《Viewpoint of K.Fujima》


――終わった……終わってしまった……。
俺たちの夏が……。

正直に言って、こんな所で敗退するなんて思ってもみなかったし、そのつもりも、もちろんなかった。ひょっとしたら、心の根底にあったそれこそ、俺たちが負けてしまった敗因かもしれない。
けれど、自分たちのやってきたことは、間違っていないかったはずだ。
それだけは自信を持って言える。
悔しいか……そりゃ悔しいよ。
どれだけ苦しい練習して、どれだけ重い重責を背負って、どれだけ俺らが――。
言い過ぎでもなんでもなく、つらく苦しかったであろう練習メニューを課しても、文句も言わずに自分についてきてくれた部員たちに申し訳がない。
全ては俺の責任だ。部を導くと決めて取り掛かった今年の夏は、世辞にも決して楽なものではなかった。しかし、俺自身もここまでやってこれたのは、やはりアイツらがいてくれたおかげだ。一人じゃ何も出来なかった。

今年こそ決着を付ける気だったんだ、牧と。
高校に入ってからは、ずっと負け越しだ。
中学の頃からアイツはやっぱり凄かったよ。俺らの学年じゃ頭ひとつ飛び抜けて凄かった。

同じポジションで、同じ学年で、同じ神奈川で、地区は違えど大きな試合に出ればいつも比べられる存在だった俺と牧。
今年の夏こそはあいつから堂々と白星取って、俺ら翔陽が日々やって来たことの証明をしてやるつもりだった。
俺自身はもちろん、チームメイトであるアイツらを勝たせてやりたかった。

けど、もう、それすら叶わない。
そこへ辿り着く迄に俺らは負けた。負けてしまった。


湘北との試合が終わってコートから出た後、俺たちは控室のロッカーへ真っ直ぐ向かった。
その間、誰一人として口を開く者はおらず、悔しさから未だ涙を流している者も少なくなかった。微かに聞こえる嗚咽の数々。皆が声を殺し、泣いていた。
いつもなら控室に到着すると直ぐに、部員たちを前に形だけでも試合総評を簡単に述べるのだが、今日はそういう気分にもなれない。
俺を信じて共に走ってくれたアイツらに、俺は一体なんと言って声をかけられるというのか……。
誰も何も言わない。優秀な部員たち。彼らによって俺が生かされていたのは明らかで、その想いを返す為にここまで走ってきた。

結果として、全力を出し切り、精一杯戦って、俺らは負けてしまった。
実力が劣っていたとは決して思わない。
ただ、自分たち以上に湘北の勝ちに対する気持ちが勝っていたということだとも思う。
そこには確かに運も付きものだ。けど、その運すらも実力の内だろう。
受け入れなくてはいけない現実が、あまりにも重すぎる。

俺は、部員たちを前にしてただ一言、「各々片付けて、風邪ひかないようにだけしろ」と告げてから、控室を後にした。
今だけは少し一人になりたかった。本来なら部員たち一人一人が抱える思いを受ける皿になるのが俺の役目。それは解ってはいても、今だけは――少し冷静になりたかった。

「藤真さん」

控室を出て、会場に備え付けられている自動販売機の前に立つ。コインをジャージのポケットから取り出していると、不意に背後から名を呼ばれた。
聞き馴染みのない男の声。
ゆっくりと首だけで振り返ってみると、そこには海南の神が一人きりで立っていた。

「ああ、神か。なんだ?」

最悪だ。
どうしてこんな時にまで、コイツの顔を見なけりゃならないんだ。
うんざりとした表情を隠す気など更々なく、俺は神に向かって冷たく言い放った。
神が俺へ声をかけてくるなんて、静の事以外に無いだろう。
もうずっと嫌な予感がしていた。街中で静と神が二人で歩いてるのを目撃したあの日から、ずっと。

あの時……俺が静との映画の約束をドタキャンしてしまったっていうのに、神と二人でいる静はあまりにも楽しそうにしていた。我ながら勝手だとも思う。自分が彼女との約束を反故にしてしまったというのに、面白くないと感じる身勝手さ。

以前まで俺に少しだけ依存的だった、あの静が、他の奴と一緒に笑っている。一瞬、自分の目を疑った。あんな風に笑う彼女の姿は自分だけが見守れる唯一のものだと、どこかで思っていた節が俺にはあった。
自分に向けられる濁りのない一直線の愛情が可愛いと思っていたし、愛おしいとも思っていた。

なのに、それからだよ。
静の様子が少しずつ変わってきたのは。
俺に対して言いたいことも上手く言えなかった静が、自分の意志を少しずつ吐き出すようになった。

いや、それ自体は嬉しかったんだ。
今まで何をするにも遠慮がちだった静が、自分の意見や欲を素直に俺に言って来てくれるようになったんだから。
サバサバしているようで実は寂しがり屋で、引っ込み試案な静。その静が俺に対して一歩踏み込んできてくれたことに、初め驚きはしたが、それ以上に嬉しかった。

