごーい! それなら私だったらロケット団のボスになれるかも!」

だからね、私が代わりにその馬鹿みたいに高いプライドを粉々にしてあげるの。

「リゼ、」

かすれた声が私の鼓膜を刺激する。いつもは澄んだ綺麗な声なのに。

「何ですか?反論でもありますか?」
「……お前は、サカキ様のようには……なれません、よ」

嗚呼、その眼。人を、上から見下ろすような眼。立場でいえば、私の方が上に立っているというのに。腹立たしい。キモチガワルイ。

「ねぇ、ランスさま。」

彼の顔にぐいと自分の顔を近づけると、目を逸らされた。それでいい、だってムカツク視線が無くなるから。口紅で赤く飾ったかのように新鮮で綺麗な赤い唇に、自分のソレを重ねると鉄の味がした。不味い。

「――ッ!」
「ランスさま、顔が茹蛸みたいに真っ赤ですよ! ああ、今のランスさまはオクタンにそっくりです、瓜二つです!」
「おく……たん、」
「あはは! ロケット団一冷酷な男がオクタンですか! 自分で言うのもアレですけど、笑っちゃいますね!」

子供みたいに、無邪気に目の前の男を追い詰めていく。自分でも吐き気がするくらい気持ちが悪い行動だ。

「私だって、馬鹿なランスさまは生かしておいてあげようかなーって思ってたんですよ?」

白くて絹のようにきめ細かい綺麗な肌に、赤や紫の華が咲く。それは全身に散りばめられていて、勿論衣服の下だって例外ではない。

「でもねー、ワタルさんが殺せって言うからさ、仕方ないんだよ。」

華の一つをちょんと触ると、ランスさまの整った顔はぐにゃりと歪んだ。いつものランスさまの顔も好きだけれど、今の顔の方が私は好きだな。
 もう、鋭い視線で私を射すくめようとする気力さえ失ったのだろうか、ランスさまは僅かに口をあけたまま、微塵も動こうとしない。

「そう、仕方ないんですよ。」

彼を楽にさせてやりたかったのか、それとも私自身がこの行為に疲れたのか、はたまた飽きてしまったのか。そんな思考はどうでも良いと振り切った私は、懐から注射器を取り出してランスさまの目の前でちらつかせた。

「……それは、」
「ごめんなさいランスさま、私、どれだけランスさまを苦しませて逝かせてあげようかと迷ったんですけど、コレしか持って来て無いんです。コレ、分かりますか? 有機水銀です。」
「すい、ぎん」

目の前で転がす注射器の中で、たぷたぷと揺れる銀色の液体。暗闇を照らす蝋燭のお陰で、それはまるで月の光に染まったような、銀色の妖しげな光を放っていた。
無抵抗なランスさまの手首を掴む。そこには未だ華は咲いていなかった。針をあてがうと、それは案外簡単にランスさまの皮膚を突き破った。ゆっくり中身を流し込むと、彼は嘔吐や嗚咽にも似た息を漏らした。

こんな時くらい、そのプライド脱ぎ捨てて苦しめば良いのに。

「ねえ、ランスさま、好きな子に殺されるのって幸せなの? 私そう聞いたんだけど、実際のところどうなの? 幸せ? 悲しい? 嬉しい? 愉しい? 悔しい? 寂しい?」

ランスさまは最後まで私の質問にまともに答えてくれなかった。尤も最後の質問には、痛みに全てを持っていかれて答える余裕が無かったのかもしれないけど。

「ランスさま……私もランスさまの事、好きだよ。両思いだね。」

耳元で囁くと、ランスさまは一瞬だけ目を見開いた。すぐにまた、痛みでぎゅうと締め付けられる。なんだ、ちゃんと私の声聞こえるじゃない。そう判断した私は、今日ランスさまに向けた中で一番醜くて一番素敵だと思う笑みを向けた。



「なーんてね!うっそぴょん」



「はい、任務は完了しました! 今からそっちに帰還しまーす」

もう動かない亡骸と化したランスさまを、そこらへんの適当なダンボールに詰めて、ケーシィにテレポートで移動させた後、ワタルさんに任務完了の報告をした私は、もう誰も居ない、私の息しか聞こえない空間で、もう1度呟いた。

「なんてね、それも嘘」



嘘の嘘
好きだったよ、ロケット団じゃなかったらね。



10/08/05


[ BACK ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -