この関係に名前をつけよう

※こちらは『つたないこころの裏側で』の続編です。




「私たちが仲良くしていること、内緒にして欲しいの」

目の前にいる愛しい存在の口から真剣そのものの顔付きでそう言われたものだから、俺は返す言葉を上手く見つけることが出来ずに、逡巡してそのまま黙り込んでしまった。



あれはちょうど2ヶ月前。土曜日の午後だった。
部活が始まる前に、牧さんと神さんと共に学校のすぐ側にあるコンビニへ出向いたところで、彼女が抱えていたトラブルを目の当たりにした。
あれをきっかけに、佐藤がなぜ、あれ程まで頑なに周囲との馴れ合いを避けるのかなんとなく解ったような気がした。彼女が抱える心の奥に潜む闇は、きっととてつもなく深くて、その時に助けた俺でさえも、気を許すとその場で一緒に泣いてしまいそうになったほど……。

未だに俺たちは、相変わらず昼休みに体育館裏での逢瀬は続けていて、その場では気を許して屈託のない笑顔を見せてくれる彼女だったが、他人の目が光る教室内では依然としてツンと素っ気ない。それが、彼女の自己防衛する手段として選んだものだったとしたら、俺には何も言うことが出来なかった。
軽々しく、「明るく愛想よくしたほうが良いだろ」なんてことは、とても言えないでいた。

あの2ヶ月前の出来事をきっかけに、お互いの気持ちは確認できたようなものだったが、ただそこで付き合うとか付き合わないとか、そういった踏み込んだ話は全く出て来ていない。
彼女も俺のことを、「多分好き」だと言ってくれて、俺も彼女に「大事な存在だ」と伝えて……。
その時は、互いに想い合っているという事実だけで俺は嬉しかったし、満足していた。

今の関係性に敢えて名前を付けるならば、まさに『友達以上、恋人未満』といったところか。
その時にはっきりと自分自身の気持ちも自覚して、彼女のことが本当に大事だと、あの時、俺が助けてあげられて本当に良かったと、心の底から安堵した。


最近では、昼休みに体育館裏で一緒の時間を過ごすことに加えて、彼女が俺の練習が終わるのを図書館で待ち、それから一緒に下校する機会も増えた。
それを初めに言い出たのは佐藤のほうで、俺は彼女のことを案じ、「遅くなるだろうから止めておいたほうが良いんじゃねぇの?」と、提案してみたが、佐藤は「私が待ちたいだけだから、良いの!」と断固として譲らなかった。
俺自身も好いた相手にここまで言われてしまえば、もちろん嬉しくないはずもないし、練習終わりに彼女と逢えると思うと、より一層練習にも身が入ってどんな疲れも吹っ飛ぶ気もした。

ただ案の定、勘の鋭い部の先輩たちが何かを嗅ぎつけるのにそう多くの時間は要さず、佐藤と一緒に下校するようになって三日後には、「何か、あったの?」と、おもむろに神さんに尋ねられてしまった。
ギクリとしながら視線を泳がせてしまうと、神さんのにっこりとした笑顔のすぐ後ろで、牧さんがニヤリと口角を上げ、「練習さえしっかりこなして結果を残してくれれば、俺は何も言わねぇよ」と、更にプレッシャーをかける。

本当に、先輩たちは抜かりがない。何も隠し事など出来ない。
その観察眼の鋭さが、うちのバスケ部が強豪と言われる要因の一つではあるとは思うが、後輩の色恋にまでそれを発揮しなくてもいいのに……と、心の中でだけ思った。決して本人たちを前に、口に出して言えやしない。


そして現在――。
いつものように練習終わりで、佐藤のことを図書館まで迎えに行くと、真剣な顔で俺たちの関係を内緒にしたい、と告げられた。
一瞬、返す言葉に詰まってしまったが、佐藤の性格や今までの振る舞いを考慮すれば、なぜそんなことを言い出したのかは容易に想像出来た。
注目の的にされたくない――きっとそれが理由だと思う。

恋愛自体に疎く、他人の色恋にはことさら興味のない俺ですら、クラス内で誰と誰が付き合い始めたとか、誰々が呼び出されたとか、否応なしに耳に入って来る。
今まで大人しく、極力他人の目に入らないようひっそりと過ごしてきた佐藤なら尚更、俺と仲良くしているところを大袈裟に騒がれるのは嫌なのだろう。

「嫌、なのか?騒がれるの」

「……関係のない外野に、とやかく言われたくない……私は清田くんとだけの時間を大事にしたいから」

やっぱりそうか。想像したとおり。
彼女にそこまではっきりと言われてしまえば、俺もそれを受け入れざるを得ないと思った。
佐藤の真っすぐ俺を見つめる視線が真剣そのもので、決して単純な思いつきだけでそう言っているのではないことをひしひしと感じ、俺はただ一言、「わかった」と、彼女に了承の意を伝えた。





