《Viewpoint of K.Fujima》


駅まで静を送って行った帰り道。

「じゃあね」、と背を向けて改札の中に消えて行った静の後ろ姿を見送りながら、次にこうして静を見送れるのはいつで、あと何回くらいあるか、なんてことを考えていた。
今まで幾度となく自分の都合を優先させて、自分本位に彼女を自宅へ呼び出し、僅かな逢瀬を重ねてきた。
けれど、決していい加減な気持ちだったわけじゃない。静が初めてだった。自分の自宅にまで招き入れた相手は。

日々の生活で忙しいのは決して嘘ではないが、確かに恋人である静との時間よりも部活や他のことを優先させてきたことは否定出来ない。
それでも、上手くいっていると思っていた。けれど、それは俺の驕りだったということだ。
同じようなバスケットボールの強豪校でマネージャーをやっている静なら、俺の立場や境遇も上手く理解してくれるという思い上がりと、何も言わずに自分にだけ好意を向けてくれる静への甘え。
彼女が抱いている臆病さになんとなく気が付いていながらも、それを掬い上げてやらなかった俺の自分勝手な振る舞いが招いた結果だ。


昨夜、静からメールが届いてそれを読んだ瞬間、「あぁ、こんなにも早くその時がやってきてしまった」、と思った。
十中八九、別れ話だと思った。
インターホンの呼び鈴が鳴って静を玄関まで出迎えに行った時、扉の隙間から覗かせた静の思い詰めた顔を見て、それは予感から確信に変わった。

上手く切り出せずに黙り込む彼女を目の前に、このまま何も言わなくて良いのに、とすら思った。
けれど、今にも泣きそうな静を見ていたら無性に居た堪れなくて、自分から口火を切ると、距離を置きたいと言うではないか。
まさか、そう切り出すとは思っておらず、一瞬面食らったが、けれど同時に安堵した自分も確かにそこに居た。
俺は半ば卑怯なやり方で静を引き止めたに近い。それでもいい。静を失いたくないと、その時、強くそう思った。


「ちょっと忙しくなると思うし」

すぐに口実だと解った。
少し慌てたように言った静の硬い表情が、脳裏に蘇る。

全国に行く海南が忙しくなるのは確かだとしても、静が思い詰めた顔でそう言いに来る理由には程遠い。
今までの俺らの付き合い方はそうだった。
例え忙しくなったとしても、ただ逢えないってだけで距離を置くほどのことでもない。
きっと少し前の静なら、そうは言わなかったはずだ。

そう言わせたのは、俺だ。
あのまま俺が何も言わず、静の言葉をただ黙って聞いていれば、彼女は俺に“別れたい”と切り出していただろうか。

昨夜、静の方からメールを寄越すなんてあまりにも珍しいことで、驚いた俺は咄嗟に電話をしてしまったが、その段階では何も言わないでおこうと、そう思っていた。
あの夜以降、俺たちの関係性に明らかな変化が生じたのは間違いない。静が俺に求めたもの、それを自分本位に突っぱねてしまったのは俺だ。彼女がどれだけ勇気を出してそれを伝えようとしていたのか、素振りや様子を見ていれば明白なことだったのに。
あの夜、静が逃げるように俺の部屋を後にした後、きちんと静の言葉を聞き届けるべきだったと後悔した。

あの夜は――ただ単に面白くなかった。

以前、街中で神と一緒に居る静を見かけてから嫌な予感がじわじわと侵食していく感覚を拭い去ることが出来ないでいた。
そこへきて、試合会場で告げられた神の言葉。
好いた相手が他の男の影響でだんだんと変わっていく様を見るのが癪だった。
受け入れたくない。認めたくない。
静の傍にいるのは、いつだって自分だとそう思っていたし、そう在りたいとも思っていた。
俺は、あいつが好きだ。この気持ちに嘘偽りはない。

本当なら、あんな風に一番に大事に出来ないなんてこと、思っていても言うべきではなかったのかもしれない。静の為を想うなら、それが正解だったろう。
けど、俺は俺でしかない。それを含めて静には俺を理解して欲しかった。
これは完全に俺のエゴであって立派な我儘だと解ってはいるけど、それでも俺は静の事を好きで、傍に居て欲しいと願った。
静だったら、それでも何も言わず付いてきてくれると、やはり驕っていたのだと思う。


「俺のこと、嫌になった?」

俺が咄嗟に吐き出した卑怯な言葉。
静が戸惑って悲しそうな顔を見せたのが、忘れられない。
こう言ってしまえば、静が思い留まって考え直すかもしれないと、打算的で狡い考えがあったのも否定しない。
それ程までに、あのまま静を手放すのは嫌だと、そう思ってしまった。
卑怯でも何でも、足掻いて格好が悪くても、それでも良い。

(……あぁ、くそ)

静のあんな思い詰めた顔は、初めて見た。
哀しそうな顔をさせたい訳じゃない。
距離を置こうと言われてしまった俺が、これから何が出来るのか。

このまま神にあいつのことを素直に譲る気なんて更々ない。
それだけは、はっきりと言える。次は俺が足掻く番だ。


(2020.11.8 Revised)



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