「……あいつなんなんだ? 頭いいのか?」 「秀才だよ。僕と同じで奨学金で入ってきてるしね」 燐と勝呂くんが大喧嘩をかました授業後の休み時間、あたしたちは中庭に場所を移してのんびりと話をしていた。やたら豪華な噴水の2段目に腰かけた燐の隣であたしはうつ伏せに寝転がり、下の段に杜山さんと並んで座る雪男のチクチクとしたお説教を聞き流す。いっそ勝呂くんの体中の垢を煎じて飲んだ方がいいとまで言われた燐は、諭されながら何も言い返せずにいた。 「そんなことよりしえみさん、塾には慣れましたか?」 「え、あ……ま……まだ全然……」 言っても無駄だと諦めたのか、燐への忠告も早々に終わらせた雪男は杜山さんに話を振った。 杜山さん、しえみって名前だったのかとすごく今さらなことを思う。そういえば彼女が入ってきた日はちょうど遅刻していたので自己紹介を聞いていなかった。 とはいえとくに仲が良い友達というわけでもなかったので、へぇーくらいにしか思わずにさらさらと聞き流す。雪男の口振りからなんとなく2人が長い付き合いであることもわかったが、これもまたしかり。基本的に個人主義なのです。 「じゃあ僕は次の授業があるから、ここで。3人とも次の体育実技の授業遅れないようにね」 しばらく話した後雪男はそう言って一足先に腰を上げたので、寝転がった状態のままだったが肘で体を支えて手を振って見送った。そうすれば雪男もいつものように微笑みながら小さく振り返してくれた。 しかしのんきにそんなことをした直後、沈黙による気まずい静寂が訪れる中で噴水の流れる音だけが響くという悲劇が起きてしまった。 微妙に表現しがたい雰囲気に負けてちらりと燐の方を盗み見ると、やはりわかりやすく焦りの色が見てとれる。おかげでというかなんというか、あたしはなに噴水でリラックスして寝転がっちゃってんの、と考え始めてしまうがもう時すでに遅し。 「燐……」 「はっ?」 逃げの一手に乗じようかと思い出した中、最初に口を開いたのは意外にもあの杜山さんだった。呼ばれた燐が驚きを露にして肩を揺らし、なんとか沈黙は破られる。 しかしなんだか雰囲気は真面目っぽくなってきており、いたたまれなくなったあたしはひたすら存在を消すように息を殺してうつ伏せに縮こまったまま顔を突っ伏してみる。ちょうど杜山さんの後ろで何をしているんだろう、本当に。 「私が塾にいるのってやっぱりおかしいよね」 「? ……あー、お前祓魔師目指してるワケじゃないんだもんな」 まぁそれでもいいんじゃないかと話を区切ろうとした言葉を遮って、杜山さんが燐に友達はいるのかと訊いてきた。 はあ? と唐突なことに間抜けた声を洩らす燐が「いや、まぁこいつ……」と遠慮がちにあたしを指差す気配を感じて気まずさに押し潰されそうになった。 「あ、あのね! り……燐……私と……」 しかし興奮しているのか杜山さんはそれに気づいていないらしく、いっぱいいっぱいの声を出しながら燐に詰め寄っていく。 恐らくすごく勇気を振り絞って緊張しているであろうところをごめんよ杜山さん、岡田さんは今めちゃくちゃ気まずいです。許してくださいすいません存在消しといてなんだけどあたしに気づいて……。 もうそろそろこの空気に耐えられなくなってきて、邪魔者はひとまず退散しようとほふく前進ならぬほふく後退で噴水の上をそろりそろりと後ずさる。 ていうか2人ってまだ友達ですらなかったのか。雪男が杜山さんと長い付き合いっぽいからてっきり燐もそうなのかと思ってたし、席が隣ってことも相まってむしろそういう関係なのかとすら先走ってたよ。 「おーおーおー、イチャコライチャコラ……!!」 もう少しで2人の視界から外れて離脱出来るというところに、ちょうど勝呂くんの挑発的な声が割って入ってきた。 まさかの来客にどもりまくりながら勢いよく振り返る燐に杜山さんが怯んだ隙に、でれでれ顔で見つめてくる志摩くんの方へ駆け寄る。 実際はしゅたっと子猫さんの隣に並んだあたしをちらりと見た勝呂くんは小さく「岡田さんも今までアイツとおったんか」と呟いてから再び悪い顔を作って燐に向き直った。 「プクク、なんやその娘お前の女か? 世界有数の祓魔塾に女連れとはよゆーですなあ〜?」 子猫さんにのほほんと挨拶している横で、勝呂くんはなおも燐に突っかかっていく。 ただストイックで真面目なだけかと思いきや、意外に子供っぽいところもあるんだね勝呂くんってば。年相応な部分が見られてなんだか少し親近感が湧くよ。 燐も燐でウブなのか、とてもからかいがいのある反応を見せていた。 「だから……そーゆーんじゃねーって、関係ねーんだよ!」 「じゃあなんや、お友達か? え?」 「……と、友達……じゃ……ねえ!」 ニヤニヤと楽しそうに追い詰めてくる勝呂くんに燐が言った言葉を聞いて、杜山さんは目に見えてしゅんとしてしまう。 燐、さすがに今のはアウトじゃないかなぁ。 しかし燐も言われっぱなしで負けてはおらず、いつも取り巻きを連れているやら身内ばかりで固まってカッコ悪いやらと鋭い指摘を繰り出す。それに思わず吹き出した志摩くんは言われたことに納得している様子で、勝呂くんに怒鳴られていた。 だんだんアホらしくなってきて、バチバチと火花を散らしながら睨み合う2人を放って、子猫さんに手を振ってからその場を離れた。 不本意ながら次は体育実技、早々サボるわけにもいかないのでジャージに着替えてくるとしよう。 これが噂の同族嫌悪。 ((似とるしな……)) ((…………)) back |