佐藤と内密な関係を貫くことを約束してから、更に三日後。
とうとうやって来てしまった……大嫌いなテスト週間だ。

一学期の期末テスト――このテストは俺にとっても、すごく重要な試練だった。この結果次第で今年の夏の過ごし方が一変してしまう。
赤点を一つでも取ってしまえば夏休みに補習が行われる為、もちろん部活の練習にも影響が大きく出てしまうし、何より選手として大事な試合に出られない。夏休みはインターハイがある。絶対にこの期末テストでしくじる訳にはいかなかった。
昨日の練習後の総括で牧さんから、「お前ら、何が何でも気合入れて勉強しろ。分かってるな?」と、念押しの喝を入れられてしまった。
尚のこと、このテストを落とす訳にいかない!
もし、万が一のことが起こってしまったら……想像しただけでブルッと身震いをしてしまう。


先日、そのことを共に下校しながら佐藤に話していると、「放課後、一緒に勉強しようか。分からないところ教えてあげる」と、有難い提案を申し出てくれた。
テスト勉強も出来て、佐藤とも一緒の時間を過ごせる……。まさに一石二鳥。
俺は嬉しくなって、空かさず佐藤の申し出に飛びついた。

「マ〜ジで!?良いのか!?」

「良いよ。私、今回のテストはそこそこ自信ある」

ふふっと小さく笑った彼女の横顔にキュンと胸が心地よく締め付けられる感覚がして、自分の頬にもついつい笑みが浮かんでしまった。

本当に、俺は佐藤のことが好きだった。
その感情はこうしてひっそりと二人きりの時間を共にすればする程、どんどんと大きくなってきている。
初めて言葉を交わしたあの体育館裏の時の頃に比べれば、それはもう比べ物にならないまでに……。
おそらく彼女のこの可愛らしい笑顔を周りが知ってしまえば、誰もが彼女の魅力に気付いてしまう。
しかし、俺だけが佐藤の隠れた魅力を知っていれば良いと思う反面、本当にこのままで良いのかと相反する気持ちがあるのも事実で、正直、複雑な心持ちでもあった。
彼女のことを想えば想う程、何が正しいのか俺にも分からなくなってきている。
佐藤の気持ちを尊重したいという気持ちはもちろん大前提としてあるのに、本当にこのままで良いのだろうかと――。


テスト週間、一日目。
今日から一週間は、どの部も一切の部活動が停止になる。
同じクラスである俺と佐藤は、他のクラスメイトに気付かれないよう別々に教室を出て行き、あらかじめある場所で落ち合う約束を交わしていた。
俺が、「今日からだりぃな」とか、「数学やべぇよ」とか、他愛もない会話を友達と喋っている最中に一瞬だけ彼女と目配せをする。周りに気付かれないよう小さく無言で頷く俺に、佐藤は一切の反応見せず、スタスタと足早に鞄を抱えて教室を後にして行った。
それを横目でなんとなく確認しながら、自分はどうやって目の前の仲間の輪から離れようかと思案しながら、俺は友達の話に相槌を打っていた。


ようやく校門を出た頃には佐藤の姿はすっかり見えなくなっていて、俺は見えない彼女のその影を追う様に小走りで駆け出した。
そして、人目を避けるように辿り着いた場所。
そこは学校の最寄り駅から少し離れた、昔ながらのレトロな佇まいのカフェ。
俺の父方の叔父が個人で経営するカフェで、俺が物心付いた頃からエプロン姿の叔父はカウンターを挟んで内側に立ち、コーヒーの香りが立ち込めるこの店でいつも楽しそうに客と談笑しながら得意のコーヒーを淹れ続けている。
ただ未だにコーヒーの美味さをなかなか理解出来ない俺は、叔父の店では専らクリームソーダ派だった。
けれど、この辺りじゃ叔父がサイフォンで淹れたコーヒーは旨いと評判で、常連客も多く、初めて佐藤をこの店に連れて来た時も、「叔父さんのコーヒー、すっごく美味しい!通っちゃおうかな」と、彼女にしては珍しく声を弾ませて喜んでくれたのも、印象的だった。
それ以来、この店も俺たちの密かな逢瀬には欠かせない場所の一つとなっている。


黒く塗装された、木製の大きく重厚な扉を引き開ければ、カランカランと金属のベルの音が鳴り響き、フワッと直ちにコーヒーの香ばしい香りが鼻先をくすぐる。
店内に足を踏み入れると、右手にカウンター、左手にこげ茶色の革張りのソファーとクリーム色の木製のテーブルが数列並んでいる。
そこで待ち合わせをしていた佐藤の姿が、すぐに視界に飛び込んできた。彼女はソファーへ腰を落として、扉が開いた瞬間、俯かせていた顔を持ち上げ、俺に向けて控えめに片手を上げて存在をアピールする。
先程の教室での振る舞いとは雲泥の差で、こういう時、俺は佐藤にとって特別な存在なんだなとひしひしと実感が湧き、尚更に彼女を愛おしいと思う瞬間だった。