ただ、その彼女の変化の背後に、他の誰かの影がチラつくのは正直気分が悪い。
自分の女が他の男の手で染まっていくのを見て、良い気分はしないだろう。
そしてその影の正体。
試合が始まる前に海南との関わりの中で確信した。それは紛れもなくコイツ――神だ。
俺に向ける揺るぎない視線の強さ。間違いない。そして今もこうしてわざわざ広い会場の中で俺を探し出し、一人きりで声をかけてくるなんて、只ならぬ理由があるに違いない。
真っ直ぐに逸らすことなく、俺の目を見据える意志の強さ。
言葉を交わさなくてもコイツが何を言おうとしているのか、なんとなく解ってしまうから困る。


「藤真さん、ちょっと良いですか?」

「なんだよ。俺はお前と話すこと別に無いんだけど」

「いえ、時間は取らせません。一つだけ……確認しても良いですか?」

「確認……?」

「えぇ。単刀直入に聞きます。佐藤の事、好きですか?」

「なに寝惚けたこと言ってんだよ。静は俺と付き合ってんの。好きに決まってんだろ」

「……俺も好きです。それだけ言いたくて。呼び止めてすみませんでした。失礼します」

神は簡潔に自分の言いたいことだけを述べて、俺の元から背を向けて去ってゆく。
やたらと姿勢がよく凛とした姿が気に入らない。迷いなく言い切った口調が気に入らない。
なんなんだ、あれ。宣戦布告でもしに来たのか。面白くない。
自動販売機にコインを数枚飲ませると、思わず強めの拳でボタンを押してしまう。
ガタン、と大きな音がその場に響き渡り、スポーツドリンクの缶が一つ落ちてきた。

あぁ、腹が立つ。
解ってんだよ!全部!
俺が静を傷つけて泣かせてるって解ってる。あの夜、静に心を求められて拒絶してしまったこと。俺だって考えない日はなかった。

泣き出して逃げ出すように飛び出した静の後を追いかけなかったのは、追いかけて捕まえたとして掛ける言葉が解らなかったからだ。
どうしたって静の求めてるものを与えてやることが出来ない。満足のいく言葉を選びきれない。
だから、俺はあの夜、動けなかった。
あれから連絡を取らなかったのはそういう理由もあった。どうしたってその問題を避けて、俺らの関係を続けることは出来ない。
今日、会場で静と顔を合わせることがあったなら、いつも通りに接しようと決めていた。けれど、さすがに静のあの表情は堪えた。
あんな顔をさせたかったわけじゃない。


けど、やっぱり俺には出来ない。
静の望む形を実現させてやれるような付き合い方はきっと出来ない。
俺は……俺自身も大事だ。自己中心的で身勝手な男だと思われても仕方がないことをやっている自覚はある。

神に改めて静を好きか?と問われて、自分にとっての静がどういう存在なのかを改めて考えてみる。
買ったばかりの缶のプルトップを指で起こして、開いた口に勢いよく口付けた。
キンとした冷たさが、熱くなっていた感情を少しだけ冷静にさせる。

静に対する神の想いと俺の想い。
同じ静を好きだという想いには変わりがないはずだが、神の目を見ていると自分にない部分をまざまざと見せつけられる思いがして、ひどく不愉快だ。

神も神で、きっと生半可な気持ちで俺に宣戦布告してきたんじゃないっていうのは解る。
だけど、俺もそんなに出来た人じゃない。
はい、そうですか、って簡単に静を手放すことも出来そうにない。
そんな資格は俺には無いって頭では解っていても、俺も静が可愛くて仕方がないし、彼女を想う感情に嘘はない。
静と過ごす時間は俺にとっても確かに特別なもので、それを誰にも譲る気なんて、ない。

こんな時、子供みたいに駄々をこねられたらどんなに楽だろうか。
もう一口、ドリンクを勢い良く口に含んだ。

けれど、こうなってしまった以上、静が俺に愛想を尽かしていないとも言い切れなかった。今までと同じように彼女に想われているという、その自信がぐらぐらと揺らぐ。

あの夜、追いかけすらしなかった俺。
一方、静を手に入れる為か、堂々と宣戦布告までしてくる神。
誰かと比べて自分が静を好いている感情が劣っているとは思ったこともないが、もしかしたら今後静の方から俺の元を離れて行ってしまうこともあるかもしれない、という危機感が不意に全身を襲った。

初めてだ。こんな感情は――もし、仮にその時が来たら、俺は静に何て言葉をかけてやることが出来るだろうか……。


(2020.9.20 Revised)



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