「おう、信長!彼女、お待ちかねだぞ」

「叔父さん、わりぃな、無理なこと頼んで」

「気にするな、お前はとりあえず頑張って勉強しろ。今年の夏は大事な試合、あんだろ?」

周りを軽く見渡すと、夕方のこの時間帯は客もそれほど混雑しておらず、カウンターもテーブルも空いていた。
佐藤と一緒に勉強すると決まって、どこでするのが一番良いのかと考えた結果、ここ、叔父のカフェが一番良いのではないかと瞬時に思い付いた。
学校の図書館では他の生徒の目が気になるし、市の図書館の自習室だと静か過ぎて逆に落ち着かない。だったら叔父の店はどうか、と佐藤に提案すると彼女は喜んで受け入れてくれた。
あらかじめ叔父にもその件を願い出ると、叔父もまた快く了承してくれたのだった。

「佐藤も、わりぃな。遅くなって」

「ううん、清田くんの叔父さんの美味しいコーヒーも頂いちゃったし、得した気分」

「おっ、嬉しいねぇ」

佐藤の向かいの席へおもむろに荷物を降ろし、俺自身は彼女の隣の席へ腰を落としながら、軽く詫びを入れるように告げた。
すると、彼女は俺の心配を他所に嬉しげな声で応え、更にその彼女の言葉を聞いた叔父も、カウンター内で声を弾ませる。
こういったありふれた、けれど温かいやり取りが妙にくすぐったくて嬉しい。

「じゃあ、早速始めようか!どの教科からいく?」

「あ……あ〜、じゃあ……数学?」

「そう、じゃあ具体的には、どの辺りが分からない?」

そう俺に尋ねて、彼女は顔にかかる部分の髪を耳に掛けながらテーブルに広げてある問題集へと覗き込んだ。
フワッと微かに香るシャンプーの香り。
佐藤の存在をまざまざと身近に感じられて、親身になってくれている彼女の横顔をちらっと視線で追いながら、その些細な仕草ですらドキリと心臓が跳ね上がってしまう。
そんな自分にほんの少しだけ呆れながらも、佐藤に対しての愛しさはひとしおだった。
ニヤけてしまう。ただ近くに佐藤が居るだけで……。
正直、勉強どころではなくなっていた。

一瞬だけ牧さんの、「分かってるな?」という険しい表情が脳裏を掠めたが、すぐに鬼の主将の顔もボヤボヤとモヤがかかるように消えてしまった。
それ程までに、今のこの状況は俺にとって特別なもの。
学生が恋人や友達と集って一緒に勉強をするという光景は、校内でもありふれたものとして目に入ってくるが、自分が今、共に居るのが佐藤静だという現実が、またその特別感に拍車をかけている。

彼女にとっても、俺にとっても特別な相手だという証。
体育館裏での逢瀬も、図書館での待ち合わせも、全て俺らにとっては決してありふれたことではない。
教室で誰とも口をきかない佐藤だ。それがどれほどのことか、考えなくても分かるだろう。

勉強しなくては!と思えば思うほど身が入らない。
彼女のシャーペンを握る華奢な手。シャンプーの香り。自分にだけ向けてくれる笑顔。
それらを目の当たりにし彼女の素の一面に触れる度、堪らなくなる。


「なぁ……」

「ん?」

「テストでさ、赤点なかったら……どっか行かねぇ?一緒に」

嬉しい気持ちが先走りし調子に乗ってしまった俺は、思わず佐藤に提案してみた。

「なに、急に……いいよ」

「えっ?まじで?良いのかよ!?」

「ん、いいよ。でも、まずはちゃんと勉強して。私が清田くんを大事な試合に出させてあげるから、その為にも、ほら、この問題、早く解いて」

キリッとした表情で言い切った佐藤の表情の裏で、ほんの少しだけ彼女の小さな耳が赤くなっていた。
それがまた俺の気持ちを一層高揚させ、自分の顔の温度も共に上昇してくるのが分かる。
慌てた俺はカウンターの叔父に視線を向けると、叔父はニヤニヤとしながら俺たちのほうを面白がるように見ていた。親指を立ててサムズアップを示すと、また直ぐにグラスを磨き始める。

一気に恥ずかしさの波が押し寄せる。この場所で誘うのは止めておけば良かった……。
けど佐藤と共に過ごせる時間が増えたことはやっぱり嬉しい。試合も勉強も、そしてデートも全力でやってやろうじゃんか!
それを機にようやく目の前の勉強に身を入れる気分になった俺だが、彼女のスパルタ勉強会に青ざめることになったのは、このすぐ後のことだった。


[ 1/2 ]

[prev] [next→]



←*。Back